4月15日。
4時半に目が覚めたということは4時間半睡眠だったということ。何もかもが最高で完璧だ。
近くにいびきがうるさい人がいなかったのは皮肉ではなく本当に助かった。こういうのは運でしかない。ペットボトルに入っていた飲み水はなくなってしまった。
5時半にはベネズエラの彼が起きて、スマホでテキストメッセージのやり取りをずっと続けていた。
6時頃になるとフロアの他の人たちもぼちぼちと起き始める音がした。
スウェーデン人夫婦(と勘違いしていた夫婦)の妻が、いかにも疲労困憊といった様子で旦那に軽く抱きついてた。
自分は6時半くらいまでずっとメモをまとめていた。パンプローナ到着からのコメディだけでなく、歩きながらのメモも整理できていなかったから。メモをまとめるという行為も、ブログ執筆時間に含まれているようなものなので必要な時間。
自分には現在通信環境がないので、隣のベネズエラの彼に今日の天気知ってる?と尋ねた。するとスマホの画面を見せてくれたのだが、現在の温度が43度になっていて、ん…?と自分が一瞬戸惑ったのに気づいたのだろう、ちょっと待ってと華氏から(自分にとっては馴染みのある)摂氏に変更してくれて、7度と表示される画面を改めて見せてくれた。気候は一日中曇りといった感じだ。この街から移動すると少し違うものに変わるかもしれないが。
外国らしさの一つとして、パンツで就寝民が多いというのがある。ベネズエラ人も、彼の上で寝ていたイングランド人男性(20代中頃か後半)もそう。
2人の会話を少し聞いていたのだが、ベネズエラの彼は18歳まで自国にいたらしい。飢餓等の問題を抱えていると話していた。
通路を行き来する人たちと笑顔で朝の挨拶をしていると、能天気というか、まあそちら系の、自分が苦手なタイプのバックパッカーや写真家が言う「この世界の共通言語は笑顔」という最高に胡散臭い言葉が思い浮かんだ。でもその通りだと思う。笑ったときの自分の八重歯は気になるけど。
離れたベッドで寝ていたそのこちゃんに、洗面台に行ったついでにおはようと挨拶をした。調子はどう?と聞くと、くるぶしのとこに少し違和感があるとのこと。
いろんな顔馴染みに体の具合を聞いてみたが、みんな疲れているとか、どこかしらに痛みを抱えている様子だった。ベネズエラは腰、イングランドは足にacheがあると。でもフランス人女性は足を痛めていると前言っていたのに、今朝はすべて良い感じで、自分でも驚いてるわと話していた。
宿泊費とともに支払っていた朝食はアルベルゲと同じ通りにあるカフェバーで。
ハンガリー女性がそこで朝食を食べるの?と聞いてきて(今のところ彼女にとって最も親しい巡礼者が自分だ)、一緒に行きたそうな雰囲気だったから彼女と一緒に行くことにした。(一応そのこちゃんにも行くか聞きに行ったが、まさかの朝食は取ってないというオチだった)
カフェの前でブルガリアカップルに会った。彼氏のアレクサは英語が苦手なので、いつも彼女の方と話すんだけど、なんていうか、ブルガナやっぱり可愛い。顔だけじゃなく愛嬌というか話し方とかも可愛い。
そのブルガナが、ここの朝食は量も少なく粗末なものということを教えてくれたので、どんなメニューなのかを聞いた。それにロザンカが話したがってるってことで、彼氏の電話でロザンカと話すことになって、とりあえずそのこはアルベルゲにいるよと伝えた。
朝食について聞いていたハンガリー女性は、朝食のチケットを持っていなかったというのもあり、じゃあ私これを食べるわとスナックバーのようなものを取り出してそう言った。近くにはギリシャ夫婦を含んだこれから出発する人たちがいたので、これから旅が始まる彼女に、まずは彼らについていくといいよというのと、励ましの言葉を掛けてまた会おうねと別れた。
宿のレシート。朝食時にこれを見せてとのことだったが、奇妙なことにベッド番号が2つあるのでそのこちゃんも食べられたっぽい。店員に、もう一人は後から来るのか?待つのか?等聞かれたが、呼びに行っても不正っちゃ不正だし、パンとか持ってるって言ってたし、Noと返した。(でも今気になるのはWIFIの文字。あったのか…?)
朝食はというと、組み合わせ的には定番なのだが、聞いていた通り量が本当に少なかった。このパンの大きさじゃお腹は膨れない。(おまけに自分は昨晩ほとんど食べていないし)
カフェにはベネ(ズエラ)さんとかいて、何度か顔を合わせている韓国人男子も入ってきた。イングランドの彼が入ってくると、ここ座っていい?と聞かれ相席で食べたが、彼は甘いのが苦手らしくてマフィンをくれた。
入れ違うようにカフェに入っていったのは撮影ペア。
一応宿に戻ることにした。入り口付近でフランス人女性のデリアンが座っていて、Wi-Fiがここだけは繋がるのと言っていた。そういうことらしい。知らなかった。
日本人女性はベッドにはいなかった。ロザンカのところに行ったのかなあ、でも、うーん、こういうのもういいよ…。と昨日の疲労が蘇って来るようだった。ロザンカがこちらに来て2人で出発したという可能性もあるし、別々に行ったのかもしれない。
念のため、あの泊まれなかったアルベルゲの方も確認しようと、朝から巡礼の道を逆向きに歩いた。荷物のバランスに違和感を感じながら。
街は昨晩が嘘だったかのように静かで、そしてゴミだらけだった。
道行く人も少ない中、ゴミを蹴りながら歩くあんちゃんの後ろを歩いて向かったが、ロザンカはもういない様子だった。
まあ、いいや。出発前から一緒だったから、連帯感だが何だかで気に掛けていたけど、これ以上ストレスを溜めるのもバカバカしいし、行こう。2人はきっと先に行っているんだろう。
汚れた通りの店先に腰掛け、靴紐をしっかりと結んだ。
今朝も挨拶運動。情熱的な一晩を過ごしたのか、肩を組んだり手を繋いでいて見るからにラブラブだったけど、Holaは帰ってきたカップル。
ATMで200ユーロを引き出した。
マレーシア夫婦とジェニファーがいた。何か話すほどの仲ではないが。
前を歩いていたおじさん4人グループの中に、自分と同じように頻繁に写真を撮る人がいた。彼らがどちらに進むのか迷っていたときに、すぐ後ろにいた自分が横断歩道の向こうにマークを見つけて教えるという場面があった。写真右端のサンタクロースみたいなおじさんは目が合うたびに何度も自分を見てニコニコしてくれて嬉しかった。
昨日とは逆になる街のこちら側にも城塞を感じさせる建造物がいくつも残っている。
乞食もいることはいたが、日曜の朝ピーポーは基本的に爽やかなので、挨拶等の反応も良い。ランニングをする人たちなんて特に。
前を歩く4人に地元の女性が、サンティアゴ?と話しかけてから、サンティアゴならあっちだよと正しい道を教えてもらっていた。彼らに釣られて自分も道を間違えていて笑う。
生ゴミ臭い場所を抜けた先で、荷物が少ない女性に追い抜かれたが、後で自然と追い抜き返した。歩くペースは人それぞれ、その時々。
母と娘(息子)というような組み合わせの、親子で一緒に歩いてるような人たちもいる。素敵だな。
少し前のグループと距離があった際に、目の前を曲がろうとしてきていた車に、お先にどうぞ!と譲ったら、いいんだよ!いきないきな!!みたいな感じで譲り返された。ありがとう。
30代の息子と60代の母親らしき親子を追い越すとき、あの山!と笑った。今日は山を越える日なので、あの山をこれから登らなきゃいけないんだね…という少々呆れ気味で苦い笑い。
珍しくふざけた日本語じゃない。
このベンチで荷物をちょっと整理してみたがあまり効果はなかった。
工業の街といった雰囲気でかっこいい。実際に近年は工業の街として栄え、フォルクスワーゲンなどの工場も建ち並んでいるらしい。
そしてこの辺りから登りだ。
高速道路の上に架かる跨道橋を渡ったあとの黄色。
韓国親子を追い越した後に、今朝のカフェでも顔を合わせていた韓国男子にHiと挨拶をするととても嬉しそうだった。顔馴染みではあるわけだし、話しかけてくるのを待っていたのかな。
今朝もそうだったし、1人なのかと思っていたけど、別の韓国人男子と一緒だった。今朝知り合ったのかなと予想したが、そういえば昨日待ちぼうけのときにこの2人にも尋ねたということを思い出した。
そこから歩き続けていると見覚えのある3人の後ろ姿を発見した。あれはリーたちじゃないか…?
近づいてみるとやはりそうだった。いつもの若者3人に、その同世代の可愛い女の子が加わり4人になっていた。
このときはリーと話してばかりでほとんど絡みはなかったので、印象もかなり薄かったけど、加わったのはシンジュちゃんですね。
リーと話しながら自然と2人で先に進んでいくと、前にも後ろにも10人程の韓国人という状況になって、ここはコリア?ってリーが言うから、済州島だよって返したけど伝わらなかったので、プサンかソウルかもと言い直した。それほどまでに韓国人は多い。
その後もリーとずっと話しつつ2人で歩いた。なんで歩こうと思ったの?と理由を聞いたら、Nothingと返ってきた。やりおる。
リーは寿司が食べたいとか、長崎のラーメンが好きと言っていた。どうやら日本食が好きらしい。今日本ではTWICEが人気だよと言うとTTポーズをして、好きなメンバーの名前(ダヒョン)を教えてくれたが、自分はTWICEの存在を知っているだけで、メンバーの名前もまったく知らなかったので、へ、へぇ~…!というようなリアクションしか取れない。顔見たらわかると思う…てのは大嘘です。
他にも日本に関して知っていることを立て続けに彼は喋っていた。オレハケンジダー!ってのもまったく知らなかったけど、クローズドゼロらしい…?
リーはサンティアゴ到着後に自分と似たような行程で周辺の国々を観光するらしい。ポルトガルやローマには自分は行かないけど。
彼はたまに英語が理解できていなかったけど、会話に使える言語はそれしかないので簡単な英語でトークをした。韓国に来るときはいつでも電話してとも言ってくれた。たまに痰を吐くのは気になるが、良い奴なのです。
狭い道に自転車が来ると止まって追い抜かれるのを待つしかない。
キノコとそれっぽい何か。もちろん食べました。
池の前に佇む人。
雄大な景色を撮影したのかと思いきや、右端に写るのは立ちションする誰か。この後もちらほらと見かけた。
リーたちのいつもの韓国3人組を構成する1人である女の子(名前はキム・ソナ)は先に進んでいて、休憩している彼女を追い越すときに、君はTWICEのメンバーだよね?と言ったら、もうっ!みたいな感じで笑って、ついでにリーも笑っていた。
リーに彼女はキュートだねと言うと、冗談じゃない!といった感じでノットキュートだと返ってきた。まあ、整形をまったくしていない韓国女子といった感じです。ええ…。
リーが木陰で五分休もうと提案してきたので、この木の下で休憩することにした。歩行距離は現時点で11km。
それからキム・ソナがマスク姿でやって来た。風邪を引いてるの?と聞いたけど、首を振りながら太陽を指差していたので日焼け防止だろう。西洋人は驚きそうだ。
彼女からジャケット脱がないの?暑いでしょ?と言われてパーカーを脱いだ。あのジャパニーズガールはどこ?とそのこちゃんのことを聞かれたので、多分前を歩いていると返したら、彼女はシンカンセンみたいねって。
ソナは東野圭吾、村上春樹、ミクニカオリ(多分江國香織のこと)といった作家や、坂本龍一などのピアニストが好きと言っていた。日本のポップカルチャーに造詣が深いんだろうな。そして質問はしなかったが、その手のものが好きということは、きっと韓国人女性作家が書いた巡礼記(カミーノを歩いて結婚相手まで見つけた的なストーリーで大人気らしい)も読んで来てそうだと思った。
リーは自分とソナが話している間に足の指の絆創膏を張り替えていた。
またリーと歩き始めると、リョウサン〜と呼んでくる彼に質問され、ちゃんや君についても教えた。じゃあ、そのこはそのこちゃん?と覚えが早い。
この2人は日本や日本語を少し知っていたり、知ろうとしていて好感が持てる。親日派なんだろうか。
朝から切らしている水が欲しい。風力発電の村よ、あってくれ。
ふと自転車で駆け抜けていく人の姿が遠くに見えた。超気持ち良さそうだな…と感動した。CMでも使えるような風景だったから。
町に到着。なぜか落ちていたもふもふの耳あて。
水場があった。本当に喉が渇いていたのでオアシスのようだった。がぶがぶ飲みまくったし、ペットボトルにも補充できた。
歩きながらさっと写真を撮っただけではっきりとはわからなかったが、手前のベンチにハンガリー女性がいたような気がした。(写真をこうして見返すと彼女だということがわかる)
町には自販機やカフェもあった。自分1人なら多分ここで休んで足を乾かしたりしただろうけど、さっき少し休んだし、リーはまだ先へ進むらしいし、山はまだ残っているので、まあいいかと自分も進むことにした。昨日は酷い時間を過ごしたので、今日は早くアルベルゲに着くのを目標にしてもいいかもしれない。
でもハンガリー女性には一言声を掛けたかったな。もしかすると、もう会えないかもしれないから。
風が気持ち良い11時だった。
ソナが後ろから石を蹴ってリーにぶつけようとしていて、イチャついてるカップルのようだった。美男美女とは言えないがお似合いだ。韓国ドラマは一度も観たことないが、この2人が実演する恋愛ドラマなら観てみたい。きっと流行るだろう。
それにしてもリーはタフだなと驚いた。少しぽっちゃりしているので体力的にどうなのかと気にしていたが、登りも平気そうだ。
風力発電の風車付近、つまり上にも道があることに気付いた。こちら側の道はもうひたすら登り。
だいぶ登ってきたので見晴らしも良くなってきた。
多分これは飲めない。
坂道を登り終えると、あ、この場所知ってる!と思ったのは、映画でも登場した場所だったから。しばしここに滞在したかったからリーに(先に)行きたいなら行っていいよと伝えた。
結果的にリーも残ったのだが、みんなが写真を撮るスポットなのに、彼が電話をしながらモニュメントの方に近づくから、まるで一員みたいだなと思っていたら、サンタヒゲのおじいさんにどいてくれ!とジェスチャーされていた。その後サンキューとフォローはあってたけど。
昨日悲劇のアルベルゲにいた2人の女性も写っている。
ペルドン峠からナバラ地方を一望。
風が強いので薄着ではさすがに寒くなったが素敵な場所だ。
ちょっと靴脱いで休むかー、あっ…。(この外側のソックスはこの日以降ベンチ外へ)
荷物サービスの車や、アルベルゲの送迎車・宣伝をする人もこの場所にはいた。
ハンガリー女性が来たが、誰かと一緒にいる様子で良かった。会話を邪魔しないように、彼女がこちらに気づくと軽く手を振り合った。
カロリーメイトを食べてもまだ足りなかったので、明治の一口サイズの小さなチョコを食べていると、このヨーロッパでチョコレートを食べまくりたいという願望が生まれた。
自分の荷物の近くに来た自転車のヒゲのお兄さんと話した。彼もサンティアゴを目指しているらしい。サイクリングには美しい道だねと言ったが、でも彼は歩きと同じキツい道を来たらしい。(この日自転車乗りは多かったけれど、すべて巡礼者ではなかった)
自転車の写真撮っていい?と聞いて、撮らせてもらった。
彼からチョコいる?と聞かれたので遠慮せずに貰った。ありがとう。
地元の散歩民の姿も。
峠を超えて、今度はこちら側へ下りていく。
自転車の彼とは何日で回るの?とか、もっといろいろ話したかったけど、ソナから「トモダチ! Go Go!」と声を掛けられたので、彼とはそこで別れた。
今朝リーたちに追いついた際にも見かけた、少しお兄さんって年齢の男性のTJも加えて、韓国人3人と一緒に歩くことになった(TJはハジメマシテを知っていた)。あの背の高い男子は多分美女と歩いている。
11時半から11時50分まで20分間というそれなりに長い滞在になったが、ポーズをキメて写真を撮ったりと結構リーたちも楽しんでいる様子だったので良かった。
グループの後ろの方で自分と歩いていたソナが、コレ(彼女自身)ガ、コレ(リー)、スキデス。と指差しと日本語を使って言っていた。突然のことだったので上手く理解できなかったが、リーのことが好きなのだろうか。ほほう…?
気になる靴紐を結んでいたらかなり3人に遅れた。
自転車と歩きの分かれ道。
3人に追いついた後、その先にハンガリー女性を見かけたが、1人になっていたので話しかけた。カミーノはどう?と聞くと、こういう道(石がごろごろしていて歩きづらかった)は好きじゃないけど、美しい道ねと。今日はどこまで行くか聞いたけど町の名前は覚えてないって。スペインの町の名前を覚えるのは難しいよねと言った。
正直、彼女の歩く姿は結構辛そうに見えたので、ペース的に差がつきそうだと思った。彼女は銀マットを持っているけど、基本的にアルベルゲにはベッドが用意されているので、無駄な荷物というか、負担でしかないだろう。
気をつけてねと言った後に、また会えるかはわからないのに、See youと言ってしまった。すると彼女からはByeと来たので、同じ言葉で返した。彼女にとって良い初日、良い旅になってほしいなと願った。
彼女がそれからどうなったのかはわからない。その後彼女と再会することはなかったから。
登りが極端に苦手マンだから余計に感じる部分はあるだろうが、下りはすいすい進めちゃう。気付けば韓国グループともかなり離れていた。でも彼らとはまた会う気がする。
いや、面白い場所だなとふと感じた。周囲は山に囲まれていて、その山の上には風車が立ち並び、近くの林からはカッコーの鳴き声が聞こえる。
日本人はいないだろうかと考えた。日本の巡礼路の良さを語り合うか、教えたい。
もうフランス人女性には遍路について少しだけ話したけど、熊野も教えてあげればよかった。彼女に再会することはあるだろうか。もっと丁寧に教えてあげたいのでまた会って話したい。
峠を下りて来たが、平地は暑かった。
風車のところでもHiと笑顔で挨拶は交わしたが、昨日の予約していたアルベルゲにいた女性2人が、このマリア像近くのベンチに腰掛けて休憩していた。
昨日は非常に疲れていて愛想がなかったのだろうか、今日は元気で明るい様子だ。年上の方の女性なんて手まで振ってくれたし。少しだけ話をして先へ進んだ。
12時44分に鐘が聞こえてきた。ここがObanosという町だろうか。そうならば今日の目的地のPuente la Reinaは次だ。とスマホを確認してみたが、まだ16.4kmだった。近すぎる。
うん、ここはUtergaという町だ。まだまだ先だ。
一家と挨拶をしてから、町の中を進んでいると、車で中東っぽい音楽を流す男の集団がいた。
歩行速度が遅くなってきた気がする。疲労が溜まってきたんだろうな。
このアルベルゲ付近でモスクワからのロシア人女性を見かけた。今日はLorcaという町まで行くらしい。
友達はどこ?と聞かれて、多分前にいると答えた。彼女はとてもタフなんだとも言った。でも本当に、どこにいるんだろうか。
すぐ先のベンチにはイングランドの彼もいた。今朝のカフェで聞いたときと同じように、今日のゴールはまだわからないままらしい。おとなしいけど、とても優しそうな青年で好感を持てる。
今日は地元の散歩民とよくすれ違う。爽やかな人が多い。
悪路というか、泥になっている部分を(こんなに大変な道だったんだよ~的ノリで)撮りがちなので、もっと綺麗な道を写真に残そうと自分自身を戒めていたら、次の町が見えてきた。
タンポポなど咲いていて春を感じられる。とても良い季節だ。今日はずっと曇りかと思っていたのに実際は晴れだし。
次の町に着いた。休むべきかな。
あるアルベルゲの前の道路脇でレモネードを出している高校生くらいの少年がいた。How much?と聞くと、ボランティアでやってると。
彼からどこまで行くのか聞かれて、Reinaと答えた。どれくらい距離があるかな?と尋ねたら5kmと教えてくれた。遍路で言うお接待的な感じだろうか。ありがたかった。
少年とそういった会話をしていると、突然ブルガリアカップルのブルガナが近くのアルベルゲから現れた。彼が足を痛めたとのことで、今日はここに泊まるらしい。彼女も少し痛そうだった。大丈夫だろうか…。
2人はどこ?とロザンカとそのこさんのことを聞かれたが、それが僕もわかんないんですよ…。こっちは気にかけてるんだけど…チーム解消ですわ…。
とりあえず自分はまだ先に進むので、ブルガナにもレモネードの少年とも笑顔でバイバイ。少年の英語は他のスペイン人学生より遥かにできたし、机では数学の勉強をしていた。彼はきっと偉大な男になるだろう。
上の写真の中には、右の道に下りる箇所が写っているのに、このときの自分は前を歩いてる2人しか見ていなくて、そのままこの大きな道を歩いてしまった。しかし巡礼者たちは下の道を歩いていて、心細いというか若干不安になった。合流できるだろうか。ってかあの前の2人は巡礼者じゃないのか?
ある車とすれ違う瞬間に、車内にいた若者からHola!!!!と大声で叫ばれて心底驚いた。 どこの国でも良い若者と悪い若者がいる。髪の色など見た目ではわかりづらいが、日本のヤンキーみたいな存在だろう。
横に繋がる道があって巡礼路に戻れてよかった。でもこの5kmをどう歩こうかな。それなりに疲れているけど、本気で休みを取るには目的地が近すぎて微妙なところだ。
またレモネードだ。でも喉が乾いてるからは再度貰うとしよう。今度は10歳くらいの男の子に値段を尋ねると、ボランティアではなくドネーションだと言われた。
先程はボランティアと言われたし、財布を取り出すのも面倒だったのでチップも入れなかったので、心の中では(ごめんさっきの少年…)と思いながら硬貨を入れた。(お年寄りの方々…彼をどうかよろしくお願いしまry)
しかしペットボトルから注いだこちらのレモネードの方が冷えているし甘いしで、さっきの自家製より美味しかった…。複雑…。
飲んでいると近くには、鼻の上のほくろが印象的な東アジア系のおじさんがいて、チラッと彼の帽子を見るとSAITAMA MARATHONと書かれていて、えええ…!と驚き、「もしかして日本の方ですか?」と話しかけてみた。
はい、日本人でした。埼玉から来た島村さん。お互いに突然の同国民との出会いにビックリしていた。埼玉って書かれてたんでそうかな~っと思って…!
島村さんはのほほんとしていて、丁寧な敬語を使ってくれる、敵とか全然作らなさそうなおじさん。
島村さんと話しながら歩いた。レモネード売り場を離れるときに、一緒に歩いてもいいですか?と自分から声を掛けた。良いんですけど、でも遅いんで…疲れてるし…と返事が返ってきたが、自分も疲れていて遅くなっているから問題はない。
以前商社でフランスに勤務していたこともあり、フランス語が達者で、本国よりフランス語圏に飛ばされることが多かったから、コートジボワール等が長かったらしいけど、パリに部屋を借りてそこ拠点にヨーロッパを旅してたこともあるとかで、オシャレだなあと素直に思った。
もしかして日本の巡礼路歩いたことありますか?と質問してみたら、四国のは徳島だけ歩いたけど、今年中に終わらないし、関東から四国は遠いということもあり、後は車で回ったらしい。全部で5回に分けて回ったと言っていたかな。2016年の4月スタートってことで自分と近くて面白かった(自分は5月スタート)。でも車で回った分はちょっとお寺を回って、あとは温泉旅館等に泊まっていたから巡礼の印象は薄いと。
体作りとかしてきました?と体力的な面について質問してみたら、ハーフマラソンとかやってたらしいけど、糖尿病で医者から長時間の激しい運動は止められてるので、今は10キロマラソンを年に5回ほどやるくらいと言っていた。
外国人と絡むのも楽しいし、今日は地元の人とも爽やかに挨拶交換できてるんだけど、日本人と会えて嬉しかった。島村さんにとっては自分が初めての日本人らしい。
日本人巡礼者数は千人以上(2017年は約1500人)いるわけで、実質オフシーズンもあるんだから、もっと日本人がいてもおかしくないはずなんですけどねと。
なんとパリからバイヨンヌは同じSNCFに乗っていたらしい。つまり同じ時間に同じ場所にいたということ。
島村さんは12時台のに乗ろうと切符を買ってホームで待っていたけど、駅職員に電車ではなくバスだと教えられて移動したら、そのバスはもう満員になっていて、乗れなかった人たちが乗り合いでタクシーで移動したらしい。あの山道をタクシーでは酷だ…。と思って、失礼ですけど良い話が聞けました…と言うと笑っていた。バイヨンヌ観光も考えたけど雨だったし…って、わかる…。したけど…。
初日はナポレオンルートを歩いたらしい。事務のおっちゃんから雪はちょっとだから行けるよ~!と軽い感じで言われたが実際は過酷な状況で、山中で前後誰もいなくなった時間もあったらしい。(直接的な表現ではなくても)自分はあれほど止めとけと静止されたのに、事務の人によって違うということか。
奥さんもカミーノに誘ったけど毎日20km以上歩くのは無理と断られたらしい。連絡取ってます?と聞いたら、Wi-FiがあるとこではLINEで現在地を送ってますと。
ちなみにサンティアゴ到着予定は5月19日で、そして20日にパリから東京に戻ると言っていた。(自分は20日到着を目指しているのでペース的には似たようなものになるかもしれない)
そして歩き続けて、Puente la Reinaの街中に到着。しかしこの先にはなかなかアルベルゲがなかった。飲食店も沢山あったし、アルベルゲもいくらでもありそうな雰囲気だったのに。
真っ直ぐ進みたいのにバリケードで塞がれているし、迂回しろとの張り紙も。
でも地元の人は普通に進んでるっていう。
ついには町の奥まで来てしまったとき、カフェバーの店先にテーブルを出して囲んでいた10人くらいの集団に、アルベルゲはどっち?と聞いたら、太ったおっちゃんがついてきな!と橋の手前まで案内してくれて、あっちの方向だと指差して教えてくれた。握手してグラシアスとお礼を言った。
このアルガ川に架かる橋は「王妃の橋」という名前で町のシンボル的な存在だと後に知るのだが、このときは本当にあっさりと渡ってしまった。
橋から見えていた建物がアルベルゲだと思っていたが違って、なんと登りが始まってしまった。
もう引くくらい遠かった。まさか今日2つ山を登ることになるなんて…と島村さんと苦笑いしながら話した。そろそろだろう、そろそろだろうと期待してもなかなか着かず、とんでもないとこを勧めてくれたなあと正直思っていたら、キャンプ場に着いて、やっとアルベルゲを発見した。
15時到着。建物に近づくと数人の巡礼者の姿があったので安堵した。街中にもアルベルゲはあることはあるのに、こんな上の方にある宿なんて誰も来ないだろうと思っていたから。
島村さんと2人で手続きをした。イタリア人っぽい陽気なおっちゃんが最低限の英語で対応してくれた。受付をしたその場で、紙に書かれた今晩のディナーのメニューをいくつかの候補の中から選んでいくというスタイルは楽しかった。島村さんはカウンターで到着祝いのビールを飲んでいた。
部屋までは恰幅の良い黒人男性が案内してくれた。町の外れにあるアルベルゲなので部屋数もわりと多い。
とりあえず下のベッドも確保できたし、今晩の宿に到着できたということでホッとした。ここから追い出されることはないだろう。
すぐに後にやって来た同部屋の男4人組くらいは、(壁の一枚挟んではいるが)、入ってきた瞬間のテンションから騒がしい人たちかも…と予想したが、でも悪い人たちではなさそうだった。あのカミーノの映画に出ていた太った男性似の1人はデンマークからで、多分彼がハーフパイプのショーンホワイトの話をしていた。平野歩夢を知っているかは聞かなかった。
そのグループの誰かが呟いた「良いところだ。すべて順調に進んでいる。みんな一緒だ」という言葉の流れから、ビートルズのAll Together Nowを歌う人までいたが、実際はそんなにうるさくはなかった。
自分は下段真ん中のベッド。手前が島村さん。
空き部屋。部屋にしては壁が足りないし、通路の真ん中にあるような感じだったが。
島村さんがベッドの上にスマホカバーを開いたまま部屋を出たので離れづらいなーと思い、カバーを閉じて見えづらいようにカモフラージュしたけど、ここはコンセントがベッドの近くにはないので結局充電する場合は放置して離れるしかない。
あっ…。
いつも財布に忍ばせている熊野のお守りをバックパックにつけようと思った。今日見かけたオーストラリアのミニフラッグをなびかせてる人を始め、バックパックに自国の国旗をつけている人がちらほらいたから(ギリシャ旦那は複数の国のフラッグをつけていたけど)、日の丸をつけたら日本人だとわかりやすいかなーと思っても、日の丸は持ってないので。うん、でも熊野のあれなら日章旗みたいなものだろう。
こんな山の上みたいなとこに人が来るのかと思っていたが、まあいるっちゃいる。全部で20人くらいはいたのかな。巡礼者以外も1人宿泊客がいたかもしれない。
でもピーク時はここも満員になるのかと考えると震える。宿が見つからないパターンとか嫌だなあ。
男性のシャワールームは3つあって、自分が行った際に空きは1つあったけど、中心からかなりハゲている白髪のおっちゃんが空きを確認してからまた来ていたのは知っていたから、お先にどうぞと譲った。
財布などの貴重品を持って行っても荷物置き場はボックスの外にあるので一緒だ。一応中にフックはあるけどびしょ濡れになりそうな感じだし。(ほとんどのアルベルゲがそんな感じだったけど)
とりあえずシャワールームが空くのを待っている間に洗濯をすることにした。久しぶりに洗濯石鹸で洗えたし、毎日着ているから洗えてなかったシャツも洗えた。でもパンプローナのアルベルゲに、タオル1枚をS字フックで干したまま忘れていることに気づいた。
洗い場の数も多いし、物干しスタンドもあって助かった。日が落ちるのは遅いから洗濯物も結構乾くかなと思っていたのに、曇りになるのが早かったけど。
巡礼者であれば遠くにいる相手でも男女問わず手を振ったりする。普段街中で知らない人と手を振り合うことがあるかないかを考えるとちょっとだけ愉快。
というかこのサンダルを脱いで電話をしている女の子の後ろ姿…。4日目の時点で会ってたんだよな。
突如、充電したいのにできない問題発生。最初自分のはできていたけど、島村さんができないと言うので発覚した。
受付をしてくれたおっちゃんが近くを歩いていたのでコンセントが使えないということを伝えた。他の巡礼者も試したけど使えず、あれ…なんでだ…と受付のおっちゃんは首を傾げていた。
部屋の電気はつく。隣の部屋にもついていったがそこのコンセントも使えない。おっちゃんは、どうしてだ…と困っていた。
まあ結果は、ブレーカーが二部屋落ちてましたというオチ。復活したときはグッジョブ!ってな感じで笑った。
写真は自分の変換プラグ。通電すると青く光るので復活した証拠。
マメはいくつかあるけど、水ぶくれは右足小指裏くらい。他は大した問題でないが、疲労自体は感じていて、足の疲れでよたよたと歩くのは今日が初。
雨が降って来たことをスペイン語で教えるおばちゃんが部屋まで来てくれた。自分のや島村さんの物干しスタンドを屋根の下に移動させたけど、なんだか屋根に隙間が多くて不安…。
フロントのおっちゃんが来て、天気についてはノープロブレムと言うけど、中に入れてもいいよってことだったので、屋内に避難させた。後に島村さんのも屋内に入れるときに運ぶのを手伝った。風はなくなるので乾くといいけど。
Wi-Fiは部屋まで行くと切れるので、フロント兼食事会場の広間でサッカーを見ながら少し過ごしていた。
スポルティング対バリャドリード。右上にずっとレアルマドリード戦は何時からと表示されているが、20時はこの巡礼生活には遅い。現地だから当然だが、ヨーロッパサッカーが良い時間に観られるってのは羨ましいことだ。中継されている試合の副審は女性だった。
そして早い時間に到着するというのも素晴らしいことだ。いろいろとゆとりがある。
黒人従業員の家族、というか彼の子供が2人いて、その子どもが扱っているスマホから出る音がうるさかったのでそう長くはいなかった。
眠たいし、メモもまとめないととベッドの上にきた。
先程電話していた女の子は隣のベッドで、ロシア語っぽいが違う言語(ハンガリー語だった)でまた電話をしていた。ベッドの方向的に仕方ないが、足を向けられた状態だった。でも自分に気付いてからは、上半身は前にうつ伏せて、足だけ正座のような形で丸まってくれていた。
今確認したけど、ロシア女性、ロルカまで歩くってまじか。無理な距離ではないが、ここからまだ10km以上はあるぞ…。
ディナーまで少し寝ていた。途中冷えてきたのでライトダウンを着た。
7時から9時までということだったので、7時にディナー会場へ移動。島村さんと向かい合う形で席についた。
以下が選んでいたメニュー。
飲み物はオレンジorレモンのソフドリンクって書いてあるのを選んだけど、KAS(ほとんどファンタに近い炭酸ジュース)だったのか。写真中央はパスタ。
チキンとポテト。
アイスクリーム。
隣の席にはベッドも隣のハンガリー女子が座った。ブロンドに近い髪色(染めているみたいだけど)の彼女は自分よりほんの少し下か同い年くらいだろうか。でも考えてみたら、ハンガリー人の女性と毎日会っていて面白いな。
彼女はコカコーラを飲んでいて、あまり美味しくないチキンとポテトのメインディッシュを残して、デザートのヨーグルトは朝食のときに貰える?と頼んでから部屋に戻った。満腹になったご様子。
ということで引き続き島村さんと話すことになった。主に自分がこれから行くと伝えたスペインの観光について。
サグラダ・ファミリアを五年周期くらいで見てるけどもう中はほぼ完成してるらしい。アルハンブラ宮殿は昔は少なかったのに最近は観光客がかなり増えた等々。
息子さんは超有名旅行代理店で働いていて、企画を考えたりするらしいが、福岡のツアーはいつも売れ残るらしい。驚きはないよね…太宰府しかないもんね福岡は…。
島村さんも出張で福岡に何度か行ったが、下関を楽しむことが多かったと。もはや福岡じゃないですねと笑った。
さいたま市の人なのでサッカーについても聞いたら、浦和 レッズと大宮アルディージャが同市内にあるから争ってるというような話もした。
食事中にもかかわらず、黒人の子供が補助輪付き自転車で走り回ったり、サッカーボールで遊んだりするので、たまに職員2人(1人はイタリア人監督っぽい例のおっちゃん)からやめなさいと注意されていた。可愛い子だったので自分はハイタッチを何度もして盛り上がったけど。
自分たちが夕食を食べ始めた頃に到着した複数家族らしきグループがいて、その中には少年3人が含まれていたが、今のところ巡礼参加者の中で最年少だ。小ささもそのこちゃん超え。英語圏からの子で夕食後1人と挨拶したが可愛かった。
島村さんの隣にドイツ人のおっちゃんが来るとすぐに意気投合したので、それからは3人で長いこと話した。
ワインを頼んだ人は二杯目もおかわりできるということを島村さんが彼に教えたけど、そのドイツ人のおっちゃんはヨーロッパの人では珍しく顔も赤くなっていて結構満足している様子だったので、悪乗り()でウェイターに「ムッシュ、この方の分も」と島村さんが勝手に頼むと、ベリーサプライズだよ!と笑っていた。どちらとも酔っていたので話がとても面白かった。騒がしくない酔っ払った紳士的なおっちゃん2人。
2人ともずっとソロで歩いているらしい。ドイツ人のおっちゃんは、ナポレオンルートを歩いて上に到着したときには最高だと思ったけど、徐々に自分はなんてクレイジーなんだ…と青ざめていったらしい。
何か体に問題はある?と毎度の質問をすると、つまりどういうこと?と聞き返されたので、疲れてる?と質問を変えると、「大丈夫、ドイツ人は切り替えが早いのさ」と言っていてかっこよかった。
もう我々は100kmは歩いたはずだと彼は言っていた。そして、日本から来たなんてかなり遠いなと続けた。100km以上だと。ユーモアのある人だった。
島村さんは(この楽しくも厳しい歩き旅は)最初で最後だと言ったあとに、隣に座るドイツ人に向かって、でもドイツは近くだから毎年来れるねと言った。するとドイツ人のおっちゃんはたまらず「これが(自分にとっても)最初のカミーノで、最後のカミーノだ」と冗談じゃないといった感じで返すと爆笑が起きた。
ドイツ人のおっちゃんがワインを飲み終わるのを待っていたけど、島村さんがこっちに来てから時差ボケで眠くなるのが早いってことで、グーテンモルゲンはおはようだけどおやすみはなんだったっけな…と机の下でドイツ語でおやすみ(グーテナハト)をささっと調べて、その言葉を伝えてから部屋へ戻った。(こういう場面でも使いたいからWi-Fiは欲しい。というかSIMカード買っておけばよかったと心の底から思った)
部屋に戻ると(パリで買って持っていた)板チョコを食べた。袋を開けると結構砕けていたので、食べきれなかった半分は明日の朝食べようかな。もう開いてしまったからバッグの中でこぼれられても困るし。
広間とベッドルームの間にあるこの机が置かれている部屋が一番Wi-Fiの接続が良くて、椅子に座ってスマホを触っていると、ここがインターネットには最高の場所よね、あっち(広間)じゃなくてねと、ある女性にも言われた。
王妃の橋の写真だか絵だかが飾られていた。
天気予報を見た。明日は寒そうだと、だから…と着る服も考える。
歯磨きをしているときにキッズ3人と絡んだ。1人が喉に歯ブラシを突っ込んで、おえっ!!!と強引に嘔吐くという遊びをやっていて、危ねえ…と思ったが少年たちの間ではばかうけだった。最後はグンナイ!で。
それから、外をぼんやりと眺めていると、遠くに見えるどこかの街の明かりが見えた。あの街の名前は何だろうと思った。
メモをまとめるのが毎日大変だが、これもまた自分の巡礼の一部。
でもまだ途中だが、22時22分に寝ることにした。コンセントが離れているからアラームが困るな。程よい時間に目覚めて取りに行けたらいいけど。
今日の歩み
Pamplona – Puente la Reina / 23.5km