旅を楽しむのが得意なフレンズ

気付けば遍路旅を開始してから一年以上が経った。終わるまでにはまだ一ヶ月残っているけど、本当に楽しい旅だったなと思う。
道中では怪我をしたりといったトラブルがあったとはいえ、今振り返って感じるのは旅の楽しさだけ。

この一年の間に、遍路旅に行ったということを人に話すと「なんでそういう旅に出ようと思ったの…?」というような、ぶっちゃけて言えば、なんか変わった人間だと思われてるなーと感じるような、そんな質問を何度もされた。
もちろん相手に悪意なんて一切ないし、旅を始めた理由はいかにも遍路的なものだったから、別にこちらも不快な想いはしてない。
でも実際に体験した当事者の自分からすれば、時間が経って、旅の終わりから離れていくのを感じるたびに、あんなに楽しい旅だったんだから行くに決まってるやん!というような気持ちにもなった。
特異な旅であることは間違いないから例えるのは難しいけど、4,5人の男友達たちとニセコにスキーに行ったり、カップルで京都旅行をしたり、沖縄に女子旅に行くような選択肢とそこまで変わりはないと思えるほど楽しかった。

少なくとも僕はあんな特別な経験は今まで一度もしたことがなかった。
野宿が合法(黙認されている)とかそういう他の地域ではありえないことだとか、挙げだしたらキリがないけど、
目が覚めて寝袋やテントから出てみれば、そこには最高の朝があることだけで胸が高鳴ったし、
短い会話を含めれば100人以上との新たな出会いや、お互いにまったく知らない存在である人々からの優しさを受け取ったという大きな感動。 
ふとした瞬間に思い出す一つ一つの記憶がどれも楽しくて、振り返れば振り返るほど、懐かしくなって、楽しさもまた蘇ってくる。
それと同時にあの遍路旅と同じくらい楽しいことをまたしたいなーとも思う。でもそれが何なのかはよくわからない。
じゃあ2周目行けばいいんじゃないのという話になりそうだけど、それはなんか違うというか、同じことを繰り返すのはあまり好きじゃないから、何か新しいことで楽しみたい。(別格は少し心残りでどうにかしたいとは思っているけど…)
まあ、これからに期待。


話は大きく変わって、先日トリニータの試合を久しぶりに観戦した件について。町田で行われた町田ゼルビア戦。
トリニータ側の事情はもちろん知っていたんだけど、ゼルビアの選手で驚いた。プロになっていたとは知らなかった選手がいたから。
でも、きっと頑張り続けてきたからJリーグのピッチの上に立てているんだろうなと考えると、感慨深いものがあった。
夢を叶えた人間と叶えられなかった人間。自分が知っている人たち、その夢を追っていた人たちみんなその夢を叶えられたらいいのにとは思うけど、そろそろ時間切れなんだろうな。

うん、まあいろいろ書きたいことはあるけど、この辺にしておこう。

春の雨

これまでの後悔が急かすんだろうけど、血眼になってあれもこれもと追い求めている自分に気付いたとき、「生き急がないで」と掛けてもらった言葉を思い出せれば、それが今の自分を最も救ってくれている言葉だなと実感する。

嬉しいとか楽しいとかそういった感情も(もしくは真逆の感情も含めて)、余裕がなければ充分感じられないだろうに、焦る必要はないのに焦ってばかりで、いつも疲れてしまう。
また幸福だとか喜びの類を求めすぎること、その所望自体にも疲労を感じる。
まあ、疲弊だとか、自分を息苦しくさせる理由なんてごまんとあるだろうけど。

長すぎる休憩というのもあれだけど、でも適度な速度で進まないといけない。フルマラソンでスタート地点や10km地点から全力疾走しても絶対ゴールにはたどり着けないし。
だから本当にゴールをしたいのなら、どうしてもキツいときは立ち止まってもいいのかもしれない。

どこまで行けるかというよりは、そこに至るまでにどれだけ満たせるかなのかなと最近思う。
タイムを競っているわけではなく、採点競技のようなそんな気もする。

早く走らなかったことで手が届かなかったものは今までだって沢山あって、これからももちろんあるだろうけど、でもちょっと速度を緩めて、歩いたがゆえに見えた景色というのもあるだろうから、両者を天秤にかけてそのどちらかを完全に肯定して、そのもう一方を完全に否定するのは賢いやり方ではないはず。

誰しもそうだろうけど、やるべきことは相変わらず沢山あって、いろいろと難しいけれど、とりあえず楽しく生きたい。
焦ることなく、余裕を持って、楽しく進んで行きたい。
明日世界は終わるかもしれないけど、終わりそうにはないから、雨の日は無理に走り回らず、紅茶とクッキーを用意して、窓の外、雨の風景をのんびりと眺めるような、そんな感じで。
(最近の現実はJリーグとかWBCとか大相撲とか観て、PC作業で疲れた目をホットアイマスクでふぇぇ…と癒やされるって感じなんだけど)


まあでも、ああだこうだ言っても、会いたい人には会えるうちに会っといた方がいいな。
その相手が突然いなくなるかもしれないし、自分が死ぬかもしれない。いつ会えなくなるのかはわからない。
この時期は多分この先ずっと、もしかしたら生涯ナーバスになるのかもしれない。1週間もすれば元に戻るとは思うんだけど。

四国歩き遍路 持ち物リスト(野宿有り版)

【最終更新 : 2025年3月】

お遍路こと、四国八十八ヶ所巡りに必要なものをリスト化し、一記事にまとめてみた。
これを作りたかった理由の一つは、自分が出発前に持ち物について調べていたら「遍路道は9割が舗装道なので靴はウォーキングシューズが良い」と書かれてあるのを見て、その言葉を鵜呑みにしてウォーキングシューズで歩いた結果、強く後悔することになったから。

実際に歩きで、野宿ありで、通し打ちで回った自分の経験(+他の遍路たちの装備)を踏まえて、何を持っていけばいいのかがわかる持ち物リストとなっている。
歩き+野宿とそれ以外の回り方ではもはや完全に別物にも感じるけど、野宿なしで宿泊の人や自転車遍路の人にもある程度参考にはなると思う。

以下がリスト。説明が長いものはもちろん飛ばし読みでも構わない。

遍路装備(巡拝用品)

  • 白衣(びゃくえ)
    長袖(実質七分袖)と袖無しがあるが、少しでも汗をかく季節(冬以外)なら袖無しを選んで、他の服で調整するスタイルが良いと思う。
    僕は5, 6月を歩いたので、長袖の薄いランニングウェアの上に袖無し白衣、スポーツタイツの上にハーフパンツという組み合わせで歩いたが、歩いているときはそれでちょうど良かった。
  • 菅笠(すげがさ)
    大きいサイズと小さいサイズがあって、顔も隠れて雰囲気出るだろ…!と安易に大きい方を選んだが後悔した。なぜなら、笠の後ろの部分とバックパックの上の部分が当たってしまい、歩きづらいと感じることがあったから。また、トラックなどの大型車が横を通ると風圧で飛ばされそうになったりという苦労を何度も味わうことになった。
    だから小さい方をお勧めする。小さくても日差しは防げるし、基本ビニールカバーが付いているので雨具にもなるから。
    最初は被り心地に違和感はあると思うけど、木なので徐々に馴染んではくる。直接が痛いならバンダナなどの上から被るというのも対処法の一つ。
     
  • 金剛杖(こんごうづえ)
    杖の上部にカバーがあるものは、金剛杖=弘法大師の化身なのに、頭を直接握るのはいかがなものか?という考えから。
    僕はカバーがある方を選んで、それが正解だったと思っている。カバーに付いている鈴の音を聞きながら歩くのは本当に心地良かったから。
    握り加減に慣れるまではカバーが取れそうになったり、溝(集水桝)にはまったりしたけれど、それも時間が経てば問題ではなくなる。
    少数だが手作りの杖で歩いている人もいた。いろいろと役に立つし、歩き遍路の中では杖がどれだけすり減っているかを確認し合うという話題もあるから持っていて損ではない。(自分は強く落とさないからあまり減らなかった)
    杖は宿の部屋には持って上がるのが決まりらしいが、温泉等の施設ではどうするんだ?と出発前に気になっていたけど、普通に傘入れの中に置くことが多かったし、宿でも玄関近くに置くことはあった。つまり、そこまで気にする必要はないということ。
    だが橋の上では杖はつかないというルールは守り続けた。飛行機には持ち込めないのと置き忘れには要注意。

以上の3点があれば「お遍路さん」になれる。他にも輪袈裟や頭陀袋(山谷袋)等あるんだけど、用具は全部揃えたいという人以外には不要だと思う。お手洗いに行くときは外さないといけなかったりするし、そもそも歩き遍路で持っている人は少ない。
白装束になったりと、普段は身に付けないような物ばかりだから、恥ずかしいと思う人もいるかもしれない。だが数時間も歩けば慣れるし、逆に身に付けていないとお遍路さんなのかわからず、不審者扱いされることもなくはないだろうから、もはや必需品。
道を教えてもらうなんてありがた迷惑だし、そもそもお接待は絶対に受けたくない。そして誰とも交流したくない、というのなら、持たなくてもいいかな。難しいだろうけど。

購入場所はネット通販でも可能だが、序盤のお寺近くにあるお店でも良い気がする。お店で購入するのなら、いろいろと説明も受けられるだろうから。
1番札所付近は割高らしいから、少し進んで買う人もいるみたい。お遍路用品専門店だけでなく、仏具店や石材店でも売っていたりするから、どこで買うかもわりと自由。
自分は白衣だけ先に購入した。出発前にそれを眺めていると背筋が伸びるような不思議な気持ちになっていたのを思い出す。

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