約1年半前にこのシリーズの前回で4つの山を縦走した際(もしくはその直後に)膝蓋腱炎になり、何かと不便を強いられながら生活してきたわけだけど、まだ完治はしていない。
いくらなんでも遅すぎだろと自分でも思うんだけど、絶対安静が不可能な部位だから仕方ないということにして、篠栗遍路を経ても特に悪化することはなかったから、多少痛みを抱えていても、ほぼ完治ということでもういいかなと再開することにした。完全に痛みや違和感がなくなる日なんて現状では想像もつかないし。
これまでは立ち寄る山や神社仏閣に番号を振っていったり、短歌を挟んだりしていたが、期間が空きすぎて感覚を忘れたというか、正直そういう気分ではなくなったので、もう道を進めていくことだけを考える。
街道があるようなところは街道歩きや史跡巡りと呼べるけど、ただ最終的に目指す場所があるだけで、もはやそれ以外は近場の街を強制的に非日常化する動機付けを与えてのただの街歩きかな。まあ、何も問題はないでしょう。
10月10日午前6時半、JR教育大前駅下車、赤間宿から歩き始める。
かつて唐津街道の宿場町だった赤間宿。地名の由来は神武東征からとかなりの歴史を持つらしい。
幕末には朝廷を追放されてこの地に一ヶ月ほど滞在していた三条実美等と西郷隆盛や高杉晋作が会合した町でもある。
出光興産創業者で「海賊とよばれた男」のモデルにもなっている出光佐三の生家も残る白壁の通り。夜はどこも行灯が灯るのかな。
「街道の駅 赤間館」気にはなっていたがこの時間に開いているはずがなく、
住宅街を抜けて東へと。
あまり幅はないが綺麗な釣川に沿った道。朝の散歩をする人が多かった。
ぱっと見木製の神興橋を渡る。
春は桜が美しかろう。
皆さん適度にウォーキングしてますか?僕はたまに過度にします。
三協フロンテアモバイルスペースの展示場。必要とする理由はないがちょっとだけ欲しい。
左下に見える道を右へと進みたかったが、
国道3号線から下りられそうになかったので少し引き返してきた。
JAむなかたのライスセンター。
教育教育教育教育鳩鳩鳩鳩
飛翔飛翔飛翔飛翔
自然乾燥米わがまち育ち。
例のごとく写真を撮りまくることになってプチストレスを感じつつ、雲が動き続けて朝焼けの形が常に変わる様子を眺めていた。見えなくなると寂しいな。
車道ではない道があるのでドライバーからの視線を気にせず歩けていい。おそらくひたすら道なり。
自転車に乗った若い女性が自分を追い越した。小学校の先生かもしれない。
生きてた。
宇美町から始めて、福岡市を経て、今日で北九州市突入というのは結構な道程だ。このガッツリ田舎道を進み続けよう。
一応セブンイレブンはある。
カメノオと書かれた酒造(伊豆本店)の煙突もある。
ベンチに腰掛けていたおばあさんと朝の挨拶をして先へ。
鳥居の先にある八所宮には寄りたかったが道を逸れることになるので素通り。
参勤交代に想いを馳せることはほぼないけれど、こういった看板には感謝しかない。
かつて有名無名の人が往来した道を今ゆく。
こんな車通りの少ない場所に「街道茶房 華だ」と「ハンナのおかし」というお店があった。街道の甘味処なんて素敵だ。ぜひ一服したかった。多分土曜日日中のみ営業。
御大師様も気になったが、どこまで進むことになるかわからないという歩き旅中のわりと真剣な危惧。
水神社もちょうど人がいたのでね。地元の人以外でこの道を歩く人がどれだけいるのだろう。
悪くない。うん、地理的に宗像までは親しみがあるんだ。
田園風景の中にまさかの通勤ラッシュ。直方辺りか北九州方面に向かっているのだろう。
県道29号線を直進する。折尾や若松を経由するルートも考えたが、皿倉山に登りたいので筑豊方面へと一旦進むプランにした。馴染みがあるのは間違いなく前者なんだけど。
九州のスポーツ経験者には聞き覚えがあるかもしれないグローバルアリーナ付近で上着を脱いで半袖Tシャツ姿になった。
さて、ここからは歩道がない。しかし(写真には写っていないが)車は多い。疲れるだろうな。
とその前に、左側にあった豊日神社へ寄ってみることにした。
地味に急で長い階段の上に…
祠があった。手前の跡から察するに以前は社殿も建っていたのだろう。
1時間5km歩きっぱなしだったので、ベンチ等はなかったが少し休憩を取った。
虫も少なかったし、綺麗に清掃されつつも苔生した神社で良い雰囲気だった。人生で訪れることになった場所。
蜂の巣かな…?
猿田峠を進み、ここからは鞍手町。
なるほど。躍動感。なるほど。
永谷という集落に入った。
峠の上にあるような集落には似つかわしくないちょっぴりメルヘンな住宅。
脇道ありがたや。かつての本道なんだろうけど。
こんなに立派な神社があるとは想像していなかった、天満宮。
この集落には新しめの家もちらほらあったんだけど、ほとんどの住宅の玄関に門神祭祈祝と厄神斎と書かれた御札が並べて貼られていて、いくつかの巨大な蜘蛛の巣と怪しくなっていく雲行きも相まって、正直不気味に感じて早く抜けたかった。
そうだ、ここはもう筑豊地域。殺されないように気をつけなければ。
とかふざけたことを考えていたら、雨が降り出しました。
いやはや、何を隠そう。天気予報を見て今日は降らない日だなと雨具を持っていなかったので大ピンチを迎えることに。
小雨ならまだしも雨脚が強くなるのは完全に予想外だった。新延小学校前の文房具店の軒先で一時雨宿りをしたが、この店が営業していたら傘でも購入しただろうか。いつも折りたたみ傘は持ち歩いているのにね。やらかしたよね。
人目を気にせずしばらく雨宿りできるような東屋のある公園も、8時半に営業している飲食店もないので、小康状態の時にやむなくまた歩き始めた。上着を帽子の上から引っ掛けてバックパックを守りつつ。
やたらと巨峰・ぶどう園があったけど、鞍手の名産品だったんだな。知らなかった。
こちらのピンクの建物もそうかと思っていたら工具系だったジェイケイ館。
まあこれも思い出かと打たれていた雨も止み、現れたダイワハウス九州工場。どこかのトラックの水はねありがとう。
お昼もありかなと考えていた「くらて食堂 団さん」の横を9時前に通り過ぎた。通勤通学ラッシュに重なったり帰りが遅くなるのは嫌だからと早く出過ぎたし、休憩するような場所が本気でなかったからひたすら歩き続けるしかなかった。
セブンイレブンがあったので、コンビニにイートインがあった頃を懐かしみながら、車止めに腰を下ろして強引に休憩を取った。
10kmを越えて膝に痛みは感じないが左足の付け根に違和感がある。水たまりにできた虹と雨上がりの空は綺麗だった。もう雨は降ってくれるな。
だいたいランチは11時営業開始だからね、2時間早いよね。完全に時間ミスってるよね。
でもまあ飲食店なんて寄れて一つか二つだし、そう気にすることはないさ。ほとんど痛めた記憶のない付け根が案外痛むことの方が気になる。右膝をケアしすぎて他部位が疎かになっていたのか。いろいろと痛めるのが怖くて事前の歩きが足りていなかった可能性もある。
初期の匂いがするポケモンたち。プリンは闇落ちしてる。
上は九州自動車道。
ちょうど新幹線が通った。日も照ってきた。だがそこまで暑くはならないだろう。最高気温25度以下の季節を待ち続けていたんだから。
バスの時刻表かと思いきや、地元住民の為の予約制タクシーだった。
八剣神社には日本武尊の伝承が残り、ヒメボタルの生息地としても有名だそうな。
濁池の対岸にはラブホテル Le Bois。良いと思います。
9時41分、直方市に突入。今日は市境を跨ぐ日だ。
今歩けてはいるが、疲れ果てたり怪我をしたら交通機関なんてないこういう場所では詰んでしまうなと考えていたら、直方PAの高速バスのりばの標識は発見した。700mはあるけど。
九州八十八ヶ所の札所がこんなところに。善覚寺。
牟田池にはゴルフの打ちっぱなしがあった。この辺りは池の多い地域だ。
代行寺も立派なお寺で気になった。でもやはり神社と比べると寺院は急に訪ねづらい。きっと遠慮なく参拝していいんだろうけど。日蓮宗についてはノーコメント。
今この時間もお遍路や他の巡礼路を歩いている人がいるんだろうな、きっと楽しいだろうな。と想像してみたり。
井関大橋を渡ったり。
小さな公園はあったけれど、住宅街が近すぎると見慣れぬ人間は不審者だろうなという杞憂。
日吉神社もそう、通り過ぎた後に行っておけばよかったかもなあ…と思うことばかり。多分人生もそう。どこに行けばいいのか、誰を頼ればいいのか、事前には何もわからない。
福北ゆたか線・筑豊本線か。
筑前植木駅の古い駅舎には趣があった。
無人駅だ。だが駅舎内の待合室には予想外にも人がいたし、御手洗いに行きたかったけど改札内だし、と次の宿場町へ向かうことに。
どデカい中島橋を渡る。橋の向こう側はもう北九州市だ。
右手前が犬鳴川で、左が遠賀川。
風が強すぎて帽子を抑え続けながら渡りきった。
あれが小屋瀬宿の記念館だな。
着いた。
え…?あれ…?
本日休館日…?火曜日なのに…?月曜日でも年末年始でもないのに…?
休館していたらどうしようもないので、この長崎街道の宿場町を歩いていく。
昔の雰囲気を残していて素敵な町ではあるけれど。
チェックしていたcafe88もまだ営業していなかった。いや、早すぎるんだよ自分が。曜日も不運だったし、馬鹿だなあ…と出発時間についても改めて後悔。
いや、仕方ない。雰囲気は味わえたし、お店も並ぶ宿場町を複数通過するなんて今までなかったから特殊な日なんだ今日は。
はい、先へ進みましょう。
かっこいいポスト発見。
長崎街道について案内があるのに鏡面になっていて読めないという悲劇。
露出は法が許さないし、少し道を逸れてミスターマックスに寄って御手洗い問題を解決。同じ建物に入っていたマクドナルドはなんか面白みないな…と寄れなかった。
キャンピングカーではなく包丁研ぎだとは。
旧街道に戻りまだ攻めていく。しかし充電は50%を切ったし、トレーニング不足なので15kmを越えて疲労も感じている。夕方からの焼き鳥屋さんとかはあるんだけどな。ラーメン屋も長居は難しそう。良い感じの公園も正直ずっとない。
お、こんな街道関連のものが存在するとは。もっと全国的に街道や宿場町を持ち上げてほしいな。インバウンド含めて重要はあると思う。
茶屋の原の一里塚跡。一里塚とは街道に一里(約4km)ごとに設けられた土盛りのこと。
一人お好み焼きか…。いや、ここも営業してないけど。
この先で寄るつもりだった「北九州ラーメン力」で何のメニューにしようと調べていたらまさかの火曜日定休日。いやー…こんなことある…?あるか…。あってるか…。
帆柱新四国霊場なるものもあるようだけど寄る余裕なし。せめて休みやすい公園を求む…。
やっぱり定休日。
IKEDA小学校。
猫。
もう歩き続けるしかない。筑豊・北九州という修羅の街が自分に修行をつけてくれているんだ。
黒川に架かる小さな橋を渡った先に、
石坂の急坂という難所が待ち構えていた。
膝は大丈夫だろうかと心配になるが、登るしかない。
大名ですら駕籠から降りて歩いた坂らしい。
あれ、もう終わった。急ではあったけど距離も短いし難所というほどではなかったかな。
はい、「立場茶屋銀杏屋」も閉まっておりました。
あー、そういうことか。昨日がスポーツの日だったから今日休館してるんだ。残念だけど、もはやどうしようもないやらかしだ。
茶屋で休憩できるのが理想ではあったけど、こちらの公園のベンチでようやく休むことができた。
持参していたSOYJOYを食べたりときちんと休憩の時間にはしたが、日差しがえげつないし、まだ蝉の鳴き声聞こえてるし、体感は30度に迫るくらいで、あまり回復ができたとは感じられなかった。笑顔のおじいさんとの挨拶は清々しかったけれど。
笠谷もリチャードも未だ一軍定着はできていない。最近のホークスの凋落っぷりよ。
もう少し休憩していたかったが暑さで逆に消耗しているようにも感じたので再出発。20分は休憩できた。さあ、どこまで行けるだろう。付け根だけが痛い。
この通りまで来れば、バス一本でJR黒崎駅まで行ける。つまり、いつでも帰ることができる。
寄るつもりはなかったが、モスバーガーまでも改装中で営業していなかった。人もそうなんだけど、なんか北九州との相性悪いんだよな。いつか変化が起きてくれることを願う。
ちなみに出発前の目標地点だった朱雀ラーメンも定休日。ビビる。生きて帰れるだけで成功と思うしかない。
ボウリング、ビリヤード、ゲーム、パチンコ。
小嶺一里塚跡。
12時半前に、もう資さんうどん寄っちゃうか、とお昼にすることにした。何度も行ったことのあるチェーン店ではあるが北九州のソウルフードには違いない。
上手く休憩も取れず、想像以上に疲れているし、すぐ近くに西鉄バスの車庫もあったので、食事が運ばれてくるのを待つ間に、今日はもうゴールでいいかとYAMAPのログも終了。
人気メニューのカツとじ丼と肉ごぼう店うどんとぼた餅がミニサイズでセットになった資さんしあわせセットを頼んだ。優勝。来月大阪に初出店らしいけど、資さん美味しいよ。
次回は山登りになるがどんな一日になるか。もう少し事前に歩いておかないと。兼ね合いが難しいけど。
黒崎駅のトイレで汗を拭いて着替えた後、スタバにでも入ればよかったなと思ったのは、良いタイミングの電車がなかったのと改札内に特に何もなかったから。
みんなのピアノ♪は女子高生が拙いながらも曲は理解できるレベルで、絢香の三日月や君の名は。の曲を友達に披露していた。
何かと間が悪い日になったし、足の付け根の痛みは予想していなかったけど、膝は無事だったし、ランニングシューズと新しい五本指ソックスの組み合わせが完璧だったのは収獲。
まあ、想定外は想定の内では起こらない。臨機応変に、たまには妥協も受け入れながら、これからも歩いていく。まだまだ道は続いている。