サンティアゴ巡礼 -フランス人の道- Day 26

5月7日。
設定していたアラーム時刻が早いので、周りに迷惑が掛からないようにと眠りの狭間で何度もスマホを確認しつつ、結局4時半過ぎに起きた。
そのときマシンガンのようないびきが聞こえていた。人はこんなに大音量でいびきがかけるんだと衝撃だった。耳栓無しなら絶対に起きてしまう。距離が離れていて助かった。

今日は誰が待つわけでもないモリナセカへ向かう。だが遍路関連の宿ということで楽しみだ。ガイドブックを流し読みした程度の知識しかなく、実際のところのりさんのリストを見るまで注目していなかったが、でも今は違う。サンティアゴを除けば、あの町に行きたい、滞在したいという願望を持つ唯一の町だ。
しかし今日はこの巡礼の中でも最も過酷な1日になるかもしれない。今日が良い日になりますように。

それにしても部屋が寒かった。暖房は間違いなくつけてないんだろうな。
照明も想像以上に眩しくて、ベッドが集まっている場所にも明かりが届いていたからすぐに消して、階段から漏れる明かりやスマホを使って準備を進め、中庭を抜けてキッチンの方(本館)へと移動した。

こちらの建物の中は暖かった。上に自転車集団が泊まっているからだろうか。いや、自分が寝ていた建物だって二階にも宿泊客はいたか。

食事を爆発させずに温められたのはいいが、朝食にしては重かった。でもエネルギー補給も必要だし、フリーのココアも飲んだ。飲みきれなかったナランハジュースは500mlのペットボトルの方に移した。

伝えきれていないけど、ここのオスピタレロにはとても感謝している。ありがとう。

おっちゃんが1人来た。早いな。いや、彼も旅人なんだ。早くて当然だろう。
準備体操をしていたら出発は6時10分頃になってしまったが、この旅最速クラスなのは間違いない。
あのとき怪我をしていなければ自分の人生も変わっていただろうか、なんて過去のことを考えながらスタートした。

まだ真っ暗なのでヘッドライトが必要かと考えていたけど、星明りのおかげでこのままでも歩いていける。まさに星の巡礼だ。

えっとですね、真っ暗だったんでこの時間帯に撮った写真はどれもこんな感じです。十字架の左の白い影は聖ヤコブ。少し立ち話をしました。

振り返れば町の明かりが見えたし、後ろから朝が迫っていること、月明かりもあったこと、山で何かが点滅していることにも気付いた。そんな空に浮かぶ白い線は何だろうと不思議だったが、すぐに飛行機雲とわかった。
最高の出発、最高の気分だった。寒いし、暗いけれど、足元に注意しながら歩いていく。

しかし大問題を同時に抱えていた。それはiPhoneのゴーストタッチ。液晶画面のひび割れが原因なのだろうが、体よりも機械がこの旅に追いつけていない。
本当に酷い状態で、改行ボタンが勝手に押されるので、漢字は使えずほとんどがひらがなになるし、「^_^」←この顔文字もなんか大量に押されるし、死ぬほどストレスだった。(メモというか、その暗号を解読している今もそう)
また^_^ひにちあるのに こまつ^_^たなあ(これはまだわかりやすくて可愛いレベル)

果てしない道かも。でも暗いからよくわからない。

できるだけ余力を残して山登りを始めたいが、着込んでいたのが思いの外暑いし、肩も重たい。右肩が重いのは初めてな気がする。
そして肩の重さ=荷物の重さ。誰かが勝手に自分のバックパックに何かを混入したのではないかというほど荷物が重く感じていた。

カッコウは朝一から鳴いている。姿は一度も見ていない。

点滅していたのは雪山の風車だった。

なんとかならないかこのゴーストタッチかチャタリングは。これから悪化する一方なのか?
けーすつけるべきた^_^つ^_^た た^_^も ここまでおおがたかしたら もうけーすとかじゃますき^_^る (翻訳:基本的に裸で使うのが好きだから普段ケースは使わないけど、巡礼中だけは落下防止対策としてケースをつけるべきだった。でも今使っているiPhone7+みたいにここまでスマホが大型化してしまったら、もうケースなんて邪魔すぎる。SEみたいな方向性のやつ出してくれよAppleこの野郎)
ボイスメモだと後でまとめづらいし、本当に最悪だ。

6時55分、写真の手前の場所から一気に気温が下がった。森からはキツツキか、獣の寝息のような音が聞こえていた。

登り始める前にちょっと休憩。ゴミ箱周りになぜか散乱していた他の人のゴミも集めて捨てた。

今は4km。水分を補給して、靴紐を結び直した。

無限の彼方へ、さあ行こう。

良いペースで登っていたのに、ホックから靴紐外れるのやめて。ってかまだ全然登りではなかった。なんだよ!ちゃんと調べとけよ自分。

牛が付けている鐘のカランコロンと鳴る音が聞こえて、すぐに姿も見えた。

野放しにされた犬がデカいし、やたらとガルルル鳴いていて怖かった。おまけにこの辺りは臭かったし。

R2-D2のような鳥の鳴き声が聞こえた7時半過ぎ。


ラバナルという町まであと1km。

標高1100m、登山が本格的に始まる拠点のような、人口50人ほどの小さな町に滞在していた巡礼者たちの姿があった。ぼちぼち歩き始める頃なら同時スタートのようなもんだな。こっちは7km分疲れているけど。
この時間から開いているお店もそれなりにあった。できるだけ早く登りたいと考える人は多いだろうから、需要はあるのだろう。

これからの峠はかつて盗賊や狼が出没する危険地帯だったらしいが、今は平和なのだろう。町中では犬や猫がくつろいでいた。


前の3人はアストルガの先で抜いて、自分がエルガンソに着いてスーパーに向かうときに抜き返された人たちだった。女性だけ荷物サービスを使っていてバッグがかなり小さくなっていた。


ライトダウンのせいで実質サウナスーツ状態で邪魔でしかなかった。これでは寝間着に汗を付着させているだけだ。

町を抜けるまでに感じたのは荷物サービスを利用する人の多さ。待ち構えるのは難所なので気持ちはわかるが、なにぶん数が多すぎて、正直引くほどだった。(その人たちの姿と青い綺麗な花を撮り逃してしまったのは残念)

まあ、他者のことは気にせず進むけど。

韓国人集団。

ラビリンスおばちゃんの3人グループに久しぶりに遭遇。


やはり酷い状態なので、この場所でライトダウンを脱いで水を補充した。びっしょびしょに濡れているライトダウンを見て一瞬で最悪な気分になりながら。

その間に少し離れた位置から、白人男女ペアの男性の方から話しかけられた。どこから?何日スタート?と馴染みの内容。彼らは13日スタートで、フィステーラまで行くとのことだった。Japanではgood byeはなんて言うんだい?と聞かれたのでSayonaraを教えた。彼らの出身を聞き逃したが、また後で会うだろう。

半袖Tシャツやハーフパンツ姿の人も少なからずいて、馬鹿なのか自分は?と呆れたが、標高はこれから上がるわけで…と服装の悩みは解決しなかった。すぐに暑くなってしまいそうなのでパーカーも脱いだが、結果はまだわからない。

無駄に時間を費やしてしまい、町で追い抜いた人たちにほとんど抜き返されたが、焦ったって仕方ない。大幅に遅れて出発したわけでもないし、気にせずに行こう。

見るからに大変そうな自転車の男性とも挨拶をして、8時半頃に再スタートしようとしたら、あ、この韓国の女の子知ってるぞ…と気付いて、その子の後ろから続々と見覚えのある(日本語を少し知っているポチャ子を含んだ)韓国人グループが来た。ここにいたんだな。
人の流れが一通り去ってしまうのを待って歩きを再開した。やっぱり知り合いに会うと楽しくなる。

すぐに前の集団を追い越すことになったが、花の写真を撮っていた日本語女子から「オンナ、マエ?ウシロ?」と聞かれて、「前!」と反射的に答えた。しかし彼女とはえりこさんと一緒のときに会ったんだ。ウシロだ。
女の子たちの前にいた別の韓国グループに、チャルカヨ!(正しくはチャルガヨだが間違えて覚えていた)と言うと歓声が上がった。以前たまに見かけていた間抜けな顔をしたおじさんから「オハヨウゴザイマス」と返ってきた。

先程とは別の白人夫婦からは追い抜く際に、どこから?と聞かれた。「昨日後ろの子たちと教会で一緒だったんだ。彼らは…ジャパン?コリア?」「コリア」 「そうか」「あなたたちはどこから?」「イタリー」 ボンジョルノ!チャオ!
他の人たちも全員ついさっき追い抜かれたばかりの人たちだから挨拶では笑うしかなかった。ここまで短い間隔だとそりゃね。

基本的には石があって歩き辛いのだが、一部泥が固まってチョコをコーティングしたような見た目の歩きやすい箇所があった。

写真奥に写っている白人美女二人組は余裕があまりなさそうだった。その2人を追い越したばかりの眼鏡韓国女子に韓国語で挨拶すると、ん?ああ、アリガトーってな反応だった。シンジュとミジュに次いで韓国女子の中では3番目の可愛さだなという個人的観察。

今のところは体力的にそこまでキツくはない。だが帽子とサングラスを掛けたい。

フォンセバドンという町に到着。もう少し登りは残っているが、標高的にはピークに近付いてきた。

看板を見ていたのは最初に話しかけてくれた夫婦だった。イタリア語で会話をしていた。


一旦荷物を下ろすと、前の町で挨拶だけ交わしていた自転車の女性が近くにいた。自転車相手と再会することは希有なことで、これが初めてだ。
この町ですら登りが大変そうだったので、歩きよりキツイでしょと声を掛けると、Yeah,でも下りは大違いよ!と返ってきて、間違いないと笑った。

帽子とサングラスを掛けて、水を飲んで再出発。服はTシャツと山シャツだけ。

マリオおっちゃんがいた。顔馴染みではあったが今まで長い時間話す機会はなかったので、このとき初めてじっくりと話した。
彼はスロベニア出身で、名前はハネス。スロベニアで休暇を過ごす日本人が結構いるらしい。スロベニアの有名観光地で、日本人に人気な場所が想像つかないがどこなのだろう。
彼は今日25km先へ行くと言っていたので多分モリナセカだろう。君は若くて早い!と褒められた(?)
会話が終わったので先へ行こうとしたら、どうやってレオンからここまで来たんだい?君はあの街に3日滞在すると言っていただろう?と聞かれたので説明した。30(km)-30、そして今日と。やるねえ…!といった表情で驚いていた。

太陽が近いし、日焼け止めも塗っていないからかなり焼けそう。

あの雪山を越える必要があるならかなりキツイだろうが、どうやらあの山は登らなさそうだ。

いや、もう十字架が見えてきた。早い。余裕やん。

いつぞや見たあのイケパラマッサージカーと再び遭遇。茶色いわんこ回収されてて笑う。

この十字架の名前はCruz de Ferro。日本語では鉄の十字架という意味になる。
カミーノの道中でもトップクラスに有名な場所で、巡礼者や地元の人にとっての古くからの聖地として知られている。

奥に見えるのはサンティアゴ教会。安全祈願の祝福を受けられるんだとか。

自国から持ってきた石に願い事を書いたりして、この十字架付近に置く習わしがあるらしい。

そういった石(あるいはロザリオや小旗など)で十字架の柱が盛り上がるように固定されている状態。

ミステリーサークル…。

5mほどの柱の上に十字架が立てられている。十字架自体は意外と小さかった。

家族写真はまだわかるけど、なぜ証明写真を貼るんだね韓国ボーイ…。

自分はこの手のものにあまり興味がないから何も置いていないけど、素敵だとは思う。他の日本人も一緒なのか、日本語の石も見つけられなかった。

巡礼の歴史というよりは、いかにカミーノがポピュラーな存在なのかが伝わってきた。カミーノってポップだよねなんか。

時刻は9時40分前。先へ進む。


10時には15kmくらいに達しているだろうか。休憩を上手く取れば今日も乗り越えられそうだ。 車道をあの自転車女性が高速で下っていくのが見えた。

無人のDonativoがあっても財布を出すのがダルいよね。数€いつもポケットに入れときゃ解決する話なんだけどね。

10時ちょうどにこの見晴らしの良い場所に。

突然現れたロッジのような建物(マンハリンという集落のアルベルゲ)。休憩を取りたくなってきたがまだ進んでいく。



事前に塗っておけよ、なぜなんだお前はって感じだけど、この水場とベンチがある場所で日焼け止めを塗った。5,6人に抜かれたし、太陽暑いし、ほとんど座らず再出発。美人だと思っていたロシア語話者の2人はよく見たらそうでもなかった。

あまり絡みはないブラジル人のショーパンの女の子が突然どこかに消えたが、間違いなくおしっこタイムだろう。誰にとっても死活問題っす。


キッチンカーの即席バーを発見。休憩することにした。

珍しく柔らかいサンドイッチがあるから食べようかなと思ったが、美味しくないドーナツ等持っているのでアクエリアスだけにした。

おまけのスナックが付いてきたけど。

グーグルマップに店の名前があるということは常にここで営業しているのだろうか。

モリナセカまでまだ距離はある。甘くはない。


お腹が減っていたのだろうか、ドーナツを全部食べてしまった。それからファンタも飲みたい…ということでまた買いに行ったらまたスナックが付いてきた。おしっこ大丈夫か問題は棚上げです。

サッカーでもやってそうなドイツ人っぽい女の子3人組が近くにいて、モリナセカモリナセカ言っているのが聞こえていた。
同じく近くにいたおばちゃんを見ても、そのドイツガールズを見ても、みんな自分より屈強そうな筋肉質の足で、身体的に優っていることって身長以外に何かあるのか…?と純粋に思った。
その子らの一人と挨拶して、彼女たちが先に去って行った。

座っているときはスマホがわりときちんと入力できることに気付いた。振動で誤作動が起きるのだろうか。
ハネスと入れ違うような形で11時10分前に再スタート。パーカーは完全にバッグの中にしまった。しっかりと休めたし、山(イラゴ峠)を越えて、下っていこう。

いろんな人と挨拶しながら進んでいく。気温が暑すぎて、太陽光が過酷すぎて、虫も死にまくっていた。

そして下りが始まった11時24分。手前はお茶農家の作業服みたいな格好をした韓国のおばちゃん。

おお、町だ!新しい町を見下ろすときはいつも最高な気分になれる。

と思っていたら靴紐が解けた。牛もモーモー言っている。

多くの人が車道を歩いていたので自分もそうした。

ってかすげー景色だ。下に小さな村があるのもたまらん。

自転車が叫びながら車道を下っているのが本当に気持ち良さそうで、天国だろうなと思った。
でも歩き巡礼者に危険を感じさせてまでいつも歩道を進むこだわり君たちは、こちらの岩や石ころがゴツゴツした道をきちんと通ってほしい。いつも歩きの邪魔をしているのに、美味しいとこだけ車道に行くなんてのは懺悔モノよ。

ドイツガールズ3人が、交代交代で1人ずつ後ろ姿の写真を撮っていたので、追い越したら邪魔になりそうだと止まっていると感謝された。
丈夫そうな彼女たちだけど、そうやってインスタ用の写真を撮ったり、蝶々に見惚れていたりする姿は、女子はどこにいっても女子シリーズの最新作だなと思った。うん、良いことだよ。グッとくる方の性差だよきっと。

なんだか面白い見た目の町だ。この町へと下るぐるっと迂回をする道を、ショートカットで来れるよと後ろの女子たちに教えた。

あああ、バスツアーだ。混むぞこれは…。後ろのジャーマンガールズも自国の連中に文句を言っているようだった。


でも遍路ではそんなにバスに対してのヘイトは集まっていなかった。何が違うんだろう。バスの人たちとの交流がないからだろうか。

右前足の無いわんちゃん。

さっき長く休んだし、このエル・アセボという町は素通りすることにした。でも町を通ると休憩良いなあ…とペースが落ちることはある。

まだ8.5kmも残っている。次の3.7km先の町でお昼休憩にしよう。おしっこもしたいし。まあ、目的地まで3.5kmで休憩というのもあれだけど、自由だからね。何の規則もないわけだから。

荷台がめちゃくちゃ揺れていて怖かった。巻き込まれたら確実に崖下転落だろうし。

教会を回る旅じゃなくて逆によかったのかもしれない。バスツアーが更に増えて、町での混雑も深刻なことになるだろうから。

また悪くなるんだろうけど、スマホの調子が戻ってきた。そしてまた集落が見えた。

しかし右に進めと。

こちら側にも山の中の集落を見つけた。結構あるもんだな。どこの国も一緒なのかな。どんな暮らしをしているのか興味深い。

リエゴ・デ・アンブロス。


羊とヤギうるさ!!!ってくらい鳴いていたのは、そう、羊と、ヤギ。

おじいちゃんは玄関前の椅子でお昼寝中。

綺麗な町だが、バーはないのか!!バーは!!おしっこしたいんですけど!!!

うーん、右に行かなくてもありそうだけどなあ。

いや、やっぱり右の登り道に賭けてみよう。

いや、ないかも…。うん、ありませんでした…。

まだ望みはある。そのバーに行くよ。

レストランじゃなくて…バーをお願いします…。

そして坂道の上まで登っていった。バーらしき建物まで来ると、おっちゃん2人がいたので彼らに、ここってバー?と聞いたが、クローズドだったと教えてくれた。
矢印を追いかけてきたけど多分この店のことだ。んでやってないと。ふぅ…。

まあね、おっちゃんたちすぐ去ったしね。僕はね、超絶おしっこしたかったんですよこのとき。道のすぐ後ろは高さが下がった茂みのような場所でね、まあ、なんていうか、野外デビューですよ。
でも意識高い系だからね、ペットボトルの水でちゃんと手も洗ったんです。他の野外プレイヤーはきっと手洗ってないよ!?!?偉くない!?!?(なにこれ)

小休憩を取って、残すは4.7km。現在の時刻は1時過ぎ。今日も1時台につけますように。
さあ、モリナセカを目指そう。自分が行ってみたいと思う町は、いったいどんな町なのかを確かめに。

あっつー!と叫びたくなるほどに夏を感じた。雲も積乱雲に見えなくもないし。そしてMuseのMap Of The Problematiqueが聴きたくなる道でもあった。

レオンが最後のビッグシティと思っていたが、マップで見るとやはりポンフェラーダというモリナセカの先の街もなかなかデカい。人口は5,6万とかだったかな。

自転車が大きな声でブエンカミーノ!!と言ってくれたので、お礼のグラシアス!!も大きな声で返した。

モリナセカどこー!完全に下り切るんだったっけ、途中だったっけと思い出そうとしていたら、突然後ろにタンクトップ姿の日焼け美女が現れて驚いた。先程下の道を誰か歩いている気がしていたがその本人か、もしくは野外活動後か。これだけ可愛ければアルベルゲ等いろんな場所で男性陣に声を掛けられそうだと思った。

また車道から外れ、ハイキング・トレッキングコースへ。

ほぼ絡みはないが、序盤で出会ったプエルトリコのジェニファーだ。

やっと町が見えてきた。ジェニファーは頭にピンクのボンボンみたいな物を被っているように見えていたが、普通にニット帽(もしくはそれに近い用途の何か)だった。上着の紐が垂れ下がっていて邪魔そうだが大丈夫なのだろうか。

この暑さが続くようなら熱中症にも注意しないといけない。夏に歩く人は凄いな。気温だけで危険だし、不快になりそうだから。

残り数kmで下りの岩道はなかなかこたえたし、町はすぐそこに迫っているのに複数のアップダウンが自分の前に立ちはだかっていた。

やっと町に着いたあああああ。美しいいいいい!!


教会前の水場で水を入れて飲んだ。チェックしているアルベルゲは町の奥の方なのでまだ遠い。つい先程2時は越えてしまったけれど、でも30km越えスリーデイズは終わった。

巡礼者の橋を渡りながら、この町も素敵だなと思った。すべてがそうではなく、限られた町だけがそう思わせてくれる。

こんな暑い日には川も良いな、入りたい。多分こっちまではもう来ないだろうけど、えりこさんかシンがいたら絶対川遊びをしている。

どんな感じの宿で、どんな巡礼者がいるだろう。波からは1日遅れだから知っている人は少ないはずだ。

想像していたよりアルベルゲがかなり遠い。町からも外れているし残念だ。地元の人もなんだか挨拶が少ないし。

え…!何この道標…!最高に遍路っぽくて笑った。いくら遍路と繋がりのある町だとはいえ、まさかこれがスペインにあるとはまったく想像していなかった。

まんま遍路やんwwwwwと面白かった。国分寺6kmの間違いじゃないかな!?!?

いきなり犬に追い抜かれてびっくりした。その犬は自分が向かっていた宿に躊躇なく入って行き、即座に追い出されていたけど。


そして14時20分到着。

受付のときにジャパン!と大きめな反応はあったが、それ以外のことは特に何もなかった。
新聞記事の切り抜きがコルクボードに貼られていたが、特に何もないのなら町中のアルベルゲでもよかったかな。中段左の新聞に写っているおっちゃんが受付だったから何かしらの関係はあるんだろうけど、自分はスペイン語ができないし、彼も英語と日本語できないし。

看板犬がちゃんといるわけですね。でも人懐っこさの欠片もないツンケンした犬だ。

まだ喉が乾いていたからスモデナランハを飲んだ。

山を輸送で越えてきた荷物たち。さぞ大変だったでしょう。

こちらがベッドルーム。無駄にファンキーな若い男性と笑顔でオラ交換。

あるドイツ人のおっちゃんが来て、ベッドの下が空いてないことに絶望して、自分の下のベッドに置いてあった青いジャケットを指して、これは君のか?と聞いてきた。自分が来たときにもう下のベッドに空きはなかったのだから諦めてください。
だがそれにしても、こんな町外れにあるアルベルゲなのにこの時間でもう埋まり気味だ。やっぱりモデルコースは危険な気がする。
ドイツガールズもこの宿に来ていた。

ありがたいことにシャワーは温かかった。バスルームでは今日手前の町で挨拶していた若い男性2人組の片方から、君の帽子良かったよ!か、シャワー上がりの髪ぼんっ!みたいな謎の動き。
部屋に戻ると下のベッドに先程置いてあった青いジャケットが隣へと移動していて、別の女性の荷物があった。自分が取っておいても結局ドイツのおっちゃんに譲ったろうから気にはしていない。

先程撫でるとガルルル言っていたチワワに噛まれてしまった。なんてやつだ。
洗濯物を急がないと干す場所がなくなりそうだと急いで干した。なんとか間に合った。

ベッド下はまさかのドイツガールの1人だった。後ろから来たはずなのにどういうことだ。ちなみにその子はボルタレンを塗っていた。日本人たち(えりゆみ)も購入して塗ってますそれ。

ドイツガールズとかさっきの男子だとか、みんな知り合い同士のノリが完全にできあがっているから、転校生か浦島太郎にでもなったような気分で寂しかった。多分みんな13日スタート組だ。割って入るように絡みに行けば新たな繋がりはできるだろうけど、アルベルゲより歩いているときに絡む方が好きだし、何より疲れているから面倒臭い。
これはもう明日モデルプランよりちょっと先まで歩くしかないかな。この寂しさがそれを決心させてくれたんだ。

少し寝ていたが起きて16時30分。韓国人おっさんが部屋に入ってきて、大声でダウンベッド!ダウンベッド!と部屋まで連れてきた宿のスタッフに大声で叫びながら要求していて、寝ている人全員を起こしていた。世界中の人々に迷惑を掛け続けるその姿勢さすがです。

宿でディナーを食べるには18時までにチケットを購入しろとのことだったが開始は19時半。あと30分早くしてほしい。町の方に食べに行ってもいいな。

朝食も買いに行きたいけど遠くて億劫。でも町の方に行ってみることにした午後5時過ぎ。

「日本に帰ったらお遍路に行ってみます」 ほほう?本当に行ったのかな?

来た道を逆走。暑すぎて日傘が欲しかった。

このスーパーに入ると、おばちゃん店員がスナック菓子を分けてくれた。おばちゃんから変わったばかりのお兄さん店員は小銭をぶちまけたのに、もうそのままどうぞと自分で拾うことになったけど、パン系はそれなりに買えた。宿がスモデナランハだけでも朝早く出してくれたら完璧なのにな。まあ、先のポンフェラーダで店に寄ることになるだろうか。

地元の人は笑顔ありましたすみません。犬を連れた巡礼者も通ってましたどうも。

多分カミーノのおばちゃんとレストランのメニューが書かれた看板を並んで見ていた。レストラン自体は様々あるので後で食べに来よう。正確な時間はわからないけど多分7時からだろう。

結局橋まで来た。川の水は雪解け水なのかとても冷たくて、さっきの自転車カミーノよく入ってたなと。

巡礼者が歩かない通りは店も少なくとても静かだった。どの町もやはりカミーノ通りが一番賑わうな。

こちらの道で遊んでいる子どもたちが可愛かった。

再び遍路の道標がある場所に来てみたが、カミーノの日本人巡礼者はほぼ全員遍路を歩いていないので、これをスペインで発見した喜びを分かち合うのが難しいことに気付いた。おっ!日本語が書いてる!というリアクションくらいしか生まれないという悲劇だ。
うん、ごめんねこの町の人たち。日本人は別に巡礼の道が好きってわけではないんだ多分。(ネット上では道標の写真を貼って、これは熊野古道のモニュメントです!みたいな投稿すらあった)
とりあえずまあ、他の人を責めているように受け取られかねないので失望とは書かないが、残念というのは紛れもない本心だ。わかる人なら絶対に盛り上がるはずのネタだし、日本人の巡礼者に会えた場合に期待していたことに繋がることだから。

だが、さっきノートに書き込んでいるのを見つけた日本人に限ったことではないけど、カミーノがきっかけで巡礼の道に興味を持っても、(旅のテイストが違いすぎて)遍路はそんなに楽しめない気がする。遍路から熊野も微妙だ。
なんていうか、自分の順番が最高だったと思う。自慢や自己肯定などではなく客観的に考えて、本当にそう思う。恵まれていたというか、ツイていたというか。

宿に戻ってくる頃にはなくなりかけていた炭酸のジュース。

ノートをまためくっていたら、今までの宿に比べて遥かに日本人が多いと感じた。中には、今までで最高の宿です!という書き込みすらあったが、何をもって最高なのか聞いてみたくなった。どんだけ宿運がなかったんだ?としか今のところは思わないし。

いきなり韓国人に話しかけられたが、その相手は出発の朝、サンジャンで一緒だった背の高いおじいさんだった。
でも彼は自分のことを完全に忘れていて、以前会ったということを伝えても同じ質問ばかりをしてくるから会話もほとほどにその場を去った。
まあ、おじいちゃんだから仕方ないけど、感動の再会も忘れてちゃできませんよ。とは言っても歩けているもんな。頭より体の方が強いタイプの老人か。

木に掘った観音像があるというのは事前に知っていたが、その場所を調べてみた。するとこの先にもアルベルゲがあることを知った。

あ、マップにも普通に載ってたか。

いや、18時で30℃あるもん。そりゃ暑いわ。暑くないわけがない。(1週間の気温差30℃以上って狂気的すぎる…)

さっきとは別の犬。最初追い払われていた方かも。

45分にまた外に出た。目的のアルベルゲの庭には小屋があって、その中にはベッドが見えた。ここに泊まることもあるのだろうか。楽しそう。

はい、ありました。見事だな…と感動するくらい芸が細かい。この彫刻は普通に巡礼路を歩いているだけでは見られない位置にあるが、目撃した人は皆、質の高さに驚くことだろう。

日本語による説明も。


うん、こっちのアルベルゲに泊まるのが正解だったんじゃないかな…。他の人のブログで調べたつもりだったけど、明らかにこちらの方が日本との繋がりを感じる… 。

まあいいや…。夕食に行こ。午後7時からであってくれ。

あ、でも自分が泊まっているアルベルゲの郵便受けにも、遍路でよく見かけたシールが貼っていた。まあ、繋がりがある町に実際に来て、それがわかっただけでも充分だろう。

炭酸を一気飲みしたからそこまで空腹は感じないが、食べ始めたら入るとは思う。
通りにいたおばあちゃんやおっちゃんは先程とまったく同じ場所にいた。

レストランに入ると韓国女子2人がいた。眼鏡の子と日本語の子。「コンニチハ?コンバンハ?」「こんばんは!」

しかし自分が最初に座っていたテーブルから移動させられた。差別とかじゃなくて一人客は他のとこに座らせたかったのだろう。席に案内してくれて、グラスやナプキンの数を調整していた男性ウェイターが、英語ができるおっちゃんウェイターに注意をされていた。そんなに若くはないけど新人というか、下っ端みたいな感じだ。
でも移動後は席をどっちか選んでいいよと選択肢を与えてくれたし、まあうん。奥の席には他の巡礼者たちがいて挨拶をした。今日の顔馴染みだ。
そのあとすぐに、まったく相手のことを知らない状態なら、若者より年配の方と接する方が気楽だなと思った。日本でもそうだが、変に意識をすることがあるので、なんだか疲れてしまう。
先程注意されていたウェイターがとびっきりの笑顔で水を持ってきて、グラスをひっくり返してから、水を注いでくれた。

そして運ばれてきたパスタ。何日か前に作り置きしていた物をちょっと温めましたというようなクオリティで、イタリアンパスタと説明されたがイタリアンに失礼だろうと本気で思った。おまけにパンも硬かった。The CorrsのBreathlessが流れていたのが唯一の救い。

ケイ君はやたらと奴らは出したがると言っていたけど、実は自分にとっては初ミートボール。
でも見た目から既に美味しくなさそうだったし、食べてみてからはもう、日本のレストランの99%がここより美味しいぞ…と呆れた。

毎日のディナーもはや苦行になりつつある。序盤は別に問題なかったんだけどなあ。フランスに近かったからか、目新しさを失ったただの飽きか。

さっきの注文でデザートも選んでいたのにまた質問された。僕が頼んだのは現地名ナティージャスというカスタードクリームですよ!おっちゃんが取ってたメモはどこやったの!
写真は取り忘れたけど、上に乗っていたビスケットまで柔らかくなっていて、全体的にとろとろなプリンっぽくて美味しかった。
デザートだけはまともなことが多いので、いつも終わりよければ全てよしといった感じになる。ライスプディングは終わりも最悪全部最悪みたいになるけど。

テーブルに飲み物が置かれたが、ゲロマズな食後酒だった。これ別途でお金取られたりしないよな…?と不安になった。どうせ取られるなら紅茶がいい。

9.95€の支払いに対して10€札を出したが、長い時間待っていてもまったく音沙汰ないので、これ返す気ないな…まあ少額だしいいか…と席を立とうとしたらレシートとお釣りを持ってきた。遅ーい!!!
店から出る際には周りの巡礼者とバイバイして、韓国女子たちに「チャルジャヨ!あ、オンナ!ウシロ!」と訂正しといた。

帰り道にあったレストランにドイツ女子3人ともう1人男性がいた。さっきアルベルゲで女子たちに向かって胸筋をピクピクさせながら見て!見て!とふざけていた男性だろう。
地元のおっちゃんは煙草を吸っていて、おばあちゃんたちは少し移動していたけど、まだ近くに座っていて、そこには10人ほどの地元の人たちが集まっていた。少年はサッカーボールを蹴っていた。
小屋みたいな家の中にいたおっちゃんと目が合ったので挨拶をしたらブエンカミーノと言ってくれた。この時間に言われることは珍しい。

宿に飾ってあった絵。ロザンカの若い頃ってこんな感じだきっと。

オンナとのLINE。1人でも楽しんでいるようでよかった。

洗濯物はいつも通りトレッキングソックスだけが乾いていなかった。サプライズは階段を登っていたら最後の一段が存在しなくて焦ったこと。

おふざけ男性が部屋を出たと思ったらファック!と舌打ちしながら戻ってきた。どうしたんだ…。と気になっていたが、その後、彼が苛立っていた理由がわかった。干していた彼の靴下がなくなったらしい。でもどこにあるかなんて自分はもちろん知らない。
まあ、困るよな…。でも彼は身長190以上ありそうだし、自分の予備があったとしても意味ないだろう。(そもそも人の靴下なんか要らないだろうけど)
ってか物がなくなる人多いな。自分はパンプローナでタオルを忘れたくらいだ。

蜂が入ってくるので窓を閉めた。この町は虫が多い気がする。
そして、今日はコンセントの数が少ないので夜の充電は諦めて他の人に譲ることにした。どなたか使いたい人使ってください。僕をモバイルバッテリーを利用します。

明日は26kmくらいの予定。数kmだけモデルプランより長く歩くが、ほんの少しだから流れてくる人も多いかもしれない。でもその次に泊まれる町は5km先で、また30km越えになってしまうから難しい。あまり飛ばしすぎると疲れで余裕がなくなってしまうし。

早く帰りたいなと思う。早く歩き旅を終えて、観光も楽しんで、全部スッキリして、のんびりしたいなと。

サンディアゴのアルベルゲを予約した。もうすべて計画通りに進めよう。一人でも、誰かと会っても、もう止まらない。

9時を過ぎた。寝ないといけない。アラームは6時に設定。
ストックはしまおうかと考えていたけど、明日も明後日も地味にアップダウンがあるみたいなので出しておくことにした。これから使い続けることになるだろう。多分、歓喜の丘まで。


今日の歩み
El Ganso – Molinaseca / 32km


Scroll to top