クオーターライフ・クライシス

内容的には、以前書いた「人生のスピード」という記事に重なる部分はあるけど、
まず、タイトルの「クオーターライフ・クライシス」というのは、生まれてから四半世紀が経過した20代後半ならではの悩みのこと。
人生の半分にはまだ全然届かないけど、確実に4分の1は終わってしまい、まだ若者ではあっても、若者ではなくなって(いられなくなって)いくのを感じる時期。
でも大人として見れば、社会的経験や地位もまだ未熟で、堂々と胸を張れるというわけでもない時期。
そういった時期に感じる、自分や現状に対する不安や焦燥感が主に挙げられるかな。

なぜそういった負の感情を感じてしまうのか、実際に20代後半の自分が体感してわかったからちょっと書いてみようと思う。
26歳になって、なんだこの焦りは…?と違和感を覚え始め、27歳になって、(大阪の街を歩いていたらふと)ああ…そういうことか…と自分なりに理解できたので。

年代が変わる時期に、年齢を意識する悩みってのは付き物だと思う。
でも10歳前後の自我なんてあってないようなものだし、19歳や20歳頃の実質最初のステージアップも、まだまだ子供で「大人ってどんな感じなんだろう…?」という関心は持っても、大半は学生の年齢だし、次のステージのことを深く考えている方が圧倒的少数。それが未知なるものすぎて…ってのも理由にあるはず。
多分、人生の転換期となりうる時期でもあるし、ステージアップで悩む最初の時期が20代後半なんだと思う。

大分トリニータの歴代ユニフォームをまとめてみた【1994年~2026年】

昨日、2020年のユニフォームが突然発表されたもんだから、急いで作っちゃいました。こんな記事を。
ネットの海からの拾い画もあるので、なしか!これうちの写真やけん!勝手に使わんで!って方がいたら教えてください。
では早速、いきましょう。クラブ創設から25年+1の歴史です。

※追加で最新年まで更新しています!(クリックで下まで飛べます)

1994年 ~ 1998年

一番左が1994年、以前のチーム名である「大分トリニティ」時代の初代ユニフォーム。番号以外は何も付いていない真っ白な、いや、(良い意味で)真っ青な、はじまりのユニフォーム。
クラブ設立はワールドカップ開催地招致がきっかけであり、その母体を持たないチーム名の由来は県民・企業・行政の三位一体でチームを育てていくという姿勢を示すものであり、チームカラーは自然豊かな大分県と東洋のナポリと呼ばれていた別府を結びつけて、イタリア代表(アズーリ)から着想を得て「地中海ブルー」が選ばれた。今では東洋のナポリも地中海ブルーもそのフレーズを使ってる人は誰一人いないけど。

それから1995年、1996年、1997年。
胸スポンサーは朝日ソーラーで、この頃のサプライヤーはプーマではなくアシックスやミズノだった。
文字通りゼロからのスタートであり、一度でも躓けばチーム消滅という背水の陣でありながら、県リーグ→九州リーグ→全国地域リーグと順調に駆け上がり、クラブ創設から661日という史上最短記録でJFL昇格を果たした。

そして一番右がJFL最後のシーズンである1998年。この年からサプライヤーはお馴染みのプーマに変更。胸にはTrinityと書かれてある。

【シーズン成績】
1994年 : 大分県リーグ 優勝
1995年 : 九州リーグ 優勝 | 地域リーグ決勝大会 準優勝
1996年 : JFL 10位
1997年 : JFL 12位
1998年 : JFL 6位

【追加】
-1994 FP 1st & GK-

-1994 FP 2nd-

-1995 FP 1st & GK-

-1995 FP 2nd-

-1996 FP 1st & GK-

-1996 FP 2nd & GK-

-1996 FP 2nd-

-1997 FP 1st & GK-

-1997 FP 2nd-

-1998 FP 1st & 2nd-

-1998 GK 1st & 2nd-

生きているから、仕方がない

きっと誰の中にも”誰かに言いたいこと”ってのは沢山あって、例に漏れず自分もそうだし、そういった言いたいこと・伝えたいことは日々増えていって、たまには発信しておかないと溜まり過ぎちゃうから、こうしてブログを書く。これはただの深夜の一人語りだけどね。

まずは、現代人の必須ツールとも言えるSNSを利用してるだけで思うことがいっぱいあるから、それについて。
なんていうか、処理しきれないな、と思うんだよね。
全員が発信源となれる時代だから、自分が今まで知らなかった様々な有益な情報を知れるわけだけど、とてもじゃないけどそのすべては処理しきれないなと。
生活に役立つノウハウ・ためになる知識だとか、オシャレな店や商品、絶景スポットや隠れ家みたいな宿、この情報は役立てたいな~、一度は行ってみたいな~と思うような魅力を沢山のものに対して感じるんだけど、すべては無理なんだ。
素敵な写真、イラストや漫画なんかも溢れていて、本当にこの世は才能がある人ばかりだなと驚くけど、でも数が多すぎて、追いきれない。
あれだったらネットに写真をアップしてる可愛い女の子でさえそんな感じ。いろんなことがあまりに多すぎる。

こういった情報が溢れる時代になったのはつい最近のことで、今生きる人々ってのは情報化社会の初期世代とも言える。まだまだ慣れてなくてそりゃ戸惑うこともあるかもしれない。
せっかく手に入れた情報を活かせずに実質無視するような形で、そのまま忘れていくのはもったいないし、心苦しい。
でも、この身一つで生きているから、それは仕方がないこと。全部覚えておくことなんて不可能なんだから。
気になる音楽も映画も本も、全部を鑑賞することはできない。時間は無限にはないのに、対象は毎日増えていくから。
だから、ほんの少しを選んでいくしかないんだよね。いろんなことを忘れながらも。その存在に気付きながらも触れないままで。

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