5月17日。
アラームが鳴る直前に携帯をベッドの隙間に落下させてしまい、電源ケーブルごと急いで釣り上げて止めることになった。皆様申し訳ございません…。
顔を洗いに部屋の外に出ると廊下に誰かのバックパックが置かれていて、もう出発する人がいるのかと思ったら、よく見るとえりこさんのだった。夜中にかなり焦ったんだろうな。
シンが起きたので聞いてみたら寝袋の中に入れたとのことだった。持ち主の女性はまだ寝ているけど気付かなかったのかな。電話してみたら? というシンの提案を実行してみたが、サイレントモードなのか充電が切れているのか通じなかった。小さな照明は各ベッド横に設置されているんだけど、周囲が明るくなりすぎるから使えない。
6時半過ぎに彼女を起こすと無事発見できた。寝袋の中ではなくて、吊るしていたビニール袋か何かの中だった気がするけど。
昨日肩にひりひりとした痛みを感じたからバンテリンは今朝は塗らなかった。スパッツを履き終えた後に気付いて、もう足に塗るのは面倒だからという流れからだが。
えりこさんからは眠れた?と申し訳なさそうに聞かれた。ええ、眠れました。すぐにまた睡眠を再開できたから何の問題もなかった。
のりゆみはソノコやアマンダたちとサンティアゴで会ったようだ。でも僕はここにいる2人とその他の巡礼者とまだ旅を続けている。
高床式倉庫がライトアップされていたので後で撮ろうと思っていたのに、7時になると消えてしまった。その数分後に出発。
同じ町の中にもレストランは他にあったのか。昨晩の店よりちゃんとしてそうだし、他の店に行けばよかった。他にあるとは知らなかった、調べてなかった、不味いとは予想してなかった、というのが理由。
きっとマイルストーンは灯台までの距離を示している。
日の出。
動作音が聞こえるだけで回ってはいない風車は遊園地のアトラクションを動かしているような音がした。
渓谷のような見た目のダム。
今日も、シンは(朝は特に)のろのろで、えりこさんは早い。こちらは写真を撮っているから離されるくらいだ。
こっちは自然の方かな。風車や鉄塔こそあるが、大自然の中を歩いていることに変わりはない。
初めて見た30代後半くらいの南アフリカ人女性を追い抜いた。ブロンドの髪で、肌の白い、綺麗な女性だった。とても明るくブエンカミーノと言ってくれた。
先程えりこさんにも説明したが、今日は細かいアップタウンを繰り返して、大西洋が見える丘の辺りから海抜の低い位置まで下る。
7時50分前にカフェを発見。
ズビリで同部屋だったベロニカがいた。親交はまったく深めてこなかったので話してはいないけど。
一見朝日に照らされたイケイケ写真かと思いきや、後ろの煙突がち●こすぎる。最低。ちん●最低。
再出発。
この女性2人組は昨日も近くを歩いていたな。
最高に珍しい、公衆トイレが併設されたインフォメーションセンター。特に尋ねたいことはないけど。
えりこさんと歩いていて、親心配してない?と聞かれた。彼女はカミーノの映画を見せたり、半年間母親を説得したらしい。もちろん仕事のこともあったと。
つい2ヶ月前まで東京で電車に揺られて通勤したり、デスクワークをこなしたり、残業をしたりしていたことが信じられないと話していた。自分より更にギャップがあるだろうな。
ムシアとフィステーラの道路標識。
その2つの地への分かれ道に、矢印の示す方向が違うマイルストーンが並んでいた。フィステーラがある左へと曲がった。
アジア人急にいなくなったねと話していたら、韓国人女性が2人いて、アニョハセヨと挨拶すると、チャイナ?と聞かれた。チャイナて…と2人で笑った。
ジンジュ&クーなどのカミーノカップルが衝撃的だったらしい。でも恋愛もいいけどそれだけに夢中にはなりたくないし、バスとか荷物サービスを使いまくってそれでゴールじゃちょっと…と言っているのを聞いて、根本的な考え方は似ているんだろうなと思った。ガチパリピ気質の日本人も来ることはあるだろうけど、基本的に日本人全体の考え方もそれに近いような気がする。
南アフリカ女性は40代かな。髪の色はブロンドじゃなく白っぽい感じだった。今も綺麗だけど若い頃はもっと綺麗だったろうねという言葉にはとても共感した。
レオンで休めたし、みんなに再会できたし、それから追い抜いて、フィステーラまで行くのって最高の流れだよねと話した。歓喜の丘以降は3人でいる時間も長いし、その3人で修学旅行気分で楽しく歩けてるのもいいよねと。
客数が確実に減ったカミーノ・デ・フィステーラにもキッチンカーが。
あれは海なのか何なのかわかんねえ…。山という可能性もあるのか…?
戸惑って地図を確認したりしたが、でもどうやら海のようだ。ようやく見えてきたぞ。
今日は元気なパンダちゃんを捕捉。ベッドを確保するとか言いながら姿は見えたままだけど。
どちらも青いからという理由で、空と海の境界線もわからなかった。
えりこさんがバルセロナで友達と会うというのは前から聞いていたが、その女性がいろいろプラン等も考えてくれているとのこと。一緒に遊ぶ?と誘ってくれたけど、残念ながらちょうどセビリアだとかにいて日程が合わない。きっと寂しくなると思うと自分は言った。一人になってしまったら誰かと話したくなるだろうな。
やることが沢山があるから早く着きたいというのが今日の目標。証明書を貰わないといけないし、洗濯もしたい。でも午後2時は無理かな。3時かな。
昨日からマイルストーンの数字当てゲームをずっとしている。昨日始めたしりとりは昨日のうちに飽きてしまった。
海だ!!!
今度は大西洋がはっきりと見えた。遠くて小さいが、船舶も確認できる。
山の方を見ても雄大ですから、誰だって写真を撮りたくなります。
10時半過ぎ、一本道の先に待ち焦がれていた大西洋が広がっていた。サンティアゴより美しい!と思わず叫ぶくらいの光景。
海を見るのはモン・サン・ミッシェルぶりかな(かっこいい)。
映え過ぎると写真撮影で忙しいなるという欠点。
町の姿も見えている。
下っていく。
シンが寄っていた、町に下りて一番最初のカフェは席が空いていなかったので先にあるカフェに寄った。
このカフェの客は自分たち以外いなかった。待っている間にシンも来たが、彼は再びスタンプを貰っていた。
どうでもいいというかちょっと汚い情報だけど、この店のトイレの小便器の中にサッカーゴールやボールがあって、おしっこでボールを飛ばしてゴールを狙うという仕組みはナイスアイデアだと思った。掃除も楽になるだろうし。
時刻は11時20分。
まだフィステーラは先にあるので、その目的地を目指して歩いていく。
ずっと内陸の道を歩き続けていたから、カモメ(orウミネコ)が鳴いている町を歩いているなんて信じられなかった。
ここはセー(Cee)という町。結構栄えているなという印象だった。
建物がカラフルで可愛い。
矢印が見つけづらくて見失っていたが、海岸の方を歩いている巡礼者を見つけて安堵。
砂浜を歩く巡礼者もいたけど、散歩をしている地元のおっちゃんたちが、もう一つ上の道だよと教えてくれた。
潮の香りが海風に乗って届いていた。
ここで調子に乗って他撮りを載せます。
エリコが撮ったリオの写真。
リオを撮るエリコを撮ったシンの写真。ってか紐緩みすぎ。
本当に素敵な港町だなと感じていたら、唐突に登りの道が始まってしまった。
細い道だったので、えりこさんが(写真撮るだろうから)先行く?と先頭を譲ってくれた。
登り終わると喫煙者2人は呼吸を整える必要があって、地元の散歩おっちゃんには自分だけ挨拶をした。1PTに1人挨拶マシーンを置いとけば好感度は上がるという法則です(え?)
もしやあれはフィステーラか…?
日本人2人で10人くらいを一気に抜いた。どこかにモチベーションを見出しながら歩いていく。
美しい。ただ美しい。風も気持ちいい。
12時50分過ぎ。まだ先だけど、美しい海の景色を見ながら歩いた。
そしてフィステーラ突入。
砂浜も白くて綺麗。
しかし最後まで登り気味だ。昨日の標高の写真を確認して、まだ登りがあるとえりこさんに教えると、彼女伝いでシンにもその情報が渡った。そしてシンが、なんで教えるんだ!と言うから笑った。
でも今日のシンはイケイケだ。片耳にしたイヤホンで音楽を聴きながら、鼻歌を歌ったりして歩いている。
普通に車道からも行けそうな道を少し遠回りするような形で歩いたのも、こういった猫と会うためだったのかもしれない。
民家の敷地内に小さな高床式倉庫があった。シンボル的な存在なのだろうか。
また裏道のような道を進む。
マイルストーンの表示が8kmになった。つまり町までは5kmということだ。
真夏のような暑さで大変だが、残りの距離が減っていって、もうすぐ到着だという高揚感はサンティアゴより遥かに感じられる。
再びゾロ目拒否。ラッキーセブンならず。
しかし花道が用意されていた。
シン撮影写真4連チャン。
そしてフィステーラの町が見えた。3人で歓喜の声を上げた。
ヤバーイ!!と叫ぶえりこさんの声が入っているが、誰だって叫びたくなる光景だったから、自分やシンの代弁でもある。これはヤバーイ!!ですよ、本当に。
フィステーラが初めて見えた瞬間 pic.twitter.com/l0D6VBhAEV
— 末宗凌 (@SuemuneRyo) 2018年12月11日
でもまだ到着ではないので、先程の歓喜も束の間、息を切らせながらまた登り道に苦しめられた。
町が近付いてきたので、気持ちを高めますとイヤホンをつけて一人の世界に入ったえりこさん。
自分は聴覚や嗅覚に意識を置いてみた。すると、道端に咲いている花から桃のような香りがして、鳥の鳴き声や波の音、ストックが地面に当たる音が聞こえて、風を体全体で感じられた。
一般の観光客の姿もあるビーチに入ると、突然えりこさんが靴を脱いで波打ち際まで走った。それを見ていたシンからはリオも行かないの?と聞かれて、もうすぐ着くのに今行くべきなのか…?と悩んだが、一人はもう完全に波打ち際まで到達してるし、ちょっと早い気もするけど…と気にしつつも、自分も靴と靴下を脱いで海水の方へと歩いた。
ココナッツのような匂いがする砂浜で、久しぶりに足を浸けてみた海水も気持ちよかった。
しかし、ここでしばし休憩するものと思っていたのに、えりこさんはすぐに戻って再出発してしまったので、急いで自分も道の方まで戻った。だが裸足になってしまっているのですぐに歩きを再開することはできない。シンは少し待っていてくれていたけど、仕方なしに彼も先に行ってしまった。当然、えええ…と困惑してしまった。
持っていたペットボトルの水で足に付いた砂を落とそうと試みたけど、砂の量が多くて落としきれず、諦めてサンダルを取り出して履いて、ここに来てまかさのサンダル巡礼デビュー。
なんか裏切られたような気分、と書くと強すぎる表現になってしまうが、とてもショックを受けていたのは否定できない。まあ、何も聞いていないのに下りた自分が馬鹿だったというだけだけど。
先を行く2人はゆっくり歩いてはくれていたが、速度を飛ばすのは面倒だし、サンダルで足を痛めても困るし、こちらもそう早く歩けたわけではなかった。
バーにいた巡礼者たちが温かい目で見てくれていたのは救われたけど。
先に進めば水道はいくらでもあったが、あれだったらもうバーで休憩してもよかったなと思った。
フィステーラ到着直前の予想外の展開に、正直、白けたというか、どっと疲れた。
でも自分が全然スピードを上げてこないから、テンションが下がっているのが伝わったのだろう。2人が頻繁に後ろを振り返るのが見えた。
結局は、リオがいないと宿がわからないよ!と待ってくれていたので合流した。めちゃくちゃ話しかけてくれたりと、気を遣ってくれているのがわかった。うん、切り替えていこう。子供じゃないんだから。
歩きながら、サンダル意外とイケるな…と気付いた。そのため(いざとなったら歩ける用)の重めのサンダルを用意してはいたけど。
ベンチで楽器を演奏するグループもいたし、観光地でもあるのでバカンス的な雰囲気で悪くなかった。天気も快晴だし。
確実にバスで来ているが、韓国の新宿もいた。そして、のりさんの姿もあった(バスの時刻表が載ったサイトは以前自分が教えていた)。
今日すごい焼けてるよとえりこさんに言われた。帽子を外して歩いている時間があったからかな。
ここがバス乗り場。自分たちは使わないけど。
そして14時半にアルベルゲへ到着。宿の名前は「Albergue La Espiral」
ハビエルという名前のおっちゃんオスピタレロが受付をしてくれた。ここはイタリア人たちで家族のように経営しているアルベルゲらしい。
しかしこの受付の時間は不快なレベルで騒がしかった。理由は多分、この瞬間に再会を果たした人たちがいたから。サンティアゴからはバスで来たなら、歩いていない分元気な人も多いのだろう。
人が説明を受けているというのに騒々しくてイライラしたし、なんだかテンション上がらねえな…と気分は沈んでいた。宿の評価はわりと高かったので予約したんだけど、言うほど良い宿でもなさそうだし、朝食の時間も遅いし、自分が先に予約してそれに2人が合わせる形だったから申し訳ない気持ちもあった。
それに先程の精神的動揺が、今まで気合いで隠していた一ヶ月分の肉体的疲労を引き出しているよう感覚もあった。えりこさんに「シャワー待ちできてるし、ちょっと寝たら?」と言われるくらい傍から見ても疲労が顔に出ていたのだろう。
受付後に30代くらいのイケメン男性に、パスタいるかい?と聞かれていたが、バスルームから出るとその料理ができあがっていた。(バスルームは小さくて、数も各フロアに一個ずつしかなかった)
テーブルを囲んでいたのは、宿側の人たちを含めて自分たち以外はほとんどイタリア人だった。他にはドイツ人の女性が1人いただけ。
美人な感じのこれまた30代くらいの女性が、日本人からプレゼントで貰ったのと見せてくれたのは四国遍路の小さな納経帳だった。自分もそれを歩いたよと話すとモリナセカのモニュメントの話になったが、この最終盤でまさか四国について話すことになるなんてと驚いた。日本の巡礼路のことなんて忘れるくらい今までまったく話題に挙がらなかったし。
午後4時半前に証明書を貰いに行くと、行列ができているのが目に入った。ちなみにこのムニシパルを兼ねている建物までは、宿の主人であるハビエルが親切に案内してくれた。
歩き、自転車、馬で来た巡礼者しか証明書を貰う資格はないと書かれた注意書き。要は交通機関を使った人間は貰えないのだが、バスで移動してきた1234ガールが完全に貰うつもりで来ていて哀れだった。残念でしたね…。
この日は午後4時から証明書発行と聞いていたがその通りだった。
並んでいる間にのりさんとゆみこさんが来た。ゆみこさんに翻訳機の調子がおかしいから見てくれないかと頼まれたのだが、自分が機械に触れるだけで直ったからハンドパワーの持ち主なのかもしれない。
待ち時間が長かったので、えりこorシンのどちらかが買ってきてくれた飲み物。(どっちだったかは忘れた)
サンティアゴでもあったように、ゴール地点で家族が待っているというパターンがあるよね。
自分は完全に歩くつもりだったが、えりこ&シンは明日はなんとバスでムシアへ移動するらしい。なんていうか、3人で歩いていたのに2人離脱となるとモチベーションが気懸かりだな。ここまで一緒に歩いてきたのに…という気持ちは当然生まれるし。
じゃんけんでえりこさん、自分、シンという順番に決まった。真後ろに自然に入ってきた(後ろの知り合いと話していた?) レオンでえりこさんに怪我治療のアドバイスをしていた男性が、その光景を見て笑っていた。
シンの香港のパスポート。
約1時間20分待って、ようやく順番が回ってきた。パスポートを渡したり、出発した町を尋ねられたりといったやり取りがあったのだが、このおっちゃんがすべての作業を1人で行っていた。
そして手にしたフィステーラの証明書。デザインが良いのは知っていたけど、実際に自分の名前が記入されていると一層素敵に思えたし、歩いてきた価値を感じられた。
宿に一旦戻って、そのまま灯台に向かうことに。
カモメの糞で海辺の車はこの有り様。
Faro(灯台)まで2.2km。
いや、でも灯台行くのはいいけど、サンセットには早すぎるねとやっぱり引き返すことになったというオチ。距離も近いわけではないし。
またバーに寄って、セルベッサ(ビール)のメーカーが違うだけで、先程とほぼ同じ組み合わせの飲み物購入。
シンの煙草臭いパーカーを着てみた。
港の様子を長めながら過ごしていたら、本当に歩くの…?と念を押して確かめるようにえりこさんが聞いてきた。歩きたくないと何度も言っているが、もし自分が歩くなら彼女も歩くらしい。(自分のことは)気にしないでと言っても、気にしてないと返ってくる。
歩かないというシンに説くように「今朝歩き始めるときに、一ヶ月以上の長かった旅もあと2日だ、と気合いを入れて、そして今1日が終わり、残り1日になったんだ」と言うと、シンは「自分もそう思っていた、でも今すべてが変わった」と。
つまり、フィステーラに到着したことで達成感を感じて、もうこれ以上歩きたくないという気分に2人ともなったのだろう。でも自分はムシアにもフィステーラと同じくらいの熱量を持っていて、まだモチベーションを切らしていないので、歩くつもりでいる。
シンに一緒に歩こう!といった感じで、(その前の会話の流れから)Friendship!と言いながら握手の手を差し伸べたら、彼の手に逃げられて爆笑した。
先程の場所は人の通りが激しかったので、移動することに。
この辺りでしばらく過ごしていた。
すぐ近くをカモメが歩いているような場所でしたとさ。
それからは、午後7時を過ぎていたので、レストランへ向かった。
ちょっとお値段高めの店だったが、それゆえ料理は美味しかった。自分が頼んだタコ料理だけ煮すぎていて、もったいない注文だったなと残念に思ったけど。
日本のガイドブックを読むとフィステーラ-ムシア区間は飲食店など一切ないといった書かれ方だが、マップを見る限りバル等普通にありそうだ。
ムシアの証明書を貰う方法を調べた。歩いたことを証明するために、Liresという途中の町でスタンプを押してもらう必要があると書かれてある。
このときにムシアの証明書が全然オシャレじゃないということを知ったえりこさんは「いらない…歩きたくない…」とこぼしていた。
Bring her!(彼女を連れてけ!)と、自分とシンで押し付け合う流れになったが、なんでシンは拒むんだ…。
でも歩きたくないと言いつつも、自分が歩くなら彼女は歩くわけだから…。うーん…。罪悪感に近い感情も湧いてくる…。
香港にいるときはシンはミルクティーを毎日飲むらしい。そんなイメージは一切なかったので日本人2人にとっては意外な事実だったが、調べてみると、かつてイギリス領だった香港では日常生活の一部なようだ。
午後9時過ぎにまた灯台の方へと歩き出した。宿の人たちに、本当に寒いから服をもっと着込みな、と言われたのでパーカーを着てから。
今はもう気分は沈んでいない。沈むのは夕日だけでいい。
えりこさんは迷い始めたらしい。嫌々言いながら歩くつもりだったのだろうが、さっきの夕食でワインを飲んだら、歩くかバスにするかで揺れていると。
町へと戻るすれ違う人たちも多かったが、灯台(岬)で日没を見届ける人もきっと多いだろう。
乗用車だけでなく、キャンピングカーなども停まっていた。
0.356km。
もう沈みそう!と早足で先へと急いだ。
いや、まだ大丈夫だ。
ホテルやレストランもあった。きっと文句のつけようがないオーシャンビューだろうな。
そして0.000kmのマイルストーンを見つけた。右後ろに写っているのは灯台。
明度を上げてみると、数字の部分が剥がれているのがよくわかる。多くの巡礼者が触れるので薄くなっているのだろう。
そして大西洋に沈みゆく夕日を眺めた。
古の巡礼者は、ここ地の果て(Fin de la Tierra)で、海で身を清めて、衣服を燃やし、沈む太陽を眺めながら、今までの自分に別れを告げていたらしい。
中世ではこの地は生と死の境目とされていたようなので、生まれ変わりの旅でもあったのだろう。行きの道で死に(懺悔をしたりと、これまでの悪いものを落とし)、帰りの道で新たな自分として生き返って、現実の生活に戻ると。
ロマンのない現代の事柄を書くと、今は物を燃やすなという注意書きがあるようだが…。(それを見てはいない)
自分が何を考えていたか。夕日は綺麗だけど、明日2人はどうするのかなと気になってしかたない部分は正直あった。それ以外は秘密。もしかしたら特別な想いを抱えてここに来たのかもしれませんからね。ええ。
のりさんとゆみこさんも来ていたので、みんなで記念撮影のような写真も撮った。
動画ではいつものトーンでお喋りする年配者たちにえりこさんがちょいキレてるけど、悪く言えばせっかくのムードが台無しってわけだから、気持ちはわかる。
フィステーラの灯台にて pic.twitter.com/oS9nLUwOvE
— 末宗凌 (@SuemuneRyo) 2018年12月11日
そして前に出て黄昏るえりこさん。バスでフィステーラにたどり着いた人たちとは違う感動があったことだろう。
大西洋に沈む夕陽 pic.twitter.com/5towUgue35
— 末宗凌 (@SuemuneRyo) 2018年12月11日
こちらは黄昏る男2人。なで肩ハンパない。
雲があったので完璧な日没ではなかったが、水平線のような形の雲だったから、沈み方は普段のそれとほとんど変わりなかったはず。少し早く夕日が見えなくなったというだけで。
21時48分に沈んでしまった。ここまでじっくりと太陽が沈む様子を見ることは普段そうそうないし、この特別な場所で、ということも含めて、感傷に浸れる時間だったと思う。
0kmマイルストーンのところで証明書を持って撮らなくていい?という自分のアイデアと、クリアファイル(inミニバッグ)を持っていたので2人の分も持ってこれたことを2人に感謝された。
そして沈む夕日を見て自分も決心した。本当は歩きたいけれど、ムシアを後に回してしまったのは他でもない自分だし、2人ともバスに乗ろうと熱心に誘ってくるし、自分が歩くならえりこさんは歩くのかもしれないが、シン1人がバスに乗るのも良い気分はしないだろうし、何より2人とも足の状態が良くないから、もう自分もバスに乗ろうと決めた。
それを伝えると2人とも喜んでいたが、でも後になって、やっぱり後悔するかな。今の夕焼けでフィニッシュだと本当に思えるかな。
帰りの道。
えりこさんがおしっこしたい…という流れから、ビートルズのHelp!を自分のiPhoneで流したり、Let It Beの替え歌Let Me Pee(おしっこさせて)を彼女が歌ったりしながら、早足で、ときに走って、帰った。
Let It Beは最近の3人のネタソングなのだが、All Together Nowもえりこさんが歌い出したのは、バスに一緒に乗ろうというわけではなく、おしっこ一緒にしようということだったのかもしれない。
あそこ(の草むら)ならできるんじゃない!?人目から隠すからしちゃいなよ!?と無理難題を切羽詰った彼女に提案しつつ、彼女より先に宿に着いてバスルーム確保しとくわとジェントルマンを発揮した。
日没後の空を飛ぶカモメたち。
行きも帰りも走ったりしたので、消耗したのは間違いないが、でももう歩かないし…と割り切ってはいた。
アルベルゲの門限は22時までで、それに間に合いそうになくて焦っていた部分もある。門限がなかったりする(あるいはもっと遅い)宿を選べばよかったと後悔していた。自分だけなら別にいいんだけど。
でも灯台から帰ってきた時間でもアルベルゲは普通に開いていた。日没を見届けて22時に帰ってくるのは無理だと知っているんだな。遅れて帰ってくる人も少なくないのだろう。
しかし予期せぬ出来事が起きた。一人だけ済ませていなかったえりこさんがシャワーを浴びていたのだが、シャワーブースの扉がきちんと閉まっておらず、バスルームだけでなく、フロアの方まで水浸しになっていた。
帰り道を歩いているときに「もう遅いし、バスルームの鍵閉めないから気にせず入って、歯磨きとか済ませて先に寝てていいよ」と言われていたので、自分もそのバスルームに入っていたのだが、体の部分は色が付いていて透明なガラスではなかったとはいえ、後ろを見ないようにしていたので気付くのが遅れてしまった。
タオルをバックパックの中に忘れちゃったから取って来てくれない?と頼まれてバスルームを出ると、その扉の前に宿の人たちが数人困ったような表情で立っていて、事の重大さに気付いた。
えりこさんにすぐに教えたけれど、当然その事態にびっくりするわけです。程なくして宿の女性が搾り器がついたモップで清掃を始めるわけだけど、えりこさんは本当に申し訳なさそうで、誠心誠意の謝罪をしていたが、女性はいいのよいいのよ!と不快な表情は一切見せずにフォローしていた。
反省中のえりこさんは自ら率先してモップで掃除をしていたし、自分ももっと早くに気付いてあげればよかったと手伝うわけだけど、結局宿の女性が、もう気にしないの!これはわたしの仕事よ!といった感じで返却を求めていたし(えりこさんはいいえ、わたしがやります!と続けたけど)、自分に対して、消沈しているえりこさんの写真を撮っときなさい!と笑いながら提案していた。
最終的には泣きそうなえりこさんと満面の笑みのその女性のツーショットも撮った。本当に優しい人で感動したし、間違いなくえりこさんは救われた気持ちになっただろう。
宿の人たちがまた気を遣ってくれたんだろうけど、ちょっと飲みに行くんだけど一緒に来ないかい?といった感じでえりこさんが誘われて、誘われたえりこさんは寝ていたシンを起こして、そのシンが自分も行こうと誘うから(飲めないのにどうしよう…と思いつつ)、ハビエルについていくことになった。
移動した先の場所では、バーの店先(路地)にテーブルやチェアを出していて、またイタリア人だらけの空間ができあがっていた。
写真は左から、主人のハビエル、パスタ男性、そしてさっきの女性。
バックパックの重さはどれくらい?とハビエルに聞かれて、10kgと答えたのだが、シン曰く、今日自分の荷物を担ぐことがあったけど10じゃなくて12だと思うと言っていた。まあ、水があるとそのくらいになるかもしれない。自分のように馬鹿みたいに重いモバイルバッテリーを持っている人も見たことないし。
このハビエルからムシアまでの道は美しい。随分昔のことだから今はどうかはわからないが、以前彼が歩いたときは、靴を脱いで川の水の中を渡ったこともあったりして楽しかったよ、という話を聞いた2人は、気持ちが変わったようで、歩きたくなった!と言っていた。いや、歩くんかい…。
ハビエルは、カミーノが辛いって人がいるけど、日本のYamabushi(修験道)のMonk(修行僧)は眠らないで歩き続ける人もいるのにねという話もしていた。自分しか知らなかったが千日回峰行のことだ。カミーノなんてスーツケースで来ている人がいるよと。
この飲みの場で、えりこさんもシンもすごいな…と感じた。2人がお酒を飲んでいるのは何度も見てきたけど、こうした酒の場で他の人とガッツリ絡むのを見るのはほぼ初めてだったから。
シンは基本おとなしいけど、えりこさんは特に活躍していて、スペイン語圏の乾杯の儀式(Arriba, abajo, al centro, pa’ dentro!)も知っていたし、パスタ男性がシンに聞いた「Shitって中国語で何て言うんだい?」という質問に「JapanではKuso!」とか平気で答えられるし、睾丸のイタリア語も知っていて、それを聞いたイタリア人たちは馬鹿受けしていた。(手前にいた優しそうな夫婦はやめときなさいそれは…って感じで苦笑いしてたけど)
親しい身内間でのくだけた雰囲気での下ネタとかなら別にいいんだけど、汚い言葉は好きじゃないというか、よく知らない相手とそういう類の言葉を言い合うのには抵抗がある人間だから、正直こういう会話は楽しめないので、会話を聞くのに徹しておとなしく過ごしていた。
2人の会話にFワードが入ったりするから、周りの人たちが不快に思ってないかなといつも気になっていたけど、こういう場で馴染むには必要なのかもなと思った。お酒の力を借りて一気に距離を縮められば逆にそれが適しているのかと。うん、自分はそういうスキルに欠けている。
チュピート!チュピート!(スペインの食後にショットグラスで飲む強いお酒)と連呼するスキンヘッドのおっちゃんなど、この場にいたほとんどの人にえりこさんはエラく気に入られていた。
彼女自身も楽しそうに見えたので、落ち込んでいた彼女の気分が晴れたり、罪悪感が消えたのならよかったと心から思った。Eriko! I love you!って去り際言われてたくらいだし。
でもハビエルともっと話したかったというのが正直なところ。彼の知識は自分を楽しませてくれるのは間違いなかったし。飲みの場じゃなくていいから聞きたかった。もう遅いけど。
帰り道はえりこさんが千鳥足になっていたので、シンが彼女の肩を持って歩いていた。ほんのちょっとしか飲んでいない自分が宿の前まで誘導したが、2人とも煙草を吸うとのことで自分だけ先に部屋に戻った。
多くの人が既に寝ているその真っ暗な部屋の中で、楽しみに落ち着いたと言っても、カミーノの日常、午後の大部分を占める飲みの場は自分にとって別世界のようなもので、普段から酒も煙草も自分の人生にないものだから、どうしても距離を感じるなと思った。でも、これがカミーノなんだ。
お酒が飲めないってやっぱり損なのかなと考えた。まあ、飲む人たちからすれば自分は損をしていると思われるだろう。でもアレルギー的な体質の問題だし、どうしようもないこと。それなのに、誰に虐げられたわけでもないのに、こうして疎外感のような感情を感じるのは、障害を持つ人が「どうしてみんなが普通にできていることが、自分だけできないのだろう」と悩むのに近いと思う。またそれはコンプレックスにも似ていて、ただただ虚しく感じる。
自分自身で損だとは思わないと信じていても、気にしているからこういうことを考えるんだろうな。誰かにこの気持ちを理解してもらうのも難しいだろう。
きっと飲みの場の交流というものは自分にとって、今までもこれからもないもので、そういうのが好きな人とは深くは繋がれないのかなと気になった。酔っ払っているがゆえに話せる内容なんてわからないし、入っていけない世界があるというか、自分からは動けない距離感というか、うん。
先程も大勢の人がいるのに自分だけという状況だったように、お酒を飲まない人の方が圧倒的少数で、飲む人たちからつまんないなと思われると寂しい。でもどうしようもないことはどうしようもない。飲む飲まないという選択ではなく、飲めないというのも、大を兼ねることなどできない小だ。
いや、でもなんで、そもそもなんで、こんなくだらないことをヨーロッパの端っこで考えなきゃいけないんだ、とは思っていたけど。
今日(の午後)は、気持ちの浮き沈みが激しすぎて、モチベーションの切り替えが追いつかず、笑えないくらい疲れてしまった。
どうやら明日は1人で歩くしかないようだ…でもここまで来たんだ、寂しくたって、あと1日頑張ろう…と入れていた気合いが、ええ…結局歩くの…?と一瞬で抜けてしまうような、ジェットコースター的な感情の上げ下げがあった。
それに、一緒に歩けることは嬉しいけど、シラフの状態で自分が一緒に歩こうよと説得した言葉は一切響かなかったのにな…と複雑な気持ちもあった。
でも、楽しまないと。目が覚めたら良い気分であってほしい。多分3人で歩くのだろう。最後の歩きの日になる。走ったりしたことでのダメージがなければいいが。
その後も、なんで泣きそうなんだろう…と憂鬱さを感じていた。自分のことだから今更不思議でも何でもないが、簡単に蹴飛ばされてしまうような弱い心は、こうしてすぐに情緒不安定になる。今のところデメリットしか感じたことのないナイーブさだ。
後になって振り返れば、なんでそんなことで悩んでるんだよ!気にしすぎだろ!とツッコミたくなるようなことばかり。でもそんな些細なことで、簡単に嬉しくなったり、簡単に悲しくなったりするのも自分らしさの一つ。こうした心情の揺れ動きを含めて、全部リアルだから面白いのかもしれない。自分は別にちっとも面白くないが、誰かがそれに少しでも面白さを感じてくれるなら、意味もなくはないだろう。
日付が変わって12時半を過ぎた。耳栓は出していない。酔っ払っていた2人はもう1時間近くも前に寝てしまった。明日はどんな1日になるのやら。
今日の歩み
Olveiroa – Fisterra / 30km