四国歩き遍路の旅 10日目

6月2日。
やっぱり朝は寒くて、4時前に目が覚めても、寒過ぎる…と寝袋の中でくるまっていた。
でも起きたのなら行動を開始するわけで、通夜堂から出て顔を洗っていたら住職も起きていて、おはよう、早いなと声をかけられた。
いつもこんな早いの?と聞かれたので、お遍路中のことなのか普段のことなのかはわからないけど「はい」と返事すると、返ってきた言葉は「年寄りみたいだな」
本当にフランクで面白い住職だった。

5時前から朝のお勤めが始まった。太鼓の音も聞こえて一度眼鏡の彼も起きたけどまた眠った。
その彼が寝ているのを起こすのもあれだし、朝のお勤め邪魔するのもあれだし、5時15分に明徳寺を出発することにした。
と思ったら、ちょうど一段落したのか、気配を感じたのか、住職がこちらを向いたのでお礼のお辞儀をしたら、ドラゴンボールの孫悟空がやりそうな人差し指と中指でやるヨッ!みたいなハンドサイン?で気をつけてな的な感じで見送ってくれた。もう一度お辞儀をしたら、またそれをやってくれて、ちょっと傍目からは笑うようなそのやり取りを何度か繰り返してから出発した。
滝行の謎は解けないままだったけど、楽しい滞在だった。滞在時間的にはこの旅で最も長く過ごしたお寺でもあった。

集落の建物の日陰はまだ夜の冷たさを残していて寒かったけれど、そこを抜けて日向に出れば美しい朝。
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橋を渡る。
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橋の途中で振り返って撮った。後ろからの朝日が暖かかった。
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室戸岬を目指して歩いて行く。
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足裏は完全に剥けたままだけど、昨日や一昨日の痛みに比べれば大分マシになってる気がした。少なくともこの時点では。
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海岸沿いの道を歩く前に日陰で日焼け止めを塗った。ひたすら前へ歩く為に。ひたすら。ひたすら。
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昨日の夜は肩周りが苦しくて少し寝辛かったけどあれはなんだったんだろうと考えたり、
午前6時だからか車通りはまだ多くなくて今は問題ないけど、歩道が雑草だらけで車が多かったらここは危険だなと思ったり。
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海を眺めながら歩くのは気持ちが良いけれど、やはり長く歩くというのは大変。

休憩所はまったくと言っていいほどなかった。それは不親切とかではなくて、車道と歩道以外のスペースがないというだけ。
左は海岸だし、右は山。断崖絶壁というほどではなかっただろうけど、本来は道なんてなかった場所だから仕方がない。
そんな場所の先に集落が昔からあったというのが不思議。道なき道を進んだ修行者にもまた脱帽。
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1人で歩きながら祖母のことをまた思い出した。四国行きたがっていたなあと。まだ闘病中に、元気になったらフェリーに乗って四国へ行こうと約束していたこと。
一番行きたがっていたこんぴらさんは、存命中に自分が1人で行って写真や金比羅神社のお守りを渡したけど、結局一緒に行くという約束は叶わなかった。
今こうして一緒に回れていたらななんて考えていたらいつかみたいにまた涙目になってしまった。

ガイドマップにWCマークも書かれていた法海上人堂で6時半から少し休憩を取った。
秋ですら羨ましがるような葉が何枚も降っている光景はとても美しかった。夏の海の打ち寄せる波の音を聞きながら見る落ち葉。
ここは山からの水が飲める場所もあって、休憩所なんてほとんどない道で多くの歩き遍路を救っていると思う。トイレはまあ汚かったけど。
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室戸市に突入。 でもこの辺りで、絶対歩行速度落ちているよなと感じた。
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7時半に東屋を見つけた。足が明らかに痛み出していたので、まだ27キロはあるのに大丈夫だろうかと当然不安になった。
ベンチの上には誰かの使用済みの絆創膏が捨てられていた。汚いけど拾ってゴミ袋に入れた。
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また歩いて行く。先程の東屋で取り出すのを忘れていた塩キャンを少し先で取り出したら暑さのせいかべたべたになっていて、手に少し付いて少し凹んだ。
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何か嫌なことが頭に浮かぶたび、望んでもいないようなことを考えてしまうたび、南無大師遍照金剛と頭の中、もしくは小声で繰り返した。
御真言(マントラ)やあるいはまったく関係のない他の言葉でも代用出来るのかもしれないけど、邪念を打ち消してくれるこのご宝号には本当に助けられた。
頭はいろんなことを勝手に考えるから、どうしても考えなくていいことも考えてしまうから。

足がズギズキと痛んでいた。立ち止まっても痛いまま。それでも歩くしかない。

しばらく歩いていると集落が現れて自販機もあった。もう営業していないガソリンスタンドの秋田犬っぽい犬が可愛くて見惚れていたら自販機に立てかけていた杖を忘れるとこだった。
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佐喜浜という町は先に挨拶が来る町で、この町の人たちのおかげで爽やかな朝だった。
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このスーパーで買い物を9時頃にした。ベンチもあって良い休憩になった。
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港もある町だったけどこの前のあの感じの悪い港町とは大違いで、本当にみんな挨拶をよくしてくれた。特に女性が多くて、若いお母さん世代の人まで元気に声を掛けてくれた。お気をつけてという言葉ももらった。
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防波堤の道を行く。
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海風が強くて笠が飛びそうだったけど、問題はなし。

体感としては結構歩いているのに、なかなか室戸岬までの距離が縮まらない。問題あり。
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海には波があって、波にはサーファーがいる。
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民宿徳増に休憩小屋のようなものがあったけど、使っていいのかわからなかったのでパスした。
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全然進んでいる気がしなかった。ただ足の疲労だけが増えていく一方で、歩けなくなりそうで怖かった。
トンビが空を飛んでいるのを見て、トンビになりたいと思うくらいに。
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大きな岩が見えてきた。防波堤道は終わり。
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そしてドライブイン夫婦岩の駐車場にあった神のベンチ。屋根がないから日差しが痛かったけど、とにかく足を休ませたかったからありがたかった。
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夫婦岩。
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昼間でもヘッドライトつけてる車が何台もあって(この日だけでも10台以上は見た)、消し忘れなのかなと疑問に感じていたけど、後になって調べたら昼間点灯を義務付けている会社が意外とあるということを知った。

治ってるのかこれと思うほど本当に足裏が痛すぎた。日にちが経てば大抵のことは自然治癒するけど、でもこんな状況下では悪化していく一方なのかと。

自転車遍路が後ろから来て、自分を追い抜く際にこんにちはーと挨拶をしてくれた。いきなり声が聞こえたことにも驚いて、あっという間に見えなくなったその移動速度にもまた驚いた。

この辺りの民宿は喫茶もやってることが多いようで、ちょうど自販機の横に椅子もあったから座ってどんなメニューがあるのかネット検索してみたけど、ここ民宿椎名は今は喫茶は辞めたと出てきた。
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奥に見えてるのが室戸岬だろうか。風が強いからマットの袋の紐を左手に持ちながら歩いた。
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旅の宿椎名という小屋が道沿いにあった。ここでは休憩は取らなかったけど、中に入ってみて、寝れるな…と品定めはした。確か布団も置いてあった。
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それっぽくて、なんだかかっちょいい岩。
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果てしなく、ということはないけどそれくらい長い道。強い日差しを除けば天気には恵まれているのに。
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室戸世界ジオパークセンターという名前の施設があって、一体何があるんだろうと気になっていた。調べてみたら特にそこに何かがあるわけではなく、室戸のインフォメーションセンターとしての役割が大きいみたい。

早く登山口前の休憩所まで行きたいと思いながら歩き続けた。

(多分)鹿丼を置いていた道の駅の写真展で見た人魚。
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歩いているときには考えられないけど、日陰だと風が冷たくて体は寒くなる。
休憩している際の車からの視線は、ん、誰かいる、遍路か。みたいなそんな視線だった。
このお休み処は三谷組という会社が敷地内に作ってくれていた。利用はしてはいないけど水道もトイレもある。ありがとう三谷組。
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三者会談。
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それなりに近付いているはずなのに、お寺らしきものは全然見えてこない。
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登り口もまったく見当たらない。どこなんだろうか。
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海洋深層水関連の施設が多いなと感じた。ここまで海に面した土地なら自然なことではあるけど。

久しぶりの道標。
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いきなり青年大師像が目に飛び込んだ。デカい。後ろは涅槃像。
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そして室戸岬。
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室戸岬にいた猫。餌を誰かが与えている様子。
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ここは青年時代の弘法大師が修業をしていたとされる御厨人窟という海蝕洞。
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洞窟から見えた空と海で「空海」という法名にしたらしい。この地での過酷な修業中に明星が口に飛び込んで、悟りが開けたと言われている。
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御厨人窟から少し歩いた先にようやく最御崎寺への登り口があった。この手前にお墓があるんだけど、そこの歩道を歩いている際に少しよろついて、ちょうど車が通っていたから運転手は一瞬ひやっとなっただろうから申し訳なかった。
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弘法大師が一夜で岩を削って造ったといわれている一夜建立の岩屋。少し近付くだけで空気がかなり冷たかった。
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忠霊塔。
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忠霊塔の横を通って
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登っていく。
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捻岩(ねじりいわ)は弘法大師が母親を雨宿りさせるために捻った岩。妻や子がいないから余計目立つけど、空海はかなり母親思いの逸話(伝説)が多い。僕も母親は大切にしたいと思うけど、多分岩は永遠に捻れない。
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風は涼しいのに登っていたら汗をかいた。長距離を歩いた後の登りというのもなかなか堪えた。

そして朝5時から10時間掛けて、15時過ぎに第24番札所室戸山最御崎寺へ到着。
前のお寺からは75kmを歩いて辿り着いたここが「修業の道場」高知県最初のお寺。
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本堂。本尊は虚空蔵菩薩。
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大師堂。
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お参りと納経を済ませ一息ついていたら、おっちゃん4人組が気になった。戻り鐘を知らないにしても、鐘を打つ様子をスマホで撮影したりしていた。お寺の人も彼らのマナーは気になっていたのかチラチラと見ていたのを覚えている。

リンリンと鈴の音を鳴らしてる人が来たのでそちらを見てみたけど普通におっちゃんだった。ひかるくんはもう随分先だろうに、でもなんだか音に反応してしまう。

自分が行った際は確かお寺の人は1人だけだったかな。鼻歌が好きなおじちゃんってな感じの男性だった。香炉の整備をこまめにやっていた。

お寺を去る際に、宿坊兼ユースホステルを見つけた。手前には星野リゾート ウトコ オーベルジュ&スパというのもある。星野リゾートに泊まってお遍路している人も中にはいるんだろうなと思うとなんかすごいなって思いました。はい、なんかすごいなって思いました。

宿へ。こちら側は登山道ではなく車道だった。街の方を見下ろしても美しいし、海の方を見ても良い。
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海と空以外本当に何もない。水平線もどこまでも見渡せた。
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いろんな世界を経験することはきっと重要なことだと信じていて、例えば知らない場所、自分の行ったことのない場所はもうどこへだって行きたくて、逆に自分の住んでるところと有名な観光地ぐらいしか知りませんみたいな人間には十代の頃からなりたくなかった。
そしてそういったあれこれも、出来れば吸収量の多いであろう若いうちに経験した方がいいだろうからと、人生の順序付けも人とは変えてきた。
それぞれの人間が自分はどういった人生を歩みたいのかを想像して、その先に必要のないものはその人にとって必要ないもの。企業に就職して働き詰めみたいな生活はごめんだと思っている自分と考え方の違う人も大勢いるわけだから、旅をして何になるの?という人がいるのも知っている。自分は必要だと思っていることだから別に理解なんていらないけど、でも自分は今この瞬間を楽しめているからこそ、楽しかっただけでは終わらすわけにはいかないよな、なんて思いながら歩いていた。そしてもっと経験すべきことはまだまだあるなとも感じた。

なぜかはわからないけどこの室戸岬の景色を眺めながら、くねくね道を下っていたら楽しくなった。この遍路旅もまだ先はうんざりするほど長くて、ギブアップしたくなる箇所だって何度もあるだろうに、この時は楽しくて仕方がなかった。
山の方からはウグイスのホーホケキョという鳴き声が聞こえた。下から上ってきたバイク遍路の人は会釈をしてくれた。
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くねくね道を下りきると、中岡慎太郎像への距離を示した標識があった。幕末好きとしては見たいけど、逆走になるから諦めた。車で数分でも歩きにはかなりの負担になる。

ゴミ拾いをしているおじさんからは、ご苦労さんと声をかけてもらった。

本来の遍路道はもう一つ山側の道なんだけど、海を見ながら歩きたくなって海岸沿いの道を歩いた。風がエグいくらい吹いていて笠は大変だったけど気持ちよかった。
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先程下りてきた道を見上げるとこう。
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海岸だけではなくこうした内地にも防波堤がずっと続いていた。四角い空洞は内側にある住宅街へと続いていて、面白い場所だった。
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海に近い道は橋が多くて、おまけにその橋が長いから、金剛杖は長時間持ちっぱなしだった。

ついさっきまで良い気分だったのに、この疲労が明日も明後日も明々後日も続くのかと考えたらなかなかうんざりした。

民宿が想像していたより沢山あった。立地的に需要はあるらしい。

4時半に昨日予約していた鯨荘に到着するとおっちゃんが出迎えてくれた。夕食は5時半から6時の間くらいで、お風呂は15分で準備出来ますとのこと。
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部屋。
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お風呂は気持ち良かったけれど、腕の日焼けがひりひりした。首も焼けてる気がしたし、足の裏の痛みは言わずもがな。

食事の時間になって部屋のある2階から1階に下りてみた。でもどこで食べるんだろう…。民宿と喫茶の間のスペースでいいのかな…とわからなかった。すみませーんと呼んでみたけど返事はなかった。結局準備が出来たら部屋に電話が掛かってくるという流れだった。
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水が欲しかったけど熱いお茶しかなかった。お冷いただけますかと頼んでも良かったけど、ずっと洗い物してるから話しかけづらかった。
食事の方は満足。自分にとっては食べきれないくらいのボリュームだったし。
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この旅初の民宿で、民宿ってなんだか宿の人から気さくに話し掛けてくるイメージだから、会話あるのかなーと思ってたけどほとんど会話はなかった。
中年の息子とその母親が2人で経営している民宿っぽくて、この時は息子の方しかいなかったと思う。無愛想とまではいかないけどかなり寡黙な人だった。

朝食7時からですけど大丈夫ですか?と聞かれた。はい。としか答えようがない質問。
熊野古道の民宿では、何時が良いですか?とまず聞かれて、何時から大丈夫ですかと返して、6時から大丈夫ですよとなって、じゃあ6時でお願いしますという流れがほとんどだったはず。というか多分朝食を出してもらったところは全部その流れだったかもしれない。
朝早くの涼しい時間帯から歩き始めたい人間だから、そうか、7時か。とは思ったけど、まあ仕方がないことではある。次のお寺までは距離が近いから、あまり早くに出発も出来ないし問題はない。

洗濯機に風乾燥なるものがついてあるけど乾燥機はなかったので、大丈夫かなと少し不安に思いつつ、昨日済ませておけば良かったかもなとも考えた。
浴衣があったから洗いたいもの全部洗えるのは良かったけど。乾ききっていないものはハンガーで部屋に干した。

自販機が近くにあるのは幸いだった。買いに行く道で、ボーダーコリーを散歩させている夫婦とすれ違い、道路の向かい側からはピアノを練習する音が聞こえた。
サイズ小さめの浴衣が風に吹かれて、危うく公然わいせつになるとこだったのは秘密。

布団を敷いて寝転がった。明日ならサッカー代表戦観れたのになーと少し残念だった。明日はテレビのある環境では寝ないだろうし。
他の民宿と比べて、説明等少なくて、ほとんど宿泊者放置だけど、これはこれで気楽なのかなと思ったり思わなかったり。
ふと何気なくノートを読んだ。確か自分が泊まったのは1号室(他に客はいなかった)。ノートには室戸岬に行ってからここに泊まったであろうカップルたちのアツアツ(ホット)な書き残しが多かった。おばあちゃん家に来たみたいで楽しかったですと書かれてあるのも見つけた。

窓を開けてみると涼しい風が入ってきた。夕暮れ時の水平線。
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外からはずっとテレビゲームのような音が聞こえていた。きっと古いゲームで8-bitのメロディ。

明日はどこまで行けるだろうか。神峯寺まで行けるのが理想だけど朝が遅い分厳しいかもしれない。

とりあえず5時過ぎにアラームは設定したけど、4時過ぎには起きるだろうなという経験則に基づく確信。

空気が乾燥していたのか、自分の体が欲していたのか、やたらと喉が乾く夜だった。
起きたら疲れが出来るだけ取れていることを願って寝ることにした。
眠りにつく直前までゲーム音は聞こえていた。


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