四国歩き遍路の旅 27日目

6月19日。
歩いていたときと同じようにアラームは使わずに起きられた。時間も4時だ。でも外は雨が降っている。おじいさんのいびきも聞こえるし、クーラーもついたまま。だが問題はない。雷が鳴る音も聞こえるが、問題はない。
昨日の間にほとんど荷造りは済ませて、今朝も細心の注意を払い、ほとんど物音は立てずに準備を進めていたんだけど、お年寄りに早起きの人が多いようにおじいさんも早くに起きて、窓を開けて外の天気を確認してから、僕に良い旅をという言葉を掛けてくれた。ありがとうおじいさん。
1階に下りて、電子レンジでおにぎりとカツサンドを温めて、誰もいないリビングで食べた。
この時間帯は4mm/h予報だったけど、たまに一瞬でそれ以上降っているような豪雨になる。再開初日に雨が降る、人生なんてそんなものとかじゃない。ただの梅雨。だから仕方ない。出発前にレインウェアを着た。

クリス君は落ち着いてるし、なおさんもおしとやかだった。身内のノリができあがっていて排他的ではなくてもその中に入り辛いところや、ウェイウェイしていて落ち着かないゲストハウスもあるけど、ふじやはほんとに居心地が良かった。次来たとして2人がもういない可能性の方が高いけど、この6月の楽しかった日々は消えない。
さよならふじや。
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午前5時50分の、相変わらず止まらないで撮る人が通る、雨の道後の道。
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久しぶりだなこの感じと歩きながら思った。気持ちの切り替えなんか必要なく、一瞬で観光から遍路へと戻った。観光客は10kg超えの荷物を背負って雨なのに傘も差さずに歩くことはない。

汗と雨でびしょ濡れになりながら、6時20分に大街道に到着した。ちょうどいい路線があるようなので、とりあえず久万高原へ向かう。 
バス停のすぐ近くにあったローソンは店員の対応が残念だった。機械トラブルでレジのシステムか何かを再起動しているようだったけど、立ち上げ中なので少々お待ちくださいとでも一言言えばいいのに、黙ってあたふたしているだけで待っている客たちはどうしていいかわからなかった。僕の前に並んでいた女性は傘を買おうとしていたけど諦めて去って行った。僕もバスの時間が迫っていたからどうしようかと悩んでいたが、その女性がいなくなってすぐにシステムが戻りレジも再開したので、間に合って良かった。
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バス停には屋根がないし、バスターミナルもまだ開いてない時間だったので、バスを待つ人は皆建物の軒下に避難していた。
そこで傘を閉じる際に少し僕にぶつかりそうになって、すみませんと言ってきた男性が、少ししてから話しかけてくれた。昔大学の調査で愛媛の札所を回ったことがあるらしい。
この男性は沢山の情報を教えてくれた。これから乗るバスには1日乗り放題きっぷがあるということ、この天候だから…と44番と45番の間のバスの時間や乗降場所、41番まで残していると話すと久万高原を打ってからの宇和島までの行き方まで教えてくれた。手前で下りることも検討していたけど、三坂峠は石の道が多いからこの雨だと滑って危ないので、行けないことはないですけどやめておいた方がいいと思いますという身の安全まで考慮して助言をくれた。
お接待は物に限らないと思う。こういった情報も本当に助かるのでありがたい。
バスの中でも後ろの席からバスガイドみたいにいろいろと説明してくれて楽しかった。出身は砥部焼で有名な砥部町らしい。バスの車内から砥部町が見えてあの辺りですと教えてもらった。
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高殿宮というバス停の辺りで一人の歩き遍路を見つけた。

約1時間の乗車で7時40分過ぎに久万中学校前で降りた。気付かなかったけど実は軽装の遍路の2人組が後ろに乗っていてここで一緒に降りた。
いろいろと教えてくれた男性にはお礼を言って降りたけど、降りてからも目が合ったのでお辞儀をした。
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降りしきる雨の中、44番札所を目指して歩いていく。
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橋の先に門を見つけたとき、なにこの高揚感…と驚くほど胸が躍った。ああ、自分は旅をしていたんだと思い出す瞬間だった。
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更に近付いていく。
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もうすぐ。
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迫力ある山門。ジップロックの中からじゃ写真が鮮明に撮れなくて残念。仕方ないけど。
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8時過ぎに到着したのは、第44番札所菅生山大寶寺。
さっそく爪が痛み始めているし、靴の中はもう濡れてしまった。
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手前が大師堂で、奥が本堂。本尊は十一面観世音菩薩。
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納経所にいたおばちゃんは、人が入って来てもスマホをいじり続けていてちょっと感じ悪いなーと思ったけど、最後に御姿どうぞという言う際に、声を詰まらせて上手く言えてなくて思わず笑顔になった。お気をつけてーという言葉はしっかり受け取った。

教えて貰った45番付近までのバスは11時台だから、乗るのならしばらく待たなければいけない。
この先険しい峠がいくつかあるが、登ることにした。長時間待ちたくはなかったから。
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目指すは岩屋寺。
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辛い道を歩いたり登ったりすれば当然苦しくて、その苦しみの原因を自然と探してしまう。化膿した爪、この段階で新たにテントで重さが増すということ、ウォーキングシューズで登る山、雨での被害、すべて自分の準備不足が原因。今感じているのはすべて自業自得の苦しみ。自分が悪いんだ。というようなことを考えていた。

でも辛いだけじゃない。楽しさはある。誰かと会えたらもっと面白いのに。
知り合いと会える可能性だってあるはず。愛媛県で知り合った人はまだ少ないし、通し打ちの人も既に通り過ぎている可能性が高いのは事実だけど。
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雨も大したことなくなったので袋からiPhoneを出した。

悪天候のせいでところどころ泥濘んでいる。大変な道だ。
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建物が見えた。
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朝9時のベンチ。もちろん濡れている。
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僕は偉くないから、今後も歩いていくために、次のお寺からはヒッチハイクをしようと決めた。

足の痛みが増している。蒸れた状態で悪化しているのがわかる。今どこを歩いているのかはよくわからないけど。
雨が弱まったのは嬉しいが、正直バスを待っても良かったなと感じていた。久しぶりの荷物の重みで肩も痛くなっていたから。

トンネルの前に下りてきた。
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ここから更に下りる。
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先程見えていた集落に着いた。
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そして河谷休憩所。
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白ひげのおじいさんがいた。雨に濡れてきたかい?この雨に過去を流しなさい!と笑いながら言っていた。
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とても面白いおじいさんだった。四国遍路は複数回回っているようで、一番印象に残るお寺はどこですかと聞かれるたびに岩屋寺だと答えているらしい。
おじいさんは逆打ちで、今から岩屋寺へと向かう僕に、八丁坂は登らないで行く方が楽だよと教えてくれた。

松山はあまり好きじゃないと話していた。ごちゃごちゃとしているし、道後温泉近くにはいかがわしい建物なんかが立ち並んでいるから、こういう静かな場所が好きと。
でも松山は種田山頭火の亡くなった地(一草庵)は好きと。多分種田山頭火が好きなんだと思うけど、「分け入っても分け入っても青い山」という句について深く語っていて、そのおじいさんの解釈がとても面白くて、録音させてもらえば良かったなっていうくらいまたあの話を聞きたいと思う。
おじいさんは歩きながら懺悔をしているらしい。また、樹齢1200年のイチョウの木に会いに行くために寄り道したり(内子町の三嶋神社のことかな)、俳句で詠まれている風景を想像したりもしていると。
粋なおじいさんだ。

君みたいな若者がいてくれて嬉しいと言われた。孫にこういう話をしてもまた始まったかとなるのに、君みたいに笑顔で昔の話を聞いてくれる子がいてくれて嬉しいと。

この付近には遍路宿が立ち並んでいたという話から、昔の宿の話もしてくれたし、ちょっとえっちい話なんかも聞いた。
温泉は以前は露天風呂ばっかりで、混浴も多かったと。そして混浴には物好きというか、明らかに誘ってくる女性もいたとのこと。おじいさんは(危険な気がして?)断っていたみたいだけど。
神社では1組ずつ男女がペアになって…(自主規制)というかつての風習の話や、秋田の盆踊りを絶賛していたりした。
女性はいいもんですと笑っていた。同感です。

いつまでも止めて悪いねと言われた。話は終始楽しかったから別に気にしていない。良い休憩にもなったし。
この先僕が行く場所は、雲の流れなんかが天空の城っぽくて良いから楽しんでおいでと言ってくれた。

同時に逆側へ出発した。おじいさんは去る際に休憩所に一礼をしていた。
奥さんには先立たれたらしい。変わってはいるけど、決しておかしいわけじゃない素敵なおじいさんだった。

まだまだ先は長いけど、岩屋寺へ。
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前に歩き遍路を見つけた。
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近付いてわかったけど、前の遍路の男性はめちゃくちゃ短い杖を持って歩いていた。その長さじゃ地面を突くことは不可能だろうというぐらい短かった。
追い抜く際には、こんにちはーと挨拶をしたんだけど、あまりに深く礼をされたものだから、驚いて続けて話しかけられなかった。30代か40代くらいで、眼鏡をかけていて、少し髭が伸びていた。

県道12号線のこの辺りは民宿がいくつかあった。岩屋寺への手前、もしくは打ち終えた後だから需要はあると思う。(萩森さんは市街地の民宿に荷物を預けてから44番と45番に行って戻ってくるという打ち方を推奨していた)

石が敷き詰められた道。足の裏には大きなマメがある状態で、柔らかいウォーキングシューズで歩くのは悲鳴を上げたくなった。例えるなら、足ツボマットの強化版。
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自分の考えを人越し、人の言葉越しに知るということ。

レインウェアを脱ぐためにベンチないかなーと思い続けていた。だがこういうときは大抵ない。

霧が少しかかっている道なんかは、久万だけに熊野を彷彿とさせる雰囲気があるなと感じた。修験道の修行の場とされてきた山岳道場だけはある。
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泥濘みを超えて、もはや泥の中を歩いているような場所もあった。ぐにゅ ぐにゅと靴が埋もれていくのは非常に不愉快だし、テンションが下がる。
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写真を撮っていたら先程の男性に抜かれた。狭い道なので、あ、すみませんと謝ると、あ、どうもと返ってきた。
山道はやっぱり苦手だ。とは言ってもまだそんなに登ってないんだけど。

木が何本も倒れていた。土砂崩れが起こりそうで怖い。
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突然民家が現れた(この写真の畑の所有者っぽい)。山の中ではあるが電気は通っているようだった。どんな人が住んでるんだろうか。人付き合いは好きじゃなさそうだ。
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一人のおじさん遍路とすれ違った。いつも誰かが歩いている遍路道。
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ちょっと進んだ先には数軒の家があった。こんなとこにも建てる人はいるんだなーと思っていたら、一つは浄水場だった。
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迷ったけど八丁坂の道を選んだ。キツいのはわかっているけど、左の道じゃ味気ない気がしたし、噂に聞く八丁坂を歩きたかったから。それだけの話。
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雨がまた降ってきた。レインウェアは着たままで正解だったと思ったが、急な坂道のキツさで汗をかき、すぐに脱ぎたくなった。
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茶屋跡でまだ残り1.9kmもある。想像以上にキツくて水分補給のペースが早く、水があと600ml程しか残っておらず困った。節水しながら進むしかない。
ベンチがあったので座ろうかと思ったが、これからのヒッチハイクのためにズボンは塗らさない方がいいだろうとレインウェアのまま座った。山の中でも少しは降っているし、脱がずに歩くことにした。
この場所で休憩をしているとカッコウの鳴き声が聞こえた。
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健康なまま歩き切る人もいれば、何か途中で問題を抱えてしまう人もいる。僕は後者で、怪我をしてしまった。でもそれを悔しがったりはしない。原因は自分にあるからその点は残念だが、でも仕方のないこと。

一人でこんな景色を眺めるというのも熊野と一緒だ。大勢といるときでは味わえない感情。雨が降っているおかげで霧がかかるのも好きだ。
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進まないと。
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今度は全身緑の格好をしたカールおじさんの若い頃みたいな男性とすれ違った。

アップダウンを繰り返す道でもあった。疲労が蓄積されていく。
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なにここ、と立ち止まって突然現れた岩壁を見上げた。岩には穴が無数に空いていて、大木が複数あったり、その先は確実に迷うんじゃないかと思わせるような別れ道もあった。
この場所の空気は今までの場所とは明らかに違って、わけがわからなかった。なんだここは…と唖然とした。
近くには誰もいないはずなのにお経も聞こえた気がして、え、幻聴…?と怖くなったりもした。
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自然が作り出したであろうものだけではなく、小さな像もあった。
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そして少し下ると大きな赤い不動明王像があった。こんな場所にあると荘厳さが尋常じゃない。
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ここは白山行場という修行の場らしい。言葉を失うような雰囲気を持った凄い場所だ。
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後で調べて知ったけど、納経所で鍵を借りればこの扉を開けられて、逼割禅定という岩の隙間を上がっていったり、鎖場を登ったりしていくと、山頂には白山権現が祀られている祠があるらしい。
正直めちゃくちゃ行きたい。そしてこういった場所(奥の院ではあるけど)を管理している岩屋寺は他のお寺とは一味も二味も違う。今までのすべてのお寺にあった院号も岩屋寺にはないし。
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この場所の雰囲気をもっと味わいたかったんだけど、無限にいるのではと感じるくらいの蚊の量に立ち去るしかなかった。

別れ道がいくつもあってなかなか困る。しかしお寺の鐘の音が聞こえ始めた。もうすぐだ。
小さな像も沢山ある。これは三十六童子行場と言って、納経所で納め札が貰えるらしく、像の近くに置かれていたのはゴミ箱じゃなく納札入れだった。
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ついに仁王門が見えた。
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着いた。時刻は12時過ぎだ。聞いていた通り、本当にお寺の裏から、上から入るような道だった。
境内に入るとレインウェアを着た良い声のおじさんが、今自分が来た道を指し、どこに繋がってるんですか?と聞いてきた。八丁坂から来ましたと言うと、ああ、どうでしたか?滑りましたか?と質問が続いた。想像していたよりは滑らなかったんですが、泥濘んでいたんでその分大変でしたと教えた。逆打ちの人なんだろうか。

第45番札所海岸山岩屋寺。なんで山の中にあるのに海岸なんだと疑問だったが、空海作とされる山中の霧を海に例えた歌が由来みたい。

本堂。本尊は不動明王。弘法大師は2つの不動明王像を作っていて、木造の方はこの本堂に安置されているけど、石像の方は奥の院の岩窟に祀って秘仏とされているので岩山全体も本尊。仏教というよりは神道の自然崇拝を感じる。神道の国に生まれた空海さんなので不思議ではないけど。
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大師堂。
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ここにも岩壁。霧がかった岩の上には天狗が出てきそうな気配があった。
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本堂の奥には梯子。
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もちろん登ったよね。ここは仙人窟。
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山の上ではあるけど自販機等設備は整っていた。
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納経を終えて荷物を置いていた場所へ戻ると、先程の良い声のおじさんから、そこ石が落ちてくるから危ないよと教えてもらった。新しく出来た建物の下にベンチがあるからそこに行くといいと。
そこには入ったかい?とも聞かれた。ちょうどそのときいた場所には本堂の真下へと続く約20mの洞窟(穴禅定)への入り口があって、真っ暗な洞窟を進むと最奥にはかなえる不動、地蔵尊、大師像が祀られた祭壇のような所があった。そこも数本のロウソクがあるだけで暗いんだけど、地蔵尊の下には霊水が沸いていて、その霊水に顔を映すか、暗闇の中を進んでいると、(本当の自分が?)見えるから、そこで願い事をしてくるといいとおじさんは言っていた。(この穴禅定について詳しく教えてくれたんだけど、今はその記憶が曖昧になってしまった)
干し梅とレモンキャンディーを手渡され、頑張ってねと応援してくれた。同じ歩き遍路かもしれないのに(違う可能性もある)お接待をくれたということはありがたかったが、それと同時にこれからヒッチハイクしづらいいいいいとも思った。
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教えてもらった場所へ荷物を持って移動した。ここは寝られるな。多分萩森リストに載っているのもここのことだ。  
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ちなみにここ岩屋寺は駐車場から本堂までの距離が最も長いお寺で、石段を上がり続けないと着かないので、車遍路の難所とされている。
バスツアーの方々と階段ですれ違った際、ちょっとした阿鼻叫喚だったので、もう少しです!と励ますことになった。あるおっちゃんは僕と少し話してから、30日掛からず歩きで1番から来たんやって!それに比べれば! とおばちゃんたちを励ましていた。30日あればここまで普通に着いているだろうけど全部歩きではないし、というか、ヒッチハイクしづらいいいいいいい。

心が揺らぐから30円のおみくじを引いてみた。剥がし辛いぞ…と手こずっていたら外は破いていいタイプだった。
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めちゃくちゃ久しぶりにおみくじを引いた。結果は以下。今下そうとしている決断は駄目だ!とは書かれていないのでヒッチハイクすることにした。
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ちょうど階段を上がってきた20代前半の女子2人組が近くにいたので、ここから駐車場までどのくらいかかります?と聞いてみた。分?10分か20分だったかなー。はっきりと覚えてない(笑)というような素晴らしい返答があった。

レインウェアを袋に入れ、菅笠やレインカバーの水滴も落とし、靴を始めとする何かに触れる可能性のあるものはすべてティッシュで汚れを拭き取って、出来るだけ綺麗な状態にした。もちろん体も汗拭きシートで拭きまくってそれなりに清潔感のある匂いに。

スケッチブックを取り出すと結構濡れていて、そのときは確認しなかったけどいろいろと嫌な予感がした。
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駐車場へと下りていると、歩き?偉いねえ。と褒めてくれたのは多分先程僕が励ました方々だった。会話の流れで、でも今からヒッチハイクしようと思ってるんで…と話すと、いいのよいいのよ、その乗せた人も幸せになれるんだからと言ってくれて嬉しかった。
ツアー客の列の中でゆったりと下りるしかなかった。周りはおっちゃんやおばちゃんだらけ。
狭い道で人とすれ違う際にはいつも気をつけてはいるんだけど、マットがぶつからないようにこうしなきゃ!と後ろから強引にセッティングされたり、靴紐は一番下からちゃんと結んだ方が良いよ!と九頭竜さんとは真逆のことを注意された。でも参考になるのは実際に歩き遍路の経験がある人の意見。
お接待、いや、お節介な感じが正直したけど、でも決して不快なわけではなかった。あれこれ言ってくれるのは何も言ってくれないよりいい。おばちゃんなりの厚意だろうし。

意外にも駐車場までの参道にはお店がいくつかあった。まったく想像していなかった。
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13時半前、ヒッチハイク遍路の始まり。字が汚え!とは事前にふじやで書いたときから思ってはいたんだけど、まあ読めればいいかなと。
大寶寺は先程行ったお寺だが、僕が残しているのは45番より数字の若いお寺だから、中継地点としてまずは44番を目指すことにした。
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記念に何枚か撮るという。
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行き先を書いたスケッチブックを持って参道を下りてくる人たちに見せるというやり方。話しかける方がNOと言えない日本人には有効だろうけど、それじゃあ後から自分が申し訳なくなりそうだから、まずはそれで様子見。
しかし、簡単には乗れないらしい。乗れないということは無視され続けるということ。歩きながらや、車の中からこちらを見ているのはわかるんだけど、ただ見るだけで、乗せてはくれない。
もしかしたら順打ちの人もいるだろうから、その人たちは方向が違うから仕方ないけど、でもほとんどが逆打ちの人々ということは知っている。だから、これなかなか心折れるな…となってしまう。

バスで回っているお姉様グループから、乗せてあげたいくらいだわと言われたけど、バスツアーの人に見せてもどうにもならないわけだから、自家用車狙い。

今まで温かくされてばかりいたから、これが現実だよなと思い知らされた。それ故ヒッチハイク遍路に挑戦してみて良かったと思った。
挨拶すら無視する人も結構多かった。自分がヒッチハイクをしているというのがわかった状態で挨拶をするとかなり冷たい。というか出来るだけ関わらないようにしているなというのがわかった。 
今まで境内で会って挨拶しても反応が薄かったり、無視していた人たちなら、まあそういう反応になるのも自然だけど、そうではない人たちも同じように無視しているように見えた。
これは修行だなと思った。完全に托鉢だ。

僕がここに立っているということで、負い目を感じさせたなら申し訳ないけど、でももし僕があなたたちが今足跡を辿っているその人(弘法大師)なら不幸が起きるぞ…とも思ったり思わなかったり。
うん、助けを求めている人がいることに気付いているのに、それを蔑ろにしてきた人たちは、弘法大師に容赦なく制裁を加えられてるし()
まあ、見ず知らずの人間を乗せたくない気持ちはわかるから、そんな昔の嘘か本当かもわからない逸話を振りかざして、お前ら!!!不幸になるぞ!!!と脅すようなことはもちろんしないけど、でも、中にはそういったことをする人たちもいそうで怖い。そういった人たちは無視して良いと思う。罰も当たるわけがない。

しかし心優しい人というのは世の中にはいるもので、開始してから30分くらい経った頃、一度車に乗ったかと思いきや、奥さんがドアを開けて「44に行きたいの?」と僕に聞いてくれた。
静岡から来たご夫婦の車に乗せてもらうことになった。区切って回っているらしく、2回目の今回はちょうど44番で区切るらしい。最後の余興のような感じで乗せてくれたのかもしれないけど、本当にありがたかった。
旦那さんが最近退職したのでこれからは時間が生まれるらしいんだけど、でも親とか家のこととかいろいろあって今回はここまでらしい。
基本的には運転している奥さん(奥さんは40代か50代前半に見えた)とずっと話していた。無言でいるわけにもいかないので会話には気を遣うけど、でも話題には困らない。奥さんの方もなんでお遍路始めようと思ったの?というような質問をいろいろしてくれたし。前回のときだと思うけど、卓球の四元奈生美がお遍路をする番組があって、その本人を四国のどこかで見つけて、本当に歩いているんだと驚いたという話も聞いた。

44番大寶寺で下ろしてもらうと、バスのおばちゃんたちの団体と再会して、お接待として飴を貰った。

ヒッチハイクを待つというのは視線との戦いでもある。
43番の明石寺へは距離があるから難しいだろうか。なぜか修行的要素を強めるため荷物を背負い続けたまま待った。托鉢のように立ち続けようと。

先程乗せてくれたご夫婦がお参りを済ませて帰る際に、頑張ってねと声を掛けてくれた。

バスの人たちに、車なら乗せてあげたんだけどな~と言われるたび、お気持ちだけでもありがたいです!という便利な言葉を覚えた。
しかしそう言ってくれる人はバス遍路の中には沢山いるのに、なかなか自家用車の方は乗せてくれない。
その温かい言葉を掛けてくれた人たちが自家用車なら渋るという可能性があることは意図的に考えないことにした。

明石さんかー、遠いぞここからは~と先達さんのようなおっちゃんに言われた。車ならある程度遠くても大丈夫だろうと、遠いということだけ漠然と頭に入っていて、正確な距離はこのとき把握していなかった。後で確認するとなんと67kmもあった。2時間もあれば着くだろうが遠いは遠い。結構無謀だった。

これじゃあまるで挨拶botだなというくらい、ただひたすらスケッチブックを持って立ったまま挨拶を繰り返していた。自家用車の人かバスの人かははっきりとはよくわからなかったのでとりあえず皆に挨拶をした。

なかなか見つからない。時間を決めて、その時間までに見つからないなら町に下りた方がいいんだろうな。

先程のお姉様方とも再会した。頑張ってね~と応援してくれた。

どうやら今日のお参りはこのお寺で終える人が多いようだ。時刻も午前ではないし厳しいか。

前のお寺の駐車場で見かけた人たちも当然いた。無視した人たちは更に態度が冷たくなって、よりスムーズな無視をしてくれているのがわかった。
弘法大師のあれならあれされますよー!!!あれだったら大師呼んじゃおうかな!?!?なんて思っていませんよ、ええ。
優しい人たちばかりじゃないのは知っている。だからこそ優しい人に出会えたときが嬉しいんだ。

始めた時間をちゃんと見ておけば良かったなーと思った。どれぐらい待っているのかがわからない。

石柱にはカタツムリ。
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15時になったので諦めて、お寺を離れ、町に行くことにした。お寺からお寺へは捨てて、大洲市経由で普通にヒッチハイクしてもいいけど、それで見つからなかったらまた面倒だから、柔軟に行動することにした。

地図をくるくると回していて、いかにも歩き遍路っぽい、20代後半くらいの男の人を見つけたので話しかけてみた。
区切りで今日まで歩くと言っていたかな。浅黒い肌に眼鏡をかけていて、少し中野君に似ているかもと思ったけど、中身は大違いだった。
なんだか絡み辛いというか、ほんの少ししか話してないけど、人を小馬鹿にするような話し方の人だった。いろんな人がいる。

朝のバスで一緒だった男性は、久万高原から宇和島への直接の移動手段はないので、一度松山に戻ってきた方が結果的に早いと教えてくれていた。大街道で降りて逆側のバス停(?)で宇和島行きのバスに乗ればいいと。
その情報を参考にした上で、バスは乗り場があやふやなので、駅のがわかりやすいし、値段もよくわからないので先に切符を買える電車に乗ることにした。
久万中学校前(15時42分発)から松山駅(16時56分着)まで移動して、松山駅から上宇和駅へ移動する予定を立てた。

バス停で待っていると、岩屋寺への道ですれ違ったカールおじさんの若い頃みたいなあの男性と一緒になった。
さっき話しかけた人はあれだったというのも含めて、話してみたいけどなんだか話しかけ辛かった。
でも2人で沈黙し続けるのもあれだし、話しかけてみた。松山に住む28歳らしい。正直もっと若く見えた。あれだったら大学生かなぐらいに見えていたから。
今回は2回目で逆打ちをしていて、前回は順打ちで回ったらしい。3日間くらい休みを取っているから、この休みの間に40番の観自在寺まで行く予定とのこと。
偉そうに人を評するのも失礼だけど、見た目以上に話しやすい人だった。こちらが話題を振らないと話さなかったし、バスを降りる際はこちらを一切見ることなく普通に降りていったけど。まあ、全てのお遍路が交流を望んでいるわけではないから、非難するようなことでもない。
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やっぱり見た目や雰囲気って大事だなと思った。お接待をあげたり、話しかけようとする際の判断材料というか、躊躇いを生んでしまう要素に、外見や雰囲気が含まれているのは間違いないはずだから。
9割なのかどうかはわからないが、お接待を受けた回数0回と1回の人の人相が悪かったということが示すように、絡みやすさはきっとそれらに比例する。(別に上の彼の人相が悪かったわけではない)
顔が良いとか悪いとかじゃなくて(それは整形でもしない限りどうしようもないし)、雰囲気込みで話しかけやすい人でありたいなと思った。お接待が沢山欲しいわけではないけど、話しかけられる回数は多ければ多いほど嬉しいから。
それと、話が始まった後は話し方や言葉遣いなんかで相手を不快にさせることがないように気をつけたい。
そういったことへの努力は惜しんではいけないだろう。

バスへ乗り込む前、いつのまにか晴れていることに気付いた。

今日の野宿場所を決めなきゃいけない。でも眠い。眠らないけど。いや、ちょっと寝たけど。
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朝は悪天候のせいで見られなかった三坂峠からの絶景が見えた。教えてくれたあの男性に、見ることが出来ましたよと伝えたい。
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ヒッチハイクは待つだけではなく、話しかけたらどうなるのだろう。
お寺以外で街から街へと乗せてもらうのもありだろうし、それなら乗せてもらう場所への距離さえ間違わなければ、案外時間も掛からないかもしれない。
でもどうすべきかはずっと悩んでいる。もうコイントスでどちらにするか決めてしまうか。いや、やってみたいんだ。ヒッチハイク遍路を。タイムリミットを決めてやっていけばいい話ではないか。

松山駅で降りる際、バスの運転手さんに、乗車券を渡そうとすると、切符どうします?と聞かれた。貰います!と即座に返した。たった一言の質問だったけど、粋な計らいだと思う。僕にとっては記念になるし(一応その手のものは捨てずに集め続けていた)。
バスを降りると一緒に乗っていたおじさんと話すことになった。今から東京に帰るらしい。次は秋に来るとのこと。お気をつけてと言ってくれた。

切符を買っていたらおじいちゃんにしげしげと見つめられた。若いのに…と呟いていて、感動されているのがわかった。そのおじいちゃんは自分にとってお遍路の先輩で、野宿も経験したらしい。僕は笑うしかなかったけど、最後には拝まれたりもした。四国以外で見るとなにこの人たち…ってな光景だろうけど、それもありえちゃう四国が好きだ。周りの視線も別に引いているとかじゃなく、ん、お遍路さんか。ってぐらいだったし。

ホームのベンチに座っていると、今度はおばあちゃんに話しかけられた。 男前やね!と言われた。ひゃっふー!若者には言われないけどありがとー!
修行ね?偉いね、立派。とも言ってくれた。
生まれは四国だけど、前は別府に住んでいたらしい。子供は別府市役所に勤めていて、孫は大学生とのこと。
このおばあちゃんは占い師から弘法大師に守られていると言われたことがあると話していた。小さな頃、仏壇にある黒い像(大師像)にお茶をあげ続けていたら、そのお坊さんが家に入ってくる夢を3回見たと。
石手寺の裏の話も聞いた。やっぱり面白いお寺なんだな。この旅でまた行けないこともないけど、でもまあ取っておこう、未来に。

アンパンマンの列車に乗る運命だったらしい。3両の特急なんて初めて見た。乗り込んで、ラッピングだけじゃなく曲も流すのかーと思っていたら、実際にアンパンマンが喋りだして面白かった。とことんアンパンマン。どこまでもアンパンマン。
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天気が悪いならヒッチハイクより、素直に交通機関を使う方がいいのだろうか。お寺からお寺以外は特に。

内子駅のホームにいた若くて綺麗めな女性はアンパンマン列車の写真を撮っていた。上は黒い服で、下はいかにも歩いていそうなスパッツを履いていて、そして金剛杖を持ってた。土日勢なのか、あんなオシャレな遍路見たことないぞと驚いた。女性の歩き遍路自体もほとんど見かけることがないし。

アンパンマン列車は走行中貫通扉(?)がかなり鳴っているのが気になった。きゅきゅきゅきゅと正直うるさいくらい。

今日は歩いたり、バスに乗ったり、山に登ったり、ヒッチハイクをしたり、電車に乗ったり、バラエティに富んだ日だ。しかし景色はどれも美しい。
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41番から43番を目指すか、43番から41番を目指すかは迷ったが、上宇和駅の近くに遍路小屋があるようなので、43番から歩くことにした。41番の場合は駅から遍路小屋へは逆走する形になるのも気になったし。
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18時半前に八幡浜駅で乗り換え。空が暗くなってきた。また雨が降りそうだ。小屋に着いたらまずはテントを張るべきか。屋根が広ければいいな。 
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車内は高校生ばかり。後ろの方に座ったがこの電車は前降りだった。
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不安な要素はいろいろとあるが、やはり一番は足の状態が気になる。酷くないといいけれど。
天気予報を確認すると、明日も雨のようだ。お昼前からは大雨とのこと。

この旅で初めて寂しさを感じているかもしれないと気付いた。ゲストハウスに入り浸っていたからだろうな。仲間が欲しい。いや、話し相手でいい。
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そして定刻通り上宇和駅に18時48分に到着。一人の女子高生と一緒に下りた。その子は迎えに来ていた母親の車に乗り込んだ。
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この場所から明石寺までは距離がある。札所最寄りの駅で下りるのがベストだったが、明石寺付近の東屋を探していたら日が暮れるかもしれないし、コンビニも近いからここを選んだ。寝床優先だ。
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想像していたよりお店はある。ただ遍路小屋が見当たらない。車は通っているけど歩行者がいないので地元の人に聞くことも出来ない。やむを得ずガソリンスタンドのおっちゃんに聞いてみた。しかし、小屋は見たことがないと返ってきた。
もう19時になろうとしているのでさすがに焦った。取り壊されたりしたんだろうか。
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セブンイレブンの店員のおじさんは、何か余分に必要なものないですか?と聞いてくれたので、おしぼりいただけますか?と頼むと大量にくれた。これもお接待だよな、ありがたいと思った。焼き鳥を最初温め忘れていたお詫びも含まれているのかもしれないが。

小雨が降り出した。だがブログ等を検索して、遍路小屋が国道沿いにあるということは把握した。急ごう。
しかし雨が強まるのは早かった。ヤバいな、レインウェアも着てないし、バックパックにはレインカバーもつけていない。雨対策は何もしていない状態なのに。急ぐしかない。

あった。ガイドマップで見るより遥かに遠かったが、東洋軒というレストランの駐車場にあった。時刻は午後7時20分。国道沿いでうるさそうだが明かりはある。(写真はね…、雨降ってたからね…、うん…)
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7時半頃、尋常じゃないくらい激しい大雨になった。小屋には屋根があるのに風で中まで入ってくる。

お昼を全く食べてないからと麻婆丼の他に焼き鳥も買ったけどすぐにお腹いっぱいになったので正直要らなかった。朝食に持ち越し。
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雨と風に邪魔されながらなんとかテントも設営した。幅はギリギリだが入って良かった。
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靴下を脱いで足を確認してみた。どうしていいのかわからなかった。
ふやけた状態で歩き続けていたからか、足の裏は全体的にボロボロになっていて、真ん中3本の指の下には両足とも大きなポケットができていて、右足の指の裏や横には小さな穴が空きまくっていた。エイリアンのような足だと思った。爪も当然酷い状態で、真っ赤に腫れているし、膿が出ている場所はピンク色に膨らんでいた。
豪雨は降り続いているし、空は雷が光り続けている。
状態は最悪だ。でも心は折れていない。どんなにキツくても、どんな手を使ってでも結願してやる。そんな気分だった。

案の定テントの中は暑かった。でも人の目が気にならないというのは素晴らしい。寝袋とは大違いだ。着替え等も出来たし。
でも水がなくて歯磨きは出来ないので気休めだが歯磨きガムを噛んだ。

荷物は中に入らないので外のベンチの上に置いていた。頑張れ。雨音が怖い。戦地に子供を送り出した親のように不安だった。

21時に寝ることにした。だが何時に眠れるだろうか。耳栓をつけても騒々しい。
テントや菅笠に雨が当たる音。小屋の向き的にどうしてもヘッドライトも飛び込んでくる。

災難は続く。歯が痛くてどうしようもなかった。虫歯なんだろうか。なんとか痛みの波が去ってくれたからよかったけど。

眠っていたのに喉が渇いて目が覚めた。まだ12時前だった。
ずっとカエルが鳴き続けている。車の量は減ったが、たまに通るだけでも車はとてもうるさい。
寝られなかった。蚊が1匹入ってるような気もしたし。

ヒッチハイクがしたいのか、早く終わらせたいのかなら、後者だ。交通機関があるならそちらを使うべきなんだろうか。迷う。

雷が光っては、ゴロゴロと鳴り、また光っては、鳴っていた。そして収まっていた雨もまた降ってきた。

明日は残りの3カ寺をしっかり打ち尽くそう。ヒッチハイクだと時間配分がわからなくて困るが、とりあえず目標としては明日中に今治へ行きたい。


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