サンティアゴ巡礼 -フランス人の道- Day 31

5月12日。
5時50分に誰かのアラームで目が覚めた。暖房器具はあるのに作動していないので室内は寒い。
そして外は久しぶりの雨。乾いていない靴下をぶら下げて歩くことはできないし、当然テンションも上がらない。雨続きだったなら、絶対にフィステーラ行きは決めてないだろう。

上の青年と隣のおっちゃんだけすぐには起きなかったが、他はぼちぼち起き始めて、カリブ感のある3人の男女は早めに部屋を出た。
6時半前におっちゃんが起きた。自分は朝食として1つパン(のような物)を食べた。

6時50分に外へ出た。寒いけど今は雨は降っていないのでレインカバーだけ。

みんな町の中心部から坂道を下りてきていて、その様子を見ながら準備体操をして、5分後に出発した。

サンティアゴ巡礼 -フランス人の道- Day 30

5月11日。
迷っていたが隣の部屋の誰かがトイレに行く音が聞こえたので4時40分に起きることにした。寝足りないとは感じるが、他の3人のおかげで、この旅で最も静かな夜を更新した。
深夜1時や2時でも修道院の鐘が鳴っていたことには驚いたが、この快適な夜の間にモバイルバッテリーもフル充電できた。優勝だ。

5時半前、こちらの部屋はまだ皆寝ているのに、隣の部屋からは話し声が聞こえていた。
30分になって1階へ下りると、多分隣部屋からのおっちゃんが2人いた。

パッケージは子供用お菓子そのものだが、ちょうどいいサイズの菓子パンだった。ヨーグルトはめちゃくちゃ美味しかったし、クッキーも口の中へと放り込んだ。すぐには休憩できないかもしれないし、したくないかもしれないから。

小学生の算数の問題かのように、おっちゃんが1人下りてきて、1人上がったあとに、もう1人上がった。その残っていた1人から麦わら帽子をバックパックの後ろに結んでくれポルファボールと頼まれた。
なんだか難しかったけど途中で落ちないことだけを願う。落ちてるの見たくないよ…。靴か足を指差してI have problemという文言だけ英語で言っていた。そして彼だけ一人先に出発した。
それからグループが全員(5,6人くらいだったかな)下りてきて、1人がスペイン語は話せるかい?と話しかけてきた。「ノー」「コリア?」「ハポン」「オー、ハポン!ペリグー」
6時10分頃にみんな宿を発った。

残ったオレンジジュースは捨てずにペッドボトルに入れた。自分の巡礼中あるあるだが、ポケットからスマホを取り出しまくるので指のさかむけがどうしても酷くなってしまう。顔をしかめるくらいには傷みが増していたので絆創膏を巻いた。今日は寒くて曇りっぽいので日焼け止めは塗っていない。

1人のおっちゃんが忘れ物で戻ってきた。ポルトマリンまでは自分と一緒だが、彼らは多分その先まで進むっぽい。だから早く出るんだろうな。全員荷物サービスを使ってはいるけど。

6時17分に出発した。当然白い息が出る。6時には出られなかったけど問題ないでしょ。

サンティアゴ巡礼 -フランス人の道- Day 29

5月10日。
5時50分に起き上がろうとしたら、ベッドの角に引っ掛けていたパーカーをベッド下に落としてしまった。アリアリグループはやはり朝が早い。
島村さんは予想していた通り近くにいて、奥さんのボンジュールという挨拶に返事をする声が聞こえた。

キッチンがあるアジア人だらけ(といってもシンと自分以外はほぼ韓国人)の部屋に移動して軽めの朝食を食べた。

韓国人たちがぞろぞろと部屋から出ていき、唯一残った昨日目が合ってニコッとしていた女の子と話すことになったのだが、英語より得意という日本語がかなり上手で驚いた。
韓国人の巡礼者が沢山いてびっくりしていると話すと、わたしも驚いていますと返ってきた。4月スタートの韓国人は200人以上いるらしい。ゲップをしていた男性のことを彼も日本人ですか?と質問してきたが、彼は香港人です。
マスクをして、お先に失礼しまーす!と出発する彼女に、頑張って!と声を掛けた。今日30km歩くとのことだったが、ガチ勢には見えないのに、21日にサンジャンスタートでここにいるのはちと早すぎるからどこかでバスを使ったのだろう。顔は韓国人っぽくない、ちょっとだけ顔がぷにぷにした可愛らしい感じの子だった。

シンは”楽しむために”分岐は左の少し迂回する道を行くと昨日言っていた。自分は長く歩きたいので右の短い推奨コースを行く。また会おう、ブエンカミーノ。彼はまだ出ずにププに行くらしい。まあ、トイレのことですね。
準備体操をして、7時頃に出発した。イタリアおっちゃんとチャオ!ブエンカミーノ!を言い合っていたら、戻ってきたシンからも「ブエンカミーノ、リオ。アトデネ」



霧の中からサモスという町を目指す。

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