5月20日。
5時になってシンのスマホが振動し始めたが起きないので起こした。早起きをしようと決めていたのはできるだけ早い順番で証明書を手に入れるため。
Facebookのタイムラインを見ると、レカがアマンダたちのあいのりグループとゴールして、フィステーラも(多分バスで)行ったということがわかった(写真に日本人2人の姿はなかったが)。おめでとうだ。
自分はというと、歩き終わったし、ありえないくらいトレッキングパンツが汚いから、ジーンズみたいなパンツを欲しがっている。どこで買えるだろうか。
5時50分前に外に出た。都会にいる少ない数の鳥が鳴いているだけ。
ほぼ無人の通りを歩いていく。


Phase one。静寂に包まれた夜明け前の大聖堂を撮る。
対面の庁舎がカラフルにライトアップされていて、こちらの方に目を奪われがち。

こうした静けさの中でサンティアゴの大聖堂が見られるというのは貴重だろう。自分にとっても大きな意味を持つ時間だったと思う。

そして巡礼事務所へと向かう。(寝癖がついてる…)
正しい軌道に乗って。
6時15分頃に到着。一番乗りだ。
まだ夜明け前。朝はすぐそこだけど。
大聖堂から1人の韓国男子が自分たちの後ろをついてきた。彼が荷物を置いてどこかへ行くと、その次は韓国女性2人が来たが、荷物置いといたらいいと思ってる悪い癖とえりこさんが言ったのには笑ってしまった。
朝食はかかかっぺ。
自分のサマソニハンカチを被るシン。
韓国女性2人から自分たちの写真を撮っていいかと聞かれて、特に断る理由もないのでいいよと答えた。ちなみにその次に来たのも韓国女性だった。
7時頃にシンがコーヒーを買ってきてくれた。寒かったのでありがたい。

徐々に増えていく巡礼者たち。
しばらくして今度はえりこさんもコーヒーを買ってきてくれた。2人ともずっと優しい。
自分は証明書授与の仕組み、大聖堂でのミサの時間、ボタフメイロを見るためのベストポジションなどを調べたら、なんでそんなにパーフェクトなの!と褒められた。いぇい。

こういうのも楽しいよね、寒い中~とえりこさんが言うので、うん、ぐだぐだ喋って~というような会話をした。
後ろの韓国女性はまた写真を撮って、それから彼女は近寄ってくると自分がデスノートのライトみたいだと言ってきた。多分白いパーカーのフードを被っていたからだろう。実写版の続編でも観たのだろう。似ているのはフードだけで申し訳ないけども。
並んでいる人の列は時間を追うごとに伸びていく。

8時前に扉の向こうを鍵穴から覗き込むと、人が動いているのが見えた。
近付くその瞬間。ハイタッチをしてくる人もいたりして、この場にいる全員の胸の高鳴りが聞こえてくるようだった。
酔っ払って壁に向かって歩くムシアでのえりこさんの真似。後ろの韓国女性たちも笑っていてなんか良い感じのハートフルムービー()
そして!!!!8時8分に扉が開けられた。
建物内を進み、受付のカウンターが見える場所で一旦待機。
3列で並ぶということは、3人とも先頭だということ。
進んでという指示が出ると受付まで進み、クレデンシャルを提出して、申請用紙の項目(国、出発地、巡礼方法、動機)を記入した。
(動機は「宗教」「宗教および文化的興味」「その他」から一つ選ぶのだが、その他を選んだ場合は証明書ではなく歓迎証が渡される)
手続きが終わると、ついに巡礼証明書を受け渡された。ついでに記念だからと右の距離証明書(サンティアゴまで)も貰った。フィステーラとムシアの証明書も持っているのでコンプリート感が尋常じゃない。 
伊勢神宮での内宮の御朱印、高野山で最後の納経をしてもらう瞬間に近い感情だったかな。
同じく証明書を授与されたばかりの2人に同時にハグをした。上に筒を投げたえりこさんは上手くキャッチできずに笑っていた。
もう中庭まで並んでいる。先頭で貰っちゃったぜ。

事務所から出ると、最高に清々しい気分のまま、歩いて大聖堂へと向かった。本日もパンダマップ活躍中。

バックパックは持ち込み禁止。
いよいよ大聖堂の中へ。
エルサレムで古代ユダヤの王アグリッパ1世によって西暦44年頃に断首された、十二使徒で最初の殉教者、聖ヤコブ(サンティアゴ)の亡骸を祀って建てられたのがこの大聖堂。
弟子2人が遺体を乗せた石の小舟が海を彷徨い、辿り着いた先がこの地の近くとされており、そこで埋葬されていたのが1世紀半ば。しかし亡骸はその後行方不明となり、星に導かれた羊飼いによって9世紀に再発見された。その伝説の聖地への巡礼が今回のサンティアゴ巡礼だった。
中央祭壇地下では今なお、聖ヤコブと弟子2人が棺の中で眠っている。撮る気にはならなかったので写真はない。

先頭付近には予約席。ほほう。
中央祭壇の上へと登る階段の先では、聖ヤコブ像に後ろから抱きつくことができるので、巡礼者はここで旅の終わりを聖ヤコブに報告する。しない人も多いだろうけど。

カテドラルに入った直後、荷物検査員的な警備員のおっちゃんにボタフメイロが見られるミサの開始時間を質問していたが、トランシーバーで誰かに聞いてはくれたけどなんだか頼りなかったので、中を回った後に若い警備員に改めて尋ねると10時か11時30分だと教えてくれた。
まだ8時40分とミサには早かったのでカフェに向かうと、昨日2人が再会していたアデルというイタリア人の女の子にまた会って自分も握手をした。グミばっかり食べてるとは聞いていたが、本当に歩き旅をしてきたようには見えない、とても華奢な女の子だった。
また行きたい場所はある?とシンに聞いてみたら、Vianaと返ってきた。自分は町の手前で休憩していたのでビアナは素通りに近かったけど、写真を振り返ればすべての日で記憶が蘇るので、どんな町だったのかは思い出せる。
ガキっぽいことをするとえりこさんがKids~!Boys~!と煽ってくる流れがずっと前からできていたんだけど、彼女が食べかけの目玉焼きを使って、お皿の上に顔を作っていたのでGirl~!と馬鹿にしといた()
自分の背後には韓国人が沢山いたが、この写真の左に写っているのは事務所で後ろにいた男子だ。多分。
10時から始まるミサのために30分以上前に大聖堂へと移動した。
その途中で知らないおっちゃんと歩くジャックの姿を見つけたが、えりこさんもジャックのことは知っていると言っていた。視線も合わなかったので話しかけはしなかったけど。
建物内へ入った瞬間ではマレーシア夫婦との再会が待っていた。フィステーラまで歩いたと言うと、ふええ~~!!というような反応だった。彼らはバスで行ったらしい。ジャックに引き続き、えりこさんたちも知っている珍しい共通の知り合いだった。
ドイツの下ネタおっちゃんが奥さんと歩いているのも見えた。サンティアゴで待ち合わせしていたのだろう。
自分たちは3列目に座っていて、前2列(後ろの列はカメラ等を置いて確保していた)の人たちが関係者に呼ばれて、中央祭壇正面の(中の方の)席へと移動したので、最前列に座ることができて、隣の白人のおっちゃんと「前行ける…?やったぜ!」と表情だけの会話で盛り上がった。
儀式が行われるかはわからないが、もしあのロープで吊り下げられている香炉が動き出すのなら、中に移動した人たちよりも良いアングルで、最高の席で儀式が見られる…!
ミサが始まってからは正直眠たかったけど、シスターのソプラノボイスで歌われるGloriaなどの聖歌はとても美しかった。
でも香炉は動かないし、ミサもいたって普通のミサっぽいし、巡礼者の名前も読み上げられなかった。(名前が読み上げられるというのは毎度お馴染みの誤情報だった。午前11時までに証明書を貰うと、正午のミサで国名と人数が読み上げられるというのがガイドブックの情報)
しかし、パイプオルガンの演奏が聞こえていた10時50分頃、突然、えんじ色のローブを着た8人の男性が現れて、香炉を動かす準備を始めた。隣のおっちゃんとも「おお…ついに…!」と。
ボタフメイロとは高さは1.6m、重さ80kgの大香炉の中に、香と炭を入れて、振り子のように振る儀式のこと。ガリシア語ではボタフメイロは「煙を吐き出すもの」という意味らしい。
かつて入浴などもろくにできずに長旅を続けてきた巡礼者は、大聖堂の二階に集められていたようだが、それでも異臭が凄まじかったらしい。煙というのは多くの宗教にとっても意味を持つものだが、サンティアゴでは空気を浄化する役割があったようだ。
しかしサンティアゴの大聖堂に来ればこれが必ず見られるというわけではない。見られる確率が高いとされる日は、年12回あるカトリックの祝日で、その一つである聖霊降臨祭(2018年は今日5月20日)に合わせて自分は旅の予定を組んでいた。その最大の目的だった儀式が今眼前で始まろうとしている。

パイプオルガンと女性の歌声をバックに、少しずつ勢いがつけられて、高さと速さが増していく。
冒頭の長いのもあげとこ pic.twitter.com/3ld7bTTcZa
— 末宗凌 (@SuemuneRyo) 2018年5月20日
最終的にはこのくらいの速さで振られていた。
ボタフメイロ。
これに合わせて予定を立ててたからもう完璧としか言いようがない。 pic.twitter.com/FU4OyWECkY— 末宗凌 (@SuemuneRyo) 2018年5月20日

終わった。
最前列というのもあっただろうが、荘厳というよりは、予想以上の迫力で、おお…おおお…!といちいち驚いて、一種のアトラクションのように感じた。えりこさんも「りょう君に当たらないかと心配だった…」と言っていたように、ドキドキしながら大香炉を見ていたから。
でも、このボタフメイロを見ることを前提にすべての計画を立てていたから、完璧な締めくくりとなった。これでサンティアゴ巡礼は本当に終わりというフィナーレだった。
約1時間のミサが終わるとまた2人にハグをした。隣の男性ともミサ中に続いて再び握手をした。近くには感極まって涙を流している女性もいた。なんと美しい最後だったろうか。
次のミサに参加する人たちと入れ替わる形でカテドラルを出た。

カテドラルを出た場所で、反対側のブロックにいたのりさんとゆみこさんと合流した(2人は昨日2時間粘ったがボタフメイロは見られなかったらしい)。
そのカミーノファミリーたちの知り合い(自分は初対面の人たち)との再会が続いて、写真を撮りまくることになった。
話は聞いていたので存在は知っていた日系人のチャールズは背が高くてハゲたおっちゃんだった。彼はのりさんが以前くれたアドバイスに感謝していた。
韓国人女性のキョンちゃんもいた。彼女は自分も知っているのでハイタッチをした。
(ガイドブックには9時と記載がある)巡礼事務所が開く時刻が8時だという情報はアマンダたちから教えてもらっていたらしい。
レオンで出会ったあのなつこさんとさっきカテドラル内で会ったとも言っていた。いや、やっぱりいたんだ。っぽい人がいるな…とは思っていた。でも彼女はどう過ごしていたんだろうな。歩いてはいないと思う。歩いていたら他の外国人から、~~って名前の日本人に出会ったよという話を聞くことになっただろうし。
いろんな人たちとの再会があって楽しそうで羨ましかった。自分の知り合いはもう旅を終えて帰っている人がほとんどだろう。序盤で知り合ったよっぽど歩くのが遅い人はまだ歩いているかもしれないし、フィステーラやムシアには今いるかもしれないが。
と思っていたらイタリア人夫婦がいた。簡単な挨拶を交わしたことしかなく、きちんと話すのは初めてだったけど、ジャポネーゼよね?と確かめられた。
30分以上再会を喜ぶ時間を過ごして、それからカミーノファミリーとシンとの5人で広場の方へと回って、逆側の通りに行った。

正午前にはずっと鐘が鳴り続けていた。その音色は大聖堂から届いていたのだろう。
昼食は中華兼日本食的な、噂のチェーン店WOKに3人で入った。
入店直後に出前一丁のダンボールを発見…。

焼きうどんっぽいのとか餃子だとかを注文したんだけど、量が多過ぎて3人ともノックアウト。
この店で食事をしていると、外からのりゆみの声が聞こえてきて笑った。おまけに店内にも普通に入ってくるし。
ゲップをしまくっていた韓国人のおっさんについてはノーコメントで。
それから駅へと向かったが、途中で空港行きのバスが出ている場所を見つけたので、フィンランドのヘルシンキ経由で香港へと帰国するシンに教えた。
サンティアゴ・デ・コンポステーラ駅。

自分と同じ時刻の便の切符を手に入れたえりこさんから感謝されたけど、特に何もしてない。
大聖堂方面へと戻る道を少し変更して、サンティアゴ散策。

折り鶴の表紙は誰のだったかな。三島由紀夫だったっけな。

アラメダ公園を通り抜けることに。

ちょっとした遊園地もあったのだが、観覧車を含めてほとんど動いていなかった。日曜日なのに。いや、日曜日だからか…?
でも無人のメリーゴーランドに近付ける機会なんてそうそうないので、面白いっちゃ面白かった。夜はどんな雰囲気になるのか気になるところ。

大聖堂が見える絶景スポットと調べて出ていたから来たんだけど、絶景まではいかないと正直思った。雰囲気は悪くなかったので別にいいけど。

こういった店は営業していた。
ピカチュウ…。


昨日も撮ったけど、これぱっと見だと本物の人に見える。
大聖堂付近まで戻ってきた。
大聖堂から出た場所で、(えりこさんたちが)再会していた人たちと一緒にディナーを食べようという流れになっていたので、みんなで集まれるレストランを探していたけど、ここで幹事えりこさんが予約した。

暑くてたまらんので今日もアイスクリーム。 
死ぬほど眠かったのは間違いないけど、ついでに熱中症にでもなっていたのか、顔色や人相が悪すぎる自分。せっかくの映えポイントなのに死にそうやん。

階段の上にある店のテラス席でしばらく過ごしていた。反対側にはエレキギターを弾いている男性がいて、その落ち着いた音色がとても素敵で、エリック・クラプトンのTears In Heaven終了後は広場中の人々から拍手が送られていた。

アルベルゲに戻ると、ムシアで会ったあのアメリカ人男性がいた。ボタフメイロ後も会ってはいたけど、この最終盤の奇遇っぷり。キッチンがあるアルベルゲだったので、Kitchen!と彼に言ったらYeahという反応で笑った。
ベッドルームまで戻ると、ベッドの位置まで近く(シンの上)ということがわかった。えりこさんは彼の巨大なサンダルを写真に撮っていた。30cmは余裕であったと思う。
あいこさんはフィステーラからサンティアゴへと帰ってきたらしい。よかったら食事しませんか?とのことだったので、逆にこちらのディナーに誘って場所や時間等教えた。楽しみと言ってくれたのでよかった。
それから少し寝ていた。でも足が攣りそうになったのはなぜでしょう。この約40日で何かあったとでもいうのでしょうか()
貰ったスタンプの数を数えたらちょうど50個だったので、(埋まってこそいないが)キリが良いので良しとすることにした。

午後6時にシンから出歩こうと提案があった。うん●ちやゲ●ロが道端に落ちていて、思わず台湾弁の「スゴイデスネ」が出る。
印象的だった人の話を先程のテラス席でしていて、シンがまた会いたいと言っていた韓国人のパクさんという60歳の男性との奇跡的な(?)再会があった。ずっと気になっていたようで本当に嬉しそうだったので、こちらまで嬉しくなった。
でもその後シンは、ボタフメイロの香炉をかたどったお土産が欲しい、さっきどこかで見たんだけど忘れたとのことで、ディナーの時間直前まで2人で一緒に探していたけど結局見つからなかった。
通りを歩いていると怪我をしている人の多さに気付いた。みんなここまで頑張ってきたんだなと感慨深い。
そしてムシアでも再会したコアラ夫婦とまた会って笑った。会う人とは会うんだよな。ドイツの下ネタおっちゃんは予約していた店のテラス席にいたし。

そしてディナーになったが、9人で予約していたけど集まったのは11人だった。えりこさんに翌日教えてもらった情報を含めて書くと、日本人5人、香港シン、インドネシア出身でカナダ在住(だったかな?詳しくは忘れた)日系人チャールズ、ドイツ人女性ジャナ、アメリカ人男性で抽象画の画家でもあるピーター、話したことはなかったが面識はあったというスペイン人男性のマヌエラ、そして韓国のキョンちゃんという11人だった。
最後のキョンちゃんが約束の午後7時になっても来てなくて、しかも彼女もWi-Fi依存とのことだったので、幹事えりこさんにあれもこれも任せすぎるのは悪いから、少し大きな通りに出て見つけてきた。難しいよね探すのと言うと、うん、似た名前の店が多いと返ってきた。
ちなみに自分が知らない(今まで一度も登場していない)人たちは、えりこさんたちの知り合いなのだが、ほとんどが初日に滞在したオリソン(山登りの途中の町)のアルベルゲで知り合った人たちらしい。かなり繋がりが強いアルベルゲだったとは聞いていたが、初日の晩も最後の晩も一緒にディナーを食べるなんて素敵じゃない?自分が初日で会った人たちはこの場に一人もいないわけだし。
以下はディナー中の会話。
アメリカ人男性のピーターは、 娘からHave time of your lifeと送り出されたらしい。and now…Cheers!と乾杯のジェスチャーをしていた。
その彼の隣、自分の正面に座っていたドイツ人女性の年齢にはみんなが驚いていた。52歳にはとても見えなくて、自分も35歳とかだと思っていた。本当に若くて綺麗な人で、21歳の娘がいるとは誰も信じないと思う。おまけに彼女はドイツ語だけでなく英語もスペイン語も堪能だったし。(それゆえズビリで会った日本通のフランス人女性を思い出した)
食事が進んだ頃にチャールズが「カミーノが何を変えたか」というわりとシリアスな話題を出して、まずはシンに振ったが、まあ自分も似たような質問はしていたのでそこで答えていたようなことを発言していた。えりこさんはまだわからないけど日本に帰ったら何か感じると思うと。
このチャールズはとても知的な男性で、彼からは日本の巡礼路についての質問とかもちょくちょくされた。その彼の語学力と優しさが為せるわざだが、右端(彼の正面)に座っていたのりさんとは日本語で話してくれていたので、のりさんも会話を楽しめていたようで助かった。
この後どうする?という話題もあった。シンは観光にはあまり興味はない、大きな街を歩くのもそんなに好きではないとのことだった。まあでも、大半の人がスペイン観光だった。あいこさんはポルトガルに行くらしく、これからフィステーラへ行く人もいるようだったが、えりこさんは例の宿を勧めまくっていた。
それから孫や娘の写真の見せ合い(自慢)タイムもあった。
娘の写真を見せてくれたドイツ人女性ジャナは、パンプローナ(?)でもういろいろと辛くて、精神的にも参っているときに、Yumikoと出会って、彼女が元気良くHi~! と声を掛けてくれたことにとても助けられた、と話していて、えりこさんにそれを伝えてと頼んでいたのだが、それはとても素敵なやり取りだった。
ジャナはシリアスタイムの際に、チャールズから質問されていろいろと語っていたのだが、抱えていた病気も治ったと言っていた。そして、彼女が話していた旅を通しての精神的な面での変化は、自分が遍路後に感じたものとかなり似ていた。西洋人にとっては~と限定するわけではないが、カミーノがそういった大きな意味を持つ旅だった人もいるとわかって、序盤に悩んでいた自分もなんだか報われた気がした。
ピーターは順番的にジャナの後だったのだが、彼女が話し終わってとても真剣な空気ができていたので、(語るには)ワインを飲み足りないな…と笑いを取っていた。さすがアメリカ人。
自分の右にはシン、左にはえりこさんが座っていたが、左側ではガールズトークが繰り広げられていた。ゆみこさんとあいこさんは隣だし、キョンちゃんも日本語がちょっとわかるので、コスメやファッション、ドラマについてね。G,Girls~!
ジャナがいろんな国の人と出会えて、こうしてワイングラスを交わして〜と言っていたが、本当に素敵な交流の場、素晴らしい最後の晩餐になったと思う。
こちらがレシートです。
おっちゃん店員に撮ってもらったんだけどその人がまあ下手くそで、何枚もあるのに誰かしら(タイミングがわからず)変な顔をしていたり、見切れていたりするから、もうぼかしといた。でも雰囲気は伝わるよね。
そして店の外に出て、お別れの時間。この写真で猫背ちゃんが話しているのはチャールズ。
ゆみこさんにお会いできてよかったですと伝えた。すると、みんなりょうくんりょうくん言うからどんな人だろうと思ってたら、イメージ通りの人だったと言ってくれた。(のりさんは明日も会う予定)
あいこさんも楽しんでくれたようでよかった。四国の話とか聞きたかったとのことで、またお会いしましょう、京都来てくださいと別れた。彼女は来月末までヨーロッパにいるとのことで、自分も今後の観光予定にポルトガルを加えておけばよかったかもなと少し思った。
キョンちゃんはバルセロナにいる日がえりこさんと被るらしく、服だとか買い物をするらしい。Girls~!
他の人とも会えてよかったと握手やハグをして別れた。本当に素敵な時間だった。
それから、いつもの3人でアルベルゲへと帰っていたら、前をチャールズが歩いていて、彼をサプライズで驚かせた。
チャールズは仕事を辞めてここへ来ている若者2人にTake your timeといった優しい言葉を使ってアドバイスをしていた。彼も以前仕事を辞める際に、周りからは後悔するぞと言われていたけど、今とても人生を楽しめていると。
自分と彼の過ごす時間は今日の限られた時間だけだったが、彼の人柄が伝わるには充分の時間があった。
そしてまた3人になったが、2人の前を歩きながら、自分にもやらなきゃいけないことがあるなと改めて感じた。人生において、やらなければいけないこと。きっと、ずっと、あるだろうけど。
アルベルゲまであと少しだったが、22時過ぎにバルに寄ることになった。そこでえりこさんから自分とシンにミサンガのプレゼントがあって、まったく予想していなかったことだったので驚いた。あの天然石等売っていた場所で購入していたようだ。今にでも寝ちゃいそうなくらい眠たそうなのに店に寄りたがっていたのは、これを渡すためだったんだ。
通りに設けられたテーブル席でしばらく過ごしていた。シンとの別れも近付いているので、いつものようなふざけ合いは少なめで、多くの言葉は交わさない、しんみりとした時間が流れていた。彼のmake senseという口癖もすぐに懐かしくなるだろうな。
そのシンからは住所を携帯に打ち込んでくれと頼まれて、えりこさんの下に書いた。何か届いたら自分も何か送り返そう。
えりこさんのインスタをふと見てみたら、3人でいるときの写真ばかりで、胸に迫るものがあった。
寂しくなるよシン、と伝えると、彼もそうだと言ってくれた。「Let’s meet one day」「When」 「Somewhere, sometime」と返すと、今度は彼から握手を求めてきた。Friendship~!と笑った。
2人は酔っ払っちゃっているから、しらふの自分だからこそできることがある。それはこの夜の多くを覚えていることだ。きっと意味があるはずだ。
3人で過ごしたクライマックスがどれだけ最高だったのかを、この夜がどれだけ素敵な夜だったのかを、自分ははっきりと覚えていられる。そしてこうして書き残すことができる。自分たちの旅を、時間を、形にして残すことができる。
ムシアでの夜のように、泣こうと思えば泣ける夜だったが、やっぱり恥ずかしくて泣きはしなかった。でも3人のそれぞれの気持ちはみんなわかっていた。
店から離れるとき、えりこさんはビールをほとんど残していたし、白いもじもじ君になってしまった。可哀想。
アルベルゲへ戻ると、バンテリンの匂いがした。こういうのも最後かな。寝袋を使わなくなるときも近付いている。
そろそろ寝ようかなという頃になっても、Addictedと自称する2人はまたどこかに行っていてベッド付近にはいなかった。きっと煙草でも吸いながら語り合っているのだろう。いつものようにメモは途中だが、自分は先に寝ることにした。
明日からは観光だ。それはそれで大変だと思う。頑張ろうというのとは少し違う気がするけど、頑張ろう。
これでサンティアゴ巡礼の記事は終わりになるけど、2人との別れはスペイン観光に移行してから書きます。巡礼を振り返る記事も別に書く予定。
とりあえず、0日目を含めて、40日分も読んでいただきありがとうございます。でも、どうだったかな。
長い旅だったから本当にいろいろなことがあった。戸惑うこともあったし、辛い想いをする時もあった。でも最終的にはめちゃくちゃ楽しめた、というのが自分のカミーノだったと思う。
出会いの多い旅ではあるが、良い人たちと出会えたことは当然ではないはず。本当に自分は恵まれていた。
旅を終えて半年以上が経過した今、抱える感情は、そういった自分の旅を楽しくしてくれた人たちへの感謝。その感謝の気持ちでいっぱいだ。
このカミーノがもっと昔のことになって、振り返ったときには何を感じるだろう。未来のことだからまだわからないけど、きっと感謝から愛おしさに変わっているんじゃないかな。懐かしい面々が、とても愛おしい存在になっている。なんとなく、そんな気がする。
当ブログをご覧いただき、ありがとうございます。
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