6月17日。
8時まで寝ようとしても5時台には起きて、6時には完全に目が覚めてるということが多い。この日もそうだった。
この辺りは住宅街だから、小さな子供の全力の騒ぎ声や泣き声、主婦の挨拶や世間話等が朝から聞こえる。
30リットルのバックパックとテントを見つめると、この大きさでこの荷物構成は無謀だなと、それなりに途方に暮れる。もう後には引けないけど。
朝食はパン2つではお腹が満たされず、砂肝の唐揚げも食べた。
そして、実は買っていた愛媛みかんチョコレート。てへっ。
体力が弱ってきたり、痛みが酷くなると、気にしないでいいことを気にしだす。
ああ、今余計なことを考えていたな、煩悩に支配されちゃってたなと気付くたび、強い肉体や精神力が欲しくなって、Creepかよってな気分になる。
読経はいいやと思っていたけど、徐々に読んでいないことへの後ろめたさが増していった。しかし途中からというのもそれまでのお寺にフェアじゃない気がして今回はいいか…と渋る。
悟りへの道としての遍路の究極は、やめてしまうことだよねと中野君は言っていた。悟りに一番遠いことの一つは執着心だろうから、歩くということへの執着を捨てて悟りに近付く…的な。まあ、ここまで来てるんだからと(いう執着心を持ち続け)この先も歩くけれど。
今日の夕飯はあつしさんにご飯を作ってもらうことになった。小銭は取るらしいけど楽しそうだ。午後6時半からとのこと。
10時頃に中野君と一緒に平和文具店という名前の文房具店へ行った。僕の目的のものは買えた。残念ながら中野君の目当てのものはなかったみたいだけど。
ノートは少し汚れてるからと安くしてもらった。ありがたや。
誰かと接しているときはその人との時間で頭がいっぱいになるからいい。
人によって違うんだろうけど、一人のときはどうしても余計なことを考えてしまう。その余計な考えで落ち込んだりもする。
そういった一人のときに考えるべきことや思いつくことももちろんあるんだけど。
部屋に戻ると、風が入ってきていて、気持ちが良かった。
また納め札を買うことにした。最低限のことはやっていこう。
結願を想像したら嬉しいような、興奮するような、そんな高ぶりがある。きっと歓喜の瞬間を迎えるだろう。こんなに辛い想いをしているんだから。
洗濯物を1時過ぎに確認しに行った。飛ばされてシャツが落ちていたけど乾いてはいた。靴下と下着はもう少し。
あつしさんは今夜は猪肉でお好み焼きを作ってくれるらしい。
真剣にこれからの計画を立ててみた。頑張れば今月中に高野山入り出来るということがわかった。予測不可能なので足の状態は考慮していないけど、でも気合は漲る。
温泉に行った。中野君は少し遠くのとこに行ったりしてるみたいだけど、自分はもう本館の姉妹湯である椿の湯リピーター。近いし、安いし、綺麗だし。もはや市民。
爪は治っていない。手の甲の皮は日焼けで剥けてきていた。剥けるタイプなのです。
温泉から帰っていると宿の前で電話がかかってきた。電話の相手は昨日連絡先を交換した中野君だった。宿に戻ると、偶然あの七子峠越えをけしかけられた奥田さんに会ったらしい。後で会うことになった。
そして絵葉書を貰った。今日彼が探していたのはポストカードとコピックだったらしい。(描かれているのは話題になった石手寺)
これを見ればわかると思うけど、かなり上手で驚いたし、本気で嬉しかった。裏には短いメッセージも書かれていて、やはり優しくて真面目な好青年だなーと心打たれた。
窓の外の景色。
そして夕方。
中野君が知り合いと会う約束があると話すと、あつしさんはその奥田さんも呼んだらいいよ。本当の意味で結願したいなら来た方がいいよって言ってごらんと。ここは51.5番札所らしい。本尊は…?と聞くと、ん?俺だよ。とあつしさん。面白いオーナー。
髪切ってやろうか?ともあつしさんは言っていた。タイミングが合えば本当に切ってもらってたかもしれない。宿の近くに美容院あって行こうかなーと考えてたし。まあ、女の子にたまに間違えられること以外の問題はないんだけど。めちゃくちゃ長いわけでもないし。
スタッフのクリス君を中心に準備をしていたので、時間が空くと中野君は漫画を読んでいた。正直読みながらあんなに笑う人は初めて見た。あつしさんとも目を合わせてびっくりするくらい。
遍路に関係なく本棚には本が沢山あったので、滞在中に明徳寺で中野君に教えてもらったアルキヘンロズカンを僕は読んだ。
その漫画で描かれていた納経帳を盗まれるという話は実際に起こりうるとあつしさんから教えてもらった(結構高額で売れるらしい…)。特に結願の近い香川では危ないということなのでこの先は気をつけよう。
自分、中野君、クリス君、なおさん、あつしさんの5人に、別館のスタッフ?のりえさんという女性も来た。話には聞いていたけど、あつしさんと同じくらいの年齢だと思っていたので、普通に若くて(30代?)驚いた。以前は泉ゲストハウスにヘルパーでいたらしい。もうすぐ誕生日でそのりえさんのパーティーまで僕に残ろうとクリス君は言っていた。とりあえずおめでとうございますとは伝えた。
パーティーのような雰囲気で食べたお好み焼きは美味しかった。何枚も焼いたけどそのたびにポテトやトマト、イカなんかも加えて味を変えていたので、バラエティがあり飽きずに食べられた。猪肉も結構美味しかった。写真は崩れてるのしかないけど、ひっくり返すのはクリス君担当で、ほとんど上手くいったのでPro…と褒めといた()
BGMはクリス君がスマホ経由でYouTubeからお洒落なアコースティックな曲を流していた。若干The Weepiesっぽかった。
奥田さんはなかなか来なくてやきもきしたけど、結構お値段のする良いお肉やビールの差し入れを沢山持って来た。時間とかあまり気にしない自由な人なのかなと思っていたけど、そこら辺はやっぱり大人だなあと。ちなみに元肉屋らしい。(奥田さんはてっきり遍路は2周目かと思っていたが、この日3周目ということが発覚した)
今日の宿泊客である爽やかなスーツ男子も来て参加した。摂津国、大阪から来たらしい。島を旅行するのが好きと話していた。かなり明るくて、フランクな話しっぷりな子だった。年齢の話のときに彼から僕より年下に見えますけど…と言われたけど、実は僕の方が1個上だったというオチ。出張のたびに上司と行くという風俗についても詳しくて面白かった。愛媛は松山にはピンク街があるけど、今治にはピン●ロしかないんすよみたいなことを話してて、いや…しらねえwwwと笑った。
奥田さんのビールは本人の分を除けば、オーナーと自分と中野君の分が用意されていて、今まで五戒として守り続けていた飲酒を、大岐の浜での殺生に続き破ってしまった。
でも結構大きめのビールだったし全部飲むのもなーと思っていたので、宿から購入したビールを飲んでいたその大阪の彼にあげた。ちょっと飲みかけではあったけど喜んでくれたので良かった。
アジア系のおばちゃんの宿泊客も1人いたけど、その人はこのお好み焼きパーティーには参加しなかった。
お遍路についての話も盛り上がった。
あつしさんもかなり遍路について詳しかった。遍路宿のオーナーの一人として、尋ねられる側として、遍路関連の話だけでも面白い話や様々な情報を沢山持っていた。
一番印象的だったのは、ぐあんとがもんというプロの遍路の話。どちらかが良い歌が出来たんだけど…と披露したのが「くうや くわずの へんろみち いっぺんくうかい いよのたいめし」という歌(歌自体は素晴らしいと思った。名僧の名前もさり気なく入っているし)。しかし、その作った方が死んだ途端に、もう片方が良い歌が出来たんだけど…と言ってきて、どんなのが出来たんですか?と尋ねると、同じ歌だったというやつ。
その片方の人はこの宿にも来て、なんか上手いこと言って、普通にタオル盗んでいったというような話も面白可笑しく披露してくれた。
ちなみにお遍路には風邪を引いてる人がいないらしい。確かにそうかもしれないと思った。怪我でどこかを痛めている人はいるらしいけど(照)
お接待についても話した。今までお接待を受けた回数が0回と1回の人が来たらしいけど、その2人に共通していたのが、人相が悪かったらしい…。ああ、でもそうか…と思った。お接待する方も渡しやすい人渡しにくい人がいるだろうから。女の子が一番貰うとは思うけど、自分もわりと貰っている方な気がする。あつしさんいわく、そりゃだってお前は女の子っぽいからあれだよと言っていたけど。でも中野君も同じくらい貰っていたんじゃないかな。お年寄りとかに好かれそうな青年な雰囲気は感じたし。
奥田さんは、自分の前を歩いていた外国人男性が突然夜いなくなって、次の朝会った際にどこに行ってたんだい?と聞くと、地元の女性から夜のお接待を受けていたことを告白してきたという話を聞いた。それを聞いた男性陣は、お、おおー…と()大阪の彼は僕もお遍路しようかな!?とか言い出すし、もう爆笑だった。なおさんが少し冷めた目で見ていたのもまた面白かった。
ここふじやは、遍路殺しの宿でもあるらしい。実際に殺されてスタッフになる人がいるくらいなんだから本当なのかもしれない。
意外だとは思うけど、一番リタイアが多いのは愛媛県。多分、高知という長い長い難所(修行の道場)が終わり、松山みたいな日常を感じられる都市に来てホッとしてしまうと、次の今治の札所までは1日歩いても着かないくらい離れているし、これからまだ高い山がいくつも残っているという事実に直面し、帰りたくなるんだと思う。その気持ちはとてもわかる。
毎日このようなパーティーが行われているわけではないけど、あつしさんの持っている話はとにかく最高だから、遍路にはとてもお勧めの宿。もちろん遍路以外の人も宿泊費安いからお勧め。
すっかり意気投合した酔っぱらいのおっちゃん2人に適当な黒目線を入れると、最高にシュールな写真の出来上がり。左があつしさんで、右が奥田さん。
お開きになり、路面電車の終電がなくなって歩いて帰ることになっていたけど、奥田さんを駅まで僕と中野君でお見送りした。別れ際にはヒッチハイクのアドバイス(お寺で見つけるといい。出来れば人の良さそうな高齢の夫婦を~等)を貰って、握手をして別れた。
あつしさんも帰ってからは、若者5人で話した。なおさんも寝てからは男4人で。
楽しかった。本当に楽しかった。お遍路をやっているだけでこんなに話すネタがあるなんて想像してなかった。
中野君は明日高松の友人の家を尋ねてから四国を一旦去るらしく、とても名残惜しそうだった。ああ、まだ歩こうかなー。と、いや、ここで一旦止めると決めたんだ…という葛藤を繰り返していた。
僕も中野君との別れ、明日でこの宿に滞在するのも終わりということ(クリス君となおさんとの別れ)に寂しさを感じながら眠りについた。