Only Lonely Afterparty

18きっぷの残っていたラスト一日分は大分からの帰りの電車に使った。
当初の予定だと、久大本線→筑豊本線(原田線)→篠栗線ってな感じで乗り継ぎながら、一日車窓の旅をする予定だったんだけど、
試合観戦が終わり、ホテルにチェックインして、いろいろとしてたら余裕で深夜だし、大分駅を出るのが7時台は早すぎるから(もうこの夏にこれ以上早起きもしたくなかったし)次の9時台にしよう…と決めて寝て、
翌朝、その9時台の電車に乗り込んで出発を待っているときに、ふと乗り換えアプリの時間を確認したら、3駅先の賀来駅で乗り換え待ちが3時間になっていて、いやいや…時間を潰すところも無さそうだし、これは厳しい…!と慌てて発車直前の車両から飛び出した。

大分トリニータというクラブを愛して

8月17日、昭和電工ドームで行われた大分トリニータ対鹿島アントラーズの試合を観てきた。
実はビッグアイ(昭和電工ドーム)に行ったのは13年ぶり。その13年前は僕は大分トリニータU-15に所属していたから、チケット代なんて一切不要で、IDを見せれば関係者入口からいつでも入ることができた。
いろんな理由があって、これだけ長い時間来ることができなかったわけだけど、クラブ創設25周年記念試合というまたとない機会だったし、思い切ってね。

自分がいつからトリニータを応援してるかを聞かれると困るのは、思い出せないくらい昔のことで、自分もまだ小さかったから。
多分J2に初めて上がった1999年頃だと思うから、小学生になりたてくらいかな。家族に連れられて、市営陸上競技場で開催されるホームゲームは毎回のように通っていた。
常勝クラブではないし、常に厳しい戦いではあったけど、それからチームはJ2優勝、J1昇格を果たした。自分は大分を離れる2006年まで試合を観てきたが、その間J1から降格することは一度もなかった。つまり、シャムスカマジックを目撃してきた少年の一人だったというわけ。

下部組織に所属していたり、幼い頃からいつも応援していた、という以外にもいろいろ繋がりはあるんだけど、多分一番は地元の高校のサッカー部監督かな。
その方は大分トリニータの前身である大分トリニティの元選手で、奥さんと自分の母親が仲が良かったということもあり、小さな頃からお世話になっていた。
ある程度実力がある大分県のサッカー少年たちは馴染みありまくりだと思うけど、(自分がU-15にいた頃のコーチもそうだったし)大分県サッカー協会には元トリニティ・トリニータの指導者が何人もいるから、そういった方々から指導を受けることもあった。
下部組織時代の話をすれば、隣のグラウンドでトップチームが練習している日もあったし、今所属している子供たちにとっても多分そうであるように、トップの選手はいつか自分がそうなりたいという憧れの存在であり、ビッグアイもまたいつかプロになって立ちたい憧れのピッチだった。
なんていうか、本当に身近なところに大分トリニータという存在があって、生活の一部というのも超えて、もはや人生を構成している何かだったんだよね。

47都道府県を全制覇して

フジロックを離れて横浜に到着してからは、万葉の湯でしばらく過ごして、川崎フロンターレ戦を観に行った。結果は言わない。
それから数日関東に滞在している間に、Twitter経由で知り合ったお遍路女子ちゃんとも会えて、原宿でタピオカ飲んだり、カワウソカフェに行ったりと、なんだかキラキラした感じで過ごしたかと思えば、その足で大宮の氷川神社まで行ったので、残り一社に迫っていた勅祭社もこの旅で制覇できた。
翌日は進撃の巨人展FINALにも行けたし、帰りは名古屋を経由して赤福リベンジできたし、6月にも会ったお遍路女子ちゃんに再会して、パンケーキ食べたり、うさぎカフェに行ったりとこれまたキラキラな感じで過ごした。
若い女の子がお遍路を歩いたとなると、なんだか硬派な雰囲気の女性を想像する人もいるのかもしれないけど、僕が知っているこの2人は普通に20代の女の子らしく、なんかキラキラしてるのよね。ひかる君というイケメンが歩いていたようなもんだね。まあ、原宿や栄を歩いている20代の男女が「62番札所が~」なんて話をしてるとは誰も思っていないだろうけど。
最後の最後でハズレくじを引いたのは、名古屋から博多への夜行バス。そこでもらった風邪は1週間以上長引いてしまった。連日早朝から行動していたからどっと疲れが出てしまったんだろうけど。
でもこの2週間弱、(あえて曇りでいてくれたのを含めて)天気は悪くなかったし、東京にいた日以外は暑さもそう酷なレベルではなかったから、わりと快適に過ごせたと思う。ありがたや、お天道様。

そして、この旅を終えて、僕は全都道府県を制覇したということになる。
通過するだけでは駄目で、何かしらその場所ですることでカウントしてきたけど、もちろんまだまだ見ていない・行っていないところは多い。お祭りだとか時期限定なのは特にね。
でも、沢山の場所へ行った。この自分の足でその地を歩き、この自分の目でそれらを見てきた。
有名な観光地も印象には残っているが、有名ではない何かを見てきたことも、自分にとっては前者に劣らないくらい大きかったと思う。
歩きながら、あるいは車窓から、見てきたこの国の風景。たとえ同じ種類でもそれぞれ様相が違う自然。本当に小さな集落。それより更に小さな神社。廃校。すれ違った人。知り合った人。もっと近付いた人。運動場で遊ぶ園児たちと保母さん。猛ダッシュをする小学生。部活に励む中学生。電車に揺られながらも勉強をする高校生。沢山の物や人を見てきた。夜のネオン街。酔って騒ぐ集団。ラブホから出てくる男女。ひと気のない早朝の駅のホーム。赤ん坊を抱いた若い母親。葬儀帰りの高齢者。
同じ日本でも、僕が今まで知らなかったいろんな街があり、そこにはいろんな知らない人たちがいた。でもみんなしっかりと生活を送っていて、僕が知らない、僕を知らない、人々の営みが、必ずそこにはあった。

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