4月29日。
目が覚めたが明らかに起きるには早いことはわかった。それでもしばらく経っても眠れず、スマホを確認しに行くとまだ1時台だった。しかもUSBが外されていて充電されてないという悲劇。
部屋に戻ると、トイレに行っていたベッドが下のおじいさんと、先どうぞ先どうぞという譲り合いを繰り返した。深夜にウケる。
それからまた眠れはしたが、どこかのおっちゃんの寝言だろうか、一瞬聞こえた大きな声で目が覚めた。顔を洗ってもう一度確認すると5時55分。
この夜はなかなか寝付けなくて困った。昼寝は禁物か。夢はオープンテラスの居酒屋のような店で、ビビンバをおじさん店員に注文するというわけのわからない内容だった。
まだ寝ている人もいたが6時10分には誰かが電気つけた。はい、グッジョブ。
指の裏のマメはあるけれど、足の裏には今回はできていない。少し前に小さなものはあったけど今は消えていて、足の裏だけ見れば歩いているのが嘘みたいに綺麗だ。何かしらの対策の効果なのだろう。
起きてきたJKはバスケットボールのTシャツを着ていた。バスケやってそうな雰囲気だもんな。年齢は二十代後半かな。
どいつもこいつも英語ばっかだぜというようなことを言っていたドイツ人のおっちゃんからグーテンモルゲンと挨拶されたので、そのままドイツ語で返してあげた。ヨーロッパなのに~というストレスでもあるのだろうか。
6時半に荷物をまとめた。とりあえずレオンまでをモチベーションに頑張ろう。あと4日だ。
1階では朝食を食べている人が多かった。自分は行かなかったスーパーに行った人が多いのだろう。
小さな白人の女の子が入り口が開くのを待っていたら、韓国女子があっちから出られるよと教えてあげていた。優しい。
イタリア人っぽいモデルみたいな体型の女の子もいたが、ニット帽を被っていてもその小顔っぷりが際立っていて、こんな子もいるんだなとしみじみ。
裏口からも出られたのだが、シスターが来て正面の入り口(上の写真の左)が開いたのでそこから最初の一人として出た。その次に出てきたケイ君とおはようと挨拶を交わした。珍しい日本語でのやり取り。
うーん、朝食どうしようかな。6時台じゃ店はやってないし、次の町のカフェでも狙おうか。
教会前でストレッチをした。唇が乾燥してひび割れているので、リップクリームをバックパックの奥底から出したいけれど、パッキングをしてしまった今は無理だ。
道端に落ちていたゴミをゴミ箱に捨てるという久しぶりのボランティア精神のある朝だった。ちょうどゴミも落ちていたし、ゴミ箱も定期的にあったので可能だった。正しくあることも大事だ。
音楽を流している店はあっても営業はしていないし、まだ空は暗いから道がわかりづらかった。
夜明け前から歩くのは遍路を思い出す。ゴールデンウィークに2周目を歩くと言っていた中野君がそろそろ歩き始める頃だろうか。
最初お母さんかと思っていた韓国のぽっちゃり女子から「ニジュウロクキロ!」と言われた。やっぱり日本語が少しできるんだな。女子4人で歩いていた。(すぐにバラけてはいたが)
朝から写真を撮りすぎる自分が面倒だ。今に始まったことじゃないけれど。
朝鴨。
水を汲む際に抜かれていたので、また韓国女子たちを追い抜くことになった。
ぽちゃ女子の前を歩いていた可愛い感じの女子が甘ったるい声でアニョハセヨ~と言ってきた。うん、シンジュの方が可愛いと思う。ちょっとこっちは整形っぽいというか、韓国のタレントによくいるような顔をしている。
多分みんな単独で来てグループになったのだろう。一番前にいた子につられて道路を横断したが、横断する必要はなかったというオチだった午前7時。その子は誰かと電話をしていた。
左はレオン、右はブルゴスへの道。
巡礼は振り返ったときの方が楽しい。焦らず行こう。サンティアゴは待ってくれている。
ずっと小鳥の鳴き声が聞こえていた。左には多分キツツキがいる。
歩いてるときだけ鼻水が出てきてズルズルと音がなってしまう。ネックウォーマーが欲しい。
朝焼けがとても美しかった。あの日の出に向かって歩くのも素敵かと考えたが、やっぱりそれは眩しいから、たまに振り返るこの感じがちょうどいいのかもしれない。誰がどう見たって美しい光景だったので、写真を撮る人の姿もいくつか見られた。
ケイ君の姿が全然見えないが、本当に早いんだな。歩き旅というより競歩旅やで。新幹線ボーイやで。
前を歩いていたのは顔馴染みのおばちゃんだった。彼女は振り返って朝焼けを見て、ため息を漏らすように、素敵ねと呟いた。自分もうん、美しいと言った。またこんな光景が見られたらいいな。
小さめの女性2人は前が美しい歌声のハンガリー女性で、後ろは韓国女性だった。みんな頑張っている。
獅童さんも同じ町を目指している様子。もうみんな町の名前ではなくて数字で呼ぶよね。
スウェーデンのおばちゃんも抜いた。朝起きた時はもうベッドルームに姿がなかったからいつも早起きなんだろう。1階で朝食でも食べていたのかな。
自分は朝食なしで8時を迎え、距離は6km歩いている。クロワッサンとスモデナランハを僕にください!!!朝食セットがあるとこがいいです!!!でも町がありません!!!!
ってことで、まだ次の町までは長そうだし、少し周囲は家畜の糞臭かったけど、手持ちのお菓子を食べることにした。
お疲れ気味の足取りの男性は予想通りジャックだった。次の町まで遠すぎると自分が言うと、なげえ道だとジャック。
しかし8時半に出店のような場所を発見した。ベンチにはケイ君がいて、おつかれーっすと声を掛けてくれた。朝食食べてなくてさ、次の町のバーでも入ろうと思ってたら…ねえ…?と自分が言うと笑っていた。
Desayuno packを注文。ラジカセからはEuropeのFinal CountdownやU2のOneなどが流れていた。
フルーツがあったり、ウィンナーを焼いていたり、バリエーションは意外と豊富。
看板犬はおっかなかったし、愛想の良い夫婦でもなかったけど、ありがたい。
この使い捨てのコップに注がれていたのは熱湯のカフェ・コン・レチェだったが、白い息が出るくらい寒かったので問題はなし。
ケイ君が去ってからは、ジャックが来て、隣に座ったのでちょっと話した。今日の行き先を聞かれて、えっと…26kmか27kmで…となんて町だったっけなと思い出そうとしていたら、テラディージョス?と町の名前を挙げてくれたので、あ、それ!と。
彼も朝食パックを頼んでいたけどカフェ・コン・レチェが熱すぎて飲めないからとくれた。
そわそわと人目のつきにくい場所に移動したおっちゃんを指して、彼はPee(おしっこ)に行ったなと。そうです、トイレがないのですここは。それが原因か、ちらっと覗いてからそのまま先を急ぐ人も多かった。
昨日夕食後ゲリンダと歩いていた背の高いおばちゃんとも話した。自分と同じでバーかカフェを探していたけどない!!と困っていたらしい。名前を教え合った。彼女の名前はカタリナ。また後で会いましょうと別れた。
こちらは一時的クリスチャンの一時的リオさん。中華系の子からはリンくんと呼ばれることもある。名を変え品を変え活動中です。
エヌルギーを補給できた。左指裏に違和感はあるが、これもそれも遍路の爪の痛みに比べれば、無痛どころか快感レベルだ。
高知であの状態に陥った。そこから結願まで歩くということは距離的にはログローニョ辺りから全部カミーノを歩くようなもんだろうか。本気で気が狂っていると思う。人間の根性って凄いわ。
立ちション勢をちらほら見るが、僕はまだ野外デビューはしてません。本当です。本当です。
このハーフパンツの人は結構前にも見かけたな。誰かと歩いていたような気がする。
何度も会う人もいれば、もう会えない人もいる。繋がりができる人もいれば、できない人もいる。人生と同じですね。誰かがカミーノは人生そのものだ、というような言葉を残してそう。
トイレかあれは…?と思ったが違った。でも裏でジャックを含む何人かが立ちションしていた。
たまにくる自転車集団と車を避けつつひたすら前へと進んだ。
写真左はスウェーデンおばちゃんで、右はブルゴスで通訳をしてくれたおばちゃんだったかも。
マレーシア夫婦は今日も音楽を流していた。オラー!と挨拶するとビッグスマイル。彼らにとって、誰かにとって、自分が笑顔になれる顔馴染みであることがとても嬉しい。
平野と車が巻き上げた砂ぼこり。
30mは歩いた小鳥。いやいや、飛ばないのかよと笑ったけど、鳥だってたまには地面を歩きたくなるときもあるか。
やっと久しぶりの町が見えてきた。
左右に店はあったが、右のカフェの方が人がいたのでそちらへ。
左手前はマレーシア妻で、その奥が美声のハンガリー女性。
メニューを見ると、お、珍しくホットチョコあるやん!と小銭を用意していたのに、いざ頼むと、チョコレートなんてないよと言われて、じゃあスモデナランハで…!と頼み直すと、それもない、コーヒーとかしかないよ。ってことだったから結局カフェ・コン・レチェにした。メニューの存在意義とは…。
ミルクが入っているとはいえ、コーヒーは普段日本では全然飲まないのに、こちらで過ごしていると普通に飲むようになった。帰ったらどうなるんだろうな。
何気にもう15kmは歩いているらしい。お昼はもっと、ゆっくり、しっかり取りたい。レディゴスという町にちょうどいい感じで着けたらいいけど。
看板等にWi-Fiのマークが書かれていもパスワードがわからないことが多い。それにわざわざ聞くのも面倒で結局使わないまま退店することもしばしば。
店から出る前に、あまり絡んでいないおっちゃんから、How are you? uh…Kei! と言われた。はい!ケイは別の日本人です!リオです!覚えてくれるかな!
店の外の看板。スモデナランハ詐欺やん…。
JKはまたイヤホンをつけていて、(多分洋楽を聴いているのだろうが)わざとTWICE?と聞くと、彼はノリがいいので、Yes, TWICEと答えてからTWICE好き?と聞き返された。い、いくつかの曲は知ってるよ(知らない)
前も書いたはずだが、自分も音楽は聴きたくなるけど、巡礼っぽさが薄れる気がして歩く間は聴かないようにしている。以前の巡礼だってそうした。
韓国女子の1人は目が合ったらよくニコッとしてくれる。卓球の平野早矢香っぽいと思っていたけど、よく見ると全然似ていなかった人。(でも便宜的に平野と書く)
残り9kmか。靴紐は緩められなかったけどトイレに行けたからOK。石鹸も良い匂いだったし、うん。左足小指裏付近は痛いけど歩いていたら気にならなくなるだろう。JKにまた!と手で合図してから再スタートした。
左へ曲がるらしい。
矢印通りに進んだのに、多分、単にぐるっと遠回りをして元の道に戻ってきただけ。嫌がらせやん…と思いつつ、うちの前を通るんじゃねえ!という地元の人がいても不思議ではないよなと勝手に納得。
こんなに顔が冷たいのは自分だけなのだろうか。取った水分はおしっこより鼻水の方で出ているような…(汚い)
そして今日もカッコウの鳴き声。マンデーシャッホー、チューズデーシャッホー、エビデイカッコー。
矢印が指す方へとひたすら歩く。
どうやって壊れたのだろう。
この辺りでは凝ったカミーノ石碑がいくつか見られた。
11時半過ぎ、向かい風で歩くのは大変だったし、雨粒がぽつぽつと落ちてきていた。どうか本降りにはならないで。
石に当たって色の違う水玉模様が作られたり、スマホの画面に水滴が付いたり、音だけでも雨足が強くなってくるのがわかった。どうなることやら。風もかなり強くなってきてるし、レインカバーをしようかな。とりあえず今は様子見状態だが。
思わず、さむーい!と呟いてしまう冷たい風が吹いていた。今日はシャツではなくライトダウンを選ぶべきだったな。
へえ、あんたもNANAって言うんだ。
レディゴスまであと1kmらしい。快適なお昼を過ごせたらいいな。暖かい店内で食事を取れて、靴も脱げて、モバイルバッテリーで充電がしたい。
サンティアゴまで残り373kmは半分越えでいいでしょう。やっとだな。
そしてこのバルに入った。
地元の人で賑わうバルで、巡礼者はケイ君と獅童さんの2人だけだった。ケイ君は会うたびにおつかれーっすと言ってくれる。
疲れたねえとお互いに労った。風が強かったからかな。ケイ君は(時間も早いし)あと3kmだからもうちょい休むとのこと。(サンドイッチを食べた後にまた飲み物を注文していた)
自分はトルティージャが一切れ残っていたからそれを頼んで、もうカフェラテはいいからスモデナランハにした。おっちゃん店員は最初、これかい?と瓶に入ったジュースを見せてくれたが、うーんと難色を示していたら、じゃあこっち?と生オレンジを手に持ったので、うんうん!それそれ!と大喜び。
奥の席に座ってこっそり靴を脱いだ(床は汚してないから許してください!!すみません!!)。トルティージャは冷めていたけど、パンもついていたからある程度お腹は膨れた。残念ながら店内は別に暖かくはなかった。
獅童さんが先に出て日本人2人になったが、それからイケメンも来たし、他の巡礼者も何人か入ってきた。イケメンはジージャン、ジーンズ、デニム生地の帽子という格好。統一コーデと言えば聞こえは良いが、イケメンじゃなければ危険かもしれない。
でも彼と話すタイミングがなかなかないんだよな。オラみたいな軽い挨拶はあるんだけど。
彼はこのバルの自販機で煙草を購入していた。雰囲気はサッカー選手っぽいかな。アルゼンチン辺りの。
目的地まではもう少し。
トイレにシャワー。
蛇口壊れてるし。
ちょっと汗臭い気がして抵抗があったが、実質パジャマ的役割のライトダウンを着た。既に体温は冷えているから風邪を引いてなきゃいいけど。
店を出る際に、地元の男性客が入ってくるのを待っていたら、ありがとうと肩をぽんっと触られた。
休憩明けの歩き出しは、左足の指先を地面につけるのが痛くて、足を引きずるような歩き方になってしまった。この問題はなんとかならないかな。人には見られたくない歩き方だ。
雨はぽつぽつと降ってはいたけど、暑かった。温度調整の難しさを感じながら、パーカーやライトダウンのファスナーの上げ下ろしでなんとかやりくり。
今日のラストスパート、残り2kmを頑張ろう。
足は痛むけれど徐々に馴染んできた。後ろに1人いたけれど、追い越されて心配されることにならなくてよかった。
今日はベッドの近くにコンセントがあって、Wi-Fiの繋がるアルベルゲがいいな。となるとムニシパルは賢い選択ではない。でもムニシパルくらいしかないような町もあるし、なかなか難しい。
前の夫婦は歩いているのが車道とカミーノ道と別だが、たまに声を掛け合ったりしていて楽しそうだった。奥さんはいつもニコニコ笑顔の人。
13時10分頃。教会が見えてきたか?と思ったら、風が強くなってきて服のファスナーを上げた。さっきはこのコンディションで歩き続けてきたわけだが。
手前にアルベルゲがあった。これは町の手前すぎてあまり人が来ないタイプのアルベルゲだが、レストランがあるならここでいいなと思ったし、雨が完全に大降り直前といった状態だったので、もう行くっきゃなかった。前を歩いていた人たちもそうしていた。この気象状況のおかげで、逆にここが今日は多くなるかもしれない。
寒いのに外に出ているニット帽を被ったおのののか似の女性がいるな、何人だろうと思いつつ中へ入った。
8€の10人部屋を選んだ。受付はおばちゃんだったけど、ラガーマンみたいなマッチョ男が部屋に案内してくれた。部屋内にはケイ君と韓国女子の平野さんがいた。
バスルームは部屋の隣に併設されていた。シャワーはいくつある?と平野さんに聞かれ、2つだよ(ケイ君が1つ使ってるから残ってる方を)先に使っていいよと言うと、あなたからどうぞと譲られたのでカムサハムニダとお礼を言った。
ケイ君は、韓国女子たちが毎日荷物サービスを使っているので、食料を少し分ける代わりに、彼女たちの荷物の空いたスペースに食材等を無料で便乗させてもらっているらしい。ギブアンドテイクだ。
しかし、なんと今日は平野さんが泊まるアルベルゲを間違えたとのこと(他の韓国人は無事着いたらしい)。だからシャワー後程なくして、そちらのアルベルゲへ行っていた。
その移動前にケイ君は、この部屋に日本人が4人いると教えてくれた。あんまり好きなタイプじゃないから話してないけどって。
え!!!4人…!?と驚いていたら、1人女性が入ってきた。さっき入り口付近で見かけたおのののかをお姉さんにした感じの女性。彼女の名前はえりこさん。自分と同じ20日にサンティアゴ目標だったが、思いのほか歩けているから、その先の地の果てまで行くらしい。
彼女は香港人のシンとずっと一緒に歩いているとのこと。そのシンという男性は見るからにアジア系だったので、シャワーを浴び終えた後に、どこから?と聞こうとしたのだが、いきなり、ファック!と口にしていたので尻込みして聞かなかった。でも良い感じの人っぽいし、個人的な知り合いの脇山さんにちょっと似ていて面白かった。(外に出ていたのは彼を待っていたのかも)
流れで遍路の話をすると、ゆみこさんという60代の女性についても教えてくれた。
その女性は今は膝を痛めてお休み中らしいけど、遍路をホテル泊でやったらしい。(遍路に費やしたお金は)めちゃくちゃ高くなかったですか?とえりこさんに聞かれたが、いや、野宿したんで…と答えると、すごい!と驚いていて、シンにもそのことを英語で教えていた。
一旦洗濯物を干すことにした。今は雨は降っていないものの、雲行きは不安でしかないが、他に干す場所もなさそうなのでこちらに。
そして洗濯物を干して部屋に戻ってくると、ベッドの下段におじさんがいた。その男性は自分の顔を見るや否や、ジャパニーズ?と聞いてきた。
彼が話し始めてすぐに、ケイ君が好きなタイプじゃないと言っていた理由がわかった。気に触るというほどではないが、なんだか早口のような話し方で癖が強い。
おじさんの名前はのりらしい。シンと自己紹介し合う流れで、リオで通していると日本人2人に説明したら、俺もほんとはのりおと言っていたので、あるあるですねと返した。
えりこさんはのりさんとも一緒に歩いていて、なんと2人とも自分と同じくサンジャン12日発。巡礼事務所で日本語のガイドブックを持っていたからわかったらしい。近くにいたんだな。今まで出会わなかったのが不思議だ。(と言いつつ、実はえりこさんの後ろ姿はパリの駅の写真に載っていたりする)
ブルゴスで休みを取ったと話すと早いねと言われた。遍路は毎日30km以上だったからこのくらいが楽しいと自分は言った。痛めている箇所はあるけど、7時や8時と朝の時間もゆっくり出発だから余裕は感じるし。
でも遍路の話をすると、尊敬されるような言われっぷりがなんだか気恥ずかしかった。ってかこの2人もそうだし、他の巡礼の道を歩かずにこちらへ来る人がほとんどだという事実に驚いた。自分が旅前に期待していた思い出の共有はできない。
今回の目標は優雅に歩く、なのでと言うと、このペースだと優雅じゃないんじゃない?とのりさんに言われた。どうだろうな。
ちなみに2人とも東京から。のりさんは鳥取出身で、えりこさんは仕事を辞めたから今は一応茨城にいるらしいけど。だいたいリタイアか仕事を辞めてみんな来ているな。
のりさんに鳥取砂丘は2月に行ったと話すと、一番ダメな季節だと言われた。春が最適らしい。学生時代の遠足はいつも砂丘だったらしい。
2人(自分とケイ君)はずっと一緒に歩いてるの?とえりこさんに聞かれた。いや、一昨日、あ、昨日会ったばかりです。
えっと、彼の名前なんだっけ?とえりこさんから(宿を離れた)ケイ君の苗字を聞かれたが、苗字はお互いに教え合ってないので知らなかった。
「ケイ君って呼んでます」「ケイ君でいっか、年下っぽいし」「僕は25です」「彼は?」「25です」「年下ですね…!」という話の流れは面白かった。のりさんも年下じゃんとツッコんでいたので、26歳以上の女性なのだろう。
ヤマガミさんという男性にも出会ったらしい。その人は元先生だが、携帯は日本でも持っていなくて、お金も日本円しか持っておらず、カードも持たず、その都度両替をしていたらしい。それなのに、小さなバッグの中から1.5リットルの水が出てきたのはびっくりしたと。
そろそろ日本の家族に電話しないと…と言っていたときは、携帯持てよー!と思ったとえりこさん。うん、変人だな。絶対的な変人だ。
どこからかトントントントンと音が聞こえていて、なんだろう…?とえりこさんと一緒に見に行った。
音の正体は、洗濯物を干す場所(庭)への出入り口のドアが開けられないと助けを求める白人男性だった。でも逆側にドアノブはなかったけれど開けられないことはないし、えりこさんもあっち(逆側)から入ればいいのにねと。ごもっともです。
その後えりこさんはビールを飲んでいた。そしてこのアルベルゲは少年たちのグループもまた同じだった。正確に数えてはいないけど、もしかしたら彼らが最も一緒になっているのではないか。とりあえずママとハイタッチをする流れはできている。
外の風が強かったので、洗濯物に洗濯バサミをつけようと外に出たら、小さなひょうが降り始めてかなり焦った。すぐに止んだけど、久しぶりに見たぞひょうなんて。
さっき、えりこさんはオールアジアンですよこの部屋と言っていたけど、白人のスキンヘッド男性がアジアンジャングルに迷い込んでいた。日本人4人、香港のシン、マレーシア夫婦、韓国の平野。そしてその白人スキンヘッド。
コンセントと椅子が近い場所を見つけたからそこでメモをまとめていた。途中ベロニカが来たが、もうフルになっていたのですぐに去った。
特に理由なき廊下の写真。一旦部屋に戻ると、寒いから(寝袋の)中に入ろうとのりさん。可愛い。
10人部屋だったのでもう1人白人が追加された。マレーシア旦那のいびきがうるさくて、スペイン人というスキンヘッドの男性が軽くそちらを見て舌打ちしたので苦笑い。えりこさんは耳栓用意しとこうと。
部屋に戻ったとき、りょうくんりょうくんと呼ばれてなんだか懐かしい感じがした。質問されたのは寝袋のサイズについて。自分のを見せると、ああ、小さいわ…と低いトーンで呟いていた。どうやら大きいサイズを買ったらしく、途中で買い換えようか悩んだみたい。
ケイ君からの印象は悪いみたいだが、別にのりさんは悪い人じゃない。充電とか大丈夫?俺が使ってるの外していいよとか、洗濯で干すものとかあったら(ベッドに)掛けていいよとか結構気遣ってくれていた。えりこさんは、のりさんはあんまり気にしない人だからいいと。うん、神経質な人だと困るけど、のりさんは真逆のタイプだ。
彼は五街道をカミーノの練習がてら(全部ではないけど)たまに歩いていたらしい。週一で電車に乗って続きを歩き足す感じで。
下北で行われたカミーノ友の会という団体が主催する説明会に行ったら、ランニングシューズでも大丈夫だよと言われて今回はランニングシューズで来たらしい。でも絶対トレッキングシューズの方が歩きやすいと思う。かなりのツワモノだ…。自分の遍路のデジャヴでもあるが…。(ケイ君がなんか普通の靴で歩いている人と言っていたがこういうことだった)
バラしていいのかあれだけど、えりこさんが面倒くさいなーと言いながらシャワーへ行った。入らない日もあるらしい。服をクンクンするのは自分もよくやる。意外な部分に汗をかいていたりするし。
この数日で久しぶりに日本語を話すようになったと自分が言うと、わたしはずっとのりさんと同じペースだから話し続けていると。
パリからは同じ電車に乗ったが、パリに入ったのは自分の方がずっと早かった。えりこさんはパリの名所を4時間で走り回ったらしい。自分がモン・サン・ミッシェルに行ったことだとかをいろいろと話した。
2人ともバイヨンヌからサンジャンは1時台のバスに乗ったらしい。面白いな。自分も乗れたけど観光するからとわざと見逃した便だ。島村さんとは違ってちゃんとバスに乗れた様子。島村さんは地獄の乗り合いタクシーだったわけだから…。
そして昨日はサンタマリアのアルベルゲには泊まれず?他のアルベルゲに行ったと。えりこさんや台湾人の女の子が料理を作ってくれて、のりさんは洗濯機係だったと。いいっすねえ。
このままじゃ日にちが余ってしまうから、レオンでも休みを取ろうと考えていると伝えると、えりこさんからかなり質問攻めされた。レオンそんなに良い街なんですか?何するんですか?どこ行くんですか?といった感じで。まあ、カテドラルには行く予定だけど…道の途中にあるデカい街ってだけかな…。
その街で長い(2,3日?)休みを取ると言ったら、シンがこれだけ長い旅だから長くはないよ!と言ってくれた。うん、確かに40日の中で見れば僅かな休息かもしれない。
眠たかったけれど、昨日の悲劇を繰り返さないためにも寝ないようにと、眠気に耐えた。
洗濯物は軒下の手すりに避難していたが、それでも雨で少し濡れていたからもう部屋に移動させてしまった。
フロント横の謎ベッド前に戻ると、後ろにあったコインで動くマッサージチェアにえりこさんが利用はしてないが座っていた。
チンチン!と言ったり、地味にえりこさんに絡み続けている男性(昨日サッカーをしていた人)がお金を入れてあげようとしていたが、彼女が断ったのでその男性が自ら使っていた。最終的にはえりこさんに交代して、きもちいー!と叫んでいたが。たまに自然に日本語が入るのがなんか良い。
それから、晴れてきましたねーからの、こんなに何もすることがない町は珍しいとえりこさん。
こんな風に時間があるときは何をしていよう。本を読んでもいいけど、ぼっーとするのも別に悪くない。そんなに苦じゃない。Wi-Fiがあれば退屈もしない。
時間の流れをゆっくりと感じていた。ソファに座って外を眺めたり、性懲りもなくスマホを触ったりしながら。
17時45分、ベッドの寝袋の上にいて、ちょっとだけ寝てしまった。
18時半からの夕食は多分一緒に行く流れだよな。今はえりこさんは寝袋の中で寝ている。ちょっと部屋から離れている間に起きていたけど。
そしてディナー。日本人3人に香港人のシンを加えた4人で食べた。知らないことも多いので質問をしたりされたりしながら、これまでどんな出来事があったかなど様々な話題で会話を楽しんだ。
シンは屋久島に興味があるらしく、ちょっと説明してオススメしといた。お遍路で香港の女の子に会ったよという話もした。(日本人だらけのテーブルだが、彼と話すときは英語)
彼はデジモン好きらしいよとえりこさんが教えてくれたので、アグモンの名前を出したら、少し時間が掛かったが通じた。メインキャラで〜ダイナソーっぽくて〜みたいな感じで。予想通り向こうでの呼び名は違うらしいが、アグなんたらと言っていたので違いは僅かなのかもしれない。その流れで広東語を少し教えてくれた。
彼は香港島に住んでいて、漢方の仕事をしていたが辞めて来たらしい。そんなに時間がないから帰りの便は5月22日だと言っていた。
えりこさんは一回香港に行ったことがあると。香港エクスプレスで4時間動かず、席も直立みたいな感じで大変だったらしいけど、でも香港自体はかなり良かったから是非行ってみてと言われた。ええ、行きたいと思ってるんです…!九龍城砦残っていてほしかった!
のりさんも終わったらちょっとスペイン観光をするらしいけど、どこかで地球の歩き方(という本)を忘れたらしい。うん、忘れ物はあるよね。自分もえりこさんもタオルを忘れた経験あり。
さっきえりこさんに話しかけていたチンチンの人ともう1人のおっちゃんの2人はコンビでナンパをするように、女の子がいるテーブル席に行って、ここ座っていいかい?と聞いていた。聞かれた女子たちは一瞬固まっていたけど、オッケーと答えた。まあ、断るのも難しいだろうけど。
バスルームで歯磨きをしていたらのりさんも来て、いつもこんな感じですと。楽しそうですね!自分は久しぶりに日本語で会話をしながら食事を取りました。
えりこのおかげでかなり助かっている、俺の添乗員だねと笑いながら言っていた。彼女は英語だけでなく、スペイン語も少しできるらしく、物怖じしない性格なので、組織にいたらすぐ上に行きそうな子だと褒めていた。料理もできるし、器用な女性なのだろう。それに容姿も良いっていうね。
カミーノに来る前に参加した友の会の説明会で、クレデンシャルは事前に入手していたらしく見せてもらったが、日本製の物で紙質から良い作りだとわかった。でも残念ながら同じく説明会に参加した人には4月スタートはおらず、ほとんどがゴールデンウィークスタートとかだったみたい。自分が会うことのない人たちだ。
どうやら体験談を発表する会もあるらしく、その会の存在を知ったえりこさんは(説明会には行ってないけど)わたしも発表したい!と言っていたらしい。
のりさんは以前アシックスに勤めていたとのこと。だから足や靴に関しては知識があって、えりこさんも最初トラブルを抱えていたけど今では問題ないらしい。自分にも、踵を後ろにつけてとんとんとして、靴紐を固めに結んだらいいよと助言をくれた。この靴とんとんは、似たようなことを遍路でも聞いた気がするな。
でも体のトラブルも様々だ。クロックスで初日以外ずっと歩いていても問題ない人もいれば、荷物も軽めなのに膝を痛めている人もいたし、疲労も加味すれば、実に多種多様な体の状態がそこにはある。わかっているのはこの自分の体は身長のわりにパーツが脆いということだろうか。要は結構弱っちい。
仕事の話もした。いろいろと話している途中に、じゃあ組織に縛られたくないわけだね、いいじゃない収入があるならと言ってくれた。ありがとうございます。
ちょっとつまんない親父ギャグもたまに聞かされながら、写真や動画を見せてくれた。でも、この人たち会ったことある?と見せられた写真の人物はことごとく面識がなかった。自分は最近後ろにずれたからだろうな。ってかのりさんの話し方もうなんか慣れてきた。
のりさんは英語もスペイン語もあまりできないらしいが、写真の中でも、その思い出を語る本人も、本当に楽しそうで、えりこさんはかなり人助けをしてるなと感じた。素晴らしいことだ。
常にずっと一緒に歩き続けているわけではないが、でも途中で合流したりしながら、なんだか一緒に過ごしているらしい。
歩きのスタイルは、歩き出したら抜かれることはほとんどないけど、その分長く休憩すると言っていた。ケイ君もほぼ同じことを言っていたし、自分もだいたいそうだから、もしかしたら日本人の特徴なのかもしれないですねと言った。遍路を歩いたから日本人の中でもいろんなスタイルがあるのは知ってるんだけど。
明日だけ天気が悪いらしい。寒いし、気温も3℃だとかで、雪マークもあるとかないとか。
それにしてもケイ君はいつ戻ってくるのだろうか。大変だろうな。天気も悪いし、きっとかなりのトラブルなのだろう。
8時半になったが眠たくなかった。もうちょっと起きておくことにした。
マレーシア妻は喘息持ちなのか苦しそうにしていた。すぐに治まったからよかったけれど、細かい咳を繰り返していた。
かなり寒そうにしていたがケイ君たちも戻ってきて、9時頃には部屋のみんなが揃っていた。
食事は結局向こうのレストランを利用したらしい。昼食から夕食まで同じ席を離れず、ずっと飲み食いしていたとのことで、トラブルはあったみたいだが楽しんでいたならよかった。
必要な食料だけをまた持ってきたみたいだが、でもその契約ではないけれど、(一緒のところにいなければならないという)暗黙の流れができているのなら、もし離れたくなっても、なかなか離れづらそうだなと思った。こっちもいろいろ大変やからなあと漏らしていたし、多少のストレスはありそうだ。
自分がUSBケーブルを挿していたプラグがコードごとどこかに行ったと思ったら、プラグの持ち主であるケイ君がフロント近くのコンセントまで持って行っていた。(昨日の自分のプラグに挿していたモバイルバッテリーはケイ君のだったらしい。似たようなものを持っているのを見たことがあるおっさんのだと思っていた。外しちゃってごめん!)
それから二人で話すことになった。
丈夫そうなケイ君だがそことは関係のないことで悩みを抱えているらしく、スマホで写真を沢山撮ったはいいが容量が足りなくなっていると。
クラウドへの転送も遅いWi-Fiの環境下では少しずつしか移せず、Macのノートブックも持ってきたけど使い慣れておらず疎いなあと困っていた。(どの程度困っているのかはっきりとわからなかったし、他にも問題はあるみたいなので、しゃしゃって助けた方がいいのかな、別に自分の助けは要らないかなと悩んだ)
ちなみにWi-Fiの電波はベッドルームが完全に駄目で、こちらもLINEがたまに更新されて、うおお!!いまだ!!と盛り上がるレベルには弱かったが、とりあえず今はここで画面を開いたまま放置して、クラウドへの写真の転送を試みるらしい。うん、上手くいってほしいものだ。
パリの観光の話もした。市民や観光客の服装が両極端で、夏みたいにキャミソールを着ている人もいれば、冬のように着込んでダウン姿の人もいたし、なんかカオスだったよね、でもどっちの気持ちはわかると。パリでは自撮り棒を失くしたとも言っていたかな。
パリからはボルドーではなく、トゥールーズ経由で来たらしい。でもストライキで2日電車が動かなくてサンジャンへ向かえず、予定はないから焦ってはなかったけど、物価の高いパリに滞在することになって困ったと。
しばらく(といっても数十分程度だけど)話していたが、とても楽しい時間になった。深く語り合うとかではなく、ほんとに他愛もない雑談だとか笑い話だったんだけど、このカミーノという非日常的な旅の中で、同い年の子とこんな風に話をするというのは何か特別な気がしたし、そういった背景を抜きにしても、単純に楽しいおしゃべりの時間だった。
カミーノを振り返って思い出すいくつかの印象的な場面の一つであることは間違いない。
一緒に部屋に戻る際にえりこさんとすれ違ったが、もう寝るんですか!?9時半前ですよ!?と言われて、彼女はまだ巡礼者ではないんだ…とケイ君がぼそりと呟いた。
でもえりこさんにとってはこの旅で日本人の若者に会うのは初めてってくらいだろうし、一緒に過ごしたい気持ちがあったのかもしれない。もちろん彼女を加えても絶対に会話は楽しめたと思う。でもまあ、このときは当然知るよしもなかったが、彼女と話す機会はこの先にもある。どのくらいあるのかはまだ秘密だけど。
今日の歩み
Carrión de los Condes – Terradillios de los Templarios / 26.2km
とんでもない文章量になった気がするが、重要人物たちの初登場なのであしからず。長編のノンフィクション巡礼物語とでも解釈していただければ無敵です。単に削るのが惜しかっただけなんだけど。