四国歩き遍路の旅 29日目

6月21日。
夜中にまた歯が痛くなって苦しかった。この旅を終わらせて早く歯医者に行きたい。歯磨き出来ない日もあるし、虫歯進行という意味では最悪の条件下にいるわけだから。(結局虫歯ではなく歯茎が悪かったんだけど)(普通に汚い)

ぽっちゃりしてるけど今時の女の子ってな雰囲気の人とすれ違った。あれ、この人が昨日おばあちゃんとの親子の娘の方だったっけ。いや、おばあちゃんと思ってたけど母親はもっと若かったか…?とあやふやすぎて何がなんだかわからなくなった。その人たちは7時前に宿を出発していた。

とびしまという部屋に泊まった。快適だった。なぜなら個室だったから。
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旅の間で手に入れた大切なものたちが、雨で濡れて滲んだり、破れそうになったりしている。でもどうすることもできない。ポンチョで来るべきだった。靴も間違えた。
自分の選択がことごとく裏目に出る旅だ。これが厄年なんだろうか。でも悔いてはいるけど、仕方がないとそこまで気にしてもいない。

住み込みヘルパーもありかもしれないなと考えていた。数時間働けば、家賃や光熱費は払わなくていいし、多くの出会いもある。稼ぎは自分で持っているなら空いてる時間を使ってそれをやればいい。まあ、その地を気に入ってないと続かないだろうし、宿の雰囲気というかスタッフとの人間関係なんかも大事ではあるけど。

朝食は昨晩マルナカで買っていた焼きそばパンとおにぎりを食べた。

コミュニティスペースの横には情報スペースがあって、この部屋には沢山の本が置いていたり、共用のノートPC、ミニキッチンや冷蔵庫もあって、掘りごたつのようなところでくつろぐことも出来る。この部屋のロフトのような場所でスタッフは仮眠を取るらしい。ちょっとわくわくするようなロマンを感じた。
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コミュニティスペースはカフェアンドバーにもなっている。飲んではないがカフェメニューはコーヒー以外全部気になった。
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昨日はプロブロガーさんに自分が食事を分けたが、片付けはやってくれたし、今日は宿が用意している無料の紅茶を入れてくれたりしたのでギブアンドテイク成立。
朝早くから松山に物件を見に行くらしく、電車の時間があるとのことで宿で見送った。
プロブロガーとしてやっているだけはあって、とても面白い女性だった。狙ってやっているのかはわからないけど、モテそうな振る舞いや雰囲気もなんか良かった()

曇り予報なのに雨が降っていた。11時までにチェックアウトすればいいらしいので、そのうち止むだろうと出発の準備だけ整えて、もう少し(コミュニティスペースに)いていいですか?と、まささんと男2人で雑談していた。
しかし11時までのんびりしとくかーと思っていたが、10時前に雨の音が止んだので外を見ると降っていなかったので、これなら行ける!と出発することにした。
出発前に写真を撮らせてほしいとのことだったので笠で顔を隠してピースしといた。多分Facebookページか何かに笠デカすぎだろ的な写真が載ったはず。

今治近辺にある札所は54番から59番。まささんから近くにある南光坊から打った方がいいと教えてもらったのでまずは55番を目指す。相も変わらず乱れ打ち。
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第55番札所別宮山南光坊。10時4分。
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四国の札所の中で坊がつくのはここだけ。隣にある大山祇神社の坊として建てられた経緯がある。
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本堂。本尊は大通智勝如来。釈迦如来の師(父)にあたる如来。88箇所で大通智勝如来が本尊なのは当寺だけ。
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大師堂。
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山門は仁王像ではなく四天王が表と裏に立っている。こういったところもまた他のお寺とは異質な点。
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境内の人の少なさを見て、町から町じゃないとヒッチハイクは厳しいと判断した。お寺からお寺はほぼ不可能だ。
歩くしかない。

隣の大山祇神社。全国にある山祇神社の総本社。
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雨が降ってなければ歩くのは楽しい。距離を重ねていないときは足の痛みもそれほど気にならないし。
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家の庭先にいた40代くらいの奥さんがご苦労様と言ってくれた。どこから来られたんです?という質問もあった。こうやって人と話すのも楽しい。 挨拶だけでも嬉しい。

久しぶりに首が痛い。荷物の重さに完全に慣れてしまいたい。

小雨が降り始めて焦ったが、止んだ。

11時、複数の部位がすこぶる重たい。
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それでも3kmほどの間隔で札所が点在してるので、歩いていればそう時間は掛からずにお寺に着いている。
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参道。
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念ずれば花開く。
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11時9分。第54番札所近見山延命寺。
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本堂。本尊は行基作とされる不動明王。
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大師堂。
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納経を済ませ、ベンチで休憩していると鈴の音が近付いてくるのがわかった。歩き遍路が来てるなと振り返ると、なんとチタだった。
写真を見せてもらったが、昨日はお堂が一つしかないような小さなお寺の境内に泊まったらしい。今日は58番の仙遊寺まで進むとのこと。
チタがここにいるということは、ゆうた君は近くにいるだろうか。そしてひかる君はもっと先ということだろう。
チタにまたねと告げてお寺を去った。
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帰りの参道は挨拶をしない団体客とすれ違った(道を塞ぐからすれ違うのも大変だったけど)。東アジア系の人たちでバスの団体名にはJOYLIFEと書かれていた。
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車屋の中からウィンドウ越しに小さな女の子が会釈をしてくれたので返した。可愛いかった。

何も考えずお寺っぽい変わった建物があるなーとそちらへ歩いていたら、天理教だった。いや、ここは巡礼してない…と笑うしかなかった。
中からは歌っている声が聞こえた。ルート的には結果オーライな感じだったので助かった。
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四国のみちの道標があると安心。
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遍路マークがあると更に安心。
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小雨が降ってきた。すぐに止んだが。
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お寺も参道も民家に馴染みまくっていて、完全に日常に溶け込んでいる。
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第56番札所金輪山泰山寺。12時17分。
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本堂。本尊は弘法大師作の地蔵菩薩。
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大師堂。
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枯れてしまって、今となっては切り株しか残っていないが、大師が植えたとされる不忘の松もある。
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納経所にいたマルチーズが可愛かったので、わんちゃんの写真撮っていいですか?と聞くと、おじいちゃんが笑いながらどうぞと言ってくれたのでパシャリ。
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さあ、次のお寺へ。
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古い道標も残っているし、こういう道は手放しで賞賛したい。右の建物の作りも配慮を感じる。
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遍路中に亡くなった人たちの無縁墓地。
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老人ホームの前にヘンロ小屋があって、その中のベンチで職員であろう若いお母さん世代の2人がおしゃべりをしていた。僕の姿が見えるとずれようとしてくれて、大丈夫ですよ!(笑)と言った。結構広めのベンチだったから3人でも余裕で座れたけどまだ歩ける感じだったので座らずに進んだ。小屋の写真を撮る際にもまたずれてくれた。写らないように影に隠れたのかもしれないけど。今度はすみません(笑)と。
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また小雨が降ってきた。降ったり止んだりの日。

ここまで草が生い茂った川も珍しいが、乾水期に川の中を歩いた旧遍路道もあるみたい。
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蒼社川に架かる橋を渡る。
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渡ってすぐに右折。
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伊加奈志神社近くにある鳥居。だがこの鳥居が伊加奈志神社のものかはわからない。四角に囲まれている場所で何かが祀られていた気がする。
ここでちょうど時刻は13時。どこまで行けるんだろう今日の自分は。59と60の間が理想だが、どうなるかはわからない。
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遍路道はあったが車用にも案内が出ていたのでそちらを進んだ。
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ここで左折。
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参道への道を曲がらずに直進をしていた。手前のお店で見た製造直売の直売を直進と勘違いした説、左にお寺があるのは木に隠れていて気付かなかった説、次のお寺への遍路マークを見て勘違いしてしまった説。さて、どれでしょうか。
かつて習合していた伊予の石清水八幡宮の道標もある。
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そして、第57番札所府頭山永福寺。13時15分。
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本堂。本尊は阿弥陀如来。
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大師堂のガラスには後ろに立っている空海像が映っていた。
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このボクは坊さん。という映画の原作本はこのお寺の住職である白川密成氏が書いたらしい。
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変わった建物もあった。住職の兄は白川在氏という建築家らしいので、その人の設計かな、多分。
住職兼作家の弟と建築家の兄、才能ある白川兄弟だ。
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ベンチに座っていると散歩で来た地元のおじさんに話しかけられて、次の仙遊寺へ一緒に行ってあげようという流れになった。
お寺や衛門三郎といった遍路関連の話をしながら先導してくれた。地元の人的にはお遍路は世界遺産にはなってほしくないらしい。もしなるのなら、みんなで協力してゴミを捨てさせない仕組みを作るべきだと言っていた。
60番の横峰寺へは、湯浪登り口から1時間半の登山で着くと教えてもらった。その登り口には東屋があり、水もあるらしい。その先でテントを張るなら61番の奥の院があるという情報もくれた。
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仁王門。
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仁王門から先は長くて急な階段が山頂近くの境内まで続いていた。
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2時5分に第58番札所作礼山仙遊寺へ到着。
本堂。本尊は千手観世音菩薩。
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おじさんは読経を暗記していた。下手な鉄砲も数打てば当たるから~みたいななことを言ってたけど素晴らしいことだ。ばつが悪いような、申し訳なさを感じた。

大師堂。
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本堂の中で納札を追加購入しようとしていた際に、かなりおばさん率の高い団体が来た。先達さんらしき人もいて、黒い袈裟を着た尼さん。
しかしこれが酷い団体だった。普通、団体さんは(団体に限らず皆そうだけど)端っこに避けて読経をするのだけど、その団体は本堂の中から入り口まで他の人が歩く隙間を一切あけず塞いでいたし、お堂の中ではお参りをせずにずっとビデオカメラを回している(妻を撮影していた?)おっさんもいた。
今まで見た団体の中で最もマナーが悪かった。

僕の先達さんは何周も回っている人で、ここのお寺の歴史やこのお寺は護摩焚きしたお札等の上を歩く火渡りのために鐘の位置下げた、というような逸話だけではなく、他のお寺のことや高野山のことまで幅広く教えてくれた。
こんな風にいろいろと教えてもらいながら、一緒に歩くというのも珍しいだろう。ありがたかった。

歯が痛いなーと感じながら、そろそろ行きますかという雰囲気になったので立ち上がって次のお寺へ。
先程登ってきた道を下りて、国分寺への分かれ道でお別れした。靴が古いからではこの辺でと言っていたけど、古くなかったら次も一緒だったろうか。なかなかペースも早い人だったから、その場合は複雑な気持ちになったかもしれない。ありがたいことには変わりないけど。
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山道を進む。
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山道を歩いている際はずっと曇っていたのに、この見晴らしの良い場所にいるときだけ晴れて、その後またすぐに曇ってしまった。
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この景色を見せてくれるために誰かが雲を一時的に吹き飛ばしてくれたような気がした。
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ここからは下りの道。
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池の辺りでクワを持った若いお母さんと息子2人とすれ違った。
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竹林があるからたけのこ狩りでもしに来たんだろうか。池の少し先、親子が歩いて来た道には手押し車も置いてあった。
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左右に付けてある袋がぶらぶらと揺れるのがやはり気になる。片方は真後ろに付けられるが、そうするともう片方だけ残ってしまう。難しい。
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ここもまた池。池の多い地域だった。
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立派な紫陽花だ。
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娘を抱いて歩くお母さんの横には、補助輪付き自転車を練習中のお兄ちゃんがいた。3人とも良い笑顔だった。そんな素敵な日常とすれ違えた僕もつられて笑顔になる。お母さんに挨拶をしてから、男の子の方にゆっくりとこんにちはと挨拶をした。先程の池ですれ違った親子ともこんな流れだった。

遍路マークや道標が沢山あって、道について不安になることなくリラックスして歩けた。ほんとに助かる。

そうだよね、四国の人々の日常の中を歩かせてもらっているわけだから、不機嫌だったり、憔悴しきった顔だったり、そういう心配や不安を抱かせるような、怖がらせるような、そんな感じで歩いてはいけないなと改めて思った。ずっとサングラスをかけていないのも正解だと思う。歓迎してくれるのだから、その歓迎に相応しい人間でなければいけない。

車の中から手を挙げてくれた男性がいた。応援してくれているんだ。
おばちゃんもコープのお兄さんとも挨拶を交わした。こんにちは。たったそれだけなのに、言葉では言い表せないような気持ちになっていた。きっと嬉しくて温かい気持ちになっていたんだと思う。

自販機でコーラを買った。自販機にはアマガエルの親子がくっついていた。
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順も逆も歩きの人はかなり減ってしまった。お遍路さんと会うことがない。
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歩行距離は20kmを越えた。次まではあと3.5km程。ペースは落ちてきたが、59番は大丈夫そうだ。寝床や食事はお寺に着いてから考えよう。
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そがべ花園。
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国分橋を渡ると、あと1kmに。
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もう少し。もう少し。
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いよいよだ。仙遊寺からは約6km歩いてきた。
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旗がボロボロになっているが霊場。
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階段を上って、
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第59番札所金光山国分寺。伊予の国分寺。16時15分。
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ポンプ?があるというハイテクな手水舎。
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本堂。本尊は薬師瑠璃光如来。
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大師堂。
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多分前のお寺で一緒だったバス団体とまた重なった(移動時間的には不自然だが…)。
完全にかたまってこそいないが、今回は半分は道をあけていた。手持ちのチェアに座る夫婦はいるが、でも前のお寺よりはましか。
しかし読経がかなりバラバラだった。そもそも先達さん(黒袈裟の尼さんではなく隣の普通のおばちゃんだった)が下手すぎた。お堂の入り口が小さかったから仕方ない部分もあるけど、前のお寺で邪魔になっていたのも、先達さんが注意しないからだろう。(裏を返せば個人個人のモラルが低いということになるけど…)
ここは間違いなく外れツアーだなと思ったが、今まで聞いたこともない歌を歌っていたので、もしかすると普通の遍路ツアーではないのかもしれない。仏教系の新興宗教的なそういう人たちかも。

握手修行大師と握手をしてみた。いろんな人たちに握られているからか手がとても温かった。
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とりあえず4時半には納経も済ませて、今日目標だったすべてのお寺は打ち終えた。少し安堵。

マイクロバスを利用しつつ、たまに歩いてる団体さんもいた。お参りが終わると早く冷たい場所へ行きたいわあ〜と車へ戻っていた。いろんなツアーがある。
しかしそのたまに歩き団体の先達さんのお兄さんとこのお寺の住職さんが知り合いみたいで、冷たいお茶をお接待してもらう流れになって、お寺へ引き返していた。

僕はというと、自分の汗臭さにうんざりしながら、今日の最終到達目標を変更した。光明寺の遍路宿は距離的に厳しそうだから、手前にある道の駅を目指すことに。
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食事を買う場所は、少し道をそれてコンビニに行くべきか、寝床にする予定の道の駅で何かしら売ってそうだしそれを買うか。道をそれたくないなと後者にした。

民家からは晩御飯のハヤシライスっぽい匂いがした。羨ましい。お腹がすく。

ひたすら歩き続けた。写真も下の1枚しか撮っていない。
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今治空調設備という名前の会社の横を通り過ぎるとき挨拶をしたが、外には10人以上いたのに全員にガン無視されて誰からも返ってこなかった。若者から老人までいたが、皆ガラが悪いというか品がなかった(なぜか睨みつけてくる人すらいた)。
でもこういう風な態度を取るのが当たり前な人たちはいて、そういう人たちを好きになる人、家族なんかもそれぞれにいるんだよなあと、不思議がりながらも特に気にせず歩いた。いちいち失望していたらキリがない。

それなりには急いだが、道の駅今治湯ノ浦温泉に到着したのは営業時間残り10分ちょっとの頃。車は想像以上に停まっていた。
しかしレストランは既にオーダーストップ。 物産販売コーナーにもお弁当やパンみたいなのは売っていない。やらかした。

食べるものは購入出来なかったが、とりあえず今日の寝床は確保。
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湯煙を上げるモニュメントらしいが、一度も上がっているのは見られなかった。
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とりあえず仕方なしに買ったもの。
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名前的にはありそうだが、道の駅自体に温泉はない。だが見えている坂を上れば温泉に行ける。
しかし疲れていて面倒だったので行かなかった。水はあるからタオル、それと汗拭きシートで済ますことに。
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指先の腫れは変わっていないか、少し先の方まで広がっている。膿は思ったより出ていなくてよかった。

夕食はカロリーメイトと食感が微妙になったぽんぽん菓子をほんの少し食べた。

本日の高級ホテル。
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歯磨きをするのに近くにあった水飲み場を使わせてもらった。トイレの水じゃないという常軌を逸した安心感。

右上の歯が痛い。歯のような自然治癒しないような部位はすぐに治療すべきだし、治す方法も歯医者に通うしかない。
付け焼き刃だが、不安だったので持っていたEVEを飲んだ。寝られないのは困る。
この問題をポジティブに捉えればもっと早い段階でこうならなくてよかったということ。でもこれから痛みは続くだろう。痛み止めを飲み続けたって悪化していく一方だし、胃にも悪いはず。早く旅を終わらすしかない。

普通のモバイルバッテリーを緊急事態用として、ソーラー充電のモバイルバッテリーを優先して使っていたが、充電出来たり出来なかったりで不安定だった。まあ、安物だからこんなもんなんだろうと思っていたが、旅が終わって発覚したのは、ケーブルが断線しかかっていたというオチ。

ジャンル問わず、歌詞問わず、いろんな曲が聴きたくなって頭の中に流れるけど、さっき聴きたかったのはRATMのKilling In The Nameで、今はノエルのRivermanを大音量で聴きたい。Lana Del ReyのRideも最近よく流れている。見境がない。
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20時には寝る態勢になっていて、そのまま眠っていたが、途中寒くなって寝袋の中に入ったり、日付変わって1時頃にはお腹が痛くなってトイレに行ったりした。

真夜中の駐車場を見渡すと、カーテンやアルミシートで窓を覆って車中泊をしている車がいくつかあった。バイクに2人乗りしているカップルもいた。

少し靄がかっている夜空を見上げるとほぼ満月に近い十六夜が見えて、悪くないなと思った。
そういえば出発の日の夜空にも十六夜の月が見えていた。旅を始めて一ヶ月が経ったことを月が教えてくれた。


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