サンティアゴ巡礼 -フランス人の道- Day 29

5月10日。
5時50分に起き上がろうとしたら、ベッドの角に引っ掛けていたパーカーをベッド下に落としてしまった。アリアリグループはやはり朝が早い。
島村さんは予想していた通り近くにいて、奥さんのボンジュールという挨拶に返事をする声が聞こえた。

キッチンがあるアジア人だらけ(といってもシンと自分以外はほぼ韓国人)の部屋に移動して軽めの朝食を食べた。

韓国人たちがぞろぞろと部屋から出ていき、唯一残った昨日目が合ってニコッとしていた女の子と話すことになったのだが、英語より得意という日本語がかなり上手で驚いた。
韓国人の巡礼者が沢山いてびっくりしていると話すと、わたしも驚いていますと返ってきた。4月スタートの韓国人は200人以上いるらしい。ゲップをしていた男性のことを彼も日本人ですか?と質問してきたが、彼は香港人です。
マスクをして、お先に失礼しまーす!と出発する彼女に、頑張って!と声を掛けた。今日30km歩くとのことだったが、ガチ勢には見えないのに、21日にサンジャンスタートでここにいるのはちと早すぎるからどこかでバスを使ったのだろう。顔は韓国人っぽくない、ちょっとだけ顔がぷにぷにした可愛らしい感じの子だった。

シンは”楽しむために”分岐は左の少し迂回する道を行くと昨日言っていた。自分は長く歩きたいので右の短い推奨コースを行く。また会おう、ブエンカミーノ。彼はまだ出ずにププに行くらしい。まあ、トイレのことですね。
準備体操をして、7時頃に出発した。イタリアおっちゃんとチャオ!ブエンカミーノ!を言い合っていたら、戻ってきたシンからも「ブエンカミーノ、リオ。アトデネ」



霧の中からサモスという町を目指す。

朝からアップダウンが始まってしまった。

しかし下の車道を歩く人たちを見つけた。分岐は既に終わっていると思っていたが、これが山側のルートなのかもしれない。でも自分はナポレオンルートを歩いてないし、距離も大した差ではないので、目の前の道を楽しもうと切り替えた。

でもこちら側にも人はいて、小さな女の子を抜いた先に、先程の日本語を話せる女の子がいた。
カンキョンアという名前だと教えてくれて、カンちゃんだ、と言うと、よくそう言われてますと返ってきた。
ここで追い抜いて以来彼女とは会ってないんだけど、良い子そうだったし、日本語の相手にもなれたわけだから、もっと話しておけばよかったなと後になって思った。

すぐ先に車道に下りられる道があった。明らかに下の方が歩きやすいけど、でも途中で下りちゃうのはどうなの…?と思ったし、女の子の目の前という恥ずかしさもあったからそのまま左を歩いた。彼女もそのまま後ろをついてきていたことには驚いたけど。

次の場所ではちょうど横(下)を女の子2人が歩いていた。はい、山道行く人かっこいい。もう楽しくなってるし。

きっかけは間違いからだったけど結果的によかったと思う。多分下を歩いていて上を歩く人を見かけたら、楽してる自分…と気になっただろうから。まあ、上の道は3人しか見なかったけど。

霧の町の教会ってかっこいい。そして上を歩いていた3人目の人物であるおっちゃんは顔馴染みだった。話してはないはずだけど、何度も見かけたことがあるし、目が合うといつも微笑んでくれる。

霧が更に濃くなってきた7時43分。もはや笑いが出るくらい楽しい。残りの距離もあと156kmしかないし。



峠の頂上は滞在していた村付近だったが、そういえばまだ登りが残ってたわ。忘れてた。

小鳥の鳴き声が美しい。今まで一度も聞いたことのない鳴き声もあった。

風が強く吹くと、目の前の霧が少し移動したのがわかった。

この帽子を抑えている像が気になって、少し道を逸れて寄ってみたら、アリアリグループが記念撮影中だった。娘からリョー!!という反応があった。オハヨウゴザイマスとも聞こえた。

道に戻ると先程のおっちゃんを再び追い抜くことになって、またどうも…ってな感じで笑ってSee you。

起床時に足首が痛くて、久しぶりに寝起きの痛みだなと不安になっていたけど、今はわりと快調な8時過ぎ。ブルガリア坊主も抜いたし、霧も少し晴れてきた。


ふと気付くと、前を歩く2人が足を止めて写真を撮っていて、なんだろう?と左側を見てみたら、

霧の始まり(あるいは終わり)から遠くの村が見えるという信じられない光景がそこにあった。

今ここにいる価値を感じられた。この時間、この場所にいるからこそ出会えた特別な光景。想像はしていなかったが、待ち望んでいた瞬間だ。こういった感動を求めていたんだ。

しかし少し進んだ場所に、今日ここまで見ていなかった馬の糞らしき物体が道に落ちていた。登山道以外でもあるのか。やめてくれ。

おばちゃん2人にオラ!と挨拶したら、挨拶は返さずフランス語で何か言っていて、その様子からオラと挨拶されたことに不快感を抱いているのがわかった。
コリアンが勘違いしやがって…ってな感じなのかもしれないが、そんな態度を取るのならバックパックに国旗でもつけといてくれ。気持ちはわからんでもないが、ここはスペインで、オラもブエンカミーノもみんな共通の合言葉として使っているんだから。

そしてHospitalという町に。

クロワッサンとマフィンは出発前に食べたが、どう休憩を取るべきか。体はスモデナランハを欲している。この一ヶ月でもう体内の水分が入れ替わっているので、しばらくは安物のオレンジジュースなんて飲めないだろうな。


遠くから犬の鳴き声が聞こえている。

吠えていたのはこの犬ではなかったと思う。

この子はね、雄大な、幻想的な風景を見ながらおしっこをする方の犬だから。

ゴールまでの距離が書かれたマイルストーンが頻繁に設置されているが、次の町までの距離の方がありがたかったりする。そして物凄く中途半端な位置に置く理由がやっぱりわからない。

また霧が少し出てきたし、登り坂だ。とりあえず波が滞在していたであろうAlto de Poyo(Alto do poio)という町にたどり着きたい。

昨日コンセントを移動してくれたアフロ男性がこの急勾配の登り坂の途中で立ち止まっていて抜いた。

あ、この町だな。当然もう誰もいないけれど。

巨大看板犬が入り口でおすわりしていたバルで小休憩を取ることに。

なんかでかいスモデナランハの人いる…と思いつつ、自分も頼んだら同じ物が来た。超最高なジョッキスタイル。味もめちゃくちゃ美味しかったし、ベストスモデナランハの一つ。

懐っこい犬でやたらと近寄ってきたのでもふもふを堪能した。でもここまでデカいと子供相手に急に噛み付いてしまったら死ぬレベル。アリアリグループも来たが、母親は犬が苦手らしくかなりビクビクと怯えていた。

Wi-Fiのパスワードが書かれた貼り紙はあったけど、室内が満席で外で休憩していたからすぐに寒くなって、利用せずに店を離れた。

え?後ろ?

え?前?どっち?

なにこの2つ…と疑問だったのはそれぞれ反対の方向を示すマイルストーンが並んでいたから。

まあ、直進を続けた。先程のバルにいた自転車の韓国人男性たちがあっという間に自分を追い抜き、霧の中へと消えていった。



150kmを切った。

吠えられたか、吠えられなかったかで言えば、めちゃくちゃ吠えられた。

晴れの日は気持ちよさそうだけど、今はね。

吠えられたか、吠えられなかったかで言えば、寝てた。

もう残りは下りかな。9時45分に12kmほど歩いていることを確認。
しばらく前も後ろも誰も見えていない時間が続いていて、これでこそ巡礼だと思った。崇拝すべき神は孤独な巡礼者をただ待っている。

なんか前を横切ったぞ…!と目を凝らすと、イタチらしき生き物がいた。写真は上手く撮れなかったけど、こっちを向いてくれて目が合った。(実はこんな風に写っていた)

膝と右太もも裏に疲労を感じる。どうなるかな今日は。とりあえずマックのダブチが食べたい。

知っている日本人たちはどこにいるだろう。ソノコは前にいるはず。モデルプランの波辺りだろうか。ケイ君もその付近にいるなら1234ガールと一緒にいるはずだ。彼ならもっと先へ進めるとは思うが。

前の2人に続いて休憩を取ることにしてカフェへ入った。こまめな休憩、こまめな充電。

下の美味しそう!パンプキンケーキとかそういうのかな!?と思ったらトルティージャと言われたので、トルティージャはいらねえ…と上のにした。こちらはちゃんとケーキとのこと。

あとテェーことお茶をね。フリーWi-Fiもムチャス・グラシアス、どうもありがとうって感じ。(そういえば昨晩、韓国自転車おっちゃんがワイファイある?と尋ねていたが、女性店員はウィーフィーのこと?と聞き返していた)

近くに座っていたスペイン人おっちゃん2人組の靴を脱いでいる方と目が合って笑って、もう片方から足を休めるのは大事だぜ!みたいなジェスチャーがあった。

途中、女性巡礼者がここなんて村?と言いながら入ってきて、目的を果たすとそのまま出て行った。地図でも表示されない小さな集落だが、一応住所はBiduedo(Viduedo)になっている。

この先にあるトリアカステラという町までまだ距離がある。大変だな。でもトリアカステラ6kmは長く感じるが、(今日の目的地である)サモス15kmは短く感じる。うん、また行こう。

店を出るとちょうどアリアリファミリーがいたので、アリアリー!と言ったら喜んでいた。韓国語を覚えたら余裕で婿入りできそう。


シャビ!



小さくても新しい町が見えると気持ちが高まる。山や丘の上から町を見下ろすような状況だと尚更。でも今日は黒くて巨大なナメクジをよく見かける。テンションが下がるというほどではないが、うぇ…という言葉が漏れそうにはなる。

カフェにいたおっちゃん2人がこの雄大な風景をバックに、交互に写真を撮っていて、ちょうど自分が来たからツーショットを撮ってくれと頼まれた。uno dos tresで撮った。僕のは結構です!

標高の高い場所は限られているから、こういった景色ももう見納めかもしれない。既に最後の難関を突破して、マップの標高を見ても高い山は見当たらないし。

美しい景色が見られると、まだまだ歩けるなと思える。



でも町に下りたら暑いんだろうな。

緩やかに下り続ける。


子牛も可愛いというよりは突撃してきそうな迫力を感じる。さすがスペインの牛だ。

珍しくひょうたんを持った人。

楽器を背負った若い男性もいた。先日の犬を連れたギター男性のように宿などで演奏するのだろう。

前を歩く白人のおっちゃんは背は低いのに、歩行速度が早いのでなかなか追いつけない。

なんて思っていたら突然、牛の行列が道の向こう側からやって来た。当然、え…?え…!!!え!?!?という反応になる。

こうなってしまえば彼らが通り過ぎるのを待つしかない。牛の大名行列だ。

 
 
 
 
 
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Sometimes we get into traffic jam #caminodesantiago #pilgrimage #spain #camino2018 #trafficjam #サンティアゴ巡礼 #渋滞 #牛 #動物 #ヨーロッパ

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この辺りの道に落ちているのは牛の糞ってことだな。

後ろから追いついて来たギター青年と目を合わせて 面白すぎるよね!?と笑った。

おっちゃんは人を追い抜くときに、挨拶をしないわけではないけど、ブエノスディアス…とぼそっと呟いただけですぐ去るから、オラー!でニコってる自分の方が返事が返ってくる率は高かった。
そしてやっと抜いた。ブエノスディアスと言ったらブエンカミーノと言ってくれた。ちょっと疲れちゃったみたい。


昨日宿で一緒だった完全日本人顔の韓国人男性を抜いた先に、たびたび会っている韓国人女性がいた。虫除けネット帽子を被った彼女にアニョハセヨと挨拶をすると、コンニチワが返ってきた後に、Right?と答え合わせを求められた。
なんで一人なの?とも聞かれた。スプレッドしたのさ!でもこの女性とは、いろんな人といるときに、いろんな会い方をしているから、誰を思い浮かべているのかはわからない。


オラー!ブエンカミーノ!というお決まりの合言葉も、人によってかなりの違いがある。とても明るく返してくれるおばちゃんがたまにいて、その度に嬉しくなる。


ここがトリアカステラか。想像していたよりずっと小さな村だ。(先にもっと大きな集落、町があったが)
この町からサリアという町までは二つのコースがあり、左がサモス修道院を通過する川沿いのコースで、右が距離は短いもののアップダウンがある(ゆえに見晴らしが良い)コース。
自分は今日サモスに宿泊予定なので、どのタイミングで現れるかもわからない分岐をちゃんと左に進むように気をつけておかないといけない。間違えたってなんとかなるだろうけど。


時刻も12時になるので昼食がてらカフェに寄ることにした。すると食べ終えて今から発つところだったブルガリアカップルがいた。今日は20km歩くらしく、町の名前は忘れたけど多分サモスと思うとのことだった。体調を聞かれたら最近はもうパーフェクトとしか答えていない。
台湾人を含むアジア人女の子2人と白人男性のチームとか、さっき写真を撮ったおっちゃん2人とか、ギター青年だとか、いろんな人がこの店に寄っていた。

ケチャップは簡単に開いたのにマヨネーズの方はなかなか開かず焦ったハンバーガー。

日向の温度は増していたが、自分の席は影になっていたので風が吹くと寒いくらいだった。終盤に差し掛かってきたここに来ても気温や服装調整というのは難しい。
でも残りはあと9km。サングラスを掛けて、日焼け止めも塗った。もはや無敵だ。

ブルーのアディダスジャージ姿になっていたギター青年が、スペイン語のネイティブだと注文時にわかった。
自分が出発する際に、彼とまた目が合ったので話すことになった。スペイン人?と聞いたらチリだよと教えてくれた。うん、南米っぽいと思ってた。名前はパスカル。残念ながら今日はこの町でストップらしい。(だからもうワインを飲んでいた)
彼とは仲良くなれそうな感じだったし、演奏も是非聴いてみたかったから残念だけど、これも一期一会だ。ブエンカミーノでお別れした。

もうお昼を過ぎたし、峠からも程良い距離だったので、歩き終えてくつろぎタイムに入っている人もちらほら見えた。
アルベルゲの話をしていたら、ベジタリアンのアルベルゲは無理と言っていたシンはまだ来ないままのスタートになった。彼は確実に再会するだろうけど。

リスタート後最初に追い抜いたのは明るいおばちゃんだった。自分も常に明るく振る舞おう。挨拶をしたすべての相手が爽やかな気分になれるように。


トリアカステラの地名は3つ城があったことが由来らしいが、今は1つも現存していない。

サモス経由がオルタナルートの可能性もあったが、矢印的にもこちらが正規のようだ。だから再会の確率も増えるな!と喜んでいたのだが、モデルプランは右の距離が短いコースを進むということを後になって気付いた。日本のガイドマップとは別な可能性があるなんて微塵も疑っていなかった。
その確認を怠るという凡ミスのおかげで物理的に再会しようがないし、今日になって名前のメモを個別にしておけばよかったと思い始めるし。

13時、今の距離はどうでもいい。でもできるだけ早く到着して洗濯がしたい。こんなに天気が良いわけだから。


こだわり自転車カミーノの女性に追い越された。しかしこの道は歩行者一人分の歩幅と狭く、また川へと転落しそうな危険な箇所もあったので脱帽だ。

この車道から逸れて下の田舎道に移る場所は遍路を思い出した。経験者ですら伝わるかはわからないが、その後確かクーリッシュとオロナミンCを飲んだ。

人の気配のない村を通過する。

おっさんみたいな声質のメ~が多かった。うん●ちをぼとぼと落としている方もいらっしゃいました。

白人グループを追い抜くときに最年長のおっちゃんが、コリアについていこうと言う声が聞こえた。条件反射的にジャパン!と言うと、Sorryと謝っていたけど、すべてのアジア人がコリアンなわけじゃないんだぜ。そして申し訳ないけどついてこられる速度ではなくてごめんね。お昼前に抜いたときも反応が薄くて感じの悪かったグループ。


この周辺は焼けたような痕がある木が多かった。自然発火はないだろうし、雷だろうか。それにしても多すぎる気がするが。

看板はあるが、こんな場所にアルベルゲがあるとは信じがたい。

いや、上の方に建物あるわ。稀にぶっ飛んだ場所に建てられているアルベルゲがあるな。

なんだか人や車の往来がちと多そうな通りに出た。

しかしすぐに下ろされるという。

残りは132km。明日で2桁になるだろうか。

鶏…?ひよこ…?

あ、本当にいる。

……!!

またいた。

めっちゃいた。でも放し飼いしていて、隣の村に行っちゃりしないのかなと気になった。鶏の冒険って話が書けそう。

午後2時になる。残りは何kmだろう。3時までにこのままノンストップでたどり着けるだろうか。


ずっと山の中を歩いてるみたいなもんだから自分がどこにいるのかもさっぱりだし、地味にアップダウンの道が待っていた。
仮に明日『波』に追いつくとして、モデルプランの町に遅く着いてベッドが余っているだろうか…といった考え事をしながら歩いていた。

この光景も遍路の記憶が蘇ってくる。イケメンのお兄さんと一緒にコーヒーをお接待されそうだ。異国で重なる光景、繋がる思い出があるなんて。

ちょっとだけジブリの世界観を感じた。小人が住んでいても様になる。

先程の白人たちとは大違いな快い挨拶をしてくれた4人グループを抜いた。牛が遠くで鳴いているのを聞きながら前へ、上へ。

マップを確認してみたらサモスまであと僅かだとわかった。次の町だ。

車も通るトンネルを初めて通過した気がした。だがなぜか全景を撮っておらず、壁の落書きだけ。

仕事なんてクソ食らえだ!サーフィンしようぜ!的な人もいますよねそりゃ。

あと0.5km。130kmも切った。


3時までに着いてよかった。あとはアルベルゲ探し。願わくば知り合いよ、いてくれ。


まだ町までは遠かったというオチ。アルベルゲもすぐには見つからなかった。

スーパーを発見。良い町だ。

橋を渡る。

かっこいいな修道院。

修道院側にもアルベルゲはあるようだが、進行方向側に進んでみることにした。

だがそれは失敗で、随分と進んでしまったのに引き返すことになった。散策をしている巡礼者を宿へ戻る人だと勘違いしてしまった。

結局橋を渡った正面近くにあるアルベルゲに入ることにした。先程追い抜いた(多分)フランス人夫婦たちも近くを歩いていたし、ベッドが埋まったら大変だと焦って一番近い宿に入った。

しかし建物の中に入っても人が誰もいなかった。荷物サービスで運ばれてきたバックパックはいくつかあるのに。
程なくすると、感じは悪くないけど、英語なんて一切話す気ないよってなスタンスのおばちゃんが来て、彼女からスペイン語で受付と案内を受けた。(曲は英語の歌を流しているのに)
先客は数人しかおらず、ベッド下が空いていたので、使っていいの?と聞いたら、お年寄りが来たら譲ってあげて~みたいなことを言っていたと思う。セニョールしか聞き取れなかったけど伝わるもんだ。Wi-Fiが部屋に届いていないのはノーサプライズ。

シャワーを済ませて、洗濯は昨日の分までしたが、干す場所が太陽も風もない場所だった。
同部屋のおっちゃんはノーソル(sol=太陽)と自分に言って、この場で干すのを諦めて取り込んでいた。乾燥機を使うのかもしれない。


そのおっちゃんの腕時計が修道院の鐘の音と同時に鳴った。午後4時なので4回鳴っていた。

それから髭を剃った。上半身裸ばかりの隣部屋のおっちゃんグループがバスルームにちょうどいて、隣の洗面台で剃っている人もいた。人生で髭剃りをしてきた数も段違いなんだろうな。
シャワーブース内の照明がなぜかブース内ではなく入り口の壁にあり、(自分もそうだったように)当然困っていたのでつけてあげたらお礼を言われた。多分自分が来る前に浴びていたマルセロと呼ばれていたおっちゃんは暗いまま入っていた。

キッチンには冷蔵庫も電子レンジもある。いろいろと捗りそうだ。

Wi-Fiを繋ぐと、シンが昨晩撮った写真の残りの6枚を送ってきていた。本当に10枚撮っていたらしい。でも舞の写真は既に貼ったので、えりこさんが半年後の報告会でもっと話したかったであろう特別なエピソードを無断転載しとく。

修道院へ足を運んでみることにした。

Ultreiaの指輪推し。

余白ありまくりのクレデンシャルを一応持って行っていたので、ショップでスタンプを押してもらえた。自分の前にいた普段着っぽい夫婦が尋ねていなければもらっていなかったけど。

礼拝堂のような場所には入れそうになかったので、一番最初に見つけたスーパーへ行くことにした。

しかし町到着時と同じく店は開いていなかった。ちょうど台湾人の眼鏡の女の子が来て、彼女が、隣の家に行ったら開けてくれるかもよと言うのでノックしてしばし待ってみたが結局来なかった。
彼女はビールを瓶で持ち歩いており、このときもぐびぐびと飲んでいた。酒好きは別に構わないが、それはさすがに品が無いのではないか。ロベルト本郷でもそのサイズは躊躇うぞ。

5時に5回鳴る鐘を聞いて、今度は別のスーパーへ行った。アルベルゲを探しているときに間違えて来ていた場所。

ドックフードの品揃えは悪くないのに、簡単に食べられるものが案の定なかったので、夕食分は諦めて、朝食分だけにした。パンも家族で数日食べられるような巨大なサイズは売っているのに、一人分などは需要がないのだろうか。食生活の違いか。奇跡的にヨーグルトは個別のものが売っていたので買えた。
店内はThe VerveのBittersweet Symphonyが流れていた。お姉さん店員は優しかったが、ミニバックを持たず手ぶらで来てしまっていたので、ビニール袋の分も代金を払うことになった。新しい洗濯物入れになりそうだから別にいいけど。

宿に戻るとすき焼きのような匂いがしたのだが、キッチンでわりと若い女性が料理をしていた。スペインに入って最も美味しそうな匂いだった。
町にはレストランがあることはあるようなので、自分はそこで何かを食べようか。きちんと食材を買ってパスタでも作ればよかったな。一人だからと抵抗があったけど、彼女を見て、また他にキッチンを使う人がいない状況を見て、そう感じた。だが再び外に買いに出るのは面倒なので断念。

洗濯物は全然乾いていなかった。どうしよう。もう服がほとんど残っていない。いつも着ているパーカーなどを除けば、スポーツタオルと穴が空いているトレッキングソックスだけだ。

そして衝撃的な日本のニュースを知った。ELLEGARDENが10年ぶりに復活するらしい。実感はまったくできないが、活動中から今も、世界一というくらい大好きなバンドなので嬉しい。しかしヨーロッパから応募となるとややこしそうだ。(結局チケット当たらずに行けませんでした。はい)

明日通過するサリアという町で残り約100kmとなるのだが、実際に歩いたという巡礼証明書はサリアでスタートすれば貰う資格が生まれるようだ。どのくらい増えるのかは想像つかないが、歩く人の数は当然増えてくるだろう。

さっき料理をしていた女性とおっちゃん2人が同部屋で話し始めた。その話し声を聞きながら二通りのプランを考えた。
フィステーラへは歩かないパターンは、ほぼモデルプラン通りに進みつつ、ゴール手前の歓喜の丘で泊まるって、16日の朝にサンティアゴに到着するというもの。
もう一方の歩くパターンは以下。

12日 / ポルトマリン ~ パラス・デ・レイ / 24.1km
13日 / パラス・デ・レイ ~ アルスーア / 28.7km
14日 / アルスーア ~ 歓喜の丘 / 33.3km
15日 / 歓喜の丘 ~ サンティアゴ・デ・コンポステーラ ~ ネグレイラ / 26.5km
16日 / ネグレイラ ~ オルベイロア / 33km
17日 / オルベイロア ~ フィステーラ / 30km
18日 / フィステーラ ~ ムシア / 28km

+19日にバスでサンティアゴまで帰ってくるという計画。こうして現実的な計画を立ててみると、意識してなかったにもかかわらず、バスで行くつもりで予約していたフィステーラとムシアのアルベルゲの宿泊日がぴったりと合っていて思わず笑ってしまった。(サンティアゴは日にちがズレるというか、そもそも泊まらないのでキャンセルしないといけないが)
そして、この計画通りに歩けば、フィステーラだけでなくムシアまでも歩いて行けるということだ。なんだかにわかには信じられなくて、ムシアまでもか…と唖然としてしまった。そのままの流れで20日にサンティアゴでボタフメイロを見ることも可能かもしれない。
でもまだ迷いはある。この速度で進めば、ゴール地点での感動の再会ができない。きっとサンティアゴで過ごす数日は楽しいはずなのに。どうすればいいんだ。

受付付近でWi-Fiを使いながら、流れているColdplayのViva La Vidaを聴いていた。
えりこさんもBuen Caminoというアプリで作っていたのでお互いに計画表を送り合った。自分は明日24kmと波に少しだけ揺られる予定だが、彼女はそれ以上のペースで歩くらしいので、ゴールの日が同じになっている。サンティアゴ以降はノープランとのことだが。

あれは君のかい?と聞かれるくらいに同部屋のおっちゃんは自転車に興味津々だったが、持ち主は同じく同部屋の女性だったようだ。自転車カミーノだったか。

乾かしようがないので乾燥機を使うことにしたが、お金を入れても動かなかった。オスピタレロのおばちゃんに聞くと、こちらは故障で使えないとのことだった。もう片方が空くまで1時間待つしかない…。

19時になるのでレストランへ行くことにした。修道院の裏をぐるっと回って。

なんとまあ個性のあるガソリンスタンドか。

同部屋女性も同じタイミングで同じ方向に移動していて、修道院に行くのかなと思っていたが、バーで食後のアイスクリームを買っていた。

修道院にもアルベルゲが併設されているとは知らなかった。泊まっていたらまた違った体験ができただろう。

店内には小さな女の子がいて、オラと挨拶したら、顔をくしゃくしゃにする笑顔になって可愛かった。母親も挨拶をしてくれた。そしてバーの店員に巡礼者メニューはどこ?と尋ねたら上だと教えてくれたので階段を上がった。

上に食事会場は確かにあったが人がいないし、待っていてもウェイターすら来なかった。音楽は流れているのに、バーの店員も教えてないのだろうか。
結局誰一人来ないから、窓から見えた向かい側にあるアルベルゲのカフェに行くことにした。こちらの店内には蝿が何匹も飛んでいたから問題ない。

Menu del Dia。

猫がいて、鳴けば食べ物をくれると理解しているからかなり鳴いていた。んであげちゃうカミーノ客がいたっていうね。

リゾットは珍しいし、美味しかったけど、熱かった。そしてパン一切れとリゾットだけでもうお腹いっぱいになってしまった。
1stメニューから2つ選んだりもできるとガイドブックには書いていたけど、悪い気がして普通に2ndから選んじゃうよね。

ステーキが来るのが怖かった。お昼もハンバーガーを食べたし、スーパーで買ったクッキーやKASも後悔。
そして届いたステーキは生焼けだった…。赤い部分があるよ…。

デザートも食べ終えると、コーヒーはいかが?と聞かれて紅茶をもらうことにした。アイスを食べて寒くなっていた体を温める。

明日はポルトマリンという町まで進み、やっと波に追いつくわけだが、そこから帯同できなくても、追い越すタイミングで再会できればそれでいいだろうか。
うん、行こう。地の果てまで。歩こう。歩かなければきっと不完全燃焼になり、歩いたえりこさんが羨ましくなる。もう30km歩くことは何の苦でもないわけだから、行くしかないだろう。
本当に仲良くなった人とは連絡先も交換した(ベネズエラのヘススは”アツい出会いがあった”で締めくくっていいと思う。年は離れてるし、連絡先は別に要らないだろう)。きっと行くべきだ。

ステーキの焼き具合は置いておいても、9€にしては満足感はあった。それは満腹感に伴うものだろうけど。
お会計に10€を用意していたら、紅茶と合わせて10でオッケー?と聞かれた。まあ、お釣りを待つのもあれだし、いいよ。

乾燥機がもう止まっているから取り出していいよな、と取り出してみたが、洗濯物の量がめちゃくちゃ多かった(多分隣部屋のおっちゃんグループ)。
取り出して置く場所がなかったのでもう片方に入れ替えた。そして硬貨を入れてみたが動かない。小さくて太っているあの宿のおばちゃんを呼んだら、こっちは使えないよとまた教えられた。いや、それは知ってる。もう片方の方が動かないの。(使用不可なら貼り紙しとけばいいのにね)
3€必要だったので1€と2€で入れた。でも鍵で取り出してくれたけど、なぜか2€がなくて、うーん???と。結局1€を逆の箱に入れて動かしてくれた。多分中で詰まっていたのだろうが、とりあえず余分にはお金を支払わずに済んだ。

オレンジジュースはあまり美味しくなかった。多分明朝の出発時に余った分は捨てることになるだろうから、胸が痛むような気持ちが減るという意味ではいいのかもしれないという強制ポジティブシンキング。

歯磨きをしたが乾燥が終わっていないので眠れない。困ったな。もう利用する人はいないだろうからそのままってわけにはいかないかな。いや、待つか…。すぐ眠りにつけるとは限らないし。
隣部屋のおっちゃんたちは小さなテレビでテニスの試合を見ながらお喋りを続けていた。仲良しグループだな。
9時15分頃に宿のおばちゃんオスピタレロは鍵を閉めて自宅へと帰った。同部屋の女性もその前に戻ってきていたからもう部屋に戻りたいんだけどな…。
明日は6時には出発したいけどどうなるか。アラームは5時設定だが、その前に起きたいは起きたい。

9時半前に眠たくなってきたが、乾燥機はまだ回り続けている。確認してみたらあと30分以上も残っていた。もう無理だと取り出すことにした。まだ水気を含んだ物もあったが、びっちゃびちゃに濡れた状態と比べれば遥かに良い。ホカホカにもなっているし。
ってか白のノースフェイスのアンダーシャツがなくなっている気がする。探しても見つからない。なんだかんだで自分も物がなくなっているのか。

寝袋は嫌いだからもう出さないで布団で寝ることにした。バスルームから戻ってきた自転車女性とおやすみ前の笑顔交換。
片方の扉は閉めているけど、街灯の高さが運悪く、窓からの明かりがまだ入ってきていた。しかしもう片方も閉めてしまうと完全に真っ暗になってしまうので、少しだけ開けておくことにした。
部屋には自分を含めて4人しかいない。今日は耳栓をしないことにした。おじさん2人もうるさくなさそうだし。(無音過ぎて逆に怖いくらいだった)
この宿はバスルームにコンセント式の芳香剤もあったし、良い匂いのハンドソープも置いてあったので優秀認定。洗濯干し場を除けばね。

今後の計画についてはまだどちらにしようかと迷っている気持ちがある。でも9時半を過ぎてしまったから寝よう。考えたって今はどうせ決めきれないし、そのうち決断しなければいけない日は必ずやって来る。
明日の後半は誰に会うだろう。ちょうど明日で30日目か。長い旅だ。


今日の歩み
O Cebreiro – Samos / 29.6km


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