なんと南都PSG

出自が秦氏の流れにあるとか、和気清麻呂や垂仁天皇の血を引いているだとかがわかるとルーツ巡りの場所も増えるわけで、それを新たな楽しみにしている節はある。
でもいつでもできるっちゃできるし、本気で終わらせようとしたら一瞬で終わっちゃうので、他の理由に付随する形が理想。
というわけで、パリサンジェルマンのジャパンツアーをきっかけに関西に行ってきました。新幹線で。

新大阪駅到着ルーティンたこ焼きくくる。

電車を乗り継いでまずは奈良市の尼ヶ辻駅。死にそうなくらいには暑かった。

垂仁天皇陵へ。

 

Interstate 30

いやー、参りましたね。参りましたとも。ええ、30歳になりました。”三十路”と書くと更に参ります。
年上の方から見ればまだまだ若えだろ!ってな感じだろうし、人生の中のただの一日でしかないけど、富士山の山頂で迎えることのなかった誕生日はほぼ屋内で過ごしております。エアコンの有無で比べれば大勝利です。
それにしても外は暑いですね。うだるような暑さなんで、ついでにうだうだ書いときますかね。時間があって冗長で暗い何かを読みたい気分の人だけお付き合いください。

うん、振り返れば、長い時間が経ったなあと思う。本当に長い時間が経った。
能動的に行動したがゆえに、楽しめたり、珍しいこともいくつかは経験できた。基本的には旅で、巡礼路や全都道府県制覇といったところかな。良い出会いというのもまったくなかったわけではない。自分の支えになってくれている人達は確かに存在する。
でも、抜け出せなかったな、というのが本音の大部分を占める。泥沼というか、底辺というか、そんな場所から。

やっぱり一番大事なのは仕事かな。YouTubeを一度でも当てたということは喜ばしいことなんだろうけど、もう本気で駄目になってしまった。何度も何度も書いているけど、その度に底というのが更新されていく。昇りきれる糸ではなかったらしい。
立ち振舞いに失敗した。十数年前にGAFAの株を買っておけば!みたいなたらればになるけど、「最も順調だった頃に、後のことは考えず全力を出して、大手企業なり中華なりにチャンネルを売る」というのが正解だった。そうしていれば、まだ余裕のある今があったはず。
でも売れなかったんだよね。ずっと惨めな想いをしてきて、何もない自分が唯一成功したことだったから、手放せなかった。まあ、それすら後悔に変わるとは予想していなかったってだけなんだろうけど。

危機感が足りていなかったのかな。YouTubeに関係なく、十代の頃から、底辺から抜け出すためのスキルを習得すべきだったのは間違いない。
手に職という言葉があるように、いや、もっと余裕のない状況で、この世は生きづらいと感じていたり、心に傷を負った少年少女たちは、自分を表現する方法を身につけておくべきなんだ。改めてそう感じる。まともな道を歩めなかった人間が這い上がっていくために、何かスキルをね。音楽でも絵でも何でもいいからさ。
そういったスキルがないまま30歳を迎えると、こうして等身大以上になることは決してない拙文でしか自分を吐き出せない大人ができあがる。
そんな環境下にある10代の子で、この文章を読むのなんて居て数人だろうけど、それは伝えたいな。大抵の場合、生き地獄に落とされた人間は自分の力で這い上がるしかない。特に結婚や風俗といった道がほとんどない少年はね。
 

I’m Coming Along

ここ数日Twitterでも散々書いてきたようなことなんだけど、細美さんについてです。

安倍晋三元首相が襲撃されて、悲しみに暮れる国民が大勢いる一方で、クローズアップされたのは反安倍活動をしていた人々。
その悲劇を侮辱するような小沢一郎やラサール石井だとかの品性の欠如は置いておいて、
ネット上で話題になったのが、ライブで「安倍死ね」と歌っていたバンドマンたち。
中心にいたのは、その手の発言を繰り返していたASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文やBRAHMANのTOSHI-LOWで、同じステージ上には僕がずっと応援している細美武士の姿もあった。

被災地でボランティアに積極的に参加する姿は細美さんらしくて好きだなと思っていたけど、いつの間にか反政府運動のようなものに加わる姿を見かけるようになった。元のきっかけは原発事故でも、その脱原発運動が、反安倍反自民運動に変貌していったというか、
アジカン後藤なんかは一貫して左翼的な発言をTwitterでするのは目にしていて、そのゴッチと付き合いが長いのはもちろん知っていたけど、TOSHI-LOWと親友のような距離感に近づいたことが今の流れかと予想している。

the LOW-ATUSでは公式リリースされた曲に原発についての歌詞が入っていたり、そういった人達に影響されてか、MONOEYESのライブのMCでも、ステージに立つ細美さんの口から原発についての発言があったりした。
現実の面倒なことや辛いことは今だけは全部忘れて、ライブハウスに逃げ込んできたファン達と最高の空間を作り上げ続けてきた、細美武士が作った音楽をみんな楽しみに聴きに来ているのに、そういうのいいって…みたいな空気が広がり、実際その瞬間は会場が静まり返っていた。福岡ではそれ以来MCで原発について聞くことはなかったと記憶しているけど。

ある意味、原発事故というのは、平和すぎる日本にはほとんどなかった、ビリー・ジョー・アームストロングやザック・デ・ラ・ロッチャになれるチャンスで、
ブレイク済みで知名度はあるけど、でも若い時ほど音楽一本に情熱を注ぎ込んでいないような、中年ミュージシャンには絶好の機会だったのだと思う。
セックス・ピストルズやザ・クラッシュといった若い頃に憧れたパンクロッカーのようになった気分で、仲間内で反体制的な自分達にどんどん酔っていったのかな。
今回の銃撃事件よりずっと前から、見たい姿ではなかった。思想がどうであろうと、政権にどんな不満を持っていたとしても、大好きなミュージシャンが「安倍死ね」等と子供の悪口のような発言で、個人を中傷する光景が辛かった。ミュージシャン達も安倍さんのことも好きだったというのもある。
 

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