最近何かと「親ガチャ」という言葉が話題になっていて、親ガチャ失敗という言葉が嫌いだと発言した芸能人が叩かれたりもしているわけだけど、
容姿や才能、コネ等に恵まれていなければ、芸能人は芸能人になれていないだろうし、そういった成功者たちが持たざる者たちから目の敵・嫉妬の標的にされるのは致し方ないかなとは思う。「恵まれてる人間は黙っとけよ」ってことなんだろうし。
でも今朝何気なく観ていたスッキリで、みちょぱに反論する加藤浩次の言葉は、ああ、この人は這い上がってきた人なんだな、とは感じた。芸能人もいろいろだ。
まあ、誰も幸せにしない言葉だとは思う。だが様々な点で核心をつく言葉でもあるのは間違いない。
ガチャに例えるから安っぽい表現になるし、けしからん!と文句をつける人がいるんだろうけど、要は生まれの格差を嘆いた言葉であって、ずっと昔から存在する社会の真理・現実ではあるんだよね。子は親を選べないという言葉と意味はそう変わらないし。
例えるなら、「一流大学を卒業し、大手企業に就職する」というところをゴールに設定して、
スタートを「東京の裕福な家庭に生まれたイケメン・美人」と「田舎の貧困家庭に生まれた不細工・ブス」に分けたら、
その二方の難易度が一緒なわけがないじゃない。そんなこと誰だって、考えなくたってわかる。
ほぼすべての人物や事柄に優劣がつけられるから、恵まれている・恵まれていないも正直際限がない。
でも明らかに恵まれていない、可哀想な人たちは存在する。
上・中・下と分類した方がわかりやすいかな。上が「恵まれている・幸福」、中が「普通」、下が「恵まれていない・不幸」といった感じで。
大抵の人間はそのまま普通なんだろうけど、下の人間は当然生きるのに苦労をする。
容姿だとか家庭だとか病気だとか障害だとか、選べない・どうしようもない部分でハンデを負い、生まれながらに苦労を強いられる人間は確実に存在している。
