生きているから、仕方がない

きっと誰の中にも”誰かに言いたいこと”ってのは沢山あって、例に漏れず自分もそうだし、そういった言いたいこと・伝えたいことは日々増えていって、たまには発信しておかないと溜まり過ぎちゃうから、こうしてブログを書く。これはただの深夜の一人語りだけどね。

まずは、現代人の必須ツールとも言えるSNSを利用してるだけで思うことがいっぱいあるから、それについて。
なんていうか、処理しきれないな、と思うんだよね。
全員が発信源となれる時代だから、自分が今まで知らなかった様々な有益な情報を知れるわけだけど、とてもじゃないけどそのすべては処理しきれないなと。
生活に役立つノウハウ・ためになる知識だとか、オシャレな店や商品、絶景スポットや隠れ家みたいな宿、この情報は役立てたいな~、一度は行ってみたいな~と思うような魅力を沢山のものに対して感じるんだけど、すべては無理なんだ。
素敵な写真、イラストや漫画なんかも溢れていて、本当にこの世は才能がある人ばかりだなと驚くけど、でも数が多すぎて、追いきれない。
あれだったらネットに写真をアップしてる可愛い女の子でさえそんな感じ。いろんなことがあまりに多すぎる。

こういった情報が溢れる時代になったのはつい最近のことで、今生きる人々ってのは情報化社会の初期世代とも言える。まだまだ慣れてなくてそりゃ戸惑うこともあるかもしれない。
せっかく手に入れた情報を活かせずに実質無視するような形で、そのまま忘れていくのはもったいないし、心苦しい。
でも、この身一つで生きているから、それは仕方がないこと。全部覚えておくことなんて不可能なんだから。
気になる音楽も映画も本も、全部を鑑賞することはできない。時間は無限にはないのに、対象は毎日増えていくから。
だから、ほんの少しを選んでいくしかないんだよね。いろんなことを忘れながらも。その存在に気付きながらも触れないままで。

SNSの利点で、人との繋がりが増やせることも挙げられる。日常では接することのない人たちと出会えるし、交流ができるのが現代。
そのおかげで、運がよければ良い出会いもあるわけだけど、その逆もしかり。
世の中にはおかしい人がいるとは知っていたけど、みんながネットを使うようになったから、自然とネット上へもとんでもない人間がわんさかと流れた。
たまに電車の中とかに、ぶつぶつ独り言をつぶやき続けていたり、理由はわからないけど何かに本気でキレたりしてる、”危ない人”がいるけど、そういう人に絡まれる可能性も増えた。
自分のふとした言葉が、そういった他人の怒りを買うということもあるし、自分以外の人の何の悪意もない発言に、激怒している人を見かけることも多々ある。
みんな怒ってんなーとか、余裕がないんだなーと嘲笑うことはできるけど、でもいろんな感情を持っているのが人間で、誰でも好きなように発言できるSNSならば、仕方がないのかもしれない。
擁護できない”おかしい人”は残念ながら多いけど、その発言の権利までは否定できないってのが実情。モラルも人それぞれなわけだし。

ああ…今のは言わなくてよかったなとか、言うべきではなかったなと後悔することは自分自身ある。それをきっかけに誰かに嫌われたり、距離を置かれたこともあるはず。
でも言葉を発する限り誰かに嫌われるリスクがあって、すべての人に好意的に受け入れられる言葉なんてほとんど存在しない。もしそれを見つけられたとしても、当たり障りのないとてもつまらない言葉にはなるとは思う。
しかしそういった誰かにとって不快な言葉をどうしても発してしまうこと、それらの大半は自分の未熟さに起因するものだから、仕方がないというよりは、ちゃんとしろよ…と後になって悔いるんだけどね。
でもね、生きているから、そうやって間違うこともあるんだ。ネットに限らず、実生活においてもそうだけど、言動を失敗して後悔することが何度もある。人生において、というフィールドでは似たようなミスだろうけど。

人間、皆、それぞれが様々な問題を抱えていて、様々な感情に揺さぶられながら、生きている。
怒っている人もいれば、病んでいる人もいる。自分だって精神を完全にコントロールできる超人じゃないから、怒ることもあれば病むこともある。
何もかも気にすることなく完璧な幸福を手に入れている人なんてほとんどいなくて、それらのいわゆる”醜い部分”は生きている証拠になるけど、あまり見ていて楽しいものとは自分は思えない。
だからできるだけそういった部分は見せたくない。でも見せてしまうことがある。難しいね。SNSを絶ったりとかで、そういった可能性を排除すればできるのかもしれないけどね。
まあ、精神的に立派な人たちはそういったこともきちんとコントールができるし、ツールも上手く使いこなす。そういうことですね。令和の時代も沈黙はゴールドみたいだから。どうしても言いたいことがあって、その発言を絶対に制御する必要がない場合、人は思わず発してしまうんだろうけど。
ええ、それでも、目の前にいない(あるいは会ったこともない)他人だからこそ、その人にも自分と同じように傷付く心があることを忘れがちになるけど、忘れないように。
生きているから、それも人間らしさだから、ってのを免罪符にすべてが許されるわけではないからね。

とまあ、ネットは置いておいて、最後は人生について語らせてもらいますけども、なんていうか、やっぱり人生って難しい。
上手くいかないことばかりで、なかなか報われやしない。報われる保証なんてどこにもないから、別にそれが異常ってことではないんだけど。
ただ、いろんなことをまだ諦めていないから、辛くなることがあったりするというだけ。たったそれだけなのかもしれない。

きっとこれからも沢山辛いことがあるんだろうな、と思うと嫌になるけど、結局そんな辛さに耐えながら生きていくしかない。
誰かと笑い合ったり、恋をしたり、そういった美しい部分だけじゃないのは当然学んできたわけで、その裏側にあるものが怖くなる。
自分が再び傷付いて落ち込むこともこれからだって腐るほどあるだろうし、自分が誰かを傷付けてしまいひどく後悔することもまだ避けられない気がする。
本当に、上手く生きている人たちって、どうやって生きてんだ?と不思議になる。問題に囲われ困惑していたり、負の感情に苛まれている人たちの方がよっぽど共感できるもん。

でも、生きていくのなら、そういったことも受け入れないといけない。それも仕方がない。
頑張りつつ、たまに休憩して、できるだけ楽しみながら歩んでいきたいけど、全然自信がないな。
なんだかんだで、これからもいっぱい間違えながら、後悔を増やしながら、生きていくんだろうと思います。ハッピーエンドになる保証はないけど、その0とは言い切れない可能性に賭けるしかないし。やっぱり博打だね。

何が言いたかったのか忘れちゃったや。言い終わったのかも。

おやすみ。


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