皆で一斉に大混乱の時代に迷い込んだような気もすれば、避けようのない災害は毎年必ず起こっていたし、世界中の国が現在進行系の問題を(コロナ以外にも)山程抱えているわけで、誰一人完全に安全な場所には立っていなかったとするなら、「当たり前の日常」というもの自体がそもそも幻想だったのではないかと、そんな風にさえ思えてくる今日に、新たな巡礼を始めたのが、この僕です。
以前、序文のようなものを書いていた宇佐神宮への巡礼旅の初回ということになりますね。新しい旅です。
宇佐神宮で祀られる応神天皇(八幡大神)に縁のある神社への参拝はもちろんのこと、この筑紫の道は自分のルーツでもある博多と宇佐を結ぶ道でもあります。
しかし昨年その宇佐御師的な文を書いてから一年以上も経過してしまったのは、状況が状況ということもあるけれど、自分で道を作っていくというのがとても大変そうで、単純に敬遠していただけかもしれない。
どこでどの道を選ぶべきかとか、どこに寄るべきかとか、ルートをどう記録しようとか、どのくらいの文量、写真やバッテリーへの不安は、他にも…とわからないことだらけでね。
そして明確なきっかけが常に背中を押してくれるわけでもなく、それでもなんだかんだで、とりあえず一日歩いてみようと迎えた初日が、4月21日でした。
香椎駅で蓄電池電車DENCHAに乗り換えて、出発地点へ。

香椎線の終点、宇美駅。

糟屋郡にある宇美町自体は車で通ったことがあったけど、駅から降りて歩いていくのは初めてだった。印象としては想像より栄えていて、宇美八幡宮あります!って雰囲気ではあるものの、もっともっと全面的に押し出していると思っていたが、実際は違った。
駅から徒歩10分程で宇美八幡宮に到着。神功皇后が応神天皇を産んだ地。「宇美(うみ)」という地名も「産み」が由来。
(御祭神にはほぼ注目されず)安産の神様として福岡ではそれなりに有名かな。安産の神様て…って感じではあるけど。


AMABIE

はい、旅の始まりの地で、これからという時に、いきなり、とても残念なことが起こりました。
この宇美八幡宮にある木でできた御朱印帳を買って、それで道中御朱印集めをしていこうと考えていたのに、巫女さんに現在在庫がありませんと言われました…。はい、これにて旅終了です。
最大の楽しみとも呼べるお目当ての物がないというスタートで、出鼻挫かれすぎでは…?とめちゃくちゃショックだった。
でも無いものは無い、仕方がないので、今回御朱印集めは無しという方向で…。いやー、5分くらいベンチに座って落ち込んでたのは内緒だよ。でも人生ってこんなものなのかもしれない。上手くいかないことだらけで。
うん、まあ、境内を少し紹介しよう。
この湯方社にある子安の石は、妊婦が安産祈願として持ち帰り、無事出産を終えると子供の名前を書いた別の石と一緒に返しに来るという慣わしがある。
石ではないが、自分が産まれる際も、母方の祖父母から母へと、宇美八幡宮の腹帯を渡したと聞いたことがある。そう、自分の誕生とも縁のある神社なのです。

湯蓋の森というクスノキの大木。

四神の幟。真ん中にいたら何かしらの御加護が授かれそう。

先程の悲しい出来事(?)の影響もあるとは思うけど、参拝客がおじいちゃんおばあちゃんも一緒の幸せそうな家族だとか、小さな子ども連れの夫婦とか妊婦だとか、もうみんなキラキラしていて眩しくて、正直今の自分には合わないなと感じた。合うような日が来ればいいけれど、この先がどうなっているかなんてわからない。もしかしたらずっと孤独なままかもしれない。
両親が自分を生んだ年である29歳に今年自分自身がなるのに、まだ結婚や出産を考えられるような状況ではなく、なんとも言えない気分でもあった。
とかく、神様のせいではないのに、なんだか居心地悪く感じるのはカミーノの合コンのような雰囲気に戸惑ったことを思い出した。余裕がある時なら微笑ましい光景だなと見守れるんだろうけどね。
ええ、切り替えましょう。お食事タイムです。神社の隣にあるお蕎麦屋さん「竹亭」へ。境内にある和菓子屋で「80000大福」等を買ってから、オープンの11時を待っていた。

鴨汁そば美味でした。朝食をわりとしっかり食べてきたから、そばの普通盛りのみにしたが、大盛りにするか、ご飯等付いているセットにすればよかったなと悔いた。ビビってたんだ昨日の残りのシチューに…!

ふと何の為に自分は手を合わせるのか、この旅を歩くのかと考えた。疫病退散への祈りは全国で溢れているだろうし、自分よがりの願い事をする気分でもない。でも願おうと思えばいくらでも願いなんて浮かんでくる。まあ、歩きながら考えてもいいし、特に理由がなくても、これからの道を歩くということそのものが理由なり目的なりになるだろう。
しかしながら、自分で考えた巡礼路歩いてますって普通に頭のおかしい人だと思われそう。旅の形なんて自由だし、生き方すらも自由なはずだけど。なぜ私はこの道を歩くのか?という問いはもはや、なぜ私はこの命を生きるのか?と同じくらい、えっと、その、なんでもないです。
とりあえず、改めて縁のある場所を訪れていくことで自分を見つめ直したりといったことはできる。そういう方向でいきましょう。清算や再生といった言葉を用いても構わない。何も失っていないようで、いつも喪失感まみれのような気もするから。
それでは、本殿の裏から奥宮へと続くこの辺りを道の始まりとしよう。

応神周遊コースのありがたさよ。この序盤頼らせていただきます。


子安新橋からは宇美川や小さな鯉のぼりたちが。

奥宮、御胞衣ヶ浦(えながうら)。

胞衣(へその緒や胎盤といった後産)を宇美川で濯ぎ、筥に入れて奉安したとされる場所。

西行も詠んだようなので、僕も詠んでおきましょう。

うみ落ちて数十年の浦辺から何かをえんと歩き始める
さよなら宇美八幡宮。行ってきます。

ここからは緑道を歩いていく。

歩行者や自転車の為に整備された比較的新しい道で、両端に花が植えられていたりした。

季節が違えば更に美しく咲くことでしょう。

散歩のおじさんが増えました。

ここで光正寺古墳へ寄り道。

3世紀後半頃の古墳らしい。

登れるようなので登ってみた。見晴らしも吹く風も気持ち良かった。
光正寺古墳に登っての見晴らし #古墳 pic.twitter.com/VAFla0aC5d
— 末宗凌 (@SuemuneRyo) April 21, 2021
緑道に戻ろう。

友好のモニュメントの先は志免町。

緑道が想定より遥かに長く続いていて助かった。

また、車に邪魔をされない静かな時間となり、風に揺れる木々の音や小鳥の鳴き声を聞きながら、ほとんど私服に近くても、会釈への反応が薄いくらい誰も気付いていないけど、今この瞬間、自分は巡礼者なんだと思えた。誰がこの祈らない時代に巡るのか、自分だと。
はい、緑道がたまに途切れるのは人々の生活の中にあるからですね。

ここはかつての志免駅(国鉄勝田線)跡地の鉄道記念公園なんだけど、博多の森へ曲がるには少し直進し過ぎていた。

だが間違った道で見つける花の美しさや、旧志免鉱業所竪坑櫓の堂々っぷり。


青い変態っぽいやつの正体はケーブルマンで検索すると出てきます。

博多の森、東平尾公園を歩いていると、現在の名称でいうベスト電器スタジアムが見えた。

道沿いにあったテニス競技場はまあ豪壮。

博多の森を抜ければ、福岡空港に突き当たる。

空港に沿った道というのもまた良い。だが9km近くは歩いてきたので徐々に疲労を感じたり、夏日に迫る気温で汗をかいたり、なんだか目の中に異物感を覚えたりとダメージもあった。

都市型巡礼路とも呼べそうな、都市高の真下に架かった歩道橋を渡る。

綺麗ではない川。

ピカチュウごめん。やっぱりポケモンやる時間取れないわ。

博多に入った。この辺りはもう幾度となく歩いたことのある場所。

博多駅。

筑紫口から博多口へ。

博多の寺社へ向かう。

承天寺通り。

博多千年門。観光地の少ない福岡の街で観光客を誘う2014年に完成したウェルカムゲート。

臨済宗東福寺派、承天寺。

このお寺は様々な発祥が集まったお寺で、左が「うどん・そば発祥の地の碑」中央が「御まんじゅう所の碑」右が博多織へと繋がる製法を中国・宋から持ち帰った「満田彌三右衛門の碑」
ちなみに祖母の父(自分にとってひいおじいちゃん)は博多織の職人だったらしい。血縁のない弟子へと受け継いで引退したみたいだけど。

枯山水の庭園を間近で見てみたかったが、お墓参りの檀信徒以外立ち入りは御遠慮下さいとのことだったので、控えておいた。

一部見えたは見えたけど。

もしかして承天寺って他の入口あったりしないかな…?とさまよっていたら、整備工事中の若八幡宮へ着いた。

かつて宇佐に住んでいた頃、小学校の隣に若宮神社(若宮様)があって、運動会の応援歌もそれに関連した歌詞だったことを思い出す。校歌は一フレーズも覚えていないのに。
「若宮様のお告げには~!い~つも~赤が~!勝~ち!勝~ち!勝っち勝ち!」みたいな。ちなみに色ごとに歌詞の色だけ変わる。つまり、白組だと白が勝つというお告げになる。今考えると無茶苦茶で笑う。お告げだらけやん。

それから臨済宗妙心寺派、聖福寺へ。日本最初の禅寺。

博多の街中にあるオアシスのような、寺院の広い境内を歩いていると、山門前の橋で野良?猫が昼寝をしていて、急に視界に入ってきて、リアルねこふんじゃったしそうになり、声を上げそうなくらい驚いた。

だがこの猫が可愛すぎた。清掃の車の音にも、飛行機の音にも負けず、ひたすらお昼寝をし続けていた。

(完全な運動不足状態で始まった)今日の歩きも終盤となり疲労も溜まりきって、また歩き旅という特性から強制的に自分を見つめ直し、じっくりと考えることになるから、
やっぱり自分ってお先真っ暗じゃないか…?でも変えたくても変えることができない。それになんだか最近はずっと孤独だよなとか、わりと下の方まで落ち込んでいたのに、一気に幸せな気持ちになれた。野良猫の寝顔一つでこんなに救われるような気持ちになるなんて思ってもいなかったな。
聖福寺で昼寝をする猫(起きない)#猫 pic.twitter.com/wTV9MfdvAR
— 末宗凌 (@SuemuneRyo) April 21, 2021
さよなら。もう会うことはないかもしれないけど、元気でいて。

うん、お寺だってスポンサーを募集するのさ。

仏殿。

そろそろクライマックス。真言宗、東長寺。帰国した弘法大師空海が建立した日本最初の密教寺院。

このお寺は何度か来たことがあるので今回は大仏殿には行かなかったが、木製としては日本最大級の大仏さんがいらっしゃいます。僕と同じ1992年誕生です。

そして、今日の最終目的地である櫛田神社へ。

東長寺以上に何度も来たことがある神社。それに母方の姓が宮下で、ルーツもこの辺りだから、櫛田神社もまた縁があるんじゃないかな。

二年連続山笠舁き山中止は関係者・参加者さぞ無念だったことでしょう。でもその決断を尊重したいし、正しかったと思う。無事開催できる年が早く来ますように。博多の血も流れている自分もそう願っている。

もう少し博多湾に近づいたところに母方の菩提寺があるんだけど、観光客を受け入れているようなお寺ではないので今回は組み込まず、この日の行程はこれにて終了。
連続して歩くわけではなく、分けて打っていくつもりだから、旅と呼んでいいのかは悩ましいが、いろいろと試行錯誤しながらなので仕方がない。
でも現状況では、この限りなく近場で小さな旅を重ねるのが賢明だと考えている。楽しくなるのか、そうではないのかは、まだ判断できない。多分最後の方まで、よくわからない旅であり続ける気がする。
まあ、昔から旅は、どちらかと言えば楽しいより、辛いものだったと言われているし、どちらであっても構わない。
道の距離としては16km、それ以外の諸々も含めると20kmになって、久しぶりにここまでの距離を歩くことになった。
感想は、体力的にもiPhoneのバッテリー的にも、意外と持つもんだなというのが最初に出てくる。その後の足の筋肉痛もほぼ無かった。なぜか腰がちょっとだけ痛かったけど。でも荷物は軽いし、過去の巡礼路に比べたら距離も短いから当然っちゃ当然か。
巡っていく場所・道的に、自分の人生に対して一つの区切りのような意味が生まれてくるような予感はしている。どう説明していいのか難しいけど、14歳で大分を出て、今28歳で福岡にいて、ちょうどそういうタイミングな気がするんだ。なんとなく。
話は逸れるが、最近、自分がそれなりの想いを込めた努力だとか、作ろうとする何かが、この先もまったく結果が出ず、自分自身も含めて、誰に知られることもなく、泡沫のように消えていくんじゃないかという不安に苛まれていたけど、でも、いつか誰かが見つけてくれるだろうと、歩いている途中にふと思うことができた。
この文も誰かが読んでくれているかもしれない。効率が良いやり方だとは微塵も感じないけど、なんとか自分なりの道で歩いていくしかない。
沢山のことが気分で左右されたりもするけどね。恥にまみれて生きてますよ。煩悩と野心しかない。
はて、次はいつになるかな。この日が初日を歩くようにできていたように、いつか二日目を歩くようにできているんだろうけど。


