四国歩き遍路の旅 6日目

5月29日。
4時頃に目が覚めた。鳥は鳴いていたけど、そこまで騒がしくはなかった。
と思っていたけど時間が経つと少しだけ騒がしく鳴き出した。でも危惧していた虫はほとんどいなかったし、車も少なかった。耳栓とマットなしでここまでリラックスできるとは想像していなかったので助かった。

霧は晴れていたけど、さすがに寒いので寝袋の中にくるまっていた。
新聞配達のバイクや早朝出勤の車の人にちらちらと見られたけど別に気にはならなかった。

トイレに行くと大きな蜘蛛が壁に止まっていることに気付いたけど、電気もついたから問題なし。水場では顔も洗えて爽快だった。お店や自販機はないようだけど、寝床にする休憩所の近くにトイレと水場があるとこんなにも快適。
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朝食にはクリームパンなどを食べた。水があるおかげでしっかりと歯磨きもできた。

なんとなく置かれてあるノートを読んでみたら、岐阜の24歳(同い年?)がメッセージを書き残していた。この今まで見た中で最も若い人が書き込んでいるのはこれまでの休憩所でもきっと見た気がする。自分の少し前をきっと歩いている。一度も会ったことがないのに存在を知っている(一方的だけど)って面白い。ここで読んだかは忘れたけど佐賀の26歳も序盤のノートで数回見かけた気がする。
ソファーがあるなんてアメイジングだ!的な外国人の英語による書き込みも。他にもいくつかの異なる言語での書き込みがあって国際色豊かだった。
――5月の終わりのこの日から離れて少し現在の話をする。断片的なメモからブログをこうして書いている今気付いたけど、この岐阜の24歳とは多分この先出会っている。本人に確認はしなかったけど(僕が読んだということを忘れていたから)、それに気付いた今思わず笑ってしまった。旅が終わって1ヶ月経つというのに、こんな楽しい気分になれるなんて。

この休憩所には親切なことに燃えるゴミ・ペットボトル・缶ビン?の三種類のゴミ箱が設けられていた。それにもかかわらず使い終わった割り箸が落ちていたので、無責任な誰かの代わりに捨てた。

出発する前にはもう一度水を汲みに行った。すぐにまた山登りをしなければいけないから。
ふと学校からの坂道を歩いていると、こういう過疎地域にもまた子供が増え、日本中が子供で溢れるような、人口が再増加するような時代が再び来ればいいのにと感じた。

頑張れ自分の体…!と言い聞かせるように準備運動をした。えこ贔屓して他の部位には申し訳ないけど、足裏に至っては念すら送った。頼んだぞ…!(照)と。

6時17分に出発した。
出発してすぐにカフェラテのペットボトルがポイ捨てされているのを見つけた。この山登り前のタイミングで拾えば長いこと持って歩かなければいけないことはわかっていたけど、無視することもできなかったら拾って歩いた。歩き始めたばっかりなのに休憩所まで戻るのも嫌だったし。
でも幸いなことに少し歩いた先に浄水場があって、その浄水場の反対側にまさかの自販機があったので早めに捨てられた。まだ片手に持ったままの状態だった。
どこの誰かは知らないけど、本当に、ポイ捨てする人はありえない。在りえてるけど。

水井橋を渡る。
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那賀川という川らしい。
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どんどん山へと、登り口へと近付いていく。ここまではまだ平坦な道。

小川の横、木々の中という美しい環境にある東屋。ここでも寝れそうだったけどさすがに蚊が多そうだ。
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川を渡る鹿を一匹見かけた。その鹿の様子が何かおかしいと思って、左上を見上げたら子鹿がいた。
親鹿の鳴き声は心配そうだったし、子鹿の挙動も不安そうだったから、早くここを立ち去ってやろうと写真は撮っていない。
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この鳥居(石の台が祠…?)の先に、軽トラで作業をしているおじさんがいた。こんな場所に人がいるとは予想していなかったから少し驚いた。
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登り口に到着。いよいよ登山開始。距離は1.6km。
この登り道もまた難所とされていて「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と言われる阿波の遍路ころがし三番目の太龍寺への道。

相変わらず止まって撮る気はない模様。
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なかなか厳しい登り道だった。それでも小川の横を通ったり、バランスを崩せば川に落下しそうな細い石の橋を渡ったりするのは楽しかった。
一生懸命、あるいは全力で楽しみながら歩いたので、写真がないのが惜しいけれど、本当に良い道だった。
ただ険しいというだけでなく、見て楽しい道はやはり満足度も自然と伴う。

残り0.4kmの地点、山道の中に十字路のような場所があって、そこにあったベンチに腰掛けて休憩していた。
すると鈴の音が聞こえてきた。一瞬ひかる君か…?と思ったけど、やって来たのは知らないおじさんだった。しかも逆側から。
遍路の中には金剛杖を持たず、錫杖(しゃくじょう)と言われる遊行僧が持つような杖で歩いている人が一部いるのだけど、熊よけの鈴の音とその錫杖と言われる杖が鳴る音が似ているもんだから、似たような音が聞こえると、ん…?と意識してしまうようになっていた。ひかる君と別れた後からこの先も。
おじさんがアドバイスをくれた。荷物はここに置いて登った方がいいよと。ここから10分の最後の登りがキツいからとのこと。
自分は荷物を抱えたまま登って、その先にある道から下山しようと考えていたのだけど、そのおじさんが言うには、4月に行ったときはその(自分が歩こうとしている?)新たな道はできていたけど、ここから下りた方が良いと。
その考えていたルートから下りて進んだ先にある道の駅に寄るつもりだったから、若干戻るか距離によってはスルーになるけど、でもこうやって助言をくれた人を信じることにした。

助言通り、バックパックは置いて、お参りの道具だけ持って行くことにした。納経帳がでかいからミニバッグには入らず抱えることになったけど。(このときは抱えて歩いたけど、それ以降お参りの道具だけ持って歩くという状況ではサンダル等を入れていた黄色い袋に必要な荷物を詰めてお参りをするというスタイルになった。ちょうど紐で背負うことができるもので、持っていて良かった)
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片方は杖で、もう片方は納経帳で、と両手は完全に塞がっていたけど、でも驚くくらい軽かった。
考えてみればそりゃそうだけど、バックパックどれだけ重いんだよ…と苦笑い。

そして8時前に仁王門に着いた。もう無音カメラアプリのせいにしよう。
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境内に入ってまず気付くのがその広さ。
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西の高野と言われているらしい。高野山は山の上に一つの町が存在する場所、高野ほどではないにしろここも広い境内の中に建物がいくつも存在している。
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中門としての役割も果たしている鐘楼門。ちょうど小雨が降ってきた。傘は持っていないから笠の下で納経帳を守るように抱えた。
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太龍寺にはロープウェイがある。昔は駐車場からも距離があったけど、自分が生まれた1992年に完成してからは参拝がかなり楽になったらしい。姿は見えないけど音は聞こえた。

先程助言をくれたおじさんにまた会った。本堂はあっちで、大師堂は〜、と場所を教えてくれた。別れ際にはじゃあ気をつけてねとも言ってくれた。
この逆打ちの男性がもし悪い人だったなら(財布等は持ってきているにしても)置いてきた荷物をあさられ放題ということになる。でも彼は良い人だった。そういう見極めも大事なのだと思う。すべてを信じなさいという教えがあるわけではないし、遍路中に何かを盗まれたという話をまったく聞かないわけではないから。

美しい境内。日本庭園で感じるような造形芸術をここでも感じられた。ここが21番札所舎心山太龍寺。
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本堂。本尊は虚空蔵菩薩。焼山寺と同じ本尊というのがまた素晴らしい。
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同世代の女の子二人組と大師堂で一緒になった。さっき本堂前ですれ違ったときはスーツを着た男性マネージャーっぽい人もいたのに彼はどこに行ったのだろうと思っていたら上の道にいた。彼はお参りはせず時折写真を撮ったりしながら基本はスマホをいじりまくっていた。
女の子たちはきちんとお経も読んでいた。杖のカバーの色がとても女の子っぽい色で、歩き遍路の修行感とは程遠く、華やかで楽しそうな雰囲気を感じた。
男性の立ち振舞から彼女たちはアイドルとか地方タレントかもしれないと予想してみたけどどうなのだろう。普通の一般人の可能性も大だけど、でもこんな素晴らしいお寺に来てスマホずっといじってるマネージャーでは売れそうにないな。戻り鐘も気になったけど。(でも戻り鐘は仕方ないのかもしれない。ロープウェイで来た人たちがまず向かうお堂への道には鐘楼門はないから)
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構図は前のと似てるけど、大師像に近付いてもう一度。時間があったなら境内中を歩いて回りたかった。
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もう何度かそれっぽいことは書いてあるけど、健康的な体の人なら、もし一回目に歩き以外の方法で回っていたら、 確実に二回目も来てそして歩きたくなるだろうと思った。歩き遍路が羨ましくなるような気がするから。
例えば富士山に自分の足で登山をしてご来光を見るのと、ヘリコプターで行って見るのでは感動は絶対に違う。
だから遍路も…と思ったけど、札所のお寺をぽんぽんと回るだけならお寺自体の魅力も半減してしまうという可能性を考慮していなかった。
何時間もかけて回るからこそお寺に着いたときの感動が大きいのなら、車で1日10カ寺以上回ってあっという間に終えたりしたら、遍路って大して面白くなかったな…という人もいるかもしれない。
僕が歩き以外の人を見て「うわあ…楽そー!」とは思っても「楽しそう!」と思えなかったのはそこらへんなのかな。カタルシスというか、達成感というか。

それでも別に歩き以外の人を蔑視しているわけではない。歩き遍路というのはお金も時間も体力も必要な回り方。誰でもできるわけではない。見方によっては最も贅沢な回り方だ。(実際歩きで宿に泊まるという回り方が一番お金が掛かる)
88箇所もの寺院を巡礼する。回り方など関係なく、それだけで充分尊いことだと思う。
だから歩き以外の人に、歩いて回っていることを偉いねと褒められるのは違和感があった。自分は歩きたいから歩いているわけで、そこには大した差はないと思うから。
若いのに偉いねと褒められるのも照れはしても素直には喜べなかった。神や仏へ信仰心を持って巡礼をする人間と、(例えるなら僕が巡礼している間に)1日8時間以上労働する人間。天秤にかければどちらが偉いことになるだろうか。世間的には後者の方が立派とされるのではないか。まあ、そういった神仏へ興味を持つことすらない若者ばかりなのに…といったニュアンスでの偉いねだろうけど。

納経所でもさっきの女の子二人と一緒になった。井戸寺で見た女の子たちと同じく納経してもらっている際が一番楽しそうだった。
僕も納経帳が一ページずつ埋まっていくことに嬉しさや喜びを感じていた。話しかけてはいないけど、御朱印を集めたりすることを楽しいと思える子たちとは多分気が合うと思う。少なくともそっちの面では。
「神社とかお寺に行って何が楽しいの?ワラ」っていうような子も腐るほどいるわけだし。

これで徳島の札所も残り2つ。どうしても88で考えてしまうから21番が終わっても、まだまだ先は長いなとしか感じられない。でも徳島の札所が残り2つになったというのは事実。

下山を始める。
お寺では休憩を取れなかったから例の分かれ道のベンチに一旦腰掛けた。でも山の休憩はすぐ体が冷えるから難しい。8時36分にその場を去った。

登道でお疲れの様子の団塊世代くらいの夫婦とすれ違った。熊よけの鈴とストックは持っていたけど格好は普段着に近かった。下りていくと駐車場があり、車があったからここから登ってきたのだろう。
自分が下りてきた道は車進入禁止になっていたから、山門付近ですれ違った車はどうやって来たのだろうと疑問に思っていたけど、 どうやら上り専用の道が他にあるみたい。
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下りはやはり足裏にきた。でも階段はないし、舗装道でもあったから、少しはましだった。痛いのには変わりないけれど。

山道では蟹を頻繁に見かけることがある。山の中にある道ではあるけどこの車道にも沢山いた。でも車に轢かれて潰れている子も多かった。

電池が落ちていた。なぜこの世からゴミはなくならないのか。ゴミのような心の人がいるから、というと言い方がキツすぎるか。とりあえずまあ、心をどこかで洗っていただきたい。どこかで。

松ぼっくりも落ちていた。遠くから見たらでかすぎて動物の糞に見えるから困る。
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道にいくつか落石があって、こんな大きな石は車にとって危険だなと思い、端まで移動させたら、黒のファミリーカーがやって来た。
ここで書いちゃってるからあれだけど、誰も見ていないところで善行を詰むのはきっと大事なこと。無償の思いやりを持てる人間でありたいとつくづく思う。
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山から下りてきた。

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右奥の龍山荘という民宿?の近くにはこんな休憩できる場所や綺麗なトイレがあった。
こちら側の建物はガイドマップには載っていない。少数だけど旅館はあるのに。もう営業していないのかもしれない。
あのおじさんの言う通りに、こちらに下りたのは正解だったと思う。実際に歩いて比べてはいないけど、自分が最初歩こうとしていた道は太竜寺山やふだらく峠を越えなければいけなかったから。体力的にも時間的にもこちらの方がきっと良い。ありがたい助言だった。
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グーグルマップで道の駅への距離や時間を確認し、歩きを再開した。

歩いていたら、原付に乗ったおじいさんが近づいてきて何か言っていたけど、ヘルメットを被ったままだから全然聞き取れなかった。
え?はい…?と聞き返していたらヘルメットを外して、こんな会話が生まれた。
少し距離が離れていたからお互い大きめな声で会話をした。是非その状況を想像してみてほしい。

「きいつけていきいよ」
「あ、ありがとうございます!(ようやく何て言っていたのかを理解)」
「女の子やろ?」
「いや、男ですよ(笑)」
「……男は知らん!」

最後の言葉を放つとおじいさんは風のように原付を飛ばし去っていった。
思いがけない展開に、ええええええええええええwwwwwと心の中で叫んで笑うしかなかった。最初の優しい言葉はなんだったの!?上げて落とされてるやん!!!的な。
衝撃は受けたけれど別に傷付いたわけではないから、この後の会話のネタになったからまあ美味しいっちゃ美味しい出来事だった。
この旅では何度か女の子に間違えられたけど、髪の長さってよりは、足の細さなのかなあ。わからない。
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自転車に乗った男性は青いユニフォーム(多分シャルケのうっちー)を着ていた。高速で走行していたのにきちんとお辞儀をしてくれたのが印象的。
自転車遍路の人ももちろんいたけど、遍路ではなさそうな自転車乗りも多々見かけた。要は四国をサイクリングしている人たち。

腰宮神社で安産の霊験あらたかなりって、つまりそういうことでしょうか…!?(どういうこと)
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赤い軽自動車がやって来て、僕の横で止まった。何だ…?と見てみたら車内には日本人ではない東アジア系の男性が一人。
窓ガラスが開いて、21はどっちですか?歩いて登れますか?という質問をされたので、先程通った駐車場のことを教えた。
オーディオからはお経が流れていてシュールだった。でも決して怪しい雰囲気の男性ではなかった。

雨が強くなってきた。少し歩きの速度を上げる。

普段車しか通らないような道は、ゴミを拾う人も自ずと減るからゴミが大量に落ちているという状況が多かった。
もはや拾ったところでどうにもならないような場所だったのでスルーして歩いた。胸が痛んだ。
ポイ捨てする人間がいなくなればこの道だってゴミなんてなく綺麗な道だろうに。

今度は白髪のおばさんの車が止まった。そして僕に向かって歩いてきて、パンフレットみたいなものを手渡してきた。神の王国とは何ですか?という文字が目に入った。
僕は巡礼の道を歩くことが好きだし、信仰心もある程度は持つけれど、別に宗教団体に入信しようとは思わない。むしろカルトなんて嫌ってるぐらいだし。
後に他の人からも聞いて、宗教勧誘は遍路あるあるだと知った。何か救いを求めている風に見られるのだろう。そういった心理に付け込もうとするエ●バさんまじグッジョブです。

道の駅わじきは、小さな道の駅だった。でもこの場所にあることがありがたい。逆走もほとんどせずに済んだし。
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小さな道の駅の中には小さなレストランがあったからうどんセットを頼んだ。売店のレジの奥にキッチンがあって、食べるのはギャラリーの中にあるテーブル。10時半だけど昼食だったのかな。
メニューに鹿丼があって気になったけど今朝、野生の鹿を見たばかりだからさすがに食べられなかった。少し体が冷えていたから期間中だとしても食べてはなかったと思うけどカキ氷も気になった。
こういうところで食べるうどんは本当に美味しい。おにぎりも普段食べない具(鮭だったかな)でもお腹が減っていたから最高だった。左奥にある飲み物はすだちジュース。
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しばらくここで充電しながら休憩を取った。雨が強くなっていたから止むことも期待して。うとうとするくらい眠たかったけど眠りはしなかった。
お菓子とお土産系しか売ってなかったので食料補給はここではできず。

なかはなかなかいいいなからしい。なかなかいいぽすたーだ。
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この先食料調達できそうなお店に寄るのには遠回りするしかない。服のローテーションが切れて洗濯が必要だけどコインランドリーはもっとない気がする。
どうすべきかわからないけど、でも飲食物と充電さえあればなんとかなるはず。

雨は依然として強いままだったのでレインウェアを着た。12時過ぎに再出発。
道の駅を出てすぐに緑色のポンチョを着た男性とすれ違った。昨日も見た人なのできっと少し後ろを歩いている。
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斜面に咲く花。
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大根峠を越えていく。
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峠越えではあるけどそこまで高い峠ではなかった。でも自然の不安定な地面では足の裏が痛む。まあ、舗装道の固い地面では跳ね返されるような感覚でこれもまた足の裏が痛むのだけど。
レインウェアを着ていることでのリアルサウナ状態にも苦しめられた。雨なのか汗なのかわからないけど、豪快にずぶ濡れた。

峠を下るとヘンロ小屋があった。47号、大根。
荷物を下ろして休憩していると、緑の男性が通り過ぎた。今度は距離が少しあったからこんにちはは無しで、会釈だけになった。彼はそのまま歩いていったから追い抜かれた。
こうして振り返ってみると休憩の回数が多い。もちろん足の裏に痛みがなければもっと少なくできた。でも日にちが経つにつれわかってきたことだけど、わりと早めに歩いて、休憩を多く(または長く)取るというのが自分の歩きのスタイルだと知ることになる。
何十匹もいなくても、しつこいのが数匹いるだけで蚊地獄になる。不殺生という戒律の為に叩くということを避けているから追い払うことしかできないし。
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見辛いけど、小屋のそばに咲いていた白い紫陽花。梅雨入りが近づいている。
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善根(人)宿があるみたいだけど、今日薬王寺近くまで行くのは厳しい。
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自民党のポスターが少し剥がれて安倍さんが可哀想なことになっていたので手で押して貼り直した。

苺のビニールハウスからはジャムの匂いがした。トーストが欲しくなるような甘い匂いがしていた。

そして22番札所に到着。白水山平等寺。
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写真にはあまり写ってないけど日曜ということもあり参拝客が多かった。

ここのお寺で困ったのは雨を避ける場所がなかったこと。風のせいか軒下も軒並み濡れていたから荷物も置き辛いし、ベンチはどれも露天にあるので座る場所もなかった。(お寺によってはテントを立てているとこもある)
仕方ないからもう雨が降ってくる場所に荷物を置いた(下の写真でいうと右端)。
これからのルートをガイドマップで確認したのは仁王門の下。
雨対策としては不便だったけど、ただ、このお寺のWikipediaはかっこいい。

当寺の境内地はすべて撮影可能である。「目に映るモノは何でも撮ってください、撮影程度で汚されるような柔なつくりではないです。」とのこと。

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厄除け坂を上った先に本堂がある。本尊は薬師如来。伸びている紐は薬師如来像に繋がっている。仁王門の下から触れられるので足腰の弱い方にも優しい配慮。
医者に見放された足の不自由な人がこのお寺で霊験を授かり足が治ったらしく、健脚に霊験あらたかとされているお寺。(ちなみに薬師如来は病を治してくれる如来とされている)
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トイレの鏡で自分を見たら、作業着っぽいレインウェアと疲れた表情で、なんていうか、労働者感がすごかった。
でもこれで徳島の札所は残り一カ寺になった。次へと歩いて行く。

食料調達のため、この近くにあるスーパーに寄ろうと歩き遍路の道から外れて、探していたら幸運なことにコインランドリーを見つけた。
迷うことなく入った。スパッツを洗いたいけど御手洗はないし他に利用客もいるので着替えられなかった。早く洗いたくてハーフパンツを入れるのも忘れたし、洗濯コースを選択するのも忘れた。(標準コースでも問題はなかったと思うけど)
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待っている間にスーパーを探すことに。しかしそのスーパーが存在しなかった。なんかスマホのマップ上はこの潰れた店だったし。
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地元の人に聞こうにもガソリンスタンドですら人がいなかった。仕方なくサラダ館に入って、店員のおばちゃんに聞いた。地元の人が使うような商店はあるけど今日は休みだと思う、とのこと。
参ったなあと正直思った。1メートルも先に進んでいないのにずっと探しっぱなしで歩きまわっている。それなのに今日は営業していないという。靴も靴下もびしょ濡れだし。
そしてフードショップいのうえに着いた。お店は存在するけど完全に閉まっている。そしてお店はコインランドリーから直線で行けるわかりやすい道にあった。馬鹿丸出しだなと溜息が出た。スマートフォンを信用しすぎ。(多分位置ずれしていたからこんなことになった)
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失望しながらコインランドリーに戻った。すると出る前に挨拶をした中年女性からお接待を貰った。からあげ弁当、お茶、塩キャンディ、カロリーメイト、絆創膏が入っていた。(飲食物はもちろんだけど、塩キャンと絆創膏は本当に重宝したので助かった)
わざわざ僕にお接待をするために買ってきてくれて、そして多分これらを渡すために僕を待っててくれていた。
とてもありがたく、心から嬉しかった。出発のときにもちょうど洗濯物を畳みながら知り合いと話をされていたのでお見送りをしてくれた。
彼女が僕に施してくれた功徳をきちんと仏もしくは大師に知らせる為に、必ず最後まで行かなければと強く思った。
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乾燥が終わるのを待つ間、今日寝床にしようとしていた弥谷観音(いやかんのん)の東屋について調べたら、老朽化の為に取り壊されたと書かれてあるブログを見つけた。
事前に調べて本当に良かった。いざ着いて、そこに東屋がないとなったら寝袋の僕はもう途方に暮れるしかないだろうから。

また歩き出した。
しかしすぐに先程貼り直したばかりの右足裏の絆創膏が確実に剥げていることに歩きながら気付いた。ただでさえ靴の中が一歩進むたびにぐちゃぐちゃと音が鳴るほど濡れていて不快なのに、更に痛みが増す事態に。
このとき歩いていた道にはたわしが落ちていた。なぜたわし…。

先程のことを思い出しながら、お接待という文化が地元民とお遍路を繋いでいるのだなと感じていた。
会話はあまり交わさなかったけど彼女から受け取った優しさは(こんな足の痛みがある中でも)何よりのモチベーションになっているし、くだらないことをいつも考えてしまう自分の不浄な心が洗われるようで、落ち込んでいた気持ちも随分励ましてもらった。
一期一会のほんの僅かな出会いでも、四国の人々は僕を支え続けてくれた。本当に感謝しかない。

道は外れたままローソンに寄った。買い溜めもなかなか難しい状況だから、物資補給は重要事項。そしてやはりコンビニは何でも揃っているから最高。
明日の朝食や飲み物等を買った。手軽な栄養補給+保存食ということでカロリーメイトはなくなるたびに買っていた。このときは先程貰ったばかりだから買っていないけど。
支払いを済ませた後に、レジ前に御手洗団子が置いてあるのを見つけて食べたい衝動に駆られた。支払い前だったら買っていたかもしれない。

激しい雨の中ひたすら歩いていく。一向に降り止む気配はない。
撥水のウォーキングシューズを買ったけど、もう靴も靴下も足も嫌というほど濡れていて、そんな効果はまったく意味がなかった。
大雨で車道には水たまりが無数にできてあるから、何台もの車から水しぶきをかけられた。お遍路に水しぶきをかけて良い気分になる人はほとんどいないだろうし、というか良心が痛む人もいるだろうけど、でもその道を歩いて進むしかなかったから申し訳なかった。

歩道の上では小さなアマガエルが跳ねていた。生まれたての小さな体で懸命に生きようとする姿が可愛くて、そして美しかった。
踏まないように気をつけて歩きながら、どうか車に轢かれませんようにと願った。

阿波福井駅に着いた電車。この道路は土佐東街道、国道55号。
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どしゃ降りの雨に打たれながら、足の裏の痛みに耐えながら、また祖母のことを思い出した。
特別な存在だったからこそこうして特別な供養をしているんだと改めて実感、再確認した。
告別式が終わったからはい、さよならとお別れできる繋がりではなかったから、こんな痛みを抱えながらも、こうしてひどい雨に打たれながらも歩いているんだと。
泣きそうだったのに、車はひっきりなしに通るから、大きな笠を深く被り、顔を隠しながら歩いた。
喪失をいとも簡単に乗り越え、一瞬で日常生活に戻れるようなそんな存在ではなかった。だからこそもう会えないということが、もう話ができないということが、悲しくて、寂しくて、涙が出てきた。
こんなにも自分が泣けるということに驚いた。そして正直、嬉しかった。
堪えきれなくなると、誰にも気付かれないように泣きながら歩いた。泣いている声は車がかき消してくれるし、顔を見られたって雨で濡れているように見せることはできた。そういった意味では恵みの雨だったのかもしれない。

歩いた。歩き続けた。
でも靴も靴下も足さえも濡れて、重かった。ただただ重かった。
足だけでなくバックパックの中も濡れているような気がした。
多分、雨に濡れて重くなっていないものがない。

歩いた。状況はひどかったけど、歩くしかなかったから歩き続けた。
雨が激しく降っていたから写真が少ない。でも本当に長く感じる道だった。歩いても全然たどり着く気がしないほど長く感じた。

でも歩き続ければいつかはたどり着く。
鉦打トンネルを抜けると福井トンネルとの間に目的の遍路小屋はあった。
これは弥谷観音への橋。この橋を渡らずにトンネルから続く道を直進した先にあった。
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遍路小屋4号、鉦打。水やトイレはない。
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国道沿いで車の音が夜通し聞こえ続けるであろうこと、雨も風も強いこと、周りに植物があって蚊をはじめとする虫が大量にいること。今夜は寝れなそうだなと到着してすぐに予想ができた。
靴下を脱いで足を確認してみたら足がふやけてしわしわになっていた。一部分だけど完全に皮膚が足りない状態でよく歩いたなと自分に感心した。でもまだ続く。
寒かったので早く着替えないととバックパックを開けた。するとザックの底が浸水状態。慌てて荷物を確認するも、洗ったばかりの下着や寝間着に使っていたシャツは完全に濡れていた(上の方にあった一部の服や靴下だけ助かっていた)。
スマホも雨の影響か液晶が曇っている。とても見辛い。

さすがに疲労が溜まってきた。ノルマの30kmも今日はクリアできなかった。

ふと遍路小屋の中を見渡してみると、ベンチの上には飲むタイプのアリナミンの空きビン、地面にはお弁当でも入れていたようなプラスチックのパックが置きっ放しにされていた。どうやら他人のゴミを拾って歩くという修行を課してくれる人間のできた方々が僕の行く先々にいるらしい。

とりあえずお腹が減って仕方がなかったのでお接待でいただいたからあげ弁当から食べた。普段食べないタクワンですら美味しいし、コンビニで買ったもう全然美味しくない完全野菜100%?のジュースなんか飲んじゃってる。でもそのときは体がそういった栄養を欲しているのがはっきりとわかった。

食べ終わると寝床を作ることにしたが、寝袋も濡れていた。外側だけでなく中も上の部分が濡れていて不快だった。
何もかも水を吸っていた最後はいったい総重量何キロあったんだろう。
ベンチがカーブになっているからマットを敷くのも難しかった。
濡れているものを寝床以外の場所に引っ掛けたり、置いたりしてみたけど、雨が風に飛ばされてくるからどれも絶対に乾かないということがわかる。というか、風でそういったものが吹き飛ばされないかが不安で仕方がなかった。

疲れているのに疲れが取れる要素がない。
あれこれと作業をしていたらすぐに暗くなってきた。ヘッドライトをつけて明日の予定を確認したり色々としていたけど寝ることにした。一応明日は野宿ではなく、ある理由から23番札所の宿坊に泊まることに。
寝ようと目を瞑っていたら立て掛けていた杖が突然倒れた。そのままにはしておけないので寝袋から出て、拾い上げて、なんとか倒れなさそうな位置に置いた。
強風がたまに吹いていた。風で小屋の中まで雨が飛んでくるし、ひっきりなしに通っている車の水しぶき(特にトラック等の大型車のもの)も飛んでくることがあった。
こんな状況で眠れるわけがない。また体がなぜか痒い。一度痒みを感じると全身が痒くなった。
虫の影響ではないと思うけどなんだったんだろう。蚊は多かったし、住人在宅の蜘蛛の巣はあたり一面にあったし、地面はムカデがやって来そうな雰囲気だったけど。

何がどう転んでも絶対に眠れないような夜だった。
時間が経って風の向きが変わったのか雨が常時顔にかかり始めた。人間は顔に水をかけられながら眠れるようには作られていない。
また耳栓をしていても本当に道路のすぐそばだから車の音だけでなく振動も伝わり、騒がしすぎて眠れなかった。

1時頃にスマホが充電できていないことに気が付いた。雨で濡れたせいだろうか、スマホ側の原因だったら困るなと不安になった。モバイルバッテリー側の問題でも困ったけども。(帰ってから気付くんだけど、結局はスマホとモバイルバッテリーを繋ぐケーブルが断線しかかっていたっぽい。それに気付かずこの先も何度も何度も接続を繰り返したりという苦労を強いられていた)
とにかく機械を濡らすということは確実によくないことだから気をつけようと思った。メモ魔だからメモを取る為に頻繁に取り出すけど、笠の下で触ったってまったく濡れないわけではないし、多分レインウェアのポケットもかなり高湿度だし。(でもポケットの中なんかどうしようもない…)

寝れなかった。体は疲れたまま、癒やされないまま、時間は過ぎていった。多分この地球上の97%くらいの人間にとって眠るには過酷な環境ではあったけれど、不眠症でよくもまあこんな旅に出たなと自分自身に呆れた。疲れたからといって寝れるわけじゃない。
元々山だった場所を切り開いて作ったトンネルありきの道だろうから、本当に虫が多かった。寝ようとしているのにずっとどこかに虫がついてる気がした。
蛾っぽい虫が飛んでいて嫌だなあと思っていたら、しばらくすると違う虫が来た。

蛍だった。まったく予期していないことだったから、最初何か光ってるのが飛んでる…!と全力で驚いた。
もしかしたらすぐ近くにある橋の下から川を見下ろせば蛍の大群が見れるかもしれないと、どうせ寝れないから折りたたみ傘を差して見に行った。
でも見えなかった。いたのはあの1匹だけ。
知覧の食堂のあれから連想して、祖母を想うと会いに来てくれたのだろうかとまた涙が出てきた。
思い出せば泣いてしまう。悲しみはまだ消えてない。


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