NHK『Jリーグと私』へ出演させていただいて

数ヶ月前の自分に教えても信じないと思うけど、NHK『Jリーグと私 あの試合を忘れない』へ出演させていただきました。
各Jリーグクラブと個人のサポーターが持つエピソード、忘れられない試合を紹介する番組の、シーズン2最終回・大分回の出演者として。
出演するきっかけになったのは、以前書いた「大分トリニータというクラブを愛して」という記事を、制作者の方が見つけて、気に入っていただけて、オファーを頂いたから。

その記事を簡単にまとめると、「U-15の選手としてプロサッカー選手を目指していたけど、怪我でも病気でもない理由でサッカーを辞めるしかなかった自分が、ずっと遠ざけていたホームスタジアム・ビッグアイへ13年ぶりに観戦へ行った」という内容で、取材もそのエピソードを映像化・掘り下げる形として受けることになるわけだけど、
正直、オファーを受けるかどうかは迷った。カメラの前で自分の心の傷を曝け出すことになるのはわかりきっていたし、BSの5分間の番組で何かが大きく変わるとは思えなかったから。
それに、テレビに出たい!という願望を自分は持っていないし、特に見てくれが良いわけでもなければ、アピールするものもなく、「うーん⋯テレビかあ⋯」という気持ちの方が強くて、乗り気にはなれなかった。

でも、制作者・ディレクターの方の「末宗さんが、今すぐにじゃなくても、5年後10年後にでも、出演して良かったなと思ってもらえる機会になれば」といった言葉に背中を押されたり、
地上波ほど大勢の人が観るわけではなくても、今まで自分の存在をまったく知らなかった人たちに知ってもらうきっかけにはなるだろうし、知っている人たちには生存報告になるし、
自分の中にほんの小さな変化でも起こる可能性があるのなら、それは暗闇に差し込む一筋の光明や、舞い込んできたチャンスとも呼べるのかな、と出演を決めた。
まあ、ブログをせっかく見つけてくれて「過去の自分や現実と向き合うという内容がとても素敵で心に刺さりました」と褒めてくれた方を「すみません、他あたってください」と突っぱねることに気が引けたというのはもちろんあるんだけど。

この文章は放送前に書いていて、撮影した内容のどの部分が放送され、どの部分がカットされたかはわからない状態だけど、とりあえず取材の流れを書くと、
5月9日に大分駅で取材クルーと合流して、まずはビッグアイ(現クラサスドーム大分)が見える大分スポーツ公園展望台から撮影が始まったんだけど、この日がいわゆるメイストームと呼ばれる台風並の暴風雨の日で、初っ端から髪も顔も服もぐっちゃぐちゃになって「もう映りとかどうでもいいな⋯」といきなり諦め、それからドームの外周、ドームの中へ、急遽組まれたコーチとの再会、練習グラウンドへと移動し、最後にU-15の練習風景を眺めるシーンを撮る予定で車とクラブハウスの中で待機し続けていたんだけど、あまりの悪天候と空の暗さで先程のシーンと繋がらないということで、初日は予定よりも早く帰ることになった。(結局その後、雷で練習自体中止になったらしい)
そして翌日は福岡で、(自宅は恥ずかしかったので)天神のレンタルルームでインタビューと仕事風景っぽいショットを撮影して、ミーナ天神前で街を歩くシーンを2テイク撮って、クルーと握手をして撮影終了となった。

2日間に渡って、想定していたよりも遥かに、5分といわず、15分は放送してほしいほど沢山喋ったけれど、凝縮されまくった5分間(×公共放送用のあまり攻められない編集)では、自分がなぜコーチと再会して泣いてしまったのかも、思い詰めたような表情をしているのかも、よくわからなかっただろうから、改めて自分の人生を振り返っておく。

自分は大分市から離れた宇佐市で生まれ育った人間だけど、実家から徒歩数分の距離にあった柳ヶ浦高校サッカー部・野口健太郎監督が元大分トリニティの選手で、以前は家族ぐるみに近い付き合いがあったし、その後も大分トリニティやトリニータでプレーしていた方が指導者として近くにいてくれた左利きのトップ下のサッカー少年だった。
物心つく前から、よく観戦に行っていた大分トリニータへの愛着や憧れが生まれるのも自然な環境だったと思う。
小学生の最後の大きな大会には、宇佐市と豊後高田市の選抜チームとして出るも、チームで一二を争う(現横浜F・マリノスの)松原健と自分をなぜかツートップに置いちゃったから、一回戦で1-6くらいでボロ負けするんだけど、その試合の自分のゴールを観てくれていたU-15コーチから、上記の柳ヶ浦高校監督経由で、「もう内定だからセレクション受けにおいで」というスカウトを受けた。(当時はまだU-15宇佐創設前)
その時、自分をスカウトしてくれたのが番組内で再会した首藤圭介コーチで、彼はトリニティがJリーグクラブへと成長していく上で欠かせなかった中心選手であり、現在もアカデミーサブダイレクター兼U-15宇佐監督としてトリニータに残っている方。
(もしかしたらその試合を観に来ていたのは長谷監督かもしれないけど、どちらにしろ皆トリニティの元選手。中学1年時の担当だった梶原コーチも、トレセンでお世話になった向角治郎先生も)

中学2年の時点で全国的に有名な選手にはなれていなかったけれど、それなりに期待してくれている指導者がいるのは少年ながら感じていた。
人づてに聞いた話なので真相はわからないが「あいつが一番プロに近かった」と言ってくれるコーチもいたらしいし。
最近知ったデータだが、大分県は人口比で最もJリーガーを輩出している都道府県らしい。最速でJリーグへと駆け上がっていったクラブの元選手を中心として、優秀な指導者が大勢いて、選手が育ちやすい土壌なのだろう。
自分も続けていれば、プロサッカー選手になれたかもしれない。今でもそう思う。
しかし、その続きはなかった。

ぼくはお酒が飲めない

ただ単純に、お酒が飲める人は羨ましいな、飲めない人間は損でしかないよな、ってだけの話なんだけど、僕はお酒が飲めないんですよ。
もはや飲む飲まないの選択肢が生まれないほど体質的にアルコールが弱くて、ワインを数ミリ口にするだけで全身の動悸が止まらなくなるし、ストロングゼロをなぜか飲んでみたときはもう本当に死が目の前まで迫った。いや、本気で。
アルコールアレルギーと呼んでもいいんだろうけど、まあ、大人になれば様々な場面でお酒を飲む場というものがあり、その度にコンプレックスを感じてきたのは間違いない。社会的な繋がりがほとんどない個人事業主の自分でもそういった場面を沢山経験してきた。

交友関係が広がらなかったり、行ける場所が限られることは短所以外の何でもない。強制的に狭まる選択肢に何度悩まされてきたことか。
女性同士なら、カフェやレストランでランチを食べたりする機会も多いだろうけど、成人男性の交流なんてほとんど夜の飲み一択だし、せっかく趣味が同じだったりしてもその先へと繋がりづらい。自分が飲めないことを知らない人の誘いには「すみません…」と断る必要があるし、その理由が相手に伝わればもう飲みに誘われなくなるだけ。
飲まなくてもいいからおいでよという優しい人がいても、やっぱり飲みのテンションというものはあって申し訳なくなるし、
(ほとんどが面識のない年配の人からだけど)みんなが飲んでるのに空気の読めない奴というような目で見られたり、「飲めないの?可哀想に…人生損してるね…」と同情されるのも、そりゃ愉快な気持ちになれるわけがない。

日常生活の行動範囲ではあまり感じなくても、旅先などで困ることだってある。居酒屋しかないような田舎を旅している時もそう。カミーノ中はみんなワインを飲んでいるのに自分だけ水かコーラを飲むしかなかった。
バーやパブなんかも当然場違いになる。お酒が飲めていれば落とせた女の子ももちろんいただろう。

体質的に自分には無理なんだと早々に諦めたのでIfの結果はわからないけれど、飲めるようになる努力はしてこなかった。多分、飲めるようになる必要性を感じなかったから。
それはきっと、子供の時から、お酒を飲む人にあまり良い印象を持っていなかったからだと思う。
両親が共にほとんど飲まない人間だったので、お酒を飲む人を見る機会なんて冠婚葬祭くらいで、そういった場にいるのは酔っ払った九州のおっさん達。
「自分の親はちゃんとしているのに、どうしてお酒を飲む人はこんなにかっこ悪いんだろう?」という疑問を幼心に感じていたのは事実。
その印象が、重りを鎖で繋がれた子象のように、大きくなってからも効いていたような気がする。

親ガチャは言い訳であり真理

最近何かと「親ガチャ」という言葉が話題になっていて、親ガチャ失敗という言葉が嫌いだと発言した芸能人が叩かれたりもしているわけだけど、 
容姿や才能、コネ等に恵まれていなければ、芸能人は芸能人になれていないだろうし、そういった成功者たちが持たざる者たちから目の敵・嫉妬の標的にされるのは致し方ないかなとは思う。「恵まれてる人間は黙っとけよ」ってことなんだろうし。
でも今朝何気なく観ていたスッキリで、みちょぱに反論する加藤浩次の言葉は、ああ、この人は這い上がってきた人なんだな、とは感じた。芸能人もいろいろだ。
まあ、誰も幸せにしない言葉だとは思う。だが様々な点で核心をつく言葉でもあるのは間違いない。

ガチャに例えるから安っぽい表現になるし、けしからん!と文句をつける人がいるんだろうけど、要は生まれの格差を嘆いた言葉であって、ずっと昔から存在する社会の真理・現実ではあるんだよね。子は親を選べないという言葉と意味はそう変わらないし。
例えるなら、「一流大学を卒業し、大手企業に就職する」というところをゴールに設定して、
スタートを「東京の裕福な家庭に生まれたイケメン・美人」と「田舎の貧困家庭に生まれた不細工・ブス」に分けたら、
その二方の難易度が一緒なわけがないじゃない。そんなこと誰だって、考えなくたってわかる。

ほぼすべての人物や事柄に優劣がつけられるから、恵まれている・恵まれていないも正直際限がない。
でも明らかに恵まれていない、可哀想な人たちは存在する。
上・中・下と分類した方がわかりやすいかな。上が「恵まれている・幸福」、中が「普通」、下が「恵まれていない・不幸」といった感じで。
大抵の人間はそのまま普通なんだろうけど、下の人間は当然生きるのに苦労をする。
容姿だとか家庭だとか病気だとか障害だとか、選べない・どうしようもない部分でハンデを負い、生まれながらに苦労を強いられる人間は確実に存在している。

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