フランス観光 Partie 1

サンティアゴ巡礼とフランス・スペイン(+シンガポール)観光を終えて帰国してから1週間が経った。
書き始めれば長ったらしい作業が始まってしまうから、という億劫さは当然あったけど、他にもやることがあってわりと忙しくしてた。
この1週間でどんな風に書くかも考えた。長くなってもいいから書きたいだけ書こうと決めた。写真の枚数も気にしない。本当は観光なんかはさらっと書きたいんだけど。
楽しみにしてるねという嬉しい言葉を何人かから貰っているので、できるだけ早くに書き終えたい。でも絶対に年内に終えられる気がしない。なぜなら写真を1万9千枚以上撮ってしまったから。気が狂ってる枚数ですよ。約2万枚の写真を見返すだけで半端じゃない時間が掛かりますよ。2万枚て。気が狂ってる。2万枚て。
この記事を投稿する日がいつになるかもわからない。まだ旅後の気怠さが抜け切れていないし、その気になってないというか、スイッチも入っていないから。あと起きてるときはだいたいワールドカップ観てるから。
でもまあ、ぼちぼち書いていきます。
理想は夏の間にすべて書き上げてしまうこと。だけど長引いて、6月中にフランス観光、7月~11月で巡礼、12月でスペインとシンガポール観光って感じの年内いっぱいコースが現実かな。多忙だったり、どこかに出掛けたりしてたら下手したら年越すだろうけど、うん、怒らないでね。

サンティアゴ巡礼のことを何と呼ぶか迷う。Wikipediaでは「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」になっていて、現地では「カミーノ」という呼称が一般的で、「カミーノ・デ・サンティアゴ」と呼ぶ人もいるし、国内では「スペイン巡礼」も通じる。
多分カミーノで統一されていくと思う。そのことについてはカミーノの記事に移る際に改めて書く予定。
そのカミーノことサンティアゴ巡礼にはいくつかルートがあって、最も人気なルートで知名度もある「フランスの道」を今回自分は歩いた。
巡礼は家を出た時点で始まっている、みたいな言葉があるんだけど、スタートの街であるフランスのサン・ジャン・ピエド・ポーに向かう前に、せっかくフランスに行くなら観光もしときたいなーとパリを中心に1週間ほど観光したので、まずはそれから書く。
ってことで巡礼は少しお預けです。でも出発前の心境等はちゃんと書いておこう。

遍路を終えた時点で(あるいは終える前から)、次はスペインだなと決めてはいたけど、この旅を本気で決意したのは今年になってから。
巡礼や観光に必要な日数を大雑把に計算したり予定を立てたり、飛行機や宿の手配等、1月後半から2月後半に掛けて約1ヶ月を準備に費やし、3月になる前にはほとんど終わっていた。
でも出発の日が近づいても気分が昂ぶるわけではなく、穏やかというのも違って、案の定、波風がまったく立っていないような、もしくは自分自身がどんな感情を抱いているかよくわからない状態だった。
だけどカレンダーを4月へとめくる際の気持ちは清々しかったし、ブルームーンも見られたし、何より出発前に満開の桜が見られたのは良かった。これならもう飛行機事故が起きても、テロに巻き込まれても思い残すことはないなと言うほど桜は今年も綺麗だった。(不吉だし、実際は思い残すことだらけ)
これからの2ヶ月を楽しみに思うワクワク感は荷物を詰めているときだけ感じた。その瞬間はようやく楽しくなってきたか、ここからかと思ったが、すぐに元の状態に戻ってしまった。でも気持ちを高める方法は知らないし、逆に、不安はあってもそれに押し潰されそうというほどでもないから特に問題視はしなかった。
出発前の気懸かりや後悔は、事前に歩いたときにできた右足小指裏の水ぶくれ痕がまだ消えていないこと、前々日に牛タン定食を食べすぎて夜中に本気で吐きそうになっていたこと、荷物がやっぱり重たくなって少し腹立たしいこと(そのわりに忘れ物はないかと不安だった)。最も心配なのは飲食と通信環境だが、そんなのは現地に行かないとわからない。
数日前に百均で洗濯ネットと50mlのプラスチックボトルを買った帰り道で、若い母親に促された小さな男の子が横断歩道を渡る際に手を上げていたのに、自分は上げなかったことの後悔みたいなものも地味に思い出していたけど。
まあ、そんなこんなで(どんなだ)

日付は4月2日。夜。羽田空港国際線ターミナル。イヤホンから流れている音楽はDyE-Fantasy

出発直前になって落ち着かない、いわゆる本気のそわそわを感じた。なんだか笑いが出ちゃうけど、高揚感なんだろうかこれはと不思議だった。
観光を含んだ2ヶ月というそれなりに長い旅はもう始まっている。どんな出会いが待っているだろうという期待はある。観光の間は交流はそう多くないだろうが、巡礼の道は違うだろう。

時刻は22時前。受託手荷物は既に預けているし、フライトの0時までは時間があるので空港内をふらっと歩いたり、のんびりと過ごすことにした。

ローソンで見つけたKawaiiの奥に潜むちょっとした狂気の群。

このStarry Cafeそのうち行きたい。さすがに一人では入れなかった。

久しぶりに羽田空港を散策した。最近は利用したとしても滞在時間なんてほんの僅かだったから、羽田ってこんなに綺麗だったかなーと思いながら。

展望デッキへ。羽田に到着した際は若干霧がかっていたので不安はあったが、どうやら問題なさそう。

数組のカップルが抱きしめ合ったり、キスをしたりとロマンチックなひと時を過ごしていた。でも僕は一人で、ドーハ経由でパリへと向かう。

屋内に戻って江戸小路。外国人はたまらんやつ。時間が遅いので店はどこも閉まっていた。


美しくない量の絵馬。

この時は奇妙な日本語だなとしか思っていなかったが、願いは日本語で書かなければいけないと思った外国人が翻訳アプリかなんか使って書いたのかなーと今は思う。そうならば微笑ましい。わからないけど。

自分の便は0時1分発の予定だったが、0時15分に変更になっている。

MRが近すぎるせいで漂うリョーマール感。

保安検査と出国審査をパス。

もう日本人も、日本の何に外国人たちがグッと来るかを把握してるよね。

便の遅れも大したことはないし、結構順調に進んでるなと思っていたら、本番はまだでした。
この日のハイライトは間違いなく搭乗口に放送で呼び出されたこと。自分の名前が呼ばれた時はもう尋常じゃないくらい焦った。帰りの便の情報がないからと、搭乗券・パスポート・帰りの便のEチケット・パリからその帰りの飛行機が出るバルセロナまでの移動手段の確認があった。確認自体は一瞬で終わったが、こんな呼び出しを受けるのは初めての経験だったのでかなり心臓に悪かった。
原因は、巡礼がいつ終わるかわからないと最初は片道の航空券しか取っていなかったから。テロリストも片道しか買わないから仕方ない。事前に帰りも予約しといて良かった。

呼び出された動揺の余韻とこれから出国というドキドキが混ざった、最高に余裕のない心理状態で搭乗した。
今は春の旅立ちの季節だし、乗り合わせる乗客の中にはこれから新天地での生活を迎える人も多くいるんだろうなーなんて考える余裕ぶちかましてたのに。

隣は20代前半の日本人男性2人。モニターを触ろうとしていたら機内アナウンス中という画面表示が出て触れず、アナウンスが終わって触ろうとしたらまたすぐにアナウンスという流れはこっちまで吹き出しそうになった。
2人とも大学生くらいで、あまりイケてない男子特有の匂いがしてたが問題はない。右隣の子はゲームのアングリーバードをしたり、もう一つ右の子は映画を観たりしていた。

アラビア語読めねえ…。120%理解できてない…。

カタール航空813便。離陸したのは4月3日の0時30分頃。到着予定はカタール、ドーハの現地時刻で朝の6時。

さよなら羽田、さよなら日本。

ディナー。機内食ってキャンプと同じくらい何でも美味しく食べられるから好き。

フライト時間は12時間以上あったので、元々気になって観たかった(普段ピクサー映画はほとんど観ない)のに、タイミング合わず観れていなかったリメンバー・ミーを観た。これは正解だ…という構成で、黄海上で思わず泣きそうになっていた。
映画は他にはクリストファー・ノーラン特集やシェイプ・オブ・ウォーターなどがあって充実していた。

予想通り熟睡はできず、最初の睡眠は1時間で目が覚めた。窓の外を見ると、月や星が浮かぶ夜空がはっきりと見えるようになっていた。雲の上、星の下、長い旅の始まり。
だが残念ながら真後ろの席の眼鏡をかけた日本人のおばちゃんが足を前へと伸ばしていて、自分の左の肘掛けに乗せていて不快だった。
しばらくすると隣の男の子の頭がこちら側に垂れてきた。狭いから仕方ないけど、どうせなら友達の方に倒れたらいいのにと静かに笑った。少し離れた座席で泣き叫ぶ赤ん坊もいた。そりゃこんな空間泣くよなあ。
人によってはストレスと呼べるそのような事柄はいくつかあったが、でも楽しいわ!と感じていた。

まだ10時間ある。7時間ある。と充分に用意されていた時間をなかなか睡眠のために使えず、これ到着間際とかに眠たくてどうしようもないみたいな状態が来るんだろうなーと予想がつくけど、さほど気にはしない。
眠気がないのに眠ろうとするのは辛いし、無理に寝ることもないだろう。すぐに歩き始めるわけではないからそう深刻に捉えなくていい。睡眠以外も、体力を作り込んできたならこの観光の一週間での衰えを不安視したかもしれないが、そこまで作り込んできたわけでもない。まさにお気楽。なんとかなるだろう。
なんて思っていたら乱気流に巻き込まれるのもご愛嬌。

明かりなんて一切存在しない高地が続いていたのに、突然街が現れた。
多分ここはウイグル自治区の阜康市(Fukang)。道路の灯りが赤くてとても幻想的だった。張り巡らされた毛細血管のように見えなくもない。

それからまた山脈のような地帯に戻ると、地球ってやっぱり面白いな、壮大だなと、自分自身毎回思っているような、月並みの感想。

窓の外が明るいと思ったら月が見えていたということもあった。薄い雲の上に浮かんでいて、飛行機の翼にも月明かりが反射していた。日本で見る月の模様とは違う気がした。うさぎには見えていても、餅はついていないような。

離れた位置を飛んでいても、すれ違う飛行機はやっぱり速いなと思ったり、全然眠れないので目を開けて夜空を眺めていたら何かが落ちて、それが流れ星だということに気づいたり。

飛行機に乗っていると本当に人間や日頃の生活はちっぽけだなと思う。宇宙を感じられるような瞬間は特に。

マップ上ではこのように常にメッカの方向と距離が表示されていた。またお祈りは座席に座ったままどうぞというような注意映像も繰り返し流れていて、イスラム圏の国、中東に行く(寄る)のは初めてなので、そのような宗教的な新鮮さが興味深かった。

ちょっとだけ寝て起きるというのを数回繰り返して、朝食。日本初の便なのでヨーグルトはみんなお馴染みブルガリアヨーグルト。

そして朝が来た。夜中とは心境が変わったのか、正直心細かった。一人でこれからどうなるだろうと。
でもすぐに切り替えた。いや、楽しもうと。楽しもうと思わなければ楽しめないだろうから、2ヶ月ひたすらに楽しんでやろう。

目的地は近づいている。不安のせいか、余裕もないけれど、もう後には引けないし、土産話を楽しみに待ってくれている人たちもいる。

着陸が近づいてきた。12時間という長時間フライトだったのに、トイレは一度も行かなかった。別に我慢していたわけじゃないけど。
隣の2人は数独のようなゲームをやっていて楽しそう。
自分の足元にヘアゴムが落ちていることに気づいた。前に座っていたブロンドで左腕に隙間なくタトゥーを入れたママさんが座席下を覗いていたのは覚えていたので、拾って渡すと感謝された。出発直後に彼女のクッションが膝の上に落ちてくるということもあった。

そしてこの景色。めちゃくちゃ中東っぽい。砂漠の中に街を詰め込んだよう。ここまで異国感を感じたのは初めてかもしれない。

パリのガイドブックを取り出していた隣の男子たちも初めてだったらしく、この中東の景色に「めちゃくちゃ感動してる」と言葉をこぼしていた。とてもその気持ちがわかる。

海の色はエメラルドグリーンに見えた。


ドーハ到着。約30分遅れで出発したので、到着時刻もそのまま遅れて6時半前。


トランジットの時間に余裕はそうあるわけではない。羽田のときのようにまた確認が必要なのだろうかと不安を抱えつつ、スムーズにいけばいいなと願いながら移動。

検査はわりとあっさりと終わったが、バタバタしていて早歩きでの移動だったので、謎の巨大像があってもささっと写真を撮っただけ。

ピノキオ…?

えっと…その…綺麗な空港でした。

既に行列ができているゲートにそのまま並んだ。少数だが日本人もいるっちゃいる。先程隣にいた2人も予想通りこの便に。パリ観光か、いいな。自分もだけど。

機内に乗り込むとまず二列後ろの日本人女性3人の会話が聞こえた。20代の女の子2人組の隣にいた女性が、その子たちに年齢を確認したあと、若いねえと言っていた。
自分の周りは中東系の人たちばかり。話している言葉の単語一つも聞き取れない。黒いあれ(アバヤやヒジャブ)を着た女性たちもいる。ここでは僕が外国人だ。
隣は3才くらいのピンク色のメガネをかけた女の子とその父親(近くにその家族もいた)。女の子はしばらくはCAに貰ったシールとお絵かきセットで遊んでいた。

言語設定を日本語にしても隠しきれないアラビア感。ボリウッドがあるのも良い。

モニターでこういう映像が見られるのは楽しい。パパさんは離陸前に石油王がよく着てる白い服(カンドゥーラ)を着た男が喋る動画をわりと大きめの音量で流していた。

7時35分、ドーハ、ハマド国際空港発。13時40分、パリ、シャルル・ド・ゴール空港着の便。フライト時間は約7時間。
さよならドーハ。

食事のメニュー。どれも美味しそう。

裏返してようやく読めるという。

朝食。上の赤いのはスイカ。

美しい。

後ろから腕をトントンとされて、カップルの女性にシートを前に起こしてくれないかと頼まれた。ほとんど下げてないんだけどなあと思いつつ上げたら、いや隣と。彼女の彼氏の前の席、つまりちびっ子の席のシートのこと。泣いている子供もいる中この子はおとなしくしていたけど、お絵かきやゲームにも徐々に飽きて少し落ち着かなくなってたからかな。結局パパさんが上げたけど。
こちらは寝ているその子。

前の人が座席を下げきってるからサンダルを脱いで二つの姿勢を繰り返しながら寝た。
目が覚めると気づけば残り2時間で、ブタペスト付近を飛んでいた。ちょうどカートも来て、軽食はチキンを選んだ。
このSavoury pastryの中身はチキンカレーで、味はうん。という感じ。でも左のマフィンのようなものは美味しかった。日本で食べるものより砂糖が多く甘めだった。

銃弾に打たれたわけではないよ。

今度はパパさんにトントンされて振り向くと、キャンディを4つくれた。現在爆睡中の娘ちゃんのお詫びかな。このときも足が当たっているというか、体重が掛かっているというか、自分の膝や足で彼女を支えている状態だったし。
嬉しかった。ありがとう。

モニターでは基本地図をつけていたので、Bad Kissingenってかっこいい地名だなーとか、普段目にすることがあまりないヨーロッパの地名などを見ていた。リアルタイムでそれらの街について検索できたらより楽しかっただろうな。

眩しくなってブラインドを下げていたので、画面はカメラ映像に切り替えていた。到着が近づいて機体が雲の下へと降りて行くと、カメラが濡れ始めたので予報通りパリは雨っぽい。

後ろの方にいた子が激しく泣き始めた。隣の女の子はずっとお利口さんだ。笑いかけても笑いはしなくてじーと見つめられる。多分黄色人種が珍しいんだろう。今はパワーパフガールズを見ている。足を稀にあげるのは良くないけど、良い子。

近づくパリ。いや、降ってないぞ。

いよいよだ、これから。

日本はもう夜なので、ほぼ一日掛けてというくらい長い移動だった。
後ろにいた元気な白人女性たちは、アナウンスで知らされたパリの気温に、7 degreesなんて冗談でしょと笑っていた。中東を経由したので7度が余計寒く思えるのはみんな同じだろう。
座席から離れる際に日本人の女の子がこちらを見ていたので目が合った。この2ヶ月でどのくらいの日本人に会うだろう。パパさんに改めてキャンディのお礼を言って降りた。

機内を出てから繋がっていた列は入国審査前の簡易チェック。行列後ろは韓国男子2人。女性だけでなく、男性も複数の人たちばかりで1人はそう多くない。
問題は入国審査。中東経由ということも面倒な要素になり得るだろうかと危惧していたが、一瞬で済んだ。Merci.

あとは荷物。トランジットもあったし、ちゃんとついてきてくれてるかなーと少し心配。まあなかなか来なくて、同じように待っている周りの外国人の男性たちを見てそりゃ腕組みしちゃうよねと。
でも例の男子2人を含めた日本人たちはわりと残っていたので、羽田からのは後ろの方なんだろうとその点は心理的に少し気楽だった。

はい、来ました。
ほぼ同タイミングでストック等持ったアウトドア的な格好をした日本人女の子2人組もいて、どこへ行くんだろうと気になった。サンティアゴ巡礼だったら面白い。すぐに歩き始めるなら追いつくことはないだろうけど。

この場でまとめるのは面倒なので、前後で2つ持って移動することにした。

空港の迎えって良いよなと思いつつ、これからのプランを確認する日本人カップル等を横目に、RER(電車)の駅があるターミナルまでトラムで移動。白タクっぽいおっちゃんからの誘いは断った。

自分でやって来たのに、知らない街に連れて来られたような気分だった。とりあえずパリ市内、宿に早く着きたい。

迷いながらも地下鉄のチケットを購入して、改札を抜けようとしていたら、切符を持っていない黒人の男が、前の人のすぐ後ろについて不正入場する光景を見て、いきなりカルチャーショックを受けた。スられる可能性もあるので、ああいう人たちには後ろにつかれないように気をつけよう。

22番に来ると電光掲示板では書かれていたのに普通に24番に来て、これまた海外っぽいなあと。

車内は乗車率200%くらいの戦場だった。若い白人の女の子は途中降りられず舌打ちをめちゃくちゃ繰り返していたし、黒人の男は大声で奥に詰めろとか、これ以上乗ってくるな的な怒号を飛ばしていた。黒人のおばちゃんが叫びながら降りていく姿も見たし、フランスの黒人は日本にいる黒人と違って威圧感があるというか、色の濃さまで違うように感じた。
ただでさえ荷物は多いし、ストックを入れた袋も少し飛び出ているから、なんでこんな乗車率高いのに車両増やさないんだ…と不満を抱きながら、その苦しい時間に耐えた。
シャトレ(Châtelet)駅で下車した際、乗っている際は近くに東アジア人は誰もいなかったけど、「降りれたー」という日本語が聞こえた。多分先程のカップルだろう。

シャトレ駅はいろんな路線が入り組んだ駅なので乗り換えるメトロのホームがわからなかった。自分ではどうすることもできないので、案内スタッフのような格好をした中年女性に聞いたら、とても感じ良く教えてくれた。めるしー!

駅の通路では移動する人々の歩くスピードがとても早くて、みんなが急いでいるように感じた。
地下鉄の車内は上手く説明するのが難しいが、夜中は怖いかもしれないなと感じるような雰囲気。日本では見ない光景で言えば、車両が駅に着くと、完全停止する前に客が手動の取っ手でドアを開けてしまうことだろうか。

ベルヴィル(Belleville)駅に到着。

至るところに存在する落書きはエスカレーターにも。

世界のUNIQLO。

地上に出ても相変わらずそわそわしたまま。とりあえず宿に向かおうと歩いていると、かなりの勢いで清掃車が清掃車に追突していた。いや、どういうこと。

心は落ち着かなくても、街の雰囲気などを含めて、見るものすべてが新鮮で目を奪われた。

これが自分の泊まるホステル。11区にあるLes Piaules。

中へ入るとOasisのWonderwallが流れていた。フロントは英語で説明してくれたので助かった。フランス語は理解できないから。
既に支払いは済ませているが別途で市税を払って、簡易マップや客室へと入るためのカードキーを受け取って部屋へ。

へそ出しトップスを着た可愛いらしい女の子(この旅通して、肌の色を特筆していない限り基本は白人)が部屋にいたのでHiとお互いに挨拶した。おとなしそうな彼女は自分の上のベッドで静かにスマホをいじっていた。

Wi-Fiの電波は強そうだが、コンセントは枕元に見当たらず、壁際の離れた位置にしかない。これは予想外だ。困る。
移動の疲労がとても溜まっていて、余裕もなくて、明日休みたいなと思った。もう一日置きたいくらいだと。
水など買っておかなきゃいけないのでとりあえずスーパーへ向かう。写真は部屋の窓からの景色。

外は少し雨が降っている。パリの雨ってだけでオシャレに感じるからズルい。
残念な写真だけど、1階はカフェになっている。見る限り東アジア人は1人もいなくて、全員白人。

カフェのフランス語メニュー。そのままでわかる単語もあれば、わからないのもある。わからない単語に出会うと調べていくというスタイルで過ごしていたから、このときはまだわからない単語も多かった。

スーパーのfranprix。

残念ながら日本のスーパーでは必ず買えるお惣菜のような、そのまますぐに食べられる商品はまったくというほどなかった。

パンはどれも巨大だし、ヨーグルトやアイスも一人分は売っておらず、これまた大きすぎたり、複数個だったり。

その場で絞るオレンジジュース。これ日本にも欲しいなあ。(帰国した今とても恋しい物の一つ)

小銭が欲しいのもあって、10ユーロ紙幣を出すと、レジのおばちゃんからはため息をつかれた。毎回ついていそうなくたびれた雰囲気ではあったがどうなんだろう。
店の前では黒人の警備員と白痴の白人が言い争っていた。下の写真は無料で貰った花の種。

宿に戻ってからも自分の精神状態は変わらず、本当に心の余裕がないなと感じていた。荷物を取り出すのもうんざりするほど。
今考えれば何も困っていることなんてなかったから、きっと心底疲れていたんだろう。今夜は近くのご飯屋さんでさらっと食べればいいやくらいに考えていたけど、もう外食も面倒で、夕飯はなしでいいと思った。
シャワーを浴びたが、まだネガティブな感情ばかり浮かんで、楽しみだと思えない。楽しむ余裕がない。ベッドの電気はつかないし。あまりの心の余裕のなさに、これが2ヶ月続くんだろうかと思うと辛かった。

今は部屋には自分だけかと思ったら、上の女の子もいてびっくりした。物音一切立てないから出掛けたのかと思っていた。
電気がつくか聞いてみたら流暢な英語で返してくれた。彼女のベッドの電気はつく様子。なんで自分のはつかないんだ。

8時前でも明るくて違和感があったが、9時前でもまだ完全に暗いわけではない。

部屋に2人だけだし、彼女はカーテンを閉めずに過ごしてたから、荷物整理しているとかなり距離も近かったので、また話しかけてみた。
彼女はドイツから来た子で、昨日からこの宿にいるらしい。もちろん観光で。自分は観光とサンティアゴ巡礼。サンティアゴ巡礼のことを知っているか聞いてみたら知っていた。一度も行ったことはないらしいけど。
ドイツ行きたいなーと僕が言うと、来る?今回?それとも次回?と聞き返してきた。次回かな、今回は長く歩かなきゃいけないからと言うと、お互いに笑った。
彼女と話していると、改めて国同士が陸続きであることを羨ましいと思った。日本人の感覚的には、言ってしまえば、ちょっと京都に行くみたいなの延長線上だし、通貨が同じだったりすることもハードルを下げているだろう。
しばらくして彼女は肌着だけの格好になっていた。日本人の女の子なら絶対しないやつ。誰もいないと思っていた自分が閉めた窓を後で開けていたので暑かったんだろう。自分は長袖のTシャツの上にウルトラライトダウンを着るくらいだったが。

枕の逆側、ベッドと壁の隙間にコンセントを見つけた。いや、こんなとこにあるのかよ。自分のベッドだけわかりづらすぎだろ。と心の中で呟かずにはいられなかった。カーテンに隠れた場所では照明のコンセントがなぜか外されているのも見つけたので、挿すと点灯した。やっと問題解決。

トラブルが解決して、なんだか上向いてきたぞと、テンションが上がるとまではいかないが、安堵感は増した。誰かと話せたというのもあるだろう。
でも疲れ切っているので、夕飯はもう無理だ。持っていたお菓子を少し食べた。まあ一日一食の人もいるし、今日は朝食二回食べてるようなもんだし、大丈夫だろう。
ジップロックがもう破けているのはいただけないが、久しぶりの歯磨きは気持ちよかった(不潔)。

遍路で出会った中野君からのメールが届いていた。ゴールデンウィークは熊野古道を歩く予定と聞いていたが、遍路の2周目を歩くことにしたらしい。良いと思う。きっと楽しいはずだ。
細かい予定は明日決めることにした。事前に立てた予定は盛り沢山に詰まっているが、気分次第で動けばいい。何にも縛られていないわけだから。
でも休むというわけにはいかないだろう。予定はみっちり詰まっているから。

眠かったが、窓が開いているので外の音がうるさかった。目覚ましのアラームはセットしない。
足が攣りそうだった。疲れているんだ。

4月4日。
7時45分起床。結構眠れたな。つけていた耳栓は外れていたが、なくなってはなかった。
くつろいでいたら部屋のドアをノックし続ける音がして、ベッドから下りて開けてあげるとシャワー前なのか上半身裸のヒゲ男性がいた。ベッドが上の女の子も廊下にいて、その男性と後でドイツ語で話していた。彼女は既にシャワーを浴びて着替え終えていた。
昨日到着してすぐは東アジア人はいないと思っていたが、同室でもアジア人女性やインド系の男性を見かけた。

今日の予定は、少し事前に調べたりはしているが細かくは調べていない。どうしよう、めんどくさいなというのが本音だった。

でもとりあえず着替えて、下のカフェで朝食を取ることにした。体は重い。

フランス語で朝食はPetit déjeuner(プチデジュネ)。メニューはFrenchを頼んだ。流れ等よくわからないので一旦周りを観察してから。

パリで食べるクロワッサン。はい、シャレてる。

入り口付近のテーブルフットボールやパンチングマシーン。

荷物も準備して下りてきていたので、朝食を食べ終えるとそのまま外出。外を歩く人は完全に冬の格好。実際かなり寒かった。

犬を散歩する人。

工事の音がうるさいはずだ。真横の建物で行われているわけだから。

外を見つめる犬。

どの写真が必要なのか不必要なのかは判断が難しいのでそれっぽいのを貼っていくスタイル。すべてがオシャレというわけではないけど、沢山貼っておけば、これを読んでいる人がパリの街を歩いてるかのように感じられるのなら意義があるのではないか。
まあ、大通りでも何でもない道を通って駅へと向かっているわけだけど。

ストリートアート。

レベルが高い。

どこかから聞こえる教会の鐘の音を聞きながら、乞食を横目に見ながら、歩いた。どこも工事だらけ、落書きだらけ、カフェだらけといった印象を受けた。わんこさんの数も非常に多い。

こういう景観が一般的に想像するヨーロッパの街並みだよね。

レンタサイクル。

歩行者信号。

メトロのOberkampf駅。ここから乗ります。

三度目の殺人の広告。まさかこんな場所で見るとは。

さあ、どこへ向かっているでしょう。

車内では英語の曲を弾き語りしている男性がいた。姿は見えないが歌も声質も悪くない。近くにいた女性も口ずさんでいた。
独り言を話しながら車内で物乞いをしているおじいさんもいた。目の前で小説を読んでいた若い女性がお金を渡していた。

Iéna駅に到着。今度は石上純也の広告。フランス人は本当に日本人が作るものが好きみたいだ。自分に直接関係はないがなんだか嬉しい。

地上に出たが、見えたのはあの塔ではなく、なぜかジョージ・ワシントン像。

イエナ通りを進む。これはシャングリラホテルパリ。

目的の塔がお目見え。うわ、あった、という心の声が漏れそうになった。

テンションが上がってまいりました。

お土産屋にはスノーグローブが並んでいる。

子供のための歩行者信号待ち。地元の人ならさっさと渡るだろう。

見えているのはトロカデロ庭園。後で来よう。

セーヌ川とエッフェル塔。周りも一目でわかるような観光客っぽい人ばかり。やっとパリに来てるんだなと感じられた。

眩しいからこの辺りでサングラスをかけた。そのサングラス越しにセーヌ川沿いをランニングしている人たちを見かけた。この人たちがパリ市民なら日常なんだろう。

Do you speak English?と聞いてきた女のグループがいた。怪しいのでスルー。
にしてもエッフェル塔かっこいいなと徐々に近づいていく。

もっと中国人とかアジア人が沢山いるもんだと思っていたがあまりいない(実際はこの後大勢見かけることになるが)。
アクセサリーやミサンガ売りの黒人は断ってもしつこい。一人は断ったあとに腕を掴んできた。押しに弱い人はそれで立ち止まってしまうんだろう。

階段の入り口を探しているがどこが正しいのかはわからない。入場待ちらしき列は見つけたが、チケット売り場はなさそうなので逆側の入り口に回ることに。

シャン・ド・マルス公園側から見たエッフェル塔。

花も子供も美しい。

自撮り親子。

西側に来たが先程と同じだった。これは手荷物検査だ。まだチケットは必要ないようなので、この長い列に自分も加わった。

手荷物検査を終えて中へと進んで行く。

いや、チケット売り場うんざりするほど並んでるわ。みんなエレベーターで上がるから、階段を上がる人は少ないと予想していたのに大外れ。

エッフェル塔を下から見上げるということ。どうか恥ずかしがらないで。

後ろの全身青ジャージの中国人おばちゃんペアは、みんなきちんと並んでいるのに前に行こうとしたり、後ろから押してきたりして、国民性か…と引いた。前の人を押して早くなるわけがないのに。
辺りの東アジア人は日本人はほとんどおらず、だいたいコリアかチャイナ系。

下から水滴がぽたぽたと落ちてくる場所があった。これから登るのに水を忘れていることに気づいたが、まあ大丈夫か。

後ろとは正反対の生き物、前に並んでいた幼女。

11時半頃からおよそ40分ほど並んで手に入れたチケット。

ここでもまた手荷物検査を受けて、

登り開始。

多分、余裕。

こういう無機質な建築物(の素材・構造)が好きな人絶対いる。

ひたすら登ると見えてきた光景。実は強い風が吹いています。

高所恐怖症だから完全に透明じゃなくても足がすくんじゃう。

ひぇぇ…。

ジュラシック・ワールドのあれっぽい。

ん…?サクレ・クール寺院?いや、違うか。

とりあえず見つけたJaponを撮るJaponaise。

文句なしの眺め。

もう少し上へ登れるようなので、登ります。

工事の仮設の足場のようでなかなかスリルがあった。いや、ガチの工事中かここは。

疲れて立って歩くことを諦めた少年。が、頑張れ…。

上へ着いても景色は先程とあまり変わらなかったが、高くなった分だけ見晴らしは良くなった。
サッカーコートやビル・アケム橋を渡るメトロが見えている。地下ではなく橋上を走るとは。

階段で来られるのはここまで。

では降ります。

降り口でふっくらした体型のおばちゃんに道を譲ると、あなたのが絶対早いから先に行ってと言われて笑い合った。おばちゃんも結構早かったけど。
階段を降りる間、足元を見る視界はずっと同じものが続いて、階段のゲシュタルト崩壊を喰らいながら降りた。

ちょっとトイレに行きたいけど、公衆トイレはないし(有料のなら少しだけあるが、かなり待たされる)、ここを離れてカフェにでも行くかな、でももう13時だから次のとこ行かないとなと考えていたらトイレを発見した。でもそこに入るのにもまた荷物検査の列があって、やっぱり大変だなと痛感した。

出口はどこかと少々探すことになった。人の流れについていったのに非常口しかない入り口に来てしまったり。
そこからエッフェル塔の方を振り返るとライトが点滅していた。あれ、シャンパンフラッシュって日没後じゃないのか…?と疑問に思ったが、何なのかはわからないまま。点検とかだったのかもしれない。
銃を持った軍人もいた。テロでも起こったら大パニックだろうな。でも白人たちが観光しまくってるのに、地元に住む自分たちは職がなくて…みたいな動機は充分に現実となり得る。

出口ありました。さっき上から見下ろしたシャン・ド・マルス公園に行こう。

足が白いカラス。何かを巻かれていた。白人男も話しかけてくる。English?からのWhere are you from? 何も答えないけど、何なんやろこれは。

ランニング系の大会に遭遇。代表なのかはわからないが、各国のチームが走っていた。日本はいなかったけど。最初こっちまでは来なくていいかと考えていたが来て良かった。

もう散々貼ってるからあえて正面からのは貼らないというプチレジスタンス。芝生に腰掛けてみたらお尻が濡れるというトラップ。

一周の間にかなり差がついていた。

くつろぐ黒人たち。場所が場所だけにエッフェル塔の置物を売っていることが多かった。サッカーのユニフォームを売っているパターンも多い。

次のマルモッタン美術館へと移動するためにセーヌ川の方へと戻る。

はい、寄っちゃいました。食べちゃいました。クレープ。

自分が頼んだのはNutella。つまりチョコ味。

自分が注文する際はほとんど並ばなかったが、カリスマ性があるのでこんな感じになっちゃいます。

エッフェル塔を見ながらベンチで食べるクレープ。オシャンティを超えたオシャンテestですわ。

ゴミ箱が多くて助かった。ポイ捨てされるよりマシなんだろう。

また例の人たちに話しかけられた。China? Japan? Konichiwa~. ボディタッチをしてきた女の人は署名を集めていた。でもお金も受け取っていた。

桜?とエッフェル塔。美しい。

犬と遊んだり、鳩を追いかける少女もいた。平和だなーと感じる。

回転木馬とエッフェル塔。どこを切り取っても絵になる。

セーヌ川クルーズも楽しそう。

トロカデロ庭園付近のメリーゴーランド前、バレエの衣装の少女たちとそれを撮影する親たち。

服を着ていない方々。

皆思い思いのスタイルで写真撮影中。

ほほう。

エッフェル塔が嫌いすぎて、見なくて済むからと毎日のようにエッフェル塔に通っていたモーパッサンも、現代に生まれていたらそんなに嫌わなかったのではないかと思う。

愛を誓う南京錠は観光地あるあるだよね。その愛が解けないといいね。うん。

ウェディングドレス姿のアジアン。めちゃくちゃ見られても、後ろに大勢の観光客が写り込んでも、これを背景に撮りたいというこだわりがあるんだろうな。

なんだかんだで結構歩いている。時間的にサクレ・クール寺院行けるかなーと少々気懸かり。

広告がオシャレだなあと惹かれた。ってか今日何回オシャレって言ってるだろう。

パッシー墓地の横を通って歩いて行く。雨が降りそうだ。というか細かいのは降っている。


車に乗りたいと思った。レンタカーで回るのも楽しいだろう。と考えていたのは、道を譲ってもらうとつい頭を下げちゃう日本人。

現在地。美術館は近づいている。

標識があるのは素直にありがたい。

ここで曲がって、閑静な住宅街の中へ。

あった。ここだ。

マルモッタン・モネ美術館に到着。14時45分。

チケットのカード支払いは時間が掛かったが無事入場。

中にいたのは99%近く白人で、他には数人の黒人を見かけたくらい。若者も皆無。撮影禁止の絵で撮影しちゃう人がいるのは万国共通。
だがモネだらけのコレクションに感激するのに他の人は関係ない。
印象派という言葉を生んだ「印象-日の出」はこの美術館のコレクション。

このように大きな絵が何枚も飾られているホールでは、ベンチに座ってしばらくじっと眺めていた。とても幸せだった。

この睡蓮の絵が飾られた場所は特に良くて、ずっとここにいたいくらいだった。


でも日本風庭園はいつ観てもやっぱりカオス。

ショップで、ポストカードを送り合う相手がいたら素敵だなとふと思った。最後に1人だけ日本人女性とすれ違った。

ヌードを送る…?

「うちのお母さんはモネが大好きだから、きっと羨ましがるはず」と。そりゃ間違いない。

美術館を出て、煙草を吸っている黒コートに茶色ブーツの女性が隣にいるベンチで小休憩。

それからまた歩き出した。美術館前は自分が来たときより混んでいる。

先程美しいなと思った場所に寄った。その先にはブローニュの森があった。


散歩している人とかはほとんどいなそうだ。たまたま人が写ってはいるけど。

Porte Dauphine駅へとしばし歩いて移動。

やっぱり桜だよなこれ。まさかヨーロッパでこんなに目にするとは。

うん、そりゃサッカー強くなるよな。グラウンドにいる子供たちはほとんどサッカーをしている。日本だったら半分は野球に回るわけだし。

休日ではないが公園には親子連れが沢山いた。犬の散歩をしている人も多かった。飼い主同士で会話をしていたり。

こっちはテニス。

きっと2024年のパリオリンピックに向けて強化しているのだろう。東京の次だ。

ちょっと雨は降っていたが傘は差さず歩き続けた。そしてメトロ駅を発見。普通に観光も体力を使うから疲れる。
雨粒も気にしない露天。衛生的に気になるから買おうとは思えないが。

AnversにはSacré-Cœurの表記もある。現在時刻は16時10分。17時には間に合いそうだ。

Anvers駅に到着。同じくサクレ・クール目当ての乗客たちと移動。

かなり強い雨が降っていて、さすがに傘を差さないわけにはいかなかった。
地上へ出るとすぐに観光地らしい通りを発見。飲食店やお土産屋等が立ち並んでいた。

パリで最も高い丘であるモンマルトルの丘にそびえ立つサクレ・クール寺院。

観光地付近ではメリーゴーランドをよく見かける。どれも年季が入っていて味がある。

映画のアメリを観た人には伝わると思うけど、ここめっちゃアメリいそう。落書きみたいな矢印書いてそう。


洗面台ではないはず。

トランプかな。

パリを一望できるが雨は降っているし、そもそも位置的にエッフェル塔は見えない。(多分)

またアジアンが撮影をしていたが、紺のドレスは映えていた。白人だったらもっと馴染むのかもしれないが。

手(指輪?)にキスをする動画も撮っていた。もちろん目立っていた。

サクレ・クールは入場無料。でも写真撮影は禁止だったので見せられなくて残念。(と思っていたが写真撮影はOKで、フラッシュ撮影が禁止なだけかも)
教会の中に入ると、正面のドームにイエス・キリストを中心とした巨大な天井画が描かれていて、まっさきにそれが目に飛び込んできたので圧倒された。他にもステンドグラス、灯された無数のロウソク、彫刻など見ていると、これからの巡礼が楽しみになった。
ヨーロッパの教会に入るのは初めてだったので、息を呑むほど美しかった。と表現したいくらいの感動があった。
ちなみにサクレ・クールというのは聖なる心臓という意味。エッフェル塔と同じく19世紀に建てられたわりと新しめのパリのシンボル。
お祈りをしている人の姿はほとんど見当たらなくて、スマホを弄っている観光客の方が遥かに多かった。祭壇前に近い身廊と呼ばれるエリアはロープで区切られていて、礼拝者たちのための場所だから静粛にというような注意書きがあったが、そこでも写真を撮っているだけの人たちは少なくなかった。
信者にとって、祈りもせず、写真を撮ることしか興味がなかったり、警備員からShhhと注意を受ける観光客など邪魔以外の何でもないだろうが、日本の寺社でも状況は似たようなもの。キリスト教の教会もまた今では信仰以外の目的で訪れる人が多数ということだ。

17時までというのはドーム見学の時間。300段の階段を登って屋上に行けて、そこからのパノラマ展望は絶景らしいが、自分は行かなかった。
チケット売り場は正門の左にあるとのことだが、正門から入って、またそこから出てくるまでの時間で完全に満足していたから後悔はない。時間もぎりぎりで多分行けなかっただろうし、天気が微妙だったということもあるし。
現地で悩むことすらなかったのは階段の存在を忘れていたからなのか、知らなかったからなのか。思い出せない。

さて、帰るかベルヴィルに。寺院を出ると雨は止んでいて助かった。
入ってみる?という日本語が聞こえてびっくりした。2,30代の日本人男性2人とすれ違った。
帰りは階段ではなくフニクレールという地下鉄の切符でも乗れるケーブルカーに乗った。各国の言葉でアナウンスが流れていて「ご乗車ありがとうございます」と。

ほんの僅かな乗車時間でも乗ることに意味があるのです。切符は90分間乗り降り自由だし。

行きも通った通りを歩く。

このエプロンは七着ぐらい持ってるからもう買う必要はない。

メトロ内はTOEICの本を持ったユベントスのピンクユニフォームを着た男性がいた。自分は予定通り今日の観光を終えられてホッとしていた。

17時半頃、ベルヴィルに戻ってきた。

遭遇はしても、どんな趣旨の催し物なのかはわからなかった。

今日はどこか外で食べたくてレストランの多い通りに行くも、どの店もフランス語で読めそうにない。
でもこれが豚なのはわかる。ふぇぇ。


レストランよりファストフードみたいな店の方が頼みやすいよなーと探し続けていたらちょうど良い感じのお店を発見。ケバブ屋。
店内は写真付きの看板があったので、指差しながらそれお願いしますとフランス語で注文した。店員の方もテイクアウトか店内かという質問をジェスチャーでしてくれた。

半端じゃないポテトの量。今思えば悲劇はここから始まっていたんだ…。

作り終えたらテレビを見てくつろぐPacha Kebabの店員さん。

ベルヴィルはかつては労働者の街だったらしいが、今は移民の街として知られている。実際に様々な人種の人たちが歩いていた。それゆえ、治安はあまり良くないとされている。

この店ではないが地下鉄入り口付近には大型のチャイニーズスーパーマーケットがあって、店員も客も中華系ばかりだった。

ATMで少しだけ引き出した。こういう場所にも落書きはある。

宿に戻ってきた。エスプリはあまり効いてないが、この手の案内はホステル内にちらほらあった。

部屋の棚にはフィッツジェラルドやアバクロンビーの本。

例のドイツガールが電話をしていた部屋に戻ると、バスルームが混み始める前に、もうベッドから動かなくて済むように、寝る準備を進めた。
洗濯はシャワーの際に立ったまま行った。でも新しく購入した洗濯石鹸を使うと想像以上に時間が掛かり、これを数十km歩いたあとに毎日するのはキツそうだし、シャワールームですると他の巡礼者に迷惑だろうから、水場みたいなとこあればいいけど…と。
普段は水洗いで済ませて、我慢ならなくなったら石鹸を使うか…?でも歩けば毎日大量の汗をかくだろうし…。うーん…と悩ましかった。
この宿のベッドではS字フックや洗濯バサミを使えばなんとか干せるが、場所によっては干すこともまた困るだろうな。うーん。
とりあえずまあサバイバルのような2ヶ月になりそうだ。早く6月を迎えたいという気分だった。

シャワーを浴び終えると、紺色のスーツを着たりとおめかしをしたヒゲボーイが、熱心に鏡の前で髪の毛をセットしていた。そして部屋に戻るとあの女の子と一緒に出掛けて行った。レストランなどに行くのだろうか。観光もそういう楽しみ方もあるよな。
ほとんどのベッドでベッドメイキングされていたので誰かしら新しい人が来るだろうと思ってはいたが、正面に女の子が来た。薄いアラブ系という感じのエキゾチックな顔立ちの美女。ホステル(ゲストハウス)では皆そうするけど、その子とも挨拶し合った。
荷物をまとめないといけなかったり、着いたばかりで落ち着かないのは誰だって同じ。でもコンセントがわかりやすい位置にあって羨ましかった。彼女に何時か聞かれて教えてあげるということもあった。ちゃんとロッカーに鍵を掛けてて偉いなとも思った。悩んだ末に自分は持ってこなかったから。
外国人の旅好きな女性って美人が多い気がするなーとふと思ったが、実際はどうなんだろうか。日本人についてはノーコメント。

明日はかなり寒いが雨は降らなさそうだ。ルーブル美術館に行く予定なのでパリミュージアムパスに日付を書き込んだ。明日から4日分使える。
音楽はColdplayのLive 2012やPlanetshakersを聴いたりしていた。でも最初のようにYoutubeを貼り付けていたらキリがないからそれはやめとく。
二日酔いならぬ二日肩凝りのような痛みを感じる。小指裏の古くなっていた皮も剥げている。どこ行ったんだ。
中華系っぽいおっちゃんも来た。ホテルに泊まるからだろうけど、こういうホステルに日本人のおっちゃんがいる可能性はほぼ0だ。Hiは返ってこなかったが、笑顔ではあった。
彼を見ていたら、鍵を持っていたら締められる場面では必ず締めないと…という風になっていただろうから持ってこなくて良かったと思った。何か盗まれたときは真逆のことを思うだろうけど。
移動で疲れたのかそのおっちゃんはすぐ眠っていたが、いびきがうるさかった。昨晩以上に耳栓が活躍しそうだ。

寝る準備は早めに済ませているので時間こそあったが、明日の予定などを決めなければいけない。予定を決めるってのには、下調べ等も入っていて、その行きたい場所の営業時間やアクセス方法(交通機関や入り口等)、簡単に食べられる店がそう多くないから、どこらへんで食べられるかとかも知っておきたいし、まあ結構ある。
現地でジタバタしてストレス溜めるのが嫌だから、ある程度調べておきたいんだけど、面倒なのは間違いない。楽しさもあるときはあるが。
凱旋門について調べていると、観光地で寄ってくる若者たちの正体がわかった。誰か1人が署名をしてもらっている間に、他の仲間が署名に集中している観光客からスリを行うらしい。いや、怖いな。

夜は予想通り眠れなかった。


1つ目の記事を書き終えたが、結局2週間経っての投稿。やたらと時間が掛かった。よろしくない。
今まで以上に読んでくれる人の顔を想像して書くようになったから、長くしすぎてうんざりされないかなーとか、次からもっと簡潔にしようかなーとか、いや盛り沢山のが読み応えあるかなーとか、いろいろと考える。でも何が正解はわからない。
関連記事は相変わらず適当で、設定しない限りスッキリしない。でも選ぶのは地味に面倒だったりする。
とりあえず楽しく書いていきたいな。誰も苦痛に感じることは望んでいないわけだし、自分自身強くそう思う。
まあ旅と一緒で、進めていけば、そのうち終わる。


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