11月14日。
どこからどうみても雨の目覚め。昨晩から強くなって、今も変わらず降り続けている。
朝食。鮭が少し塩辛かったけど美味しかった。ごちそうさまでした。
ポンチョを着て出発。出発前に小雨になったから良かった。おかみさんもそう言ってくれた。さよなら栄亭。
参宮線の線路。いつか乗ってみたい。
さあ、あと8km。
ついに伊勢神宮と書かれた看板を発見。
上の矢印を見て真っ直ぐ進んだけどそれは間違いで、すぐに右折しなきゃいけなかった。
間違えた道から戻ってきて、717号線を真っ直ぐ歩く。7月17日生まれの自分にとってはなんだか親近感を抱く道。
歴史を感じる町並みにはこの町出身の偉人の生家等が沢山あった。案内も充実していてどれも興味深かった。
橋の手前のお店で雨宿り。
長距離歩くのに適しているとは言えないし、ましてや夏でもないのに、後半は炭酸ジュースをよく飲んだ。なんだかそんな気分だった。誰も怒りはしないけど。
再出発。
疲れが大したことないのは、昨日のお風呂のおかげでもあり、目的地への距離が近いからでもある。今日で伊勢へ到着するという喜びが痛みも感じさせない。(今になって思えばこれこそが熊野古道の黄泉返りだ)
参宮線を通る電車。
伊勢路図絵に載っていたけど、本当に城田小学校の向かいの幼稚園には恐竜がいた。この道は間違ってはいないと恐竜たちに教わる。
雨と風が尋常じゃないほど強くなった。でも何も壁になってくれる建物はないからどちらもモロに受けて、山登りでは活躍していたポンチョも役に立たず、トレッキングパンツの中まで染み込むくらいびしょ濡れに。
少しここで雨宿り。雨宿りといっても止む気配はなかったから数分もいなかったけど。
でも伊勢まであと少しなのは間違いない。
160km以上は歩いた。あと4kmで着く。
度会橋。風が強すぎて吹き飛ばされそうになりながらも渡り切った。もう無駄な抵抗はやめて、ポンチョのフードを取って雨風受けながら歩くのは清々しかった。
この店は確か上でも食べられるようになっていたはず。でもこのときは準備中だった。もちろん何の悲しみもない。
真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ進む。迷いもない。
経路案内標識まで伊勢神宮と書かれたものが現れる。
赤福の広告。伊勢の近さを感じる。
もうすぐだ。
ここのうなぎ屋はめちゃくちゃ美味しそうな匂いがしていた。
これからの予定を考えてコンビニで傘を購入してポンチョを脱いだ。でも正直風が強くていっときは傘の存亡が危うかった。
伊勢市駅に到着。
駅から伸びているのは外宮参道。ついに神宮の参道まで来た。
素敵だ。こういった歴史ある旅館が伊勢には沢山存在する。宿賃は高いんだけど。
外宮入口前。土曜日ということもあるけどさすがに人が多い。
はやる気持ちを抑えて、そのまま外宮には参らずに、一旦動きやすいように今日の宿に荷物を預けることにした。ゲストハウス「風見荘」に。
受付の女の子が笑顔でめちゃくちゃ感じが良かった。
荷物を預けていいことはHPで見て知ってたんだけど、一応確認してから、荷物入れは階段の裏ですと言われて上がったんだけど、どこだ…?と迷っていたら箒を掃いていた白人男性が場所を教えてくれた。
そして身軽になって外宮参道に戻ってきた。
行列が気になっていたから近付いてみると何やら木札を配布中。
どうやら期間限定で土曜日だけ配布しているらしく、並んでヒノキの良い香りがするお札を貰ったんだけど、数量限定だったから本当にぎりぎりだった。いろいろと幸運だなと感じながら、それを下げて伊勢参りをすることに。
そしていよいよ外宮へ参拝開始。
豊受大神宮(外宮)は衣食住を司る豊受大御神が祀られている。天照大御神が祀られた内宮が有名だけど、こちらから先に参るのが仕来り。
傘の数からわかるように、雨だというのに今までとは比べ物にならない参拝客の多さ。
左側通行で歩きます。(内宮は右側)
手水舎。
第一鳥居。
今自分が伊勢にいるんだという昂揚感を感じながら参道を歩き、そして雨の御正宮。
御正宮へのお参りを済ませると別宮へ。これは別宮への道にある三石。
昔はここが祓所だったらしく、川原大祓という名前が付けられていて、遷宮の際のお祓いは今もここで行われている。
土宮。
風宮。
それから雨に濡れた階段を登った。
大行列。
行列の先は多賀宮。行列ができていたのは参拝客の波というよりはここが一方通行のようになっているからだと思う。
亀石。この石は天岩戸とされている高倉山古墳の入口から運んできたらしい。
帰りの参道と鳥居。
ぐるっと回って外宮への参拝終了。こうやって記事にするとあっという間に感じるけど、自分が神宮にいるということを心に刻みながらの参拝だった。本当に不思議だけど、神宮の中にいるときは疲労をまったく感じなかった。他のとこにいるときはうんざりするほど体が重かったり、痛かったりするのに。理由はきっと説明出来ない。
気になっていたせんぐう館へ。
見えているのは勾玉池。街中にあるのにとても自然豊か。
せんぐう館は式年遷宮の歴史を中心に伊勢神宮や神道について詳細に紹介していた。
まず入場するとパノラマ写真があるんだけど、その写真でいきなり衝撃を受けることになった。そこに写っていたのは黄金色の水田に浮かぶ神社で、それは間違いなく自分が昨日間違えた道で見た朽羅神社だったから。きっと多くの人はこんな神社もあるんだ、綺麗だね。って感じだろうけど、僕は前日にこの目で見た、伊勢路の終盤に間違えた自分を待ち構えていた神社だとすぐにわかった。こんなことがあるんだと息を呑んだのは言うまでもない。
どの展示も魅力的で大勢の入場客に追い越されるのも気にせず、細かい説明までじっくり読んで、長い時間を掛けてせんぐう館を満喫した。
実際の職人の手で製作された原寸大の外宮社殿レプリカはさすがに迫力があった。本物の方は近くで見れないからあまり感じられないけど、想像以上の大きさで圧倒された。
古くて新しい神宮という言葉があったけど、人間が子供を産み、新たに歴史を繋ぐように、神宮もまた式年遷宮により若返り、永遠の発展を遂げ、この国を見守ってきたんだとまざまざと感じられた。
どのくらいの知名度があるのかはわからないけど、伊勢に来たら絶対に行くべき場所だと思う。お勧め。
外宮を出てから、浴衣に和傘っぽい傘を差した女の子三人組とすれ違った。車や電柱を消して見ればタイムスリップしたみたいだ。
昼食は外宮参道の近くにある豚捨。創業は明治らしいから結構お堅い感じだろうと予想していたけど、この店舗(外宮前店?)はファストフード店のようなアルバイト感が凄かった。
味は文句なしで、牛丼とコロッケ最高だった。
神路通りを歩き、月夜見宮へ。
月夜見宮は少し離れているけど外宮の別宮。
外宮と同じようにお参りをしてから御朱印を貰おうとしたんだけど、なぜか宿衛屋にいた神職の方がキレ気味だったのが気になった。僕の前に並んでいたカップルにもキレてたし。
御朱印を書いてもらうやり取りの中で、最初ぼそっと話してから、次になんで聞き取れないんだよといった感じで大声で怒鳴るという彼なりの常套手段を持っているように感じて、最高に感じが悪かった。まあ人気商売ではないし、神職の人も人間だから仕方ないのかもしれないけど。
伊勢と松尾芭蕉
せんぐう館で外宮では日別朝夕大御饌祭といって毎日午前8時からと午後3時から御饌を供える神事が行われていると知ったので、ちょうど午後3時前だったからもう一度外宮に戻ってみることにした。
でも行ってはみても、どこでやっているかわからなくて、一般の参拝客では見れない神事なのかなということで、まあもう一回普通にお参りしていこうと御正宮へ向かった。
御正宮でお参りを済ませ、人が多くて上手く撮れなかった写真を今ならちゃんと撮れるかもとカメラを構えていたら、突然「もう終わりましたか」と後ろから声を掛けられて振り返った。
何が終わったのかまったくわからなかったので、何がですか?と尋ねると、「いや、それ」とカメラを指差された。
目は笑っていないのに顔に笑みを浮かべた不気味な表情の50代くらいの男性だったんだけど、もう終始わけがわからなかった。
その人を撮影しているわけではないのに、写真を撮られていると落ち着いてお参りができないんですよと文句を言い続けていた。
もう撮っていないのに、その後もなんか待たれている気がしたから、もう撮ってないから行っても大丈夫じゃないですか?と言うと「いや、その人」と今度は僕の後ろで写真を撮っていた30代か40代前半くらいの男性を指差してまた新たな言い掛かりをつけ始めた。
ちょうど人が少ないときだったからその辺りにいたのは僕とその男性の二人ぐらい。当然その男性もなぜ自分が文句を言われているのか不思議な表情をしていた。
その僕と同じく文句を言われた男性は落ち着いて、その言い掛かりおっさんになぜ怒っているのかを説明してもらおうとしてたんだけど、「とにかく迷惑なんですよ、あなたたちみたいな人がいると」といった風で、ああ言えばこう言うというか、どんなに丁寧に話しても一方的にキレ続けていて会話にならなかった。
中に入っての写真は禁止されていて、その撮影禁止の看板もちゃんと見ていたから、もちろん中に入っては撮ってないし、正面から撮れないようにしている壁があってそれの斜め後ろからという、普通にマナーは守っているつもりでいたのに、まさか言い掛かりをつけられるとは思っていなかった。
自分達がその男にキレられ続けている間に来た参拝客はもっと近くで撮影したりしていたのに、その変態男は他の参拝客には目もくれず意味不明なことを言い続けて、遂には守衛さんに言いますからねと言い出した。すると一緒にキレられていた男性がどうぞ言ってください。と返したから変態は本当に守衛さんのとこへ行った。
堂々と待っておきましょうと男性が言うから、まあしばらくその変態中年男が守衛さんに対して何か言っているのを見ていた。守衛さんも当然困っていて、結局奥の方に行ったので(他の参拝客に迷惑になるから配慮した形)帰ることにした。
その帰り道で男性と少し話をしたんだけど、実はここ伊勢神宮で以前遷宮の仕事をされていた方だった。
神様に対してしっかり敬う気持ちがあればカメラなんて気にならないだろうにという言葉には共感した。明治時代の魂を吸い取られるとかならまだわかりますけどねってユーモアのある人でもあった。
これは神様からどんな人にも丁寧に対応しなさいと与えられた試練かもしれませんねとか、神様の前で騒ぎ出して失礼なのはどっちだみたいな、本当にその方の言葉に救われた。というか動揺していた僕に気付いてそんな言葉を掛けてくれたのかもしれない。
一人きりのときに攻撃されてたらもっとショックだったろうなと思う。本当に助けていただいて感謝。
伊勢路を歩いてきたと話をしたら、大変でしたねとねぎらいの言葉をもらった。そこでそのまま別れたけど、本当にいろんな種類の一期一会がある。
気を取り直して、倭姫宮へ。また歩きだけど、歩いている間は嫌なことをあまり考えずに済むからいい。
わりと距離があった。でも昔ながらの街灯が立ち並んだ道が、外宮からこの倭姫宮まで続いていたのには感動した。(外宮から内宮までの道は御幸道路といって、倭姫宮はその道の途中にある)
皇學館大学が左にある。神職の資格が取れるのはここ皇學館と國學院だけ。
参道への入口がよくわからずぐるりと回ってここまで来た。ようやく発見。
誰もいない長い参道。
この旅で何かと縁のある倭姫命が祀られる倭姫宮の前に来ても誰もおらず、境内は自分と神職の方の二人だけだった。
最後に御朱印を書いてもらっているときに1人別の道から来たけど、人がいない神社の静けさというのはやはり独特のものがあって、落ち着いて参拝が行えて、良い時間が過ごせたと思う。
とても気になった神宮美術館。またの機会に。
最初に参道と書かれていたとこから入って良かったということに帰りに気付いた。
なにか進入禁止のようだったけど、あれは車両だけが禁止だったみたい。
ゲストハウスへ戻る為にまた歩く。不満はないけど、伊勢へ来てもまだ歩いてばかり。
近鉄宇治山田駅の前を通っていたバスは子供達の絵が描かれていた。素敵というべきか、カオスというべきか。
一度寄りはしていたけど、この旅最後の宿である「風見荘」に到着。おかえりなさいと温かく迎えてくれた。
宿帳に名前を書いて、説明書?を読んだら「りょう君って名前なんだね、じゃありょう君だ!わたしはあやかです!よろしく!」的なノリで宿の案内が始まったから、日本でゲストハウスに泊まるのは何気に初めてだったってのもあり、お、おお…?wという風になりながら()案内を聞いていた。
宿泊客は思っていたより外国人は少なく、日本人が多かった。伊勢で断トツで安い宿とはいえ、こういった宿で家族連れを見たのも初めて。
受付の横がコミュニティスペースになっていて、荷物を部屋に置いた後そこに行ってみたけど、そのときいた4人くらいは最初はみんな話している様子はなかった。
でも宿の女の子(この日勤務していたのは女性二人だけ。オーナーは風邪でダウンらしい)が会話を振ったり、胸元を開けたセクシーな()お姉さんが柿をどうぞと持ってきてくれたりして、自然と打ち解けていった。そのときは二ヶ月日本を旅行していて、これから福岡に相撲を観に行くっていうイギリス人男性。その柿をくれた昔少しイギリスに住んでたという色っぽいお姉さん、ブロンドっぽい白人の女の子等がいた。
ドミトリー部屋を予約していたけど、ドミトリーというよりはカプセルホテル風。下は全部埋まっていたから5番に寝ることに。
台湾の男性とこの部屋の中で話をした。日本語が少し話せる人だったから日本語で会話をした。5月に台北に行ったよと言うと喜んでいたように見えた。
夕食を買いに近くのコンビニへ。カルボナーラをそのコミュニティスペースで食べていたら、匂いの強めなのを選んだのは失敗だったとちょっとだけ恥ずかしかった。うん。
これがコミュニティスペース。漫画が置いていたから、バガボンドの新作読めた。コタツがあるってのが良い。
宿に着いたときに教えてもらってたけど、この日の夜はライブがあった。オーガニック系の音楽ということで、大阪から来たトミーさん(思い切り日本人男性)が沖縄に滞在してたときに書いたという曲をギター一本で弾き語りしてた。
上の写真の奥にキャンドルライトをいくつも置いて、照明を消して良い感じの雰囲気を演出していた。同世代くらいの女の子二人組や、明日何かの試験があるという男の子、中年の男の人や女の人だったりとかその日宿泊していた人はどれだけいたかはわからないけど、7,8割はいたんじゃないかと思う。
ライブ自体はなんていうか、酷くはなかったけど、正直彼は音楽よりお笑いの方が適性がある気がした。曲よりMCの方が面白かったし…()
この国はいつの間にか戦争を~みたいなことを語り始めたときはその場にいた誰もそんなことここで話されても…とどっちらけだったけど、まあ基本的に話は面白かった。
地元の人だと思うけど、ハットを被った男の人が途中から参加してコラボしてた。その彼は頑張ってたと思う。頑張ってた。
投げ銭制でやるってことだったから財布持っていってたんだけど、お金を入れる鉢が自分のとこに回ってくるまで6,7人はいたのに、まあ誰も入れてなくて、申し訳程度に自分は入れたけど、一周してライブ後の彼の近くに蜂が回ってきてその中身を見たときの彼の表情がもう可哀想だった。なんていうかとても人間味を感じる落ち込みっぷり。
宿の人も焦ったのかせめて移動費くらいでも!とまた集めたり、財布持ってなかったパターンの人もいるから最終的にはそれなりに集まったみたいだけど、音楽の世界もシビアだなあと感じました。はい。
ライブ後に飲み会的な流れになったんだけど、生活リズム的にもう完全に眠たかったからパスをした。そもそもお酒を普段飲まないってのもあるけど。
宿泊客もお店の人も良い人ばかりだった。げんきくん?っていう年齢近そうな男の子はすっごいナイスガイだった。まだ夕食を食べてない(試験を受けに来た)子にパスタ作ったからいらない?と分けたりしてた。眠たかったら仕方ないけど、他の人とももっと深く話せたらなあと思った。一番話したのはイギリス人男性かな。ゲストハウスはこういう交流があるから面白い。
歯磨きをして就寝。暖房はエアコンが入っててかなり乾燥してたからちょっと喉痛かったけど、眠れたから良かった。