眼精疲労界の神

先日、開くことができないほどの目の痛みと、それに伴う尋常じゃない激しさの頭痛と吐き気がして、その症状自体は以前も経験したものだから、さすがにどこかが悪いんじゃないかと気になり+周りの人間にも強く勧められ、眼科に行って、眼底検査などなんだの2日に分けていろいろと検査したら、「特に悪いところはない」という診断結果が出た。

いやまあ…そうだろうとは思ってたし、緑内障や白内障といった何かしらの病気じゃなかったのは良かったことなんだろうけど、あまり行った意味は感じられなかった。
先生からも「画面を見るのとかは控えた方がいいかもしれませんね」と言われるし。いや、そりゃそうでしょと言いたくなったけど、特に悪いところがなかったら先生もそう言うしかない。
要は、ただの極度の眼精疲労ですね。数千円を払いそれが判明しました。人体が悲鳴をあげるほどの眼精疲労が溜まればそうなるのでしょう…。
もし頭痛とかが続いていれば脳神経外科への紹介状も書くと言われていたけど、もうあんなに辛いのはごめんだと大事な生活の時間を削ってでも目を労った結果、多少はマシという状況になっていたから、いや、なんだろう。病院に行くときは症状がマシになってるあれ。ちょっともどかしいよね。今は…そんなに酷くないです…ってね。

その正気を失いそうなレベルの痛みを感じてから、デジタルデトックスをしてみたんだけど、これがまあ難しい。
パソコンでの作業やスマホでの連絡(+SNS等)ができないとなると不便でしかないしね。アナログとはいえ、読書や勉強も小さい文字を読むことになるから厳しかったし、本当にできることが限られて楽しくなかった。
まあ、自分はパソコンを使わずに生活できないから、今後もまたあの痛みが襲ってくるのではないかという恐怖に怯えながら作業を続けるしかないのでしょう。逆に特定の病気とかの方が気は楽になってたかもしれない。うん、でも、そんなもんかな。
暗いところで画面を見たりしないようにだとか多少は配慮しながら生きてるんだけどな。やっぱり時間かな。子どもの頃から遠視性乱視だから蓄積されたダメージは人よりあったりするのかもしれない。わかんないけど。何が何だか。
皆さんも目には気をつけてくださいね。ええ。あれだったらデジタルデトックスもやってみてください。最高に楽しいんで。


最近和訳ブログを作り替えようと思って、アメブロからサブドメイン「Fake Tales Of The Pilgrim」へと引っ越しさせようとしてるんだけど、アメブロにリダイレクト機能がないから、元の記事を削除して検索結果から消えるのを待っているのになかなか消えてくれない。
聞くところによると、3週間ほどで消えるという話だったのに、約1ヶ月経つ今もほとんど消えてないままで、まあ推敲にも時間が掛かってるからいいんだけど、まだかまだかと焦らされている感覚はある。
ありがたいことに元の記事のほとんどは検索上位にあったわけだけど、作り直してどこまで戻れるか、どれくらいで這い上がれるか。
現状を検索してみたら、これ絶対自分の投稿読んでから書いただろ…みたいな香ばしい方も発見して、どのジャンルでもパクり野郎はいるなと呆れつつも、言葉選びのセンスにはちょっとだけ自信があるのでまた上へと戻れたらいいなと思う。んじゃあもうちょい記事数増やせよって話だけど。

それと、今年の夏は高野山に行く予定です。念願の町石道を登ってね。
膝は一日くらいならなんとかなるだろうと楽観視してるんだけど、台風や大雨は怖い。現実に今土砂崩れによる通行止めも存在するみたいだし。
しかしもう宿坊を予約したから日付変更はできないので完全に運次第。良い滞在になってほしいけど。

最後は、ロアッソ熊本戦を観に行った時に遭遇した現地の神との一枚を。

On My Knees

お久しぶりです。お久しぶりです。
Queen+Adam Lambertを観に大阪へ行ったり、久しぶりにビッグアイでトリニータを観たり、映画『オッペンハイマー』を観たりと何かしらネタになりそうな時間は過ごしてたんだけど、どれもSNSで簡単に完結させちゃってたからブログが実質冬眠状態になってました。ええ。あけまs

本当はもっと旅感があったり、アウトドア方面なこともしたいんだけど、相変わらず膝が死んでましてね。
難治性と言えばそうなんだろうし、要は使わずには生きていけない部位で寛解と再発を繰り返してるんだろうけど、たまに無意識に庇いすぎて付け根や腰が痛くなったりもしてね。
30代になると回復が~みたいな言葉をよく聞くけど、明らかに年齢的な症状では済まないレベルだし、ただひたすらに怪我が怪我を呼び続けてるんだろうな。
まあ日常生活はほとんど気にせず動いてるけどね。たまに痛くなって「2年も経つのに…」とうんざりするってくらい。

レコード集めはちょいちょいしてたんだけど、最近は、以前持っていたのに「ロスレス音源をPCに入れてるし置き場に困るから」と手放したCDをまた買い集めたり、既に持っているアーティストを付け足すような感じでCD集めもちょっとしてます。
アメリカではLPレコード販売数がCD販売数を逆転したように、逆にレコードの方が手に入りやすい時代が来ていて、とはいえまだCDにそれほどのプレミア価値がついていないから今が買い時かなと。別に転売するわけじゃないけどね。
デジタルデータと違って、置き場問題は増えれば増えていくほど困るのはそりゃ間違いないんだけど、やっぱり実物を手に取れるという喜びはある。特に好きなアーティストのものは手元に置いておきたいなと改めて感じているところ。
とりあえず、あれは手放さなきゃよかったな…というものは回収しときたいな。うん、義務感すら覚える”収集”という名の趣味だね。
レコードはね、クリアとかカラーヴァイナルが特に好きでね。うん、キリがないね。お金じゃんじゃん減る。

健全な肉体がなかなか戻ってこないからか健全な精神も一向に戻ってこないけど、まあ今に始まったことでもないし、ずっと疲れていて、辛さに耐えなきゃいけない理由ももはやほとんど見失ってしまったけど、ひたすら耐えてなんとか生きてます。
流す涙すら若さを失っていたとしても、楽しいと思えることはまだあるし、悲しませたくない人もまだいるし、まあ、それが耐える理由なんだろうけど。
いつからかこれ以下はないというほど落ち込んだ状態が続いていて、ほぼすべてのことに対する気力も失われているけど、その気力だけでいいから回復してくれないかなと思っている。もう少し頑張ってみたいことも一応残っているから。
どうなるんだろうね。小学生の頃からトンネルの出口を目指して歩き続けてはいるんだけど。長旅だね。

なんとなく今春の一枚。綺麗だった。川についてはノータッチ。

Merry Christmas Ukraine

昨晩はウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団(National Philharmonic Society Of Ukraine Kyiv)のコンサートを観に福岡シンフォニーホールへ。

曲目はドヴォルザークの「新世界より」とベートーヴェンの「第九」で、どちらも交響曲第9番の超有名曲。
でも正直、今までまったく聴いたことのなかった楽団で、サブスクにも音源がないので、演奏技術的にはどうなんだろうかという不安がまったくないわけではなかったんだけど、杞憂だった。

ロシアによるウクライナ侵攻が始まって、楽団自体も戦渦に巻き込まれる中、国民に希望を与え続けている今の彼らだからこそ届けられるものがあると思うし、それを受け取ったような気がする。
「戦争はすべてを破壊する。しかし希望を失わせることはできない」という指揮者ミコラ・ジャジューラの言葉でも伝わってくるように、彼らは音楽で戦い続けている。

ウクライナのソリスト4人に加えて、第九の合唱は地元九響合唱団が主体となったアクロス福岡特別合唱団が務めていたんだけど、彼らもまたかっこよくてその迫力に鳥肌が立った。クラシックは震わせてくれるよ。うん。

Scroll to top