4月9日。
昨日に引き続き、本日もお休みデイです。起きたのも10時半。外ごもりってほどではないけど、滞在先でのんびり過ごすというのもまた贅沢な時間。
白髪のおばちゃんは清掃のおばちゃんに2泊予約していると話していた。つまり今夜もいるということだ。
昨晩の事件現場の廊下。電話の話し声は他の部屋にも聞こえていただろうな。

12時半頃にピザ屋の方のTriplettaに来た。退店後に撮ったお店の外観の写真を先に貼る。

メニュー。店内の音楽はシューゲイザーが掛かっていた。

正直レストラン的な店にビビっていたけど、これなら普通にイケるやん!と思えたのは女性ウェイターのおかげかな。
映画に出てきそうなパーマが似合うその女性は、めちゃくちゃ感じ良くて、食べ終わった後も「Do you wanna something else?」といった感じで英語で対応してくれたからありがたかった。同じ意味でもフランス語で言われたら、Perdon…?としか返せない。
客が少ないのにも助けられた。昨日のお昼時は店先まで溢れていたけど、このときは数えるくらいしかいなかったので気楽だった。

Cheeseus Chiristというピザとシトロネード。チーザス・キリストはマリナーラやマルゲリータに比べると少し値段は高かったが、名前がイカしてるわ…と注文した。シトロネードはフランスでよく飲まれているレモンを皮ごとミキサーにかけて水や砂糖を加えたもの。ほど良い甘さで美味しかった。

店を出るタイミングで日本人男性っぽい2人とすれ違った。多分ビジネスではなく観光客。
ホステルに戻ると部屋に直帰するのではなく、ルーフトップに寄ってみた。雨が降っていたので一瞬だけ。

その一瞬の間で、今まで見たことのない鳥がさっと現れて、白い糞をべちゃっとして飛び去って行った。

部屋に戻ると例のおばちゃんがいたのでハローと挨拶。あれ、怒ってないと優しい人なのかも。
その後シャワーから戻ってきた彼女に、窓を開けていいかと聞かれた。でもどうしてかそれが開かなくて、自分もやってみたけど無理だった。
おばちゃんが「ありがとう。今日のこの時間をシェアしたことは忘れないわ」と言うもんだからつい笑った。
彼女が出掛ける際には外は雨が降っているかとも聞かれたので、降っていると教えた。Bye-bye。See you。
男性2人が部屋に入ってくるまで寝ていた。時刻を確認すると17時だった。
夜の8時で既にベッド内で休んでいる人が多かった。南米かなって感じの男性2人組は小声で話してて好感が持てる。
おばちゃんが寝てそうで怖かったが(実はこのときはまだ帰ってきていなかった)、静かに荷物をまとめた。ある程度だけど。
南米ボーイズの片方は女の子にナンパな感じで話しかけていた。出会いが繋がる可能性が高いのは、こうやって積極的にいける人だ。
相方が女の子をナンパしてるとは知らないシャワーを浴びていた方とはHi, how are you?という流れからバスルームで話をすることになった。
「どこから?」 「日本だよ、君は?」
「アルゼンチン。知ってる?」 「もちろん知ってるよ」
「メッシとかがいる国だよ」 「アイマールが好きかな」
「アイマール?」 「パブロ・アイマール」
相手がああ、そのアイマールか!と理解すると笑いが生まれた。サッカーは本当に共通の話題になる。
巡礼後のスペイン観光についてはあまり下調べはしてないので調べようと思ったけど、いざ始めるとこの手の作業はやっぱり面倒くさくてやめた。バスターミナルの場所とかそういうのは前日に調べれば大丈夫だろう。うん、まあなんとかなるだろう。
それにしてももうすぐ巡礼が始まるというのが信じられない。明後日の今頃にはもうスタート地点にいる。現実味がない。
でも移動日は近づいているが、パリに着いてからまだ1週間経ってない。2ヶ月が恐ろしく長く感じる。
当然っちゃ当然だが、日中に寝すぎたから眠れなかった。あくびは出るのに。
でも明日のモン・サン・ミッシェルまでの移動はバスだし大丈夫だろう。そのためのバスなんだから。
そう、フランス観光最終日の明日はバスでパリから現地までを移動できるツアー。島内のガイドはないけど日本人観光客向けのもの。選べる曜日等の問題があり移動日前日になってしまったのはマイナスだが、でも電車などを乗り継ぐより遥かに楽なバスを選んだ。
参加者はどのくらい人はいるんだろうか。だいたい複数なんだろうけど、おばちゃんとか多いのかなやっぱり。
とりあえず、フランス(パリ)での目標はクレープとチョコだったから、そのどっちもクリアしたのでオッケー。
12時頃に着信音が鳴って、まさかまたカナダガールじゃないだろうなと思ったが違った。
そして、なんか音楽聴いてる人がいるぞ…音漏れしてるぞ…とおばちゃんがキレないか心配したけど、耳をすませてみると聴こえてたのはクラシックだったので、おばちゃんが聴いてたのかもしれない。
4月10日。
5時起き予定だったが、4時半頃に誰かのアラームが鳴ったので起きた。昨日深夜過ぎまで荷物をがさこそやっていたぽっちゃり系女子だ。昨晩もライトと音が睡眠妨害ではあったが、今朝も寝ている人たちにとっては迷惑だろう。
ご飯が硬くなっていたので、おにぎりの開封に失敗した。賞味期限は2日前だし仕方ない。
準備をして6時前に出た。フロントは24時間体制。日中には見ない屈強なスキンヘッドの男性がいて、適材適所だなと。

キャリーバッグを持った人たちの移動する姿がちらほら。空港にでも移動しているのだろうか。

6時10分台のメトロに乗れた。7時までにチェックインなので、これなら安心だ。
車内の乗客は想像以上に多い。でも朝早くに出勤するという人たちもいることはいるだろう。
6時半に地上に出た。駅と集合場所のEmi Travelは目と鼻の先なのでまだ早いな…と笑った。どう考えても今行ったら時間を余すので散策でもすることにした。

夜明け前のパリ。ここで過ごすのもあと僅かだ。ベルヴィルの次にオペラ通りをよく歩いたな。ちなみにオペラ通りをパレ・ロワイヤル側に進むと、日本色濃いエリアになる。今まで写真を貼ったレストランやスーパーもそこにある。

水は持ってはいるけど他に飲み物調達できないかなと少し探した。でもスーパーもカフェもほとんどの店はまだ開いてないし、ロイヤル・オペラなど6時から開いてるカフェはあることはあるが、のんびりとプチデジュネを取るほどの余裕はない。

まあ、いいや。集合場所へ行こう。

もうバスが来ている。

建物の中には既に人が幾分集まっていた。日本人だけが集まって日本語だけが聞こえるというシュールな状況。
夫婦や家族連れもいるし、カップルもいるし、女性1人もいるし、男性1人もいる。女子ーズは想像していたよりずっと少ない。ジブリのお母さん役をやれそうな優しそうな中年のガイドさんが今日は1人が多いと教えてくれた。だいたい全員で20人くらいかな。

ああ…ハリル…ごめんね…。(日本代表のワールドカップが終わった今、ハリルが指揮していたらどうなっていただろうと考える)
参加者にはEmi Travelのシールが配られて、わかりやすいように胸かバッグにでも貼ってくださいと指示されたけど、パーカーにもバッグにもくっつきづらくて途中で諦めた。
7時過ぎに出発。席は自由なので一番後ろに行ったら、ガイドさんがもう一つ前でリクライニング使った方がいいですよと。優しい。その後のセールストークはさすがに上手いなと感じたけど。

凱旋門のロータリーを通過したり。

セーヌ川を渡ったり。
パリを移動していると何度も蛇行したセーヌ川を通ることになるが、そのセーヌの意味も曲がりくねった、とかそういう意味らしい。

現地までは片道350kmとのこと。モン・サン・ミッシェルは日本でもかなり有名だけど、パリ観光で日数の余裕がない人が行けなかったりするのはこの距離がネックだから。そう考えると、この乗客の中にこれから800kmを徒歩で移動しようとしている人間が混ざってることはもはやドン引きされるレベル。

プロのガイドさんなのでもちろん聞き応えのある話ばかりで面白かった。優しい口調なので聞いていて不快感は一切ないし。
パリのどこに住んでいるかを聞かれて、その答えにステータスを感じたり、憧れられるのは高級住宅街の16区らしい。自分もパリに住むなら16区に住みたい(直球)。
島内散策マップ等と一緒に配られたのはランチメニュー。ツアー会社提携のレストランに行くなら安く、そして簡単にメニューが注文できますよーという類の物。でもパリでもそうだけど1人でレストランは嫌だし、食べ歩きにしようと結局頼まなかった。食べ歩きならサンドイッチとかもありますよーと教えてくれた。


交通機関を用いてヨーロッパをあちこちと移動する旅は楽しそうだなと思った。歩き旅は最初から最後まで気を張り詰めてないといけない部分があるから。

これだけ近くにあるとイギリスも行きたくなる。

サービスエリアで一旦休憩。

街中にあるスーパーより商品の陳列がわかりやすくて良い。

パッケージツアーなんて参加したことないし、購入の列を他の参加者と一緒に並ぶのはなんだか恥ずかしかった。んでやたらと甘い飲むヨーグルトみたいなの買っちゃうし。

高速道路からの車窓では鳥の巣ような木が沢山見た。これは宿り木という木で冬の特徴らしい。残っているということはまだ完全な春というわけではないのだろう。

ノルマンディー地方のノルマンディーというのは北の人間の土地という意味らしい。つまりバイキングが住み着いた地方。バイキングと聞くとVINLAND SAGAを思い出す。

実はこのツアーはモン・サン・ミッシェルの前にノルマンディーのいなか村のブブロン・オン・オージュに寄るプラン。そのブブランには10時20分頃に着いた。30分の自由行動の始まり。

白い犬を連れた地元のお姉さんが散歩している。

この門をくぐり、村の中心地へと入っていく。


人口230人ほどの小さな村ながらレストランやカフェ、ブティックなど揃っている。辺りは牧草地だったが、酪農等以外にも、観光客向けの商売で生活している人もいるのだろう。


フランスで最も美しい村にも選ばれたブブロン。見ての通り家々がおとぎ話に登場するような可愛いさ。

みんな写真を撮りまくっていた。カップルは2人の記念写真を何枚も。きっと素敵な想い出になるだろう。(SNSにアップしたあとに破局して削除とかなりませんように)

クレープ屋等は開いてない店もあることはあった。

さっき犬を散歩していた女性と挨拶をした。どんな暮らしを営んでいるのかな。

雑貨屋的なお店。カゴを大量に販売している。(雑貨屋の店先に並んだ~いろんなカゴを見ている~と今なぜか浮かんだ)

ガイドさんがオススメしていたということもあり、みんなパン屋に行っていたので自分も行ってみた。メニューは前の人たちが頼んでいたもの。
このとき感じたのは、店員のおばちゃんがオボワーと別れの挨拶をみんなにしてくれていたのに、意味がわからないまま愛想笑いしてる日本人の多さ。お店で使うような言葉は一通り調べてきましたよ僕は!!

いや、つめてーのかよ!と思ったけど味はめちゃくちゃ美味しかった。クレープみたいなもちもちした生地の中にリンゴなどか入っていた。(りんごはこの地域の名産品。りんご酒のサイダーのシードルはとても有名)

中心に建つのはミシュランの一つ星レストラン。

のんびり過ごしていたら、集合時間が迫って、そして気づいた。ああ、教会行くの忘れてたと。

30分あれば一周できちゃうくらい小さな町の中を急いで移動した。鶏の鳴き声が普段耳にしているものとはどこか違う気がした。

地元の教会という感じで、周囲はりんご畑とお墓に囲まれていた。

自家用車で来る観光客ももちろんいる。

自由時間終了。バスに戻り再出発。
この辺りは子供たちが林間学校で泊まったりもするらしい。牛の乳搾りとかするのかな。


ほんとのどかだなあ。テロが起きる国とは思えない。

ガイドさんがモン・サン・ミッシェルのオムレツは期待するなとやんわり、遠回しに話している。他の人がどう言っても、体験することが貴重なんですといった具合に。うん、そうらしいね。
アイケア。この写真とは関係ないがキャンピングカーが何台も走行していて、キャンピングカーが大量に集まっているエリアもあった。多分その手の施設も充実しているから車旅もしやすいのだろう。陸続きっていいなあと羨ましかった。

現地が晴れていたらいいな。

でも残り40分ほどで雨が降ってきた。どうなることやら。

現れるのは突然。見えてきた!!!と一気にテンションが上がった。

こんな遠くからなのに見える。デカいぞきっと。そして雨は降ってない。

近づいていくと家が密集している集落があった。生活感を感じられない家もあったから、別荘か、もしくは空き家。

田園風景の先に見える城塞のような建物へ徐々に近づいていく。


ひたすら同じものを撮り続けて。

放牧された羊とモン・サン・ミッシェル。水溜まりを泳いでいた鴨も可愛かった。

大型バスは冬より多いらしいが、駐車場はそんなに混んでなさそうとのこと。2,3月は日本の学生が多かったと話していた。間違いなく長期休みの大学生だろう。今の時期は韓国人が一番多くて、日本人の1番少ない月がこの4月らしい。
到着間際にハネムーンのカップルが乗っているということもわかった。自分は後ろから拍手したけれど、他の人はまばらで、こういうの日本人ノリ悪いよねと改めて再確認。めでたいことはとりあえず祝っておけばいいのに良くない。他のカップルが結婚を意識して、焦って躊躇ったとかならあれだけど。

この観光バスは普通の駐車場よりもっと奥に進めるので歩く距離も短いらしい。そういう利点も金額に含まれているのなら良しだ。

12時50分前に到着。島まではシャトルバスも出ているが、約2.5kmと歩けない距離ではないので歩いて行くことにした。

他の日本人ツアーの団体もいたし、馬車もいた。

島内にもあるが、渡る前の対岸にもレストランはある。

撮影スポットが道の左側にあった。

だけど潮が満ちているわけではないから行かなかった。早く島へ行きたい。

遠くから見ていたときほど大きくは感じないが、なんか楽しい。こういう時間を待っていた。

現時点で充分絵になるが、潮が満ちていたり、夜だったりと、他の条件でも見てみたいなと思った。いつかまた来るような気はするけど。

これだけ見ると美しさしか写ってない。しかし実際は馬がいるから糞もあるし、それゆえハエもいる。仕方のない部分。

地元の人ではないと思うが、犬を連れている人たちもいた。豪華な散歩コースだ。

パリでは数えきれないほどの世界遺産を見てきたが、ここもまた「モン・サン・ミッシェルとその湾」として世界遺産に登録されている。また、スペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」とは別件として「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の一部としても世界遺産に入っている。

多くの巡礼者が潮に飲まれて命を落としていたからか、19世紀後半に対岸から島まで地続きの道路が作られた。しかしその影響で潮流がせき止められて島まで潮が届かなくなっていたので、かつての姿に近づけるためにこの橋が作られた。
シャトルバスは前後に運転席がある。ひたすらピストン運行しているのだろう。

前を歩いていたファミリーの小さな女の子はもう歩きたくない!と駄々をこねていて、パパは自分と目が合った後にやれやれだよといった感じで笑っていた。
ショベルカーはまさかのKOMATSU。島を撮る写真としてあまり写したい存在ではなかったけれど。

干潟を歩くのは楽しそうだ。でもガイドさんは歩かないでと注意を促していた。そもそも足を洗う場所はないし、流砂という底なし沼のような深みがあり危険なのでガイドが必要らしい。

カモメ。

学生の団体が多い。遠足とかそういった形で来てるとしたら面白い。

島に到着。やはり修道院というよりは岩山に建てられた要塞だ。

塔の上は大天使ミカエル像。

この入口から中へと入っていく。

実際に百年戦争の頃は要塞として使われていた歴史もある。

モン・サン・ミッシェルと言えばオムレツというくらい有名だが、その中で最も有名なお店がこの「ラ・メール・プラール」

西洋の驚異とも呼ばれた名高い巡礼地のモン・サン・ミッシェルに来る巡礼者を、プラールおばさんが栄養価の高い卵料理でもてなしたのが始まりとされている。
ふわふわのオムレツはとても有名で日本にも店舗があるくらいだが、ここでは単品で食べることはできず、西洋の驚異というような価格のコース料理を食べなきゃいけないのでやめた。

ガイドさんが匂わせていた通り、評判が悪いのもまた有名かな。味は味気のないプレーンで、値段もぼったくり価格という話は聞く。でも有名観光地の有名レストランなわけだし、巡礼者じゃなくただの観光客なわけだから、そんな状況下で不平不満を垂れる人はあまり好きじゃない。名物に旨い物なしって言葉もあるくらいなんだから。

パリで見つける日本語には嬉しさがあったが、ここのはなんかシュールすぎるというかなんというか…マッチしてない。でも日本人だって逆に使ったりするし、観光客向けでありながらクールなデザインでもあるんだろう。
言語だけに限ったことではないが、パリでの時間も含めて、日本人はフランスが好きだし、フランス人も日本が好きなんだろうなとふと思った。


まあ異国で母国語を見つけるというのは何人にとっても安堵のような感情はあるだろう。


立地的に適しているからか監獄として利用されていた時代もあるのでこのような囚人ルックのお土産品も。

店が立ち並ぶメインストリートを抜けた。(通り自体数本しかないが)

小島を囲んでいるのはサン・マロ湾。潮の満ち引きは世界有数の速さで、ギャロップと同じとも言われている。

干潮時は小舟でここまで来て、紐だとか梯子だとかで上がっていた、みたいな場所かな。わからない、何だろう。

満ちてるときは泳ぐしかないし、引いてるときに囚人が逃げてもすぐに見つかってしまう。

修道院。

でもまだ中には入らず、外周を歩いてみた。

カ~モメ~カ~モメ~(違う)

日本のお城だったら挟間として銃で攻撃する穴だろうけど、ここも同じ用途だろうか。

モン・サン・ミッシェルの住人は30人から40人ほどで、そのうちの十数人は修道院の僧や尼らしい。

こっちを見るダルメシアン。



入り口まで戻ってきた。


もう一度メインストリートへ下りてふりだし。からの鉄拳。

こっちを見る力士系チワワ。

フランを日本でももっと販売してほしい。

はい、日本語看板のあった先程の店でクレープを頼みました。塩バターキャラメル味です。
ガレットとかでも良かったかなーと注文したあとに思ったが、まあ名物らしいし!?Cindyは笑顔可愛かったし!?

そしてね、歩いててね、やっぱオムレツを食べることにしたんだよね()照
もう勢いで入っちゃったけど、なんかほとんど客が入ってない店で、まずいのかな…と心配になった。種類は様々あったが、普通のプレーンのオムレツとレモネードにした。

プラールおばさんのお店に比べたら全然ふわふわじゃないけど、モン・サン・ミッシェルでオムレツを食べたということが重要なんだ…!うん、別に不味くはなかった。量でごまかそうとしてるだろってくらいポテトは多かったけど。
お昼休憩に入る前の男性店員は少し怖かったが、おばちゃん店員は最後とびきりの笑顔だった。
では修道院に行こうかな。

修道院近くで、花びらが散って手のひらの上に落ちてきた。

入り口でチケットをもぎっていた白人のおばちゃんは自分が日本人だとわかると、チケットアリマスカ?と話しかけてきた。少しだけ日本語ができる様子。

大階段を上がっていく。時間はそうたっぷり残っているわけではないが、焦るほどでもない。


子どもたちも説明を受けながら見学している。

男子の方にもトイレに行列ができていた。水が流れ続ける壁に放つという斬新なスタイル。
手を洗い終わったあとに、隣にいた男の子が石鹸の出し方がわからないみたいだったから、出してあげたらMerciとお礼を言われた。


橋が完成する前の写真にはこの辺り一面に乗用車や大型バスが並んでいた。本当に橋を作って良かったと思う。

え、海綺麗すぎる…と予想外の青い景色に驚いた。

ここは西のテラス。素晴らしい展望。

天気も良く、青空も美しい。



建物の中へ。


教会にいるとたまに異世界にでも連れて行かれそうな気持ちになることがある。そして観光客なんていなかった時代にタイムスリップしたくもなる。同じ場所がもっと神聖な場所だった時代に。

回廊。ここで僧たちは瞑想をしていたらしい。

食堂。


このレリーフは大天使ミカエルとオベール司教。

708年にオベール司教の夢の中に大天使ミカエルが現れて、岩山に聖堂を建てよとお告げがあったが、司教はそれを悪魔の悪戯だと信じなかった。
お告げが繰り返されても一向に信じない司教に、さすがのミカエルも3回目でブチギレて、司教の額を指で触れた。
そして稲妻が脳天を走る夢を見た司教が目を覚ますと、なんと頭に穴が空いていた。だから礼拝堂を作ったという良い具合にグロ要素も織り交ぜたエピソードがモン・サン・ミッシェルの起源とされている。
ちなみにモンは山、サン・ミシェルは聖ミカエルのこと。

ここは貴賓室。新婚ハネムーン夫婦は嫁が自撮り棒を使った撮影で忙しく、旦那はちょっと暇そうにしていた。でも新婚旅行でモン・サン・ミッシェルってなかなか素敵だ。

巨柱の間では誰かが聖歌を歌っていた。綺麗な歌声だった。

モントーブ聖母子像もそれを聴いていたに違いない。


サン・マルタン礼拝堂。


3人で回ってるのかってくらい新婚夫婦とほぼ同じペースで進んでたから、あれだったら声かけようかなとも考えたが、2人の時間を邪魔する可能性もあるのでやめた。そんなに2人で会話しまくってるって感じではなかったけど。

牢獄時代の大車輪。中に人が入って回転させる仕組みの貨物昇降機。

見づらいが、窓枠?にはいくつもの硬貨が投げられていた。

サン・テティエンヌ礼拝堂。

騎士の間。

螺旋階段を下りて

最後は大天使ミカエル像。かっこいい。

売店。以前は貧しい礼拝者にパンとスープを施していた場所。


こういうの買う人いるのかなー。いるんだろうなー。(ニヤニヤ)

入口付近で歩いていた道とは反対側にある道に出た。


これから大きな感動があったらいいな。

そこから何が見えるの?

悪くない。

狛犬のようにたたずむ2羽のカモメ。

近い。しかし凛々しい。

ではバスへと戻ろう。現在15時半過ぎ。集合時間は16時だが、シャトルバスを使えば普通に間に合うだろう。

対岸は景色が別格だが、島内のホテルというのも面白そうだ。

島を離れる間際、後頭部辺りに鳥に糞を落とされた気がして、え…!嘘でしょ…!え…!と焦った。後ろだから確認できないし、本当に落ちてたら恥ずかしすぎる…と後ろからの視線を気にしながら、杞憂であってほしい…と願いながら移動を続けた。まあ、大丈夫だったんだけど。何だこのエピソード。

いや、シャトルバス待ちの混み具合おかしい…。この人集りが消化されるのを待っていたら集合時間に間に合わなくなると考え、早歩きで移動することにした。

さよならモン・サン・ミッシェル。

でも何度も振り返る。名残惜しい。

結局バスを待っていた方が早かったというオチだった。同じバスの1人のお姉さんも急ぎ足で移動していたが、同じ考えだったんだろう。汗をかくくらい急いで移動したけど、更に遅れて着いた人たちがいたのもまあ、あの混み具合を誰も予想していなかったから。観光客がもっと多い時期に比べれば状況はマシなんだろうけど。
時折走ったりもするような移動で少なからず疲れたことは事実。疲れに対してとても敏感になっているし、予想外の出来事だったが、仕方ない、そんなときもある。
帰りのバスで配られたアンケート。

また訪れる機会があるかな。どうだろうな。

帰りのバスが出てからのガイドの話には違和感を覚えた。ライトアップされる夜に滞在したり、潮が満ちる時期はもっと綺麗だとかその手の話だったのだが、それが次回も呼ぶうとする狙いだとしても、たった今観光を終えた参加者を後悔させるようにも聞こえたから。一生に一回は行ってみたいと待ち望んで来た人もいるだろうに、わざわざ今の満足感を濁すようなこと言わなくても…と。

上も下も同じ雲ということがよくわかる。

帰りも一時雨が降っていた。滞在中は降らずに助かった。

なんだか疲れたな。でも明日からはもっと疲れる。死ぬほど大変かもしれない。というのにこちらに来て初めての頭痛を感じている。

帰りのサービスエリア。こういうとこには食べやすいサイズのアイスが売ってるらしい。買ってないけど。

小さなスノードームが上に載った素敵なお菓子箱。

なぜかビートルズのMean Mr.Mustardが聴きたくなってイヤホンをつけたが、ガイドが話し始めたので音楽を止めた。フランスの歴史を話してくれていた。
帰りはみなさん疲れているでしょうから~とガイド自体は控えめだった。でも行きも帰りも面白い話を聞かせてもらった。知らない話は特に注意深く耳を傾けた。

楽しい40日になりますようにと明日からの日々を願う。出会いに依存する部分もあるだろう。次に日本人と接するのはいつになるかなんてことも考える。日本人の巡礼者は多くはないだろうから。
行きはまったく眠らなかったが、帰りは少しだけ眠って、パリに着いた。エッフェル塔は遠く離れた位置からでも確認できる。また修行のような日々が近づいている予感がする。

トンネル内の落書き。きちんと写ってなくても別に構わない。

さようなら凱旋門。

さようならパリ。またいつか。


最後辺りにモノプリの説明をしていた。スーパーに入ったら、夜の挨拶はボンソワール(こんばんは)で、別れはボンソワレ(良い夜を)だとかも。

ガイドや運転手に対して多くの人が挨拶をする礼儀正しさは素直に素晴らしいと思った。(フランス人の運転手へのお礼はガイドが促してはいたが)
帰り道はソロ参加者と途中まで一緒だった。女性は地下鉄出入り口まで、男性はモノプリ付近まで。誰かに話しかけても良かったかな。相変わらずガツガツはいかない自分。
夕飯買うのはいいが、温めて帰ろうか、でも匂いがあれだな…とモノプリでしばし悩んでいた。結局温めてそのままバッグの中に入れたけど。
店内で日本人っぽい女の子と目が合った。出口では静電気に当たった。出会いがあって別れがある。
新婚カップルとすれ違ってメトロへ降りた。おめでとうだ。そして僕は誰と結婚するのでしょうか。
シャトレ駅での乗り換えを失敗して(改札を間違えて)、明朝使おうと取っていた切符を使ってしまった。でも白人の女の子のあまり上手ではない口笛をホームで聞けたから良しとしよう。
バタバタ、ソワソワするんだろうなこれから何日間は。早く落ち着けるといいけど。
宿に到着。きちんと密封されていて、匂いがあまりしなくて助かった。左がマカロニパスタで右がカットメロン。

いや、まだいるんかいと驚いた白髪のおばちゃんは初めて見る黒人の男性と話していた。カナダガールは何もしてないときはいつもおとなしい。だが もうみんなとお別れだ。
おばちゃんと黒人の会話がしばらく聞こえていた。仕事についてや、ノルウェーのフィヨルドが今まで見た中で最高の景色だったという話をしていた。
この瞬間ではないが、パリ滞在中にあるフランス人の女の子について思い出した。
昔Skypeを友達たちとよく利用していた(自分が高校生ぐらいの)頃に知り合った、ちょい年上くらいの子で、IDは確かpikachu girlとかそんな感じ。髪の色はブロンド。
会ったことはないんだけど、彼女は東京に遊びに来てたりしてて、日本がとても好きな子だった。
名前はMaevaで、私の名前って日本語だとfront teethって意味なんでしょ?という会話を英語でした記憶がある。
今はもう連絡先も写真も残っていないが、多分フランス(もしくは日本)に住んでいるだろうから、元気にしてるかなーと。
移動日前日だというのに日が暮れるまで外にいたもんだから、予想通り追われるようにシャワー等済ませた。部屋に戻ってきた時点でもう22時半を過ぎていた。
荷物をまとめていると、おばちゃんが一瞬カーテンを開けてちらっと自分を見てから、必要以上に勢いよくカーテンを閉めた。なんやねん。やっぱ嫌味なやつだ。
まだ干している洗濯物も残っているし、まったく納得いかない荷造り。なんとか改良できないだろうか。でも何か物を減らすぐらいしか思い浮かばない。でも減らすべき物もまた思い浮かばない。
間違いなく既視感のある余裕ない移動日前夜で、ストレスしか感じなかった。でも穏やかな心で行くしかない。そう自分に言い聞かせていた。


